龍が如く4 伝説を継ぐもの

―2010年3月1日 東京神室町―
消費者金融「スカイファイナンス」の代表取締役でキャバクラ「エリーゼ」のオーナー、秋山駿の携帯電話に秘書の花から着信が入る。
「ちょっと、今どこにいるんですか?」
「どうせ会社にいるんでしょ?」
「もう、どうして電話に出てくれないんですか。」
「今日は何の日か知ってますか?」
「集金日です!忘れないでくださいよ。」
「ちゃんと行ってくださいね!」
「私は韓来の特撰カルビ弁当買ったら帰りますから。」
「それじゃ。」
電話が切れた。


渋々集金に出掛ける秋山。
すると知り合いの若いヤクザが慌てた様子で事務所に入るのを見つけたので気になって覗き見した。
ここは東城会直系柴田組の三次団体「金村興業」の事務所で、この若いヤクザは城戸武という男だ。
「新井の兄貴は?」


下っ端の組員が答える。
「頭なら今、柴田の組長さんのお供でそこのビルの見学に行ってますが。」
「なんでも親父の話じゃ本格的な建設が始まる前に何としてでも真島組に顔を売らなきゃなんないとかで。」


城戸が言う。
「神室町ヒルズか。」
「それよりも七福通りにエルナードってキャバあんだろ?」
「今あそこに上野誠和会のヤツらが来てんだよ。」
「8時くらいから二人連れで来て、今飲んでる。」
「上野とウチの本家が親戚だってのはお前も知ってんよな?」
「でも実際には五分五分の関係ってワケじゃねえ。」
「一応親戚である以上、東城会が上野のシマに手を出すことはねえ。」
「でもそれは上野誠和会が毎月寄付って形で東城会に結構な額の上納金を支払っているからなんだよ。」
「表面上は対等な立場。」
「でも裏じゃ上野誠和会も俺らと同じ傘下組織の一部ってワケさ。」
「ま、例えて言うなら東城会がアメリカで上野誠和会は日本みてえな感じってことだ。」
「どっちにしても俺らみてえな三次の組員が知っててもどうしようもねえ話だがな。」


秋山が事務所の中に入る。
「よう。」
「ちょっと間が悪かったみたいだな。出直そうか?」


突然の訪問に城戸が驚く。
「秋山さん。」
「大丈夫です。どうぞどうぞ。」


「今日は集金日なんでね。」
「回収がてら金村さんに挨拶していこうと思ったんだけどな。」
「どうやら留守みたいだね。」
「新井さんもお出かけ中?」


城戸が答える。
「はい。頭は柴田組の組長と出かけてます。」


秋山が言う。
「で?さっきの話の続きは?」
「どうして上野誠和会の連中が金村興業のシマで飲んじゃダメかって話だよ。」


城戸が驚く。
「聞いてたんですか?」
「すんません。お恥ずかしい限りで。」


「今日これから大変だぞ。」
「アンタらの業界で下の連中が上のシマで飲むなんてことはあってはなんないことなワケだよな。」
「それは直系団体でも親戚団体でも同じ。」
「しかも店に来てるのはあの上野誠和会。」
「神室町不可侵っつう東城会との約束破って代紋ぶら下げたまま神室町に来てること自体おかしい話だ。」
「それはつまりこの金村興業が低く見られてるってことだよな。」
「きっと上野の連中は金村興業のシマの店なら飲んで暴れても大丈夫って思ってんだろうなあ。」
「いくら金村興業が東城会の下の柴田組そのさらに下の三次団体とは言え、それはちょっとナメられ過ぎだ。」
「悪かったね、城戸ちゃん。」
「調子に乗っていっぱい喋っちゃって。」
「じゃ、ここはまあひとつ神室町の平和のために頑張って。」
「アンタらが頑張ってくんないと俺も儲からないしな。」
「よし、じゃあ帰るか。それじゃ。」
「そうだ、城戸ちゃん。」
「金村さんに言っといてよ。」
「自分とこの組、馬鹿にされても怒らなくなっちまったら極道は終わりだって。」
「そんなヤクザ紛いのヤツにはもう上納金を立て替えるためのお金なんか貸してあげませんよ。」
「金借りる時に約束した条件、守ってくださいねって。」
「それじゃ。」
秋山は帰っていった。


事務所の奥から金村興業組長の金村大が出てきた。
城戸が驚く。
「親父!いらっしゃったんですか?」


「ああ、いたよ。」
「秋山のガキ、帰ったか。」
「しかし困ったもんだ。」
「さっきお前が言ってた上野のヤツらの件、どうしたもんか。」


城戸が言う。
「とりあえず新井の兄貴にすぐ連絡を取ります。」


「でも確か新井は柴田の親父と出かけてんじゃなかったのか?」


城戸が答える。
「連絡取れるまで電話をかけ続けます。」
「もし上野の連中が暴れたりしたらどうしましょう。」
「あまり荒っぽいことになるのは避けた方がいいとは思いますが。」


「ああ、そうだな。」
「とにかく事を荒立てたくない。」
「新井に任せると言っといてくれ。」
金村は組長室に入っていった。


下っ端の組員が城戸に聞く。
「さっきの秋山って人、何者なんすか?」


「ああ、あれか。」
「秋山駿、32歳。」
「天下一通りでスカイファイナンスって店やってる金貸しだ。」
「神室町の駆け込み寺って言われててな。」
「他の店で融資を断られたようなヤツにまで金を貸し付けてる。」
「本人は闇金じゃねえって言ってるが、やってることは同じようなもんだ。」
「ただまあ、違うとこがあるとしたら他の金貸しと比べて融資の条件が変わってるってとこかな。」
「あのスカイファイナンスって店じゃ客に金を貸すかどうか判断するために、融資前に必ず何かしらの条件を客に提示する。」
「その条件ってのがボランティアだの、老人介護だの、とにかく一風変わったもんらしい。」
「一部のウワサじゃ金利すら取ってねえって話もあるぐらいだ。」
「実際はちゃんと儲かる仕組みがあるんだろうな。」
「一応さっきウチに来たみたいに金貸した客が飛ばないようちょくちょく見回りしてるみてえだしな。」
「とにかくヤツの考えてることはよく分からん。」
「ただ一度秋山から金を借りた人間は、二度とヤツから金を借りることはねえそうだ。」
「なぜかは分からん。」
「まあ何にしてもああいう不気味なヤツには関わらん方が見のためだってことだ。」


金村興業の事務所を出た秋山は一人でエルナードに向かった。
ボーイの制止を振り切り店内に入ると、上野誠和会の組員2人が飲んで暴れていた。
秋山が三島という組員に近づく。
「あーあ、こんな高い酒飲んじゃって。」
「こんなのこの店じゃ市場価格の4倍は取られるぜ。」
「こんないい酒浴びるように飲むなんて、本当の酒飲みのすることじゃねえよなあ。」
襲いかかってくる三島を殴り飛ばす秋山。
三島は気絶した。
「良かったぜ、相手が俺で。」
「これがヤーさん相手だったら戦争モンだよ?」


もう一人の伊原という組員が言う。
「何だよ、これ。」
「話と違うじゃねえか。」


そこに城戸がやって来る。
「秋山さん!何やってんすか!」


秋山が聞く。
「お前一人か?」


「はい、兄貴はまだ時間がかかるみたいなんで。」


伊原が言う。
「なにテメエらごちゃごちゃ喋ってんだ?」
「そうか、分かったぞ。」
「俺らをハメて戦争おっぱじめる気だな?」
「こうなりゃこっちもヤケよ。」
「お前らが誰だろうと知ったこっちゃねえ。」
「全員ぶっ殺してやるぜ!」


秋山が城戸に言う。
「来んな、お前は。」
「これは俺の喧嘩だ。」
「この店で起こったことは全部俺とコイツらだけの問題だ。」
「上野とか金村は関係ねえ。」


伊原が言う。
「やっぱりか。」
「俺らの素性もバレバレってことか。」


秋山が伊原に自分の名刺を投げる。
「俺はこの街でスカイファイナンスって店やってる金貸しだ。」
「この喧嘩、俺が勝手にやってるだけのこと。」
「アンタ達がムカついたから絡んだだけだ。」
「組織がどうこうは関係ねえ。」
秋山は襲いかかってくる伊原を蹴り倒した。


そこに新井がやってくる。
「あれが上野の連中か。」
「相変わらずの強さですね。」
「スカイファイナンスにウチら本職が手を出せないのもよく分かる。」


秋山が言う。
「何で俺がコイツらと喧嘩したのか聞かないんだ?」


「ウチの親父に金貸した時の条件が関係しているんでしょう?」
「秋山さんともあろう人が何の条件もナシにウチの親父に金を貸す訳ないでしょう。」
「直接親父に聞いた訳じゃないんですが、金村の引退ですよね?」


頷く秋山。
「俺はさあ、アンタならいけると思ってんだよね。」
「堂島の龍って言われたあの人の領域に。」


「買いかぶりすぎですよ。」
「俺と四代目ではこの世界に足を踏み入れた瞬間から天と地程の差があります。」
「俺が金村興業を継いだところでその差は埋められませんよ。」


秋山が言う。
「そんなもんなのかねえ。」
「俺なんか空から金をもらってからあっと言う間にここまで来たぜ。」


新井が言う。
「そう言えばそうでしたね。忘れてました。」


「人間、チャンスは突然降ってくる。」
「要はそのチャンスをもらってから一気に昇りつめられるかどうかなんじゃねえのか?」
「三次団体とは言え組長は組長。」
「のし上がるチャンスとしては悪くない。」
「アンタも少し真剣に考えておいてくれ。」


突然伊原が起き上がり、秋山に銃口を向けた。
すぐに新井が秋山の前に割って入る。
「申し訳ありませんがここからは俺達の仕事です。」
伊原に言う。
「どうするんだ、アンタ。」
「その拳銃、今ここでぶっ放すのか?」
「そんな勇気がアンタにあんのか?」
「撃ったらこっちもそれなりの対応をしなきゃなんない。」
「だがこのまま大人しく帰るってんなら、この一件は無かったことにする。」
「どうだ?」


「何を偉そうに。」
「こっちは上野誠和会の面子がかかってんだ。」


新井が言う。
「それはわかっている。」
「だがアンタが撃てば俺も撃つ。」
「アンタらがどうしてこの店で飲んでたのかは問わない。」
「だからその拳銃、こっちに渡してくれ。」


新井が近づくと、伊原が発砲した。
銃弾は新井の右脇腹に命中した。


「兄貴!」
城戸が新井に駆け寄る。
「大丈夫だ。」
「脇腹をかすった程度だ。」


伊原は気絶している三島を肩にかついで店を出て行った。
それを見ていた新井が城戸に言う。
「ここはいい。お前はすぐにあいつらを追いかけろ。」
「いいか?ヤツら捕まえても絶対にムチャな真似するんじゃねえぞ。」


「はい!」
城戸は伊原達を追いかけ、店を出て行った。


「ご迷惑おかけしました。」
「秋山さんの本当の目的は俺には分かってますから。」
「ちょっと私も行ってきます。」
新井は右脇腹を手で押さえながら店を出て行った。


秘書の花から電話があり、スカイファイナンスに戻ることになった秋山。
その途中で銃声が聞こえ、スカイファイナンスが入っているビルの裏に行くと新井が伊原を銃殺していた。
「秋山さん。あんたがくれようとしていたチャンス、どうやら俺はもらい損ねたようだ。」
「それじゃ。」
新井は走って逃げて行った。


そこに刑事の谷村正義がやって来た。
伊原の死体に近づく。
「頭を一撃。余分な発砲は一切なし。」
「こりゃあ殺す気まんまんで撃ってるねえ。」
「逃げなくていいんですか?」
「犯人はさっき走ってった男ですよね?」
「このままだとあなたが警察に捕まることになると思うんですが。」
「カタギの方ですよね?あなた。」
「警察ってのは嫌なヤツが多いとこです。」
「捕まったら無理やり自白させられてしまうかも知れませんよ?」


そこに警察官が3人やって来て銃を構える。
「え?俺?」
秋山は逮捕されてしまった。
「おい!違うって!俺じゃないんだって!」


スカイファイナンスの裏窓から秘書の花が顔を出した。
「社長!」
花はかなりふくよかな女性だ。


谷村が言う。
「杉内さんの尋問はハンパないと思いますんで、気合い入れて頑張ってください。」
「それじゃ。」


翌朝、拘置所に入れられた秋山を花が迎えに来た。
釈放された秋山に刑事の杉内が言う。
「良かったな、目撃者がいて。」
「あのカワイイ顔したお前さんの部下の子に感謝するんだな。」
「あの女、すげえ必死だったぜ。」
「雨ん中ズブ濡れになりながらここに来て、社長はやってませんってな。」
「秋山、これ以上金村興業みてえなクズとは付き合うな。」
「駆け込み寺だかなんだか知らねえがテメエみてえに誰彼かまわず金を貸す馬鹿がいると、馬鹿から金借りた馬鹿が調子に乗って暴れるんだ。」
「これ以上俺ら警察の邪魔しないでくれよな。」
「お前がゲーム感覚で金を貸すと犯罪が増えるんだよ。」
「今回のドンパチもお前が絡んでたってことは割れてんだ。」
「お前が遊び半分で金村の連中を煽ってっからこんなことになっちまったんだよ。」


秋山が言う。
「杉内さん俺はね、俺なりの信念があって金貸してるつもりなんですよ。」
「だから金貸しはやめません。」
「もういいですか?早く帰りたいんで。」


杉内が言う。
「金村が死んだよ。」
「お前がぐっすり寝ている最中だ。」
「いいか?これ以上金村興業と上野誠和会の件には関わるな。」
「テメエが金村の連中に近づいたら、こっちも徹底的にお前のこと洗ってやるぞ。」


スカイファイナンスの事務所に戻った秋山の所に一人の女性がやって来た。
女性はサングラスをして長いトレンチコートを着ている。
「すみません。」
「あの、スカイファイナンスってこちらでよろしいんでしょうか。」


秋山が言う。
「ご融資のご相談でしょうか?」


「ええ。まあ。」
サングラスを外した女性の顔を見て秋山は驚いた。
秋山のかつての恋人、絵里にそっくりだったからだ。
「あの・・煙草吸ってもいいでしょうか。」
女性が取り出したライターには「キャバレー大女優」と書いてあった。


秋山が言う。
「それでご融資の件ですが・・」


「ああ、はい。それなんですが・・」
「こちら保証人や担保なしで無制限にお金を貸してもらえるというのは本当でしょうか。」


秋山が言う。
「無制限ですか。」
「どちらでそのような話を?」


女性は俯いたまま黙っている。


「言えないと・・」
「ま、いいでしょう。」
「多分あなたへの融資を断った同業他社の方にでも聞いたんでしょうから。」
「ウチの店は金貸せないけど、あの店なら貸してくれるかもよって。」
「どうせ他にも色々吹き込まれたんでしょう?」
「ウチの店は同業の人達にはあんまり評判良くないでしょうからね。」
「で、おいくらほど必要なんですか?」
女性が持っていたライターを見る秋山。
「大女優・・神室町にしては変わった名前のお店ですね。」
「今あなたが働いているお店のライター?」


「あ、いや。そうではないんですかど。」
「以前その店にお世話になっていたことがありまして。」


秋山が言う。
「で、いくら必要なんですか?」
「とりあえずいくら貸して欲しいのか言ってくれなくちゃこっちも話のしようがないんで。」


「1億・・現金で1億円・・10日以内に私に融資していただけませんでしょうか。」
「保証人はいません。」
「担保もありません。」


秋山が言う。
「保証人なし、担保なし。」
「それで現金一括で1億円ねえ。」
「アンタさ、自分の言ってることの意味分かってんの?」
「まあ貸さないと言うわけではありませんが。」
「当店でのご融資にはテストを受けて頂く必要があります。」
「このテストでお客さんの信用を計らせて頂きます。」
「これは当店の融資の際に必ず行うものです。」
「融資の額や条件によってテストは難しくなります。」
「そしてあなたの場合は、かなり厳しいテストになる。」
「ただ、もし私の課すテストに合格できたらあなたの言った条件で全額お貸しする事を約束します。」


女性が言う。
「はい。やらせてください。」
「私にはもう他の選択肢はないんです。」
「お願いします。」
「そのテスト、受けさせてください。」


秋山が言う。
「あの、お名前聞いてもよろしいですか?」


「リリと言います。」


「リリさんですか。」
「それは本名?それともお店の名前?」


リリが言う。
「言わないと駄目ですか?」


「いや、いいです。」
「テストは明日から早速始まりますんで。」
「その心構えでご来店ください。」


「分かりました。」
女性は帰っていった。


秋山の携帯電話が鳴った。
「あの、秋山さんですか。」
「城戸です。」
「今神室署です。」
「金村の親父の一件でついさっきまで取り調べ受けてました。」
「俺が第一発見者だったんです。」
「事務所に帰ったら親父が殺されていました。」
「新井さんのことは杉内って刑事から聞きました。」
「俺にはもう何がなんだか。」
「実は秋山さんに聞きたいことがありまして。」
「劇場前のビルに来れますか?」
「人に聞かれたくないんですよ。」
「赤いビルです。映画館の向かいにあります。」
「そこの屋上で落ち合いましょう。」
電話が切れた。


秋山は指定されたビルの屋上に向かい、城戸と会った。
「結局新井の兄貴に連絡が取れなかった俺は、一旦事務所に戻ることにしたんです。」
「そしたら親父が上半身裸で死んでいたんです。」
「その後も新井の兄貴には音信不通。」
「俺が警察に通報しました。」
「背後から刺されたことが死因だそうです。」
「特に争った形跡もナシ。」
「警察の話じゃ、親父の殺されたときの恰好から考えても犯人は女なんじゃないかと。」
「親父の唇や首には赤い口紅が付着していたみたいです。」
「でも何か腑に落ちないんですよ。」
「色々おかしいっつうか。」
「俺が事務所に行った時、他の組員達は誰一人いませんでした。」
「そんなことありえないんです。」
「それに親父はそういう色仕掛けに引っかかるような人じゃねえ気がして。」
「普段からあまり浮いた話もありませんでしたし、第一親父自身そういう歳じゃねえっつうか。」


そこに柴田組の組員達がやって来た。
それを見た秋山が言う。
「おい、ここは俺が食い止める。」
「お前は今のうちに逃げろ。」
「俺の読みじゃお前より俺の方が断然強い。」
「今はとりあえず逃げろ。」
「後でスカイファイナンスで落ち合おう。」
「あそこなら何があっても大丈夫だ。」
「早く行け。」


城戸を逃した秋山は、襲いかかってくる柴田組の組員達を倒した。
そこに杉内が警官を連れてやってくる。
「何やってんだ、テメエ!」
「秋山、お前またヤクザ相手に乱闘か?」
「今朝の忠告、忘れたわけじゃねえよな。」


一目散に逃げ出す秋山。
何とか警官を振り切り、スカイファイナンスで城戸と合流した。
「しかしあの杉内ってデカ、ほんと嫌な性格してますね。」
「だってあの杉内ってヤツ、秋山さんと新井の兄貴のことばっかり聞いてくるんですよ?」
「二人はどうやって知り合ったんだとか、秋山さんがウチの親父に金を貸した条件ってのは何なんだとか。」
「何かおかしいと思いません?」
「でも俺も知りたいですよ。」
「どうして秋山さんが新井の兄貴にそこまで肩入れするのか。」
「秋山さん、教えて下さいよ。」


「今度な。」


翌日、スカイファイナンスに杉内がやって来た。
「別に捕まえるために来たわけじゃねえ。」
「民間人を守るためにワザワザ来てやったんだ。」
「感謝してもらいたいね。」
「今日から数日間、24時間体制でこのビルにウチの署の警官を張り付かせる。」
「この店の警護だ。」
「お前、柴田組に追われてる身なんだろ?」
「好き好んでお前みてえな胡散臭い金貸しのオモリするわけじゃねえんだ。」
「もう一介の民間人がどうこうってレベルの話じゃなくなってきたんだよ。」
「一昨日の発砲事件だ。」
「遂に山が動き出しちまった。」
「上野誠和会の若頭、あの葛城勲が動き出したんだよ。」


―2月3日 12時00分 東城会本部―
幹部達の前で大吾が言う。
「今回の金村興業が起こした一件、それで手打ちにしてもらえませんでしょうか?」


上野誠和会若頭、葛城勲の前に大金が積まれている。
「この金は一体何ですか?堂島会長。」


大吾が言う。
「葛城さん、東城会としては今回の騒動、これ以上大事にはしたくない。」
「それに東城会と上野誠和会は二代目時代から25年来の親戚関係がある。」
「ここはお互い、事を荒立てないのが得策かと。」


「なるほど、堂島会長は枝同士の喧嘩にはこのくらいの金があれば十分だと。」


大吾が言う。
「いや、そんなつもりはありません。」
「確かに騒動を起こした金村興業は直系柴田組傘下の枝組織かも知れませんが、上野誠和会は違う。」
「東城会と同格の親戚です。」
「その金はあくまで今回の騒動の迷惑料だと思って下さい。」
「その額ではご不満ですか?」


そこに東城会直系柴田組組長、柴田和夫が入ってきた。
柴田の左小指が切断され、包帯が巻かれている。
葛城の前で土下座する柴田。
「葛城さん、今回の金村の一件、本当に申し訳ありませんでした。」


葛城が言う。
「柴田さんでしたっけ?」
「東城会直系の親分さんともあろうお方が都内の一勢力でしかない組の若頭にそんな頭下げちゃいけませんよ。」
「それにね、柴田さん。」
「今の時代わざわざ痛い思いしなくてもケジメの取り方は他に色々あるでしょう。」
「東城会さんとウチは親戚関係なんですから。」
「堂島会長。今回の騒動、上野誠和会としては今までの親戚関係もある以上、抗争沙汰にするつもりは毛頭ありません。」
「病床に伏しているウチの総長、上野吉春も思いは同じです。」
「だがこの金と指で全てがチャラという訳にもいかないでしょう。」
「少なくともウチの組員達は納得しないと思いますよ。」
「堂島会長、今回の騒動で殺された伊原の役職をご存知ですか?」
「若頭補佐です。」
「丁度あの事件のあった日に就任していたんですよ。」
「あなた方がチンピラ同士の喧嘩くらいに思っていたこの騒動、実は上野誠和会としては幹部組員を失うというとんでもない被害を受けているんですよ。」
「正直言いましょう。」
「若頭補佐を殺された代償として、あの金と指一本では釣り合いません。」
「仰りたいことは分かります。」
「先程は同格だと言ったものの、所詮は東城会と上野誠和会では格が違うだろうと。」
「でもね、ウチの組員はそれじゃ納得しないんですよ。」
「表面上、東城会とウチは対等な関係のはずですからね。」


大吾が立ち上がる。
「葛城さん、どうすれば納得してもらえるんですか?」


「そうですね。」
「ウチの伊原を殺した犯人、新井弘明の首。」
「それが無理ならあの真島さんが今やっている例の事業の経営権をいただきたい。」


大吾が言う。
「神室町ヒルズの経営権が欲しいと?」


「はい。」


大吾が言う。
「そんな要求は呑めない。」
「呑めるわけがない。」
「あの事業は10億、20億とかいう規模の話じゃない。」
「数千億規模の案件だ。」
「幾ら幹部組員が殺されたとは言え、一人の命の代償としては大きすぎる。」


「堂島会長、勘違いしないでください。」
「上野誠和会は金が欲しいわけじゃありません。」
「これは極道としての面子の問題なんですよ。」
「堂島会長は筋の通った方だと聞いてます。」
「だからこそ私の立場も理解してもらえませんでしょうか。」
「さっきも言いましたが、ウチとしてはあの新井という男の首があれば十分です。」
「それがあれば下の連中も納得するでしょう。」
「だが万が一新井の首が取れなかった場合、その時は伊原と同格の人間を差し出してもらうしかないんですよ。」
「そう、真島さんです。」
「柏木さんの死後、白峯会や錦山組といった若頭補佐は無くなってしまった。」
「あの浜崎組も破門。」
「となると自動的に真島さんくらいしか伊原の代償となりうる人がいないんですよ。」
「だがさすがに私も伊原の代わりに真島さんの首を差し出せとまでは言うつもりはありません。」
「ですからあのビルの建設と経営の権利さえ頂ければそれでウチの組員を納得させられます。」
「よくお考えの上、ご決断ください。」
「それでは。」
葛城は会議室を出ていった。


スカイファイナンスで一連の出来事を秋山に聞かせた杉内。
「と、まあこういうワケだ。」
「東城会、特に渦中の柴田組としちゃどうにかして新井を警察や上野誠和会よりも先にとっ捕まえないとならない。」
「だが捕まえようにも新井は行方不明のまま。」
「となりゃ新井につながりのある人間を捕まえといて、新井が接近してくるのを待つしかない。」
「だからお前や城戸が狙われたんだ。」
「とにかく暫くの間、このビルには警官を張り付かせておく。」
「お前もあんまりフラフラ出歩いたりするんじゃねえぞ。」


秋山が言う。
「杉内さん、刑事課なのにどうしてこんなにこの事件に首突っ込んでんすか?」
「ヤクザ関連のヤマならマル暴にでも任せておけばいいでしょう。」


「フン、お前には関係ない話だ。」
「30年近くも現場にいると色々あんだよ。」
杉内は帰っていった。


夕方になり、リリがスカイファイナンスにやって来た。
「それじゃ、早速テストを開始しましょう。」


秋山は自身が経営するキャバクラ「エリーゼ」にリリを連れてきて着替えさせた。
「今から私を相手に接客をしてもらいます。」
「たった今からあなたはこの店のキャストです。」
「つまりホステス。」
「あなたにはこの店でナンバーワンのキャストになってもらう。」
「このキャバクラ、実は私がオーナーでしてね。」
「ま、それなりの売り上げはあるけど、この不景気でイマイチ売り上げが上がんなくてちょっと困っていたとこなんですよ。」
「あなたにはここで働いてもらいます。」
「それがテストとなります。」
「大丈夫、今の君なら直ぐにでもナンバーワンになれるさ。」
「今日から3日間、君にはキャストとして300万円を売り上げてもらいます。」
「それができたらテストは合格。」
「私はあなたに1億円、無担保、保証人なしで融資します。」


リリが言う。
「300万円稼げば本当に1億貸してもらえるんですね。」
「分かりました。やってみます。」


「それではビジネスの話はここまでにしましょう。」
「ここからは俺のプライベートとして楽しませてもらいます。」
「さっき言ったじゃない。今から俺に接客してもらうって。」
「今はただのお客さん。つまり俺が君の最初の客ってわけ。」
「さ、それじゃ今日は楽しませてもらいますか!」


秋山はしばらくの間、リリの接客を受けた。
「それじゃそろそろ俺は出るから。」
「オーナーとはいえ、いつまでも客席に居座ったら店は迷惑だからね。」
「リリさん、店が終わった後ちょっと会えない?」
「劇場前で待ち合わせよう。では、また後で。」


店が終わった後、秋山とリリは劇場前で会った。
「お疲れさん。仕事はもう慣れた?」


リリが言う。
「ええ。でも・・今日の売り上げが気になって・・」


「50万円です。」
「大丈夫だよ。今日はまだウチの店に慣れてなかっただけだと思うし。」
「君ならやれるさ。俺が保証する。」
「俺は君にテストに落ちて欲しいなんてちっとも思ってないんだ。」
「俺は君にできることなら金を貸したい。」
「それに君もおいそれとは諦められないでしょ。」
「1億がかかってんだからさ。」
「さて、どうしようか。どこか行きたいところはある?」


リリが言う。
「それじゃ、ちょっと行ってみたいところがあるんですけどいいですか?」
「チャンピオン街の方なんですけど、詳しい場所は行ってみないと分からないかも知れません。」


リリについていく秋山。
「多分この辺りだと・・」
「前はこんなビルはなかったから・・」


秋山が驚く。
「え?このビル、結構前からあるよ?」


「ねえ、ちょっとここに入ってもいい?」
リリに言われるがままビルの屋上まで一緒にのぼってきた。
「あ、あのビルは知ってる!」
「懐かしい・・」
「昔は割と高いビルで目立ってたんだけどな。」
「今じゃ周りにもっと高いビルがたくさんあって、小さいくらい。」
「この辺りに住んでたの。」
「もうずっと昔の話だけどね。」
「あの頃は良かったな。」
「狭い部屋でお金もなかったけど、それでも毎日が楽しかった。」
「ねえ、どうして男の人っていつも上ばっかり見ていたがるのかな。」
「組織のため、自分のためってすぐ隣りにいる女のことなんて全く見てない。」


秋山が言う。
「こんな仕事してる俺が言うのもなんだけど家族にせよ恋人にせよ、やっぱり金がないとなかなか幸せに出来ないじゃない。」
「だからある程度の地位をつかむまではがむしゃらに上を目指すしかないってこともあるんじゃないかな。」


「私はそんなのなくても平気だった。」
「ずっとあのまま、いつまでも同じように笑っていられれば。」
「フフ、変よね。」
「お金なんて要らないって思ってた私が、今はこんなにもお金を必要としているなんて。」


「金で人が幸せになれるんだったら、俺が君を幸せにできるのかな。」
秋山はいきなりリリにキスをした。
リリも秋山に答え、首に手をまわす。
「どうして避けなかったの?」


リリが言う。
「どうしてだろう。」
「何となく、あなたならいいかなって思っちゃった。」
「あなたはどうしてキスしたの?」


「なんでだろう。」
「でも5年ぶりだよ、こんな気持になったのは。」
「別れた恋人の話。でもフラれちゃった。」
「あの頃、俺にはお金がなかったからな。」


そこに柴田組の組員達がやって来る。
「また柴田組か。」
「アンタらも懲りないねえ。」
「柴田組は東城会の直系って肩書き振りかざしながらも二次団体の中じゃ常に末席に位置する万年窓際族だ。」
秋山は襲いかかってくる柴田組の組員達を倒し、リリと一緒に逃げ出した。
「ここまで来れば大丈夫だろう。」
「危ない目にあわせちゃってゴメンネ。」
「最近ちょっとしたゴタゴタに巻き込まれちゃってさ。」
「またアイツらに絡まれても厄介だし、残念だけど今日のデートはこれまでかな。」
「じゃ、明日もまた頑張ってね。」
「俺も時間があったら店に様子を見に行くよ。」


翌日、スカイファイナンスの事務所に城戸が訪ねてきた。
「そうですか、それで柴田組は俺や秋山さんをマークしてたのか。」
「東城会本家の方からは、総力を挙げて新井の兄貴を捜すように通達がありました。」
「このままじゃ兄貴の首が上野誠和会に差し出されることになっちゃいます。」
「俺、じっとしてられません。」
「俺も新井の兄貴を捜しに行きます。」
「あの人が考えなしにあんなことするはずねえんだから。」


秋山が言う。
「仮に新井さんに正当な事情があったとして、城戸ちゃんはそれを東城会本家にどう伝えるつもりだ?」
「一度上野誠和会の関係がこじれちゃった以上、新井さんの首を上野誠和会に差し出せば一件落着。」
「それで終わりなんだから。」
「新井さんも分かってたはずだ。」
「例え身の潔白が証明できたとしても意味がないってことがな。」
「だから姿を隠してるんだ。」
秋山は城戸に2百万を差し出した。
「これ持っていきな。」
「こうなったら俺らにできるのは一つだ。」
「東城会よりも警察よりも早く新井さんの身柄を確保する。」
「話はそれからだ。」
「この金はお前が新井さんを捜すための軍資金だ。」
「新井さんにはそれだけの価値がある。」


「秋山さんと新井の兄貴、どういう関係なんですか。」
「俺は色々なことをはっきりさせたくて新井の兄貴を捜したいんです。」
「だから秋山さんの目的も知らないでこの金を受け取ることはできません。」
「聞かせてください。」


秋山が頷く。
「分かった。」
「実は昔俺さ、新井さんに助けられたことがあったんだわ。」
「ところでお前、俺が昔ホームレスだったって話は知ってるか?」
「実は俺、ホームレスになる前な、東都銀行っつう銀行で働く普通のサラリーマンだったんだ。」
「今から5年くらい前の話だ。」
「6年くらい前までの俺の人生は綺麗な階段を汗一つかかずに昇るような順調なものだった。」
「東都大の法学部を卒業、東都銀行に入社。」
「俺は金融工学のプロフェッショナルとしてエリート街道を歩み始めた。」
「でも2005年の初めにクビになった。」
「業務上横領、つまり会社の金をこっそり盗む犯罪だ。」
「俺は横領なんてしてねえんだけどな。」
「ハメられたんだよ。会社に。」
「いきなり業務上横領の疑いをかけられて懲戒免職ってやつだ。」
「俺は何かの間違いだと思ってた。」
「だが現実は違った。」
「俺が当時担当していたとある会社の口座にあった100万円がある日突然、俺の個人口座に振り込まれていたんだ。」
「何を言っても無駄だった。」
「銀行は俺を告訴しないことを条件に一方的に俺を懲戒免職処分とした。」
「その後、俺は真相を探った。」
「それまでに貯めた金を使い、方々手を尽くして調べまわった。」
「でも結局わからずじまい。」
「そのうち貯金も尽きて神室町で路上生活を始めたんだ。」
「金なんて簡単に増やせると思ってたのにさ。」
「元手と信用がなければ何も出来ないんだよ。」
「所詮俺は他人の金で遊んでいただけだったんだってその時初めて分かったんだ。」
「そんな時にさ、お金が降って来たの。」
「空からパァーっと。」
「それを拾って元手にしたんだ。」
「本当だって。知らない?」
「ミレニアムタワーで爆発があってさ、そこから大量の札束が降って来た事件。」
「大体100万くらいだったかなあ。」
「死に物狂いで拾い集めたよ。」
「この金さえあれば、俺はもう一度人生をやり直せるってな。」
「その時の俺にとってその100万円は命と同じくらい大切な金だった。」
「だがそんな大事な金を、こともあろうに俺は盗まれちまったんだ。」
「街のゴロツキさ。」
「あの頃からこの街じゃホームレス狩りとかいって路上で寝ているホームレスを襲うような遊びが流行っていたからな。」
「その時、新井さんに助けられた。」
「当時新井さんは金村興業に入ったばかりのチンピラだった。」
「そのチンピラが俺から金を盗んだ連中から金を取り上げ、ホームレスの俺にわざわざ届けてくれたんだ。」
「新井さんは涙を流して喜ぶ俺に言ったよ。」
「俺がこの街を変えてみせますって。」
「俺はその時誓ったんだ。」
「もし俺がこの100万円でのし上がれた時は、この人に賭けてみようって。」
「この人なら神室町ってサル山のボスになれるかもしれないって思ったんだ。」
「神室町ってのは弱いやつから強いやつまで色んな連中が集まってくる。」
「言わば一つの群れみてえな場所だ。」
「だが集まってくるやつらには一つだけ共通してることがある。」
「夢だよ。」
「神室町に飛び込んだ人間は皆必ず夢を見てる。」
「いい女を抱きたい、金持ちになりたい、えばりたい。」
「どんなチンケなもんであっても、ここに集まる連中には皆それぞれ夢がある。」
「だがその夢を叶えられるヤツはごくわずかだ。」
「そして人は夢を諦めない。」
「生きていくのに必要なもんだからさ。」
「皆夢を見続けていたい。」
「だからこそ、この街で人に夢を見せられる人間が求められているんだ。」
「それが新井さんだ。」
「良くも悪くも人間ってのは強さに憧れる。」
「新井さんにはその絶対的な強さがある。」
「俺はそう思ってんだ。」
「ボスがいない猿山は機能しない。」
「この街は今、強いボス猿が必要なんだ。」
「神室町って街は今までずっと、そのボス猿を極道に求めてきた。」
「だが桐生一馬というカリスマが去った今、ボス猿となれる人間はいない。」
「機能しなくなった街から猿は去っていってしまう。」
「強いボス猿を求めてな。」
「要はそれくらい俺は新井さんに賭けているってことだ。」


城戸が言う。
「分かりました。」
「俺、秋山さんの夢のためにも新井の兄貴を必ず見つけます。」
「このお金はありがたく使わせていただきます!」
「何か分かったらすぐに連絡します。」
城戸はスカイファイナンスを出ていった。


入れ替わりで秘書の花が出勤してきた。
「今日は取り立てに行ってもらいます!」
「期限は3日も前に過ぎてるのに、社長が催促しないもんだから全然返しに来ないんですよ!」
「このままじゃ逃げられちゃいますよ。」
「チャンピオン街のマリンバってバーの店長です。」
「ちょっと店まで取り立てに行ってくださいよ。」


秋山は花に言われた通りチャンピオン街のマリンバに行くが留守だった。
ふと隣の店を見るとキャバレー大女優があった。
ここはリリがライターを持っていた店だ。
店の前を大柄のオカマが歩いている。
「あら、いい男。」
「なに、そっち系に興味があるの?」
「ここはオカマバーよ。」
「だから男が1人で入るなんて言ったらそっち系の趣味があるのかと思っちゃったじゃない。」
「それよりも聞いてよ、ここの店長さん。」
「なかなか渋くていい男なんだけど、普通の雇われ店長だから残念ながらノーマルなのよ。」
「それよりもお仕事終わったらうちの店で飲まない?」
「サービスするわよ。」
大柄のオカマはどこかへ行ってしまった。


店に興味がわいた秋山はこっそりと店内に忍び込んだ。
すると店の事務所に下着姿の男の死体があった。
どうやら死後数日は経過している様だ。
腐敗臭がひどい。
脱ぎ捨てられた上着には柴田組の代紋が付けられている。
机の上には店名が書かれているライターが5個あった。
この店で配っていたものの様だ。
リリが持っていたものと同じだ。
秋山が呟く。
「半裸の死体か・・」
「確か城戸ちゃんも金村組長が同じように殺されていたと言っていたが・・」
「ひょっとして同じ犯人か?」
「柴田組の犯行だろうか。」


秋山がスカイファイナンスに戻ると、秘書の花が頭から血を流して倒れていた。
「花ちゃん!しっかりしろ!」


花を抱き起こす秋山。
「社長、お帰りなさい。」
「買い物から帰ってきたら城戸さんが事務所にいて、本棚にある六法全書を手に持っていたの。」
「慌てた様子で本棚に本を戻していたわ。」
そしたら急に銃を持った5人の男が入ってきて、突然殴られちゃいました。」
「私、何も出来なくて。」
「ごめんなさい、社長。」


「気にするな。俺の方こそいてやれなくてごめん。」
「ところで君を襲った奴らはまた例の柴田組だったのか?」


花が言う。
「いえ、初芝会の緑川だって言ってました。」
「なんでも初芝会の会長は柴田組の組長の弟分なんだそうです。」
「その緑川って人、妙におしゃべりで聞いてもいないのに自分から勝手に色々喋ってくれました。」
「それで柴田組に協力するために城戸さんを狙ってきたみたいで。」
「城戸さんはその緑川って人の手下に囲まれて、もう殴る蹴るの状態で。」
「ぐったりしてしまった後、どこかに連れて行かれちゃいました。」
「あんな多勢に無勢だったら敵うわけないですよ。」


「そうか、城戸ちゃんが・・」
「一体そいつらはどうして城戸ちゃんを?」


花が答える。
「分からないです。」
「でもその緑川って人、ウチの顧客名簿も持って行っちゃったんです。」
「それも目的のひとつだったみたいで。」
「借りるだけとかなんとか言ってましたけど、どうせ返しに来るわけないし。」


「初芝会だかなんだか知らねえが、貸したものはきちんと返してもらわねえとな。」


花が言う。
「私なら大丈夫です。」
「さっき携帯で救急車呼びましたから。」


「やっぱり君は有能な秘書だよ。」
「君は心配しないで。」
「無事に城戸ちゃんと顧客名簿を取り返してくるから。」


劇場地下にある初芝会のアジトを突き止めた秋山は一人で乗り込んだ。
城戸が拘束されている。
「城戸ちゃんの身柄とウチの顧客名簿、今すぐ返してもらおうか。」
秋山は緑川と構成員達を叩きのめした。


顧客名簿を持って逃げようとした初芝会長を捕まえて問い詰める。
「今回の件は柴田に頼まれたんだ。」
「リリという女を捜してほしいとな。」
「詳しい事は聞いてない。」
「だが柴田は何が何でも捜し出してやるってかなりの剣幕だった。」
「リリがスカイファイナンスに行ったという情報は掴んでいた。」
「だとすれば顧客名簿が手に入れば連絡先が分かるからな。」


城戸を無事助け出し別れた後、秋山の携帯にエリーゼの店長から連絡が入る。
「お疲れさまです、オーナー。」
「たった今集計が終わりました。」
「3日間で377万円です。」
「3日間という話でしたが、今後もリリさんさえ良ければ是非お店に出て貰いたいですね。」
「ここまで接客が出来る方はなかなかいませんよ。」
「店の方も大分稼がせてもらいました。」


リリとミレニアムタワーの屋上で待ち合わせをする。
秋山は融資する1億円を持ってきた。
「やあ、来たね。時間通り。」
「君なら約束を果たしてくれると思っていたよ。」
アタッシュケースを渡す秋山。
「これ、約束のお金。」
「1億入ってる。」
リリはアタッシュケースを開けて中を確認した。
「意外と少ないでしょ?」
「大卒サラリーマンの平均生涯年収が約3億円。」
「そのアタッシュケースたった3個分だよ。」
「そう考えると、人間はなんてちっぽけな物のために頑張っているんだろうって不思議になる。」


リリが言う。
「あの、秋山さん。有難う御座います。」
「実は私、最初はお金を貸してもらえたら逃げるつもりだったんです。」
「でも秋山さんは私を信じてくれた。」
「私にもう一度、短い時間だったけど夢をみさせてくれた。」
「だから絶対、何年かかってもこのお金はちゃんと返済します。」


秋山が言う。
「ああ、その話なんだけどさ。」
「その金、返さなくていいわ。」
「利子も要らない。」
「っていうか元々ウチの店、利子とってないし。」
「俺はさ、金儲けとかそういうのあんま考えてないのよ。」
「それよりもその金がどう人の人生を動かしてくか近くで見ていたいだけなんだよね。」
「今回のテストも俺自身を試すようなもんだったんだ。」
「実は俺、あんまり人を見る目に自身がないんだわ。」
「何せこれまでの俺の人生、人に裏切られてばっかりだったからね。」
「本当なんだよ。」
「勤めていた銀行はクビ、連れ添っていた女も去っていった。」
「その後も散々だよ。」
「最近も肩入れしていた極道がいきなり人を撃って失踪しちゃってね。」
「ガラにも無く虚しくなっちゃったってワケ。」
「まあこんな商売してれば裏切られるのなんて当たり前なんだけどね。」
「でもせめて自分が信じた人間位には裏切られたくない。」
「俺も人間なんでね。」
「リリちゃんには魅力があると思ったんだ。」
「3日で300万稼げるだけの魅力がね。」
「俺は自分のその勘が正しいのかどうか試したかったんだ。」
「ゴメンね、変なことに付き合わせちゃって。」


リリが言う。
「いや、そんな。」
「私は秋山さんと出会えて運が良かっただけです。」


「ま、そうかもしれない。」
「でも運っていうのは自分で引き寄せるもんだからさ。」
「俺は素直に嬉しいよ。」
「君がテストに合格してくれて。」
「その代わりと言っちゃなんだけど、ひとつ教えて欲しいことがある。」
「どうしてリリちゃん、人殺して回ってるの?」
「金村興業の組長殺したの、君だよね。」
「大女優ってバーの店長もそうだろ?」
「どうしてあんなことをしてるんだ?」
「あのライター、君が初めてウチの店に来た時に持ってたライター。」
「あのライター、大女優って店のだったでしょ?」
「そのことを聞いたら、君は以前世話になった店だって。」
「あの店ね、オカマバーだったんだよ。知ってた?」
「殺された店長は雇われでノーマルの人だったから分かんなかったかも知れないけど、店のキャストは全員オカマさんだったんだよ。」
「だから君が働いていたというのはおかしい。」
「なら君は一体いつそのライターを手に入れたのか。」
「きっと店長を殺した時だよね。」
「現場で死んでいた男の上着には柴田組の代紋がついていた。」
「最初は柴田組の犯行かと思ったけど違ったみたいだね。」
「この前君とデートしてる時に襲ってきた柴田組の連中、あれも俺じゃなくて実は君を狙っていたんだろう?」
「君、本当は何者なの?」
「柴田組とはどういう関係なのかな?」


リリが言う。
「秋山さん、あなたはさっきお金を返さなくてもいいから教えて欲しいって言ってましたよね?」
「じゃあお金は必ず返します。」


「なるほどね。」
「だから教えたくないってことか。」
「どこか行くのか?」


リリが答える。
「ええ。」
「私にはまだやらなきゃいけないことが残っているから。」


「じゃあ全てが終わったら貸した金返しにまた店まで来てくれ。」
「また君に会える日を楽しみに待ってるよ。」
リリは1億円を持って去っていった。


秋山がスカイファイナンスに戻ると秘書の花が病院から戻っていた。
「あ、社長。お帰りなさい。」


「ああ、ただいま。」
「無事でなによりだよ。」
「花ちゃん、もうあんな無茶しないでね。」


「はい、ありがとうございます。」
「もうあんな目にあわないようにもっと強くなります!」
「例の1億借りに来ていた女性のお客さん、あの後どうなったんですか?」
「まさか1億なんて大金、一括で貸しちゃったりしてませんよね?」


秋山が答える。
「え?貸したよ。」
「ついさっき。」
「って言うかさ、その、なんていうかさ・・ちょっと言いにくいんだけど、多分あの金返ってこないと思う。」
「いや、リリちゃんは返すって言ってくれてんだよ。」
「でもさ、なんかちゃんと返済されるって感じじゃないんだよね。」
「まあ、いいじゃない。」
「社長は俺なんだからさ。」
「貸したいと思ったヤツに貸すのが俺のスタイルなんだからさ。」


「もういです!私、会社辞めさせていただきます!」
花はスカイファイナンスを出ていった。


すぐに花を追いかける秋山。
「一体どうしたのよ、花ちゃんさ。」


「社長、なんであのリリさんて人にそこまで肩入れするんですか?」
「いくら社長とはいえ、1億なんて大金見ず知らずの人に貸すなんておかしいです。」
「社長はあのリリさんって人が絵里さんに似ているから貸したんです。」
「違いますか?」


秋山が答える。
「花ちゃん、それは違うよ。」
「そりゃ最初は驚いたよ。」
「リリちゃんが昔の彼女にソックリだったってのは事実だ。」
「でもそれで俺は金を貸したわけじゃない。」
「確かにリリちゃんのことは好きだよ。」
「顔も好みだし、なにより謎めいた雰囲気があってジャスト俺のタイプだ。」
「でもそれが金を貸した理由じゃない。」
「そんなこと君だって分かってるだろう?」
「それでも納得がいかないのかい?」


花が言う。
「そんなことは知ってます。」
「でもそんな社長が許せないんです。」
「なんで社長は絵里さんのことまだ引きずってるんですか?」
「もう絵里さんは社長の彼女じゃないんですよ!」
「それに絵里さんは銀行をクビになった社長を見捨てて他の男に・・」


「そのことはいい。」
「アイツの悪口は言わないでくれ。」
「それに人の悪口を言ってる花ちゃんは見たくない。」
「花ちゃんの言う通りだよ。」
「実際俺はまだ過去を引きずっている。」
「全部捨てたつもりだが捨てきれないもんが残ってる。」
「でもそれが俺なんだ。」
「だからそのことは分かって欲しい。」


「相変わらず勝手ですね。」
「そう言えば許してくれると思ってますか?」
「社長、やっぱり私、本日限りでスカイファイナンスを辞めさせていただきます。」
「今考えると私も少し社長にいろいろ頼りすぎていたのかもしれません。」
「東都銀行時代から8年間、秋山さんに憧れずっと後をついてきましたが私も少し距離を置いて考えたいんです。」
「金融って仕事のこと。私の将来のこと。それに私の女としての気持ちも。」
「お世話になりました。」
「身の回りのお世話する人がいなくなって不便だと思いますが頑張ってください。」
「それじゃ。」
花は去っていった。


エリーゼの店長から着信が入る。
「オーナー!」
「今店に極道関係の方が見えてまして。」
「リリさんの馴染み客だったらしくて、リリさんを出せとかなり騒いでまして。」
「ちょっと団体でいらしてるので私の手に負えない状態です。」
「すいません、お手数をおかけします。」


秋山がエリーゼに入ると、東城会直系真島組若衆の南大作という男が手下を連れて暴れていた。
「俺は真島組の南っちゅうもんや。」
「この店にリリって女がおるって聞いてな。」
「なんやえらいべっぴんさんらしいやないか。」
「そんでちょっと指名したらなアカン思うてな。」


秋山が言う。
「申し訳ありませんが、彼女は本日をもって店を退店しました。」
「彼女に何か御用ですか?」


「俺も親父からその女連れてこい言われただけやからな。」
「ほなリリって女の居場所教えてもらおうやないか。」


秋山が言う。
「お客様、申し訳ありませんがキャストのプライベートを教える訳にはいかないんですよ。」
「そういった御用件でしたらお引取りください。」
「私はね、一度自分の店で働いたキャストを理由もなく売るような真似はできないんですよ。」
「どうしてもお帰り頂けないようでしたら実力行使ということになりますが。」
秋山は襲いかかってくる南を叩きのめした。


するとそこに東城会直系真島組組長・真島吾朗がやってくる。
「やめや。」
「こいつから聞いとるかも知れんが、リリっちゅう女を捜しとる。」
「ここにおるんやないのか?」


「彼女はもうここにはいませんよ。」
「どこに行ったのかも知りません。」


真島が言う。
「そか。」
「遅かったっちゅうことか・・」
「アイツは・・靖子ちゃんは・・俺が守らなあかんねや。」
「それが・・俺の償いやからや。」
「25年前の、あの日のな。」


真島は25年前の出来事を語り始めた。


―1985年4月20日―
靖子は兄の冴島大河とワンルームのアパートで暮らしていた。
そこに真島が訪ねてくる。
「真島さん、いらっしゃい!」


「お邪魔すんで。」
「それにしても厚いなあ。」
「まだ4月やっちゅうのに何やねんな、この暑さは。」


冴島大河が言う。
「ホンマこの国はぶっ壊れとんのとちゃうか?」


「この国っちゅうよりもこの世界やろ。」
「これがいわゆる環境破壊っちゅうやっちゃ。」
「オゾンがどうこう言うてたわ。」
「ウチの嶋野の親父が。」
「何や世の中の流行は環境問題らしいで。」
「これからウチらの業界も環境に気いつかわんといかんらしい。」
「アホらし。」
真島は手提げ袋からスイカを取り出した。
「ほれ。」


靖子が喜ぶ。
「スイカや!」
「春先でもこないに立派なの売ってるもんなんやねえ。」


「ちょっと高かったけど。」
「せやけどしばらくの間、こないなもん食えんようになるやろうし。」
「前祝みたいなもんや。」


冴島大河が言う。
「靖子、せっかく兄弟が来てんねや。」
「ちょっとビールでも買うて来いや。」


靖子は買い物に出かけていった。


真島が言う。
「何や、靖子ちゃん知らんのか?」


「当たり前や。」
「明日人殺しに行きますなんて言えるわけないやろ。」


真島が言う。
「他にも言い方あるやろ。」
「俺ら2人、明日から長いお勤めや。」
「最後の別れくらいちゃんとしとった方がええで。」


「いらん、そんなもん。縁起でもない。」
「おい、それより例のアレ持ってきたんやろな?」


「ああ。」
真島は鞄をひろげて6丁の拳銃を見せた。
「紛い物は一切無し。」
「堂島組経由で仕入れた正真正銘の本物や。」
「拳銃は全部で6丁。」
「1丁につき6発撃てるとして、36発発射できる。」
「相手は上野吉春とその場にいる誠和会の連中全員。」
「10人弱ってとこやろな。」


冴島大河が拳銃を手に取る。
「せやったら1人頭に3,4発使えるっちゅうことやな。」
「十分な数や。」


拳銃を戻し、真島は鞄を閉めた。
「なあ兄弟。」
「逃げ出すなら今のうちだ。」
「2対10。奇襲とは言え圧倒的に不利な闘いだ。」
「それに例え成功したとしても短くて10年、下手すりゃ無期懲役。死刑だってありえる。」
「俺は天涯孤独の身だ。」
「嶋野の親父を親父と呼ぶようになってから覚悟はできてる。」
「でもお前には靖子ちゃんがいる。」
「冴島、お前本当に靖子ちゃんを残したままでいいのか?」


「兄弟、関西弁忘れとるで。」
「俺は覚悟出来とるよ。」
「俺もお前と同じや。」
「笹井の親父のためやったら何でもやる。」
「それに試してみたいんや。」
「冴島大河っちゅう男がこの東城会でどこまで昇れるのかをな。」


―翌日、1985年4月21日―
約束の時間15:00分を過ぎても姿を現さない真島。
「何しとるんじゃ、兄弟・・」
その時、ラーメン屋・趙龍に上野吉春と誠和会の構成員達が入っていった。
聞いていた人数とは違い、20人近くいる。
「来よった・・」
その中には葛城勲の姿もある。
意を決した冴島大河は6丁の拳銃を一人で全て持ち、ラーメン屋・趙龍に突入した。
構成員達の抵抗にあい左肩に銃弾を受けるが、怯むこと無く全員を皆殺しにした。


事件発生から数時間後、1985年4月21日、18時5分。
東城会系笹井組組員・冴島大河は自ら警視庁神室署に出頭。
殺人容疑で逮捕された。
警視庁は事件を広域指定組織・東城会と敵対関係にあった上野誠和会の抗争によるものと推定。
事件への両組織上層部の関与を捜査すると共に、実行犯冴島への取り調べを開始する。
しかし冴島は完全黙秘。
また東城会と事件との直接的な関係性は認められず、結果警察は事件を冴島の単独犯行によるものとして身柄を検察へと送検する。
それから数カ月後、冴島大河20歳、都内飲食店で上野誠和会幹部組員18名を殺害した罪により死刑。
即日東京刑務所へと移送、服役する。


それから月日は流れ、2010年3月1日。
25年もの間、死刑の執行を待ち続けた冴島に突如刑務所移送の命令が下る。


―2010年3月3日14時00分―
「本日現時刻をもってお前を東京刑務所から沖縄第弐刑務所へと移送する。」
牢屋に入れられる冴島。
隣の牢屋には浜崎豪が入っている。
「食事は17時、それ以外の細かな規則に関しては渡した書類に書いてある。」
「ここは普通の刑務所とは訳が違う。」
「死刑が執行されるまで少しでも長く生きたいなら、精々目立たないようにするんだな。」


食堂で食事中、浜崎が隣に座った。
「浜崎だ。」
「ちょうど1年前までアンタと同じ東城会で組やってた。」
「しかし驚いたぜ。」
「まさかこんな場所であの伝説の18人殺しに会うとはな。」
「ここは普通の刑務所とは色々違う。」
「ここのムショの名前知ってるか?」
「沖縄第弐刑務所。」
「だがな、そんな名前の刑務所この国のどこ探しても存在してねえんだよ。」
「この施設はな、正式には更生促進施設って言ってな。」
「国が民間に委託した民間刑務所みてえなとこなんだ。」
「表向きには犯罪者の増加に伴う更生施設の民間委託って謳ってるが、実際の役割は違う。」
「ここは極道上がりの凶悪犯罪者ばかりを集めた極道の墓場みてえな場所なんだ。」
「あそこにいる刑務官、ヤツは先月だけで数人の囚人を殺している。」
「揉め事を起こした囚人を見つけては懲罰房に連れ込み、息の根が止まるまで滅多打ち。」
「死体は翌日、病死で処理されてる。」
「つまりここで誰が死んだとしても誰からも文句がでない。」
「ここはそんなワルが集められた施設ってことだ。」
「だがこんな所だから賄賂でなびく刑務官もいる。」
「ある意味俺にとっちゃやりやすい場所なんだ。」
「アンタに手伝って欲しいことがあるんだ。」
「上野誠和会は今も都内のシマで活動している。」
「組織を拡大してな。」
「それに上野は今じゃ東城会の親戚だ。」
「あの事件の後、東城会は上野と五分の盃を交わしたんだよ。」
「アンタは上野吉春を殺り損ねた。」
「だが実質上、あの事件の後の上野誠和会は虫の息だった。」
「しかし上野誠和会は潰れなかった。」
「それはな、アンタの親父さんのせいなんだよ。」
「あの25年前の事件の直後、笹井の叔父貴は事件の責任をとって急遽引退してしまった。」
「もしあん時、アンタの親父さんが引退してなけりゃ笹井組は直系の組として昇格してただろう。」
「理由は分からん。」
「笹井が消えちまった今となっては真相は分からん。」
「だが笹井の叔父貴の引退により組は解散。」
「そして昇格したのは他でもない。あの柴田組だ。」
「そう、笹井組と直系昇格を争ってたあの柴田組だ。」
「結局25年前のあの抗争事件は笹井の叔父貴とアンタから全てを奪い去っちまっただけの出来事だったんだよ。」
「冴島さんよ、さぞかし無念だろうよ。」
「アンタは極道としての義理を貫き通した。」
「失敗だったとは言え、たった一人で敵対する組織の幹部衆を18人もぶっ殺した。」
「アンタは東城会の伝説なんだぜ、冴島さんよ。」
「でもな、25年前のあの事件・・実は裏でもっと面白い話があったんだよ。」
「あの日、アンタはもう一人の兄弟分と一緒に上野を襲うはずだった。」
「でもヤツは来なかった。」
「実はあれはな、最初から計画されていたことだったんだよ。」


―翌日―
運動場のベンチに座っている冴島のところに浜崎がやってきた。
こっそりと鍵を手渡す。
「例のブツだ。」
「看守の目を盗んでその手のプロだった囚人にコピーさせた。」
「これでお前は房を抜け出せるはずだ。」
「25年前の真相、知ってから一晩経ってみて気分はどうだ?」
「哀しいよなあ。実は自分が一番信頼していた兄弟分が裏切っていたなんてよ。」
「だが真実をしってしまった以上、アンタはここで死刑が執行される日を待ってなんかいられないはずだ。」
「裏切り者である真島は東城会の大幹部。」
「今も神室町でのうのうと優雅な暮らしをしている。」
「それに引き換え、アンタは25年もの間臭い飯を食ってきたんだ。」
「そんな不条理な話があるか?」
「これはアンタにとっても人生最後のチャンスだ。」
「ここから抜け出さなきゃ何も始まらねえぜ。」
「決行時間は今日の深夜1時だ。」
「就寝時に実行だ。」
「合鍵でまず俺が房から出る。」
「お前も同じ時間に房から出る。」
「俺は施設の入口付近で待機する。」
「頃合いを見計らってお前が房のベッドを床に投げつける。」
「それで刑務官の注意を引くんだ。」
「恐らくすぐに刑務官が飛び込んでくる。」
「お前は奴らを足止めにしてくれ。」
「俺はその隙きに外に出て所長室に向かう。」
「お前は刑務官を倒したら所長室前に来てくれ。そこで合流しよう。」
「合流したら刑務所敷地から脱出だ。」
「グラウンドを突っ切って奥の塀を目指す。」
「見張り台がある場所だ。」
「奥の塀に用意してあるフック付きロープを引っかけて登って出るんだ。」


―深夜1時―
計画は上手くいき、冴島は塀にフック付きロープを引っかけることに成功した。
「先行けや。」
「元々この脱獄はアンタが計画したもんや。」
「せやからアンタが先に行かんとアカン。」
「アンタが生き残らんかったら俺にとってこの計画はパアや。」
「俺はもう何も失敗しとうない。」
「絶対に後悔しとうないんや。」
「それにアンタは嫌なヤツかも知れん。」
「せやけど俺を裏切らんかった。」
「俺はそれだけで十分や。」
「ええから早よせえ。刑務官が来てまうぞ。」
先に浜崎が、それに続いて冴島が塀を登りきった。


今度はフック付きロープを海に向かって垂らす浜崎。
「次はお前の番だ。」
「ここまで来りゃあ大丈夫だ。」
「後は溺れ死ぬ前に陸地に上がれるかどうかが問題だ。」
「お前には時間がない。」
「先に行け。」
「お前は死刑囚だ。」
「脱獄したら真っ先にサツに追われるのはお前だ。」
「それに俺には切り札がある。」
浜崎は所長室でファイルを手に入れていた。
「これさえありゃ俺はまだ這い上がれる。」
「さあ、行け!」


冴島はロープを受け取った。
「ほなな、兄弟。」
「形はどうあれ、俺とアンタは同じ罪を犯した仲間。」
「兄弟や。」


ロープをつたって降りていく冴島に浜崎が声をかける。
「冴島、ここから無事出てやるべき事が終わったら2人で組んでやり直そうぜ。」
「俺とお前が組めば最強だ。」
「東城会、いや、日本の頂点だって夢じゃねえ。」
「な、いい話だろ?」


その時、浜崎は塀の上まで登ってきた刑務官・斎藤に右胸を撃ち抜かれた。
「逃さねえぞ。」
さらに2発の銃弾を胸に浴びる。


「冴島・・桐生だ・・」
「ここから出たら桐生って男のとこへ行け。」
「そいつは沖縄にいる。」
「その男を頼れ。」
浜崎は刑務官・斎藤に抱きつき、一緒に海へ落ちていった。


浜辺で倒れている冴島を遥が見つけ、桐生が養護施設アサガオに連れて帰る。
遥の手当により意識を取り戻す冴島。
「そうか・・流れ着いたんか・・」


「本当に大丈夫?おじさん。」
「今ウチのおじさん・・あ、この施設の管理人の人がね、遭難者なんじゃないかって警察に連絡に行ってる。」
「だから安心して。」


桐生が帰ってきた。
「意識が戻って何よりだ。」
「どうだ、体のほうは大丈夫か?」


「ああ。迷惑をかけたようやな。」
「いろいろと申し訳ない。」


桐生が言う。
「気にしないでくれ。」
「ちょうど施設の小学生の子供達が遠足やら修学旅行で出かけているから暇になっていたところなんだ。」
「それよりあんた、一体何があったんだ?」
「朝、犬の散歩に出ていた遥が砂浜で倒れていたあんたを見つけたんだ。」
「覚えているか?」


冴島が言う。
「あんたの名前、教えてもらえんやろか。」


「桐生だ。桐生一馬という。」


桐生の名前を聞いた冴島が驚く。
「桐生!?浜崎の言うてた奴か。」
「・・俺は・・鈴木や。」


「鈴木さんか。」
「よくいる名前だが、こっちの地元の人間じゃなさそうだな。」
「まあいい。」
「ところで何の荷物も持ってなかったようだが、この後どうするんだ?」
「病院に行くにしても警察に行くにしても身分証とかが必要だろう。」
「とりあえず家族に連絡する必要があるなら俺が何とか協力するが。」


冴島が言う。
「あんた、ホンマに桐生さんか。」
「偶然ってやつはあるもんなんやな。」
「まさか流れ着いた場所があんたのとこやなんて。」
「桐生さん、あんたに折り入って頼みたいことがある。」


浜辺に移動する二人。
冴島は嘘の事情を桐生に話した。
「つまりあんたは、あんたと同じ船に乗っていた俺の知り合いって男に俺を頼れと言われたと。」
「船は転覆。乗組員が溺れる中、あんた一人は自力で泳いで難を免れたというわけか。」


冴島が言う。
「桐生さん、頼む。」
「俺はどないしても神室町に行かなアカンねや。」
「10万も貸してくれとは言わん。」
「東京に行けるだけの金貸してくれればそれでええんや。」
「金は必ず返す。」
「用が済んだら日雇いでも何でもやって金作って、すぐに書留で送る。」
「せやから頼む。」
「俺に金を貸してくれ!」


桐生が言う。
「あんた、何年食らってたんだ?」
「何年、塀の中にいたのかって聞いてんだ。」
「あんたが漁船の乗組員じゃないってことは分かってる。」
「さっきあんたが寝ている最中、水上警察に行って遭難船の情報を調べた。」
「昨晩はシケもなく潮流は安定していた。」
「水難事故にあった船は一隻もないそうだ。」
「それにな、今の時代ここから東京まで移動するのにいくら必要だか知っているか?」
「飛行機に乗るだけだったら10万で足りるだろう。」
「だが空港行くにもタクシーや電車を使うだろ。」
「東京での移動もそうだ。」
「今タクシーの初乗りが幾らだか知ってるのか?」
「わからないよな、そんなこと。」
「長いこと塀の中にいれば当然だ。」
「俺もな、長いこといたんだよ。」
「10年暗い独房で孤独な生活を送った。」
「まあ10年なら早い方だったんだが。」
「多分あんたはもっと長いんだろう。」
「いや、まだ続いているのかもしれない。」
「違うか?」
「悪いことは言わない。」
「もしあんたが刑務所を抜け出してここに来たんだとしたら、やり直せるうちに戻ったほうがいい。」
「まだ世間も騒いでない。」
「今出頭すれば脱獄の罪も軽減されるはずだ。」
「どうだ?そういうことなら俺は力を貸すが。」


冴島が言う。
「俺にはもう後はないんや。」
「ここで戻ったら即、死刑執行に決まっとる。」
「俺はどないなことしても、今神室町に戻らなアカンねや。」
「人生やり直すとか、そんなんはハナから考えてへん。」
「俺には時間が無いねん。」
「捕まる前にどないしても確かめなアカンことがあるんや。」
「俺が味わった25年間の苦しみを味あわせたらな気が済まへんねや。」
「俺はなんとしても親父の仇をとらなアカンねや。」
「桐生さん、あんたとお嬢ちゃんには感謝しとる。」
「せやけど素性がバレた以上、もうここにはおられへん。」
「頼む、乱暴な事になる前に素直に金貸してくれや。」


「断る。」
「アンタがどんな経緯でムショに入ったのかは知らない。」
「だが俺に復讐の手伝いはできない。」
「俺は今まで何度も復讐に巻き込まれてきた。」
「だが憎しみや恨みって感情だけで復讐を果たしても、後に待っているのは哀しい結末だけだ。」
「アンタがどうしても復讐をするって言うならその理由を教えてくれ。」
「事情も分からないのに手助けは出来ない。」


「これでは・・浜崎に顔向けできん・・クソ・・」
冴島は胸を押さえて倒れ込んでしまった。


アサガオに連れて帰り布団に寝かせる。
事情を聞いた遥が言う。
「ねえおじさん、浜崎って一年前神室町でおじさんのことナイフで刺したあの浜崎って人のことでしょ?」
「私まだやっぱり浜崎って人のこと許せないよ。」
「もしこのオジサンが浜崎って人の知り合いだったら、やっぱり私・・」


桐生が言う。
「遥、もしかしたらこの男はあの浜崎の知り合いかもしれない。」
「でもだからと言ってこの男が悪い人間と決まったわけじゃない。」
「それに浜崎も今は変わっているかもしれない。」
「1年前の浜崎は確かに悪い奴だった。」
「でもそれも浜崎が東城会の跡目争いに敗れ、全てを失った怒りの矛先を俺にしか向けられなかったからなんだと思うんだ。」
「俺はな、今でも浜崎が俺を頼ってやってきたら力を貸してやるつもりだ。」
「もしあいつが人を信じる心を持っていればの話だけどな。」
「この男は極道者だろう。」
「彫りの深いしっかりとした刺青も入っている。」
「この男が目覚めたら直ぐに何か食べさせないとだめだろう。」
「ちょっと買い物に行ってくる。」
「そうだ、遥。」
「玄関先においてあるバッグ、その男の荷物らしい。」
「さっき海辺で見つけたんだ。」
「もしそいつが目覚めたら渡しておいてくれ。」
「それじゃ。」
桐生は買い物に出かけていった。


しばらくして冴島が目を覚ました。
「おじさんなら買い出しに行ったよ。」
「何か鈴木さんに栄養のあるもの食べさせなきゃって。」
「そうだ。」
遥は冴島に玄関に置いてあったバッグを渡した。
「はい、これ。」
「鈴木さんのなんでしょ?」
「何か海辺でおじさんが見つけたんだって。」


バッグを開ける冴島。
中には桐生からの手紙と現金、衣服が入っていた。
手紙を読んだ冴島は涙をこらえ、おもむろに立ち上がった。
「お嬢ちゃん、いや、遥ちゃんか。」
「ホンマ色々ありがとうな。」
「おじさんは今すぐ出かけなアカンねん。」
「遥ちゃんともこれでお別れや。」
「おじさんには時間が無いねん。」
バッグに入った服に着替える冴島。
「ほなな、遥ちゃん。」
「おじさん、鈴木さんちゃうねん。」
「俺は冴島や。冴島大河。」
「桐生さんにも言うといてくれや。」
「俺は冴島やったて。」
「絶対にこの恩は忘れへん。」
「またいつか必ず会おう。」
「そう伝えといてくれ。」
冴島はアサガオを出ていった。


冴島が出発したのを物陰から見送った桐生がアサガオに戻る。
「おじさん!鈴木さん、あ、違う。冴島さん帰っちゃったよ。」
「いいの?まだ怪我治ってなかったみたいだけど。」


桐生が言う。
「ま、大丈夫だろう。」


神室町に着いた冴島は笹井組のあった西公園の前に向かったが、情報は何も得られなかった。
次に昔住んでたアパートがあった場所に行ってみると、そこにはビルが建っていた。
ビルの屋上に上がると、城戸が柴田組の組員達を返り討ちにしているところだった。
「何かさ、よく勘違いされんだよね、俺。」
「俺さ、いわゆるチンピラ風の見た目じゃない?」
「だからいつもナメられるわけ。」
「でもさ、俺一応あの新井の兄貴の舎弟やってんだよ?」
「弱かったら務まんねえっつうの。」
「俺なんか簡単に生け捕れると思った?」
「甘いんだよ、アンタら本家柴田組もさ。」
「そんなんじゃ、いつまで経っても新井の兄貴は捕まえらんないぜ。」


冴島が城戸に近づく。
「おい、お前今柴田組って言うたか?」
「俺は元東城会・笹井組の人間や。」
「アンタが倒したこいつら全員柴田組の連中なんか?」
「アンタ、その筋の人間か。」
「どこの組や?」


城戸が答える。
「その、東城会っていうか柴田組だけど・・」


「何で柴田組の人間が柴田組とやりおうとんのや。」
「組抜けた報復か?」
「元柴田組の人間やったらちょうどええ。」
「アンタに手伝ってほしいことがある。」
「笹井の親父の行方、一緒に捜してくれや。」


「勘弁してくれよ。コッチはコッチで忙しいんだ、オッサン!」
城戸は逃げ出した。


冴島は城戸を追いかけ、西公園で捕まえた。
「俺は情報が欲しいだけや。」
「頼む、俺に力貸してくれや。」


城戸が言う。
「分かったよ・・だからもう、ちょっと・・休ませて・・」


落ち着いた後、城戸は冴島に経緯を説明した。
「なるほどな、そないな事があったんか。」
「それでその新井って男はまだ見つかってないんか。」


城戸が言う。
「ああ。捜そうにも柴田組の連中は追っかけてくるわ、秋山さんには頼れないわで一向に進んでないのよね、これが。」
「秋山さんはスカイファイナンスを警察が張ってるから大丈夫。」
「柴田組の連中も迂闊に手を出せないでしょ。」
「そういやオッサンさっき、笹井組がどうのって言ってたけどアレって何?」


冴島が答える。
「東城会系笹井組。」
「25年前、笹井っちゅう男が張ってた東城会の三次団体や。」
「25年前まで笹井組と柴田組は東城会の三次団体として神室町でシノギを削り合ってた関係なんや。」
「当時柴田と俺の親父は東城会の直系昇格をかけて争ってたんや。」
「俺は必死やった。」
「何とかして親父を直系に上げたい。」
「男にしてやりたい。」
「そんな気持ちであの襲撃事件を起こしたんや。」
「殺しや。」
「俺は東城会と敵対していた上野誠和会の総長、上野吉春と幹部組員を襲撃した。」
「都内のラーメン屋でな。」


城戸が驚く。
「え?上野誠和会?」
「あ、それってもしかして・・」


「知っとったか。」
「あれはな、俺の仕業や。」


城戸が言う。
「ちょっと待ってよ、オッサン。」
「でもあの事件って18人だかを一人で殺したっていう伝説の事件じゃ・・」


「実際はそんなカッコええもんちゃう。」
「俺は親父が直系になるのを信じて捕まった。」
「死刑も覚悟の上や。」
「せやけどいつになっても迎えは来んかった。」
「今の今までな。」
「だから脱獄してきた。つい数日前にな。」
「悪いな、驚かせてしもて。」
「せやけど俺はどうしても死ぬ前にこの目で確かめたかったんや。」
「笹井の親父が本当にこの街から消えてしもたのか。」
「それに真島の兄弟が本当に俺を裏切ったのかをな。」


城戸が言う。
「ちょっと待って下さいよ。」
「話がでか過ぎる。」
「もしアンタが本当にあの冴島さんだったとしても、そんな事件の協力俺にはできませんて。」
「だって俺は弱小三次団体のイチチンピラ。」
「それに今はその親組織からも狙われてる存在なんですよ。」
「そんな俺に何をどう協力しろって言うんですか。」


「別に大したもんは期待はしとらん。」
「人を紹介してくれるだけでええ。」
「25年前の神室町の事を良く知る人間。」
「それもできれば正確な情報を持ってる男。」
「そないな人間、誰か知らへんか?」


城戸が言う。
「一人います。」
「伝説の情報屋です。」
「さあ、そろそろ行きましょう。」
「こんな目立つとこで話してると警察にも職質かけられそうだし。」
「それに柴田組の連中にも見つかっちまう。」
「俺が隠れ家として今使ってるアジトへ案内しますよ。」
「俺についてきてください。」


城戸は冴島を劇場地下にある初芝会の事務所に連れてきた。
「伝説の情報屋の話、教えておきましょう。」
「何でも、この神室町のあらゆる出来事を全て記録しているという人がいるらしいです。」
「実体は俺もよく分からないのですが、神室町の事で知らない事は何もないという噂です。」
「ただ俺が知ってるのはそこまでです。」
「何でもその情報屋はホームレスを使って情報を集めているとも聞きます。」
「だからむしろホームレスに聞いた方が情報屋の事が分かるかもしれないですね。」


冴島は一人で賽の河原を突き止め、花屋に会った。
「待ってたぜ。冴島大河さんよ。」
「俺を捜しまわってた様だな。」
「全部見てたぜ。」
「何か聞きたい事でもあるのか?」


冴島が聞く。
「25年前、神室町にあった笹井組の組長・笹井の居所、心当たりないか?」


「ああ、あるぜ。」
「だがな、俺の情報料は高いぜ。」
「1千万円だ。」


冴島が言う。
「冗談じゃない、無理や。」
「俺にそんな金払えるわけがない。」
「あんたもわかってるんやろ?」


「勿論だ。」
「そこで一つ、やって貰いたい事がある。」
「アンタにしかやれない事だ。」


冴島は賽の河原にある闇の闘技場に連れてこられた。
「ここは闇の闘技場だ。」
「ここで特定の会員にのみ観戦できるリアルファイトを行っている。」
「デスマッチといってもテレビでやってるような偽者じゃない。」
「本物のデスマッチだ。」
「つまりアンタか相手、どちらかが死ぬまで終わらない。」
「命がけの闘いだ。」


冴島はデスマッチに挑み、見事勝利した。
しかし相手の命を奪うことはしなかった。
「やっぱりアンタはただの殺人鬼ってワケじゃなさそうだ。」
「今の勝負、もしアンタが相手を殺そうとしていたら俺は頼みを断るつもりだった。」
「ここの観客は血を求めて集まってる。」
「だが俺は殺し合いをさせてるつもりはねえ。」
「アンタが人間としての感情を持ってることが分かって安心したぜ。」
「アンタの頼み、聞いてやる。」
「笹井の居場所、教えてやるぜ。」
「25年前のあの事件の後、笹井はどうなったか。」
「引退した笹井は上野誠和会に命を狙われるようになった。」
「その結果、姿を隠したんだ。」
「数カ月後、ある男が半死状態の笹井を賽の河原へと連れてきたんだ。」
「そして笹井はホームレスとなった。」
「一度は命を落としかけてホームレスになったものの、今も神室町で生きている。」
「ただな、多分アンタが昔から知ってる笹井という人間では無くなってる。」
「今、連れてこよう。」


花屋の部下が笹井を連れてきた。
笹井はかなり老けており、言葉を話せなくなっていた。
「25年前、半死状態の笹井をこの場所へ運んだのはあの真島だ。」
「これは俺の憶測だが、多分真島はお前の代わりに笹井を上野誠和会から守ろうとしたんじゃないのか?」
「もうこの男に自律した意識はない。」
「いくら話しかけても反応することはない。」


冴島が言う。
「ありがとうな。笹井の親っさんに会わせてくれて。」
「俺にはあと一つ、確かめなあかん事がある。」
「25年前、本当は何があったのか。」
「それを真島本人の口から聞きたいんや。」
「俺の25年がどういう意味があったのか。」
「それを確かめんと死んでも死にきれん。」


冴島が劇場地下にある初芝会の事務所に戻ると、真島組の南がいた。
「真島組の南っちゅうもんや。」
「ウチの親父がアンタに一度会いたいそうや。」
「何や、昔兄弟分だったらしいやない。」
「で明日の夜、事務所に来いって。」
「事務所はあのミレニアムタワーっちゅうデカいビルの一番上のフロアや。」
「ま、ウチの親父のこっちゃ。」
「何や危ない遊びでも考えとるかもしれん。」
「精々準備万端で来ることやな。」


翌日の夜、ミレニアムタワーに向かうと真島が現れた。
「待たせたな、兄弟。」
「お前には色々言い訳せなアカンねや。」
「場所変えよか。」
「俺とお前の遊び場や。」
「さ、行くで。」
「俺ら思い出の場所にな。」


真島は冴島を吉田バッティングセンターに連れてきた。
「お前、俺が何でこの街に戻ってきたんかは分かっとんのやろな?」


真島が答える。
「笹井の叔父貴に会うため。」
「それに俺への復讐ってとこやろ?」


「俺は25年前の裏が知りたいんじゃ。」
「何でお前があの日来えへんかったんかを知りたいんじゃ!」
「答えろや、兄弟。」


真島が言う。
「忘れたんか?俺らの約束。」
「一度この世界に足を踏み入れた以上、義理は貫き通す。」
「絶対に口は割らん。」
「それをもし裏切ることがあったら、そん時は例え兄弟であっても殺す。」
「俺らが兄弟の盃交わした時の約束や。」
「どんな理由があろうと俺はお前を裏切った。」
「笹井の親父を助けだせんかった。」
「昔みたいに殴り合うて決着つけて俺に言い訳させてくれや。」
「お前が俺に勝てたらの話やけどな。」
「いくで、兄弟!」


冴島は襲いかかってくる真島を叩きのめした。
「なあ兄弟、お前も俺も変わったなあ。」
「昔はもっとギラギラしてた。」
「いつの間にか俺もお前もええ親父になってしもた。」
「昔のお前は俺にとってもっと強かったような気がするんや。」
「大体その眼帯は何や。」
「そんなもんしとるから・・」


真島が言う。
「これは関係ないわ。」
「もうこの目とも25年の付き合いやからなあ。」
「俺や笹井の叔父貴がお前を失ったあの日、俺はこの左目も失った。」
「ま、両目があった頃よりも実際弱くなってしもたのかも知れへんけどな。」
「元が強かったから丁度ええわ。」
「あの上野誠和会の襲撃計画、あれは多分仕組まれたことやったんや。」
「確かめようにも確かめられへんねん。」
「俺らをハメたかも知れんヤツは、ついさっき殺されたらしい。」
「柴田や。柴田和夫。」
「恐らくヤツが笹井の叔父貴やお前、それに俺をハメた張本人や。」


―1985年4月21日、とある倉庫内―
真島は柴田和夫に呼び出されていた。
「こないなとこ呼び出して何のつもりなんすか。」
「用があるなら早よ言うてください、柴田はん。」


柴田が言う。
「礼服ですか。」
「今日は誰かの葬式ですか?」
「ああ、そういえば笹井のとこの冴島も今日は礼服を着て出かけていったみたいです。」
「単刀直入に言います。」
「今日の上野吉春の襲撃、真島さんは行かないでください。」
「あなたと冴島は今日、出所直後の上野吉春を都内ラーメン屋で襲う。」
「そういう計画ですよね?」
「実はあの計画、ちょっと問題がありましてねえ。」
「予定を変更させてもらうことになりました。」
「上野誠和会を今潰すのは得策ではない。」
「堂島組長がそう判断したということです。」
「これはあなたが所属する堂島組が決定したことです。」
「そもそも今回の上野吉春襲撃の計画、あれは堂島組が都内のシマ拡大のため計画したのが事の発端です。」
「その計画を堂島組は笹井組へと託した。」
「そこまでは知ってますね?」
「でもこの計画、何かおかしいと思いませんか?」
「我々東城会はどうして出所直後の上野吉春が都内のラーメン屋に来るという情報を知りえたのか。」
「考えてもみてください。」
「2年もの間、刑務所に入っていた人間が出所直後ラーメンを食べるなんて陳腐な行動に出ると思いますか?」
「上野誠和会の総長ともなれば組が用意した放免祝いに向かうのが常識です。」
「おかしいんですよ。」
「この話は最初から裏の内通者によって仕組まれた可能性が高いんです。」
「狭く人目につかない郊外のラーメン店。」
「襲ってくださいといわんばかりの場所にわざわざ出所直後の大物が行くと思いますか?」
「おそらくこの計画、裏で上野誠和会の裏切り者と東城会の裏切り者とが手を組み仕組んだものなんです。」
「上野が出所後、そのラーメン屋にやってくるという情報を出した人間。」
「それを仕入れた人間。」
「それが上野誠和会の裏切り者、東城会の裏切り者ということになります。」
「東城会の裏切り者は分かっています。」
「笹井英樹。」
「今襲撃に向かっている冴島大河の親、笹井組の組長である笹井がこの情報を仕入れた張本人です。」
「笹井は上野誠和会と繋がっている。」
「笹井は東城会に上野が現れる場所の情報を流し、わざと我々が襲撃するように促した。」
「戦争を起こす気なんですよ。」
「笹井は東城会が上野誠和会に手を出すきっかけを作り出すことで逆に上野誠和会が東城会相手に戦争を仕掛ける理由を作り出そうとしているんです。」
「上野誠和会にとってはこれ以上ない戦争の大義名分が出来上がる。」
「なにせ先に手を出したのは東城会なんですからね。」
「きっと笹井は上野誠和会側の内通者と手を組み、戦争の事態収拾に動く。」
「そうなれば笹井は一躍東城会の幹部候補として名が売れる。」
「そんなとこでしょう。」
「真島さん、今日の襲撃は堂島組の人間であるあなたは行ってはいけない。」
「このまま襲撃に向かえば堂島組長、いや、嶋野さんにも迷惑をかける事になってしまいます。」


真島が言う。
「兄弟はもう向かってんねや。」
「じゃあ俺はどうしたらええんじゃ。」
「あんたは俺に兄弟を裏切れっちゅうんか?」
「このまま見殺しにせえっちゅうんか?」
「俺は行く。」
「例えどんな裏があっても構へん。」
「俺にとって冴島はたった一人の兄弟なんじゃ。」


柴田の子分達が真島を取り囲む。
真島は鎖で拘束され、監禁されてしまった。
真島を監禁しているのは柴田の子分の一人だ。
「俺達は親父の命令でアンタをここに監禁してるわけだが、殺すなとしか言われてねえ。」
「つまりだ、暴れたアンタを落ち着かせるためなら多少の傷を負わせても何にも問題ねえってわけだ。」
「例えば、目ン玉のひとつくらいだったらな!」
柴田の子分は真島の左目に短刀を突き刺した。


―2010年3月8日 12時00分 警視庁神室署―
取調室で杉内が谷村正義に聞く。
「答えろよ!」
「何でお前はあの日スカイファイナンスの前の現場にいたんだ?」
「ホトケの顔にお前の指紋がべったりくっついていた。」
「死体に素手で触れる刑事がいるか?普通。」
「ったく、どうなってんだよ。生活安全課はよ!」


谷村が言う。
「まあ、そう目くじら立てないで。」
「もういいすか?時間無いんで。」


「おい、谷村。」
「ひとつだけ忠告しておいてやる。」
「一人で何を嗅ぎ回ってるのか知らないが、妙なことに首突っ込んでると親父さんの二の舞になるぞ。」


「ご忠告どうも。」
「見回りいってきます。」
「警らは生活安全課の基本ですから。」
「それじゃ。」
谷村は取調室を出ていった。


谷村の携帯に趙という男から着信が入る。
「あ、マーちゃん。」
「ちょっと厄介な事があってね。」
「話があるんだけど店に来てくれないかな。」
「悪いね。じゃあ待ってるよ。」


谷村は趙の中華料理店「故郷」に向かった。
「また子供、一人増えるのか?」


趙が答える。
「ああ。父親が韓国に送還されたらしい。」
「先日その父親が交通事故を起こしてな。」
「そのまま警察に引っ張られてオーバーステイがばれたらしい。」
「子供はまだ5歳。」
「ウチで面倒見るしかないだろうな。」


「子供の養育費にでもまわしてくれ。」
谷村は趙に数十万円の現金を渡した。


「ギャンブルか?それともまた巻き上げてきたのか?」
「ま、有難いのはやまやまだけどな。」
「あまり無理すんなよ。」
「それにしても今日は遅かったな。」
「もっと早く来るかと思ってたぞ。」


谷村が答える。
「一課に目をつけられちゃったみたいでね。」
「杉内さんって刑事さんに取り調べられてたんだよ。」
「なんか最初はチンピラ同士の揉め事だったみたいなんだけど、話が大きくなって東城会の内輪もめが始まってるみたいだね。」
「なんで一課が動いてるのかは分からないけど。」
「なんか今度のは東城会の内輪もめってだけじゃなくて、上野誠和会も絡んでるみたいだけどね。」
「そう、あの上野誠和会。」
「俺のオヤジが死んだ時に担当していた上野吉春襲撃事件の上野誠和会ね。」
「25年間もの間、何の動きも見せなかった上野誠和会の周辺が7日前の事件から激しく動き出している。」
「もしかしたら今回の事件がきっかけでオヤジが殺された真相を知る人間に近づけるかもしれない。」
「冴島靖子・・あの上野吉春襲撃事件の実行犯・冴島大河の実の妹。」
「事件以降行方をくらまし続けている謎の女。」
「オヤジは自分が死ぬ前日の日記に冴島靖子と会うとだけ書いてあった。」


その時、谷村の携帯にエステ店・翠の店長パクから着信が入る。
「エステ翠のパクです。」
「旦那、今からちょっとウチの店まで来てもらえませんか?」
「旦那がずっと捜してた女、その女に似てる女がウチに来てるんだ。」
「だから店に来てあんたに確認して欲しいんですよ。」


店の外で待っていると、冴島靖子が出てきた。
「何かお客さんが用事があるって店長さんに言われたんですが・・」


靖子を見た谷村が驚く。
「驚いたな。」
「25年も経ってるのに変わらない人もいるもんだ。」
「やっと会えた。」
「ずっと捜していたんですよ。」
「あなた、冴島靖子さんですよね?」
「25年前の事件について教えて欲しいことがあるんです。」
「そんな警戒しないで。」
谷村は警察手帳を見せた。


靖子が動揺する。
「私、本当に何も知りませんから!」


その時、柴田組の組員達が現れた。
「やっと見つけたぞ、このクソアマが。」
「散々手間かけさせてくれやがって。」
「今日はあの金貸しの男はいねえみたいだな。」
「ウチの組長がお待ちかねだ。」
「今日こそついてきてもらうぜ。」


「あの、悪いんだけど俺の方が先客なの。」
「出直してきてもらえる?」
谷村は柴田組の組員達を倒したが、その隙きに冴島靖子が連れ去られてしまう。
「女をどこに連れてった?」


柴田組の組員が言う。
「手遅れだ。」
「もう今頃は組長の元に届いたろうよ。」
「俺達は只の時間稼ぎだ。」
「もう東京湾の埠頭だろう。」
「あの女が今頃どうなってるか・・無事かどうか分からんがな。」


谷村は東京湾の埠頭にタクシーで向かう。
埠頭にある建物から光が漏れている。
中を覗くと柴田と靖子、そして新井がいた。
靖子は両手首を後ろ手に縛られ、猿ぐつわをかけられている。
「計画は今のところ順調だ。」
「お前がこのままずっと身を隠していれば問題ない。」
「なあ、新井。」
「六代目も私がお前を匿っているとは夢にも思ってないだろう。」
「指詰めまでした甲斐があったってもんだ。」


新井が言う。
「指詰めの演技ですよね?」
柴田の左小指は切断されていなかった。


「明日の昼、葛城と会う予定だ。」
「そこで例の盃の件の段取りを詰める。」
「神室町の喫茶アルプスとか言う店で会うことになってる。」


新井が腕組みをする。
「そうですか。」
「しかし柴田組長、いくらなんでも神室町で会うのはまずくないですか?」
「柴田さんと葛城さんが繋がってることを東城会本家に知られる危険がありますよ。」


柴田が言う。
「問題ないさ。」
「今俺が葛城に会っていたとしても不思議じゃない。」
「誰が見たところで例の抗争騒ぎの謝罪くらいにしか思われんはずだ。」
「まあ確かにお前が心配するのも分からんではない。」
「この女のおかげで思わぬ面倒を背負い込むハメになったからな。」
「まさかこんな女が、今世間を騒がせている連続殺人事件の犯人だったとはな。」
靖子の猿ぐつわを外す柴田。
「どうして柴田組の関係者ばかりを狙ったんだ?」


靖子が答える。
「仕方なかったんです。」
「1億なんて用意できると思わなかったから。」


新井が言う。
「柴田組長、もういいでしょう。」
「この女が柴田組の関係者を殺して回っていたことは確かです。」
「殺してしまいましょう。」
「私の方で始末しておきます。」


「まあ待て。」
「俺はな、どうしてこの女がウチの連中を殺して回ったのか知りたいんだよ。」
「それに、この女の色仕掛けがどこまでのもんか試してみたいもんじゃねえか。」


柴田が靖子の身体に触れようとした時、新井が後ろから柴田の右胸を撃ち抜いた。
「アンタはもう用済みだ。」
「心配しないでください。」
「これも計画の内なんですから。」
「この女の仕事は終わってない。」
「まだ必要なんですよ。我々にはね。」
「そう、私と葛城さんです。」
「それにあと数名の協力者にとってね。」
「柴田さん、勘違いしないでください。」
「私はハナっから柴田組と組んでるつもりはない。」
「最期に教えておいてあげます。」
「25年前の事件、葛城さんと手を組んでいたのはアンタだ。」
「あの事件、アンタは自分の出世のため葛城さんに手を貸した。」
「でもそれ以来、アンタは事件の真相をネタに葛城さんに見返りを求めすぎた。」
「葛城さんにとって今のアンタは邪魔者でしかない。」
「それじゃ。」
新井は柴田にとどめをさした。


「警察だ!銃を捨てろ!」
谷村が部屋に突入する。
新井はすぐに応戦し、逃げていった。


谷村は靖子を中華料理店「故郷」に連れてきた。
「この店は俺がアジトのように使ってる店だ。」
「警察とは繋がってない。」
「安心しろ。」


靖子が言う。
「どうして私のこと匿うようなことを?」
「あなた、警察の人なんでしょ。」
「さっきの柴田が話していたこと、聞いてたんでしょ。」
「どうして・・」


「簡単だ。」
「俺は生活安全課の刑事だからだ。殺しは専門じゃない。」
「それに例えアンタが殺人をやっていたとしても、俺にはアンタを捕まえる事ができないんだ。」
「殺人の証拠がないからな。」
「だから証拠が揃うまではこうして身柄を拘束するしかない。」
「まあ任意同行に付き合ってるくらいに思っといてくれ。」
「俺はずっとアンタを捜していた。」
「十年前からずっとな。」
靖子に父親の日記を見せる。
「今から25年前、1985年4月30日。」
「アンタは俺の親父と会う予定になっていた。」
「この日の夜、親父は荒川から水死体となって発見された。」
「冴島靖子さん、刑事としてじゃない。父親を殺された一人の男としてアンタに聞きたい。」
「あの日、アンタと親父は何を話したんだ。教えてくれ。」


靖子が言う。
「そう、あなたがあの刑事さんの。」
「あの日、待ち合わせの場所にあなたのお父さん、谷村さんは現れなかったんです。」
「あの日は昼過ぎに神室町の喫茶店で谷村さんと会うことになってました。」
「でもその日の朝、谷村さんから電話で少し待ち合わせの時間を夕方に遅らせられないかって連絡があって。」
「あの事件、実行犯は君のお兄さんだが真犯人は別にいる。」
「あと少しで証拠が入るから待ってくれと。」
「あと最後にこう言ってました。」
「靖子さん、この事件は極道同士の抗争なんかじゃない。」
「もっと強大な力が生み出したものだ。」
「君も身の回りには気をつけたほうがいいって。」
「谷村さんの言葉の意味は分かりませんでした。」
「ただ私はその日、谷村さんが待ち合わせに来なかった後、怖くなって神室町から逃げ出したんです。」
「やはりあなたの父さん、谷村さんはあの事件が原因で誰かに・・」


谷村が言う。
「そうだろうな。」
「ただアンタの話を聞いて、今までモヤモヤしていたものが少し晴れた。」
「今まで俺は、親父を殺したのは東城会、もしくは上野誠和会の人間だとばかり思っていた。」
「だがどこか引っかかっていたんだ。」
「警官殺しってのは警察という組織の中では特別なものでね。」
「身内が殺されたって面でも世間的な体裁って面からも徹底的に捜査を行うんだ。」
「だがウチの親父は明らかに他殺と分かるものだったのに事故死と認定された。」
「あり得ない。」
「もしかすると親父は事件を調べていくうちにもっと別の大きな何かを知ってしまったのかもしれない。」
「ところで靖子さん、あなたどうして25年も経った今、この街に帰ってきて柴田組の人間に手をかけるようなことをしているんだ?」
「兄貴の事が関係しているんじゃないのか?」
「安心しろ。例え俺に真相を話したところで警察は動きやしない。」
「俺の言ったことを信じてくれる上司なんてウチにはいないからな。」


靖子が言う。
「上野誠和会の葛城って人に言われたんです。」
「1億円用意するか、ある人間を殺せばお前の兄貴を助けてやるって。」
「つい数ヶ月前の事です。」
「千葉の片田舎で暮らしていた私の所に東京で刑事をしているっていう人から連絡がありました。」
「貴方のお兄さんが助かるかも知れない。是非会って欲しい人がいるって。」
「警察の方からの連絡ということもあって信用した私は、直ぐに紹介された人に会うため神室町へとやってきました。」
「それで葛城と会ったんです。」
「自分は25年前の事件の時、現場にいた被害者だ。」
「自分が冴島が犯人ではないと証言すればあの事件の裁判は再審理に持ち込める。」
「そうすれば冴島大河は助かるかも知れない、と。」
「その条件が1億円用意するか、殺人の手伝いをするかでした。」
「でも私には1億円なんてお金用意することはできない。」
「それで人を殺しました。」
「私が殺した人達が柴田組の関係者だということは知らされていませんでした。」
「でも貴方のお兄さんの無実の為にも特定の人間を排除しなければならないと葛城は言ってました。」
「今思えば葛城は私に25年前の事件の真相を知っている人間の口封じをさせたんだと思います。」


谷村が言う。
「なるほどな。これで一つ見えてきたな。」
「25年前の事件、葛城と柴田は裏で繋がっていた。」
「恐らく柴田は25年前の事を餌に今も葛城を脅していた。」
「だから葛城と協力関係にあった新井に殺された。」
「冴島大河が行った上野吉春襲撃事件にはもっと裏があるはずだ。」
「問題はどうしてあの新井が葛城と手を組んだのか、だ。」
「この前起こったあの抗争事件も最初から仕組まれたモンだった可能性が高い。」
「あの25年前の事件と同じようにな。」
「葛城にカマをかけよう。」
「新井って奴の話じゃ葛城はまだアンタを必要としている。」
「アンタの身柄を餌にして交渉すれば葛城も取り合わない訳にはいかない。」
「安心してくれ。何も本当に身柄を渡すわけじゃない。」
「向こうはアンタの居場所が知りたいだけだ。」
「身の安全は保証する。」
「どうだ?」


靖子が言う。
「断ります。」
「だってそれじゃお兄ちゃんは助からないから。」
「私には葛城の証言が必要なの。」


「靖子さん、あなたは葛城に脅迫されて命の危険を冒してまで殺人をするハメになった。」
「あの男が素直に証言するはずなんてない。」
「それなのに今でも葛城の話を信用するっていうのか?」
「アンタの兄貴の無実は俺が証明する。」
「それに俺もどうしても親父の殺された理由、あの事件の真相が知りたいんだ。」


靖子が言う。
「勝手ね。」
「あなたに何ができるって言うの?」
「全部自分のためだけじゃない。」
「私にとってお兄ちゃんは全てだった。」
「お兄ちゃんが大好きだった。本当に大好きだった。」
「25年前のあの日、お兄ちゃんがいなくなってから私はずっと独りだった。」
「あなただけじゃないのよ、寂しい思いしているのは。」
「全員憎い。ヤクザも警察も葛城も。」
「真犯人なんてどうでもいい。」
「私はもう一回お兄ちゃんに会いたい。それだけなの。」


「冴島靖子さん、お願いします。」
谷村が頭を下げる。
「私に力を貸してください。」
「もうあなたが人を殺すことなくお兄さんに会えるよう、命を賭けて尽力します。」


「頭を上げてください。」
「分かりました。」
靖子は車の鍵を谷村に渡した。
「神室中央パーキング。」
「そこに停めてある車の鍵です。」
「その車のトランクの中に1億円入っています。」
「私は葛城の命令に従って罪を犯しました。」
「最初は1人か2人殺せばいいと思ってた。」
「けど葛城の要求は止まらなかった。」
「次から次へ人を殺すよう私に命令してきた。」
「でも私はもう人を殺せなかった。」
「殺したくなかった。」
「だから借りたんです。」
「スカイファイナンスの秋山さんって方に借りました。」
「そのお金はあなたに預けます。」
「もし葛城がその1億円で兄の無実を証言してくれると言ったらそのお金を渡してください。」
「私は今から沖縄に行きます。」
「明後日が兄の死刑執行日なんです。」
「兄が前にいた東京刑務所の刑務官の方が教えてくれました。」
「つい先日沖縄の刑務所に移送されたみたいです。」
「あくまで内密にということで教えてくれました。」
「多分私が25年間、毎日面会に通い続けたからですね。」
「結局一度も会えませんでしたけど。」
「もう時間がないんです。」
「だからもし死刑執行が止められなかった時は、せめてお兄ちゃんの近くにいたい。」
「私は谷村さんを信じるしかありません。」
「どうか兄の事、よろしくお願いします。」


谷村は神室パーキングで1億円の入ったアタッシュケースを回収し、葛城に連絡をとった。
電話で話をする。
「あんたと取引がしたい。」
「実は今、冴島靖子を俺が預かっている。」
「警察にはまだ報告していない。」
「あくまで俺が身柄を拘束している状態だ。」
「あんたが冴島靖子を使って柴田組の連中を殺すように命じていたことは分かっている。」
「もちろん25年前の事件の事もな。」
「あんたはまだ冴島靖子が必要なはずだ。」
「俺は25年前の事件を追っている。」
「事件を担当した谷村という刑事が死んだ理由、それが知りたい。」
「あんたが取引に応じてくれれば冴島靖子の身柄は渡す。」
「どうだ、25年前の真相、俺に教えてくれないか。」


葛城が言う。
「もしかして息子さんですか。あの刑事さんの。」
「条件があります。」
「私としても刑事さんであるあなたに迂闊なことは話せない。」
「それに電話ではあなたが冴島靖子の身柄を拘束しているという確認もできない。」
「あなたが冴島靖子と繋がっているという証拠を見せてください。」


谷村が言う。
「分かった。1億持っていこう。それでどうだ?」
「あんたが靖子さんに要求した1億だ。その金が今俺の手元にある。」
「靖子さんが用意したものだ。」
「取引の際、その金を持っていく。」
「俺に会うのはその金を確認してからで構わない。」
「それでどうだ?」


「1億ですか。」
「一介の刑事さんがダミーとして集められる金額じゃない。」
「いいでしょう。お会いしましょう。」


翌日の17時、ミレニアムタワーの前で葛城と会った。
神室町を歩きながら話をする。
「谷村さん、あなたはお父さんの死の真相が知りたいと仰ってましたね。」
「私は回りくどい交渉は好きじゃありません。」
「はっきり言いましょう。」
「確かに谷村さん、あなたのお父さんはあの襲撃事件に柴田、そして私が関係していたことは突き止めていました。」
「25年前のあの事件は私と柴田が描いた絵です。」
「私はあの日あの時間、冴島大河が一人で襲撃に来ることを知っていた。」
「事前に冴島がどうやって襲撃してくるかも知っていた。」
「私は予め防弾チョッキを備えていた。」
「だから助かることができた。それまでです。」
「当時私は22歳。柴田さんは30歳。」
「若い二人が縦割りの組織で成り上がるにはそうする必要があったんです。」
「もうあれから25年が経ちます。」
「今この事実が警察に伝わったところで私が罪に問われる事はない。」
「しかし極道社会でそれは通じない。」
「だから冴島靖子を使って柴田組の関係者を殺し、新井に指示して柴田を殺した。」
「あなたのお父さん、谷村さんは25年前の事件の裏に私と柴田が動いていた事を突き止めた。」
「だがその捜査の過程でもっと大きなものを発見してしまったんです。」
「それは警察内部の不正です。」
「あなたのお父さんは事件の捜査をしていくうちに警察内部の不正の事実を知ってしまったんですよ。」
「あの事件は警察によって操作されたものだったんです。」
「冴島大河ではない、事件の真犯人を隠すためのね。」
「あの事件、冴島大河は襲撃を行った。」
「でも真の犯人は別にもう一人いるんです。」
「あなたのお父さんはその真犯人の正体と、真犯人を知りながらもそれをもみ消した警察の不正を知ってしまった。」
「だから殺されたんですよ。」
「真犯人の名前を教える前に取引です。」
「冴島靖子さんの居場所、教えてもらいましょうか。」


谷村が言う。
「この1億はくれてやる。」
「だから靖子さんのことは見逃してやってくれ。」
「彼女は沖縄へ行った。」
「冴島大河に会うためにな。」


葛城が言う。
「もう手遅れなんですよ。」
「冴島靖子も、お前も。」
「冴島靖子さんは後で始末します。」
「だがまずはあなただ。」
上野誠和会の構成員達に囲まれる谷村。
「最後に教えてあげますよ。」
「25年前の事件、18人殺した真犯人。」
「あれね、俺なんだよ。」
「そうだ、あのあなたが通っている故郷って店・・あの店のご主人にもついでに消えてもらいますんで。」
「急いで行かないと殺されちゃいますよ。」
「それじゃ。」
葛城は去っていった。


その時、1台のパトカーが猛スピードでやってきた。
中から杉内が降りてくる。
「そこまでだ!」
「テメエは早く行け!」
「いつも入り浸ってる店の連中が危ないんだろう?」
「お前ら全員、捜査一課でまとめて面倒見てやる!」
「覚悟しろ!」


谷村は1億が入ったアタッシュケースを持って、急いで中華料理店「故郷」に向かった。
すると店は全く無事で、生活安全課の課長・久井 聡が店にいた。


事情を久井に説明する。
「それで君のお父さんを殺したのも、その葛城って男だったのかい?」


谷村が答える。
「いや、そこまでは聞けなかったんで。」


「そうか・・」
「でもね、谷村君。本当に心配したんだよ?」
「一課の杉内君から君が上野誠和会と接触しようとしているって連絡があってね。」
「大事になる前に止めなきゃって思ってずっと捜してたんだから。」
「今の上野誠和会がどれだけ危険な存在か、分からない訳じゃないでしょ?」
「昔の資料を見たいなら本庁に行けばいいよ。」
「本庁の地下3階にある13号資料室。通称開かずの間。」
「そして別名不祥事の間。」
「過去に起こった警察の不祥事の資料は全てそこに保管されている。」
「って噂なんだけどね。」


久井と一緒に本庁地下3階・13号資料室に向かった谷村は上野吉春殺害事件の資料を発見した。
「本件は1985年に発生した殺人事件である。」
「1985年4月21日正午過ぎ、東京都杉並区のラーメン店において一人の男が6丁の短銃をもって乱入。」
「店内にいた上野誠和会総長、上野吉春を含む20人を襲撃した事件である。」
「犯行を行ったのは東城会構成員、冴島大河。当時20歳。」
「当日は上野吉春が2年前の刑期を終えた出所日であり、同組織の幹部複数名など重要人物が集まっていた。」
「警視庁は同日特別捜査班を結成。」
「刑事部捜査第一課から担当刑事として谷村大義、杉内順次を任命。捜査を開始した。」


谷村が呟く。
「親父と・・杉内?」
「杉内だって?」
「親父と杉内さんが一緒に捜査を?」
「今までそんな話は聞いたことがない。なぜだ?」


翌日、谷村は1億の入ったアタッシュケースを持ってスカイファイナンスに向かった。
「あんたが秋山さんか?」
「そうか、アンタが靖子さんに金を貸した男だったのか。」


秋山が驚く。
「靖子ってリリちゃんのこと?」
「どうしてアンタ、リリちゃんの名前を。」


谷村が事情を説明する。
「そういうことだったのか・・」
「何も聞かなかったからね。」
「深い理由があるとは思っていたけど、まさか死刑囚の兄を救うために金が必要だったとはね。」
「もっと早く俺のところに来ていれば柴田組の連中を殺すようなことしなくて済んだかもしれないのに。」


谷村が言う。
「だが葛城が約束を反故にした以上、その金ももう必要なくなってしまった。」
「彼女に代わって、俺があんたに返すよ。」


「いや、いい。」
「どんな事情はあれ、その1億は彼女に貸したものだ。」
「彼女から返してもらうのが筋ってもんだろ?」
「刑事さん俺はね、金なら腐るほど持ってるんだよ。」
「それにね、金儲けしようなんて考えて無い。」
「最悪、その金が返ってこなくてもいいとすら思ってる。」
「俺はさ、金を貸す価値があると思った人間にだけ金を貸してるんだ。」
「金を貸すことでその人間の人生がどう動いていくのか、それに興味があるだけなんだよ。」
「とにかくその金は受け取らない。」
「彼女が直接返しに来るまではね。」
「で、今彼女はどうしてるの?」


谷村が答える。
「沖縄に行った。」
「お兄さんが数日前に沖縄の刑務所に移送されたらしい。」
「だから死刑の執行される時はせめて直ぐ傍にいたいと。」


「やっぱりいい女だ。」
「俺はね、谷村さん。彼女を好きになっちゃったんですよ。」
「俺はもう一度リリちゃんに会いたい。」
「でも残念ながら、今俺とリリちゃんを繋いでいるのはその金だ。」
「つまりその金を受け取っちゃうと、俺とリリちゃんの縁は切れちゃうってワケ。」
「でもさ、もっと悲しいのはさ、新井さんの方の話だよ。」


その時、秋山の携帯に城戸から連絡が入る。
事の発端となったエルナードで飲んでいた上野誠和会の片割れ・三島を発見したという。


電話を切った秋山に谷村が聞く。
「誰からだ?」
「今、新井を見つけるとか言っていたようだが。」


「城戸だ。」
「あの新井さんの弟分の男だ。」
「実は俺、その城戸って奴と協力して新井さんのことを捜しているんだ。」
「新井さんに死なれちゃ困ったからね。」
「柴田組は上野誠和会との手打ちのために新井さんを血眼になって捜していたから。」
「新井さんが柴田に捕まる前に何とかして俺達で身柄を確保しなきゃってさ。」
「って言っても、さっきのあんたの話が本当ならとんだ見当違いをしていたってことなんだけどねえ。」
「まさか新井さんが葛城とつるんでたなんてなあ。」
「そういうことやらなそうな人だと思ってたんだけどなあ。」
「で、なんかさ。新井さんを捜していた城戸ちゃんがさ、偶然あのドンパチ事件から行方をくらましていた上野誠和会のチンピラを見つけたんだってさ。」
「上野誠和会の三島って男。」
「新井さんがこのビルの下で撃ち殺した伊原って男の兄弟分ね。」
「なんかさ、その三島ってのが洗いざらい全部喋るから身の安全を保証して欲しいんだってさ。警察に。」
「それで信頼のおける刑事を紹介して欲しいんだと。」
「自分を上野誠和会から守ってくれる刑事さんをね。」
「だからさ、あんた行ってよ。」
「だって適任じゃんか。」
「あんたの話じゃ、警察って組織はかなりの悪の集まりみたいだしな。」
「杉内さんもアテにならない。」
「ならあんたが行くのが一番でしょ。」
「案外あんたの追ってる事件の真相に近づいちゃうかもしれないよ。」
「俺の読みじゃ、この前の金村興業と上野誠和会のドンパチ事件。」
「あれはあんたの親父が関わった25年前の事件と繋がってる可能性が高い。」
「事件の関係者が被りすぎてる。」
「もしあの新井さんが裏で繋がっていた葛城の命令であのドンパチ事件を作為的に起こしていたとしたら・・」
「葛城は柴田と共謀して東城会を乗っ取ろうとしていた。」
「そこにリリちゃんの殺人だ。」
「葛城は共謀していたはずの柴田を裏切り、さらに25年前の事件の真相を知る人間を消そうとした。」
「強引なやり方でな。」
「だがどうして今になってそこまでする必要があった?」
「今までも殺そうと思えば殺せたはずだ。」
「なのに何故今?」
「そう、葛城は焦っていた。」
「ドンパチ事件が起こる前に何とかして25年前の事を知る人間を殺す必要があった。」
「どうしてだ?」
「葛城を裏で操っている人間に指示されていたから・・」
「25年前の事実が公になってはならない人間・・」
「事件をもみ消そうとした警察の連中ということになる。」
「警察内部に裏切り者がいるってことだな。」
「どうする?三島って男に会ってみる?」


谷村が言う。
「ああ。俺が行こう。」
「だが罠を張る。」
「その三島ってのが本当にあのドンパチ事件の生き残りなんだったら何か知ってる可能性もある。」
「なら三島の存在は葛城だけじゃなく、警察の裏切り者にとっても邪魔なはずだ。」
「わざと警察に三島との接触を報告して裏切り者をあぶり出す。」


谷村は警察に情報を流し、三島のいる東京湾埠頭に向かった。
倉庫の中に三島がいた。
「神室署の谷村だ。」
「お前が保護してもらいたがっているって話を聞いてやって来た。」
「お前が上野誠和会の三島だな?」


三島は静かに頷いた。
「あんた刑事か?」
「俺を守ってくれるんだろうな。」
「俺はあの日、伊原と共にエルナードで騒ぐように指示されていたんだ。」
「葛城はとにかく騒げとしか言ってなかった。」
「だからその通りにしていたんだ。」
「だが思わぬ邪魔が入った。」
「秋山って奴だ。あいつが現れて予定が狂っちまった。」
「エルナードで秋山って奴にやられた後のことは何も覚えていない。」
「気づいたらチャンピオン街で寝ていた。」
「多分伊原に運ばれたんだと思う。」
「チャンピオン街のゴミ捨て場だった。」
「目を覚ました時には伊原の姿は無かったけどな。」
「俺と伊原はよくチャンピオン街で飲んでた。」
「恐らく伊原は慌ててたんだろう。」
「ゴミ捨て場に俺を放り捨てて逃げたんだ。追っ手からな。」
「俺は事情が飲み込めないまま伊原を捜した。」
「あの後何があったのか、これからどうするかを聞きたかったんだ。」
「そして見つけたんだ。死体になった伊原をな。」
「俺には状況が理解できなかった。」
「ただ怖かった。怖くなって逃げたんだ。」
「無我夢中で走って上野誠和会の本部に駆け込んだ。」
「本部に到着して誰もいない部屋に入って呼吸を整えながら何とか落ち着こうと冷静になって今までの事を考えようとしていた。」
「その時だ。隣の部屋から葛城が誰かと電話で話している声が聞こえてきたんだ。」
「どうやら話している相手は警察関係者だったらしい。」
「警察という言葉は何度となく聞こえた。」
「そして・・予定通り伊原は死んだ。三島も発見次第始末すると。」
「俺は誰にも見つからないように逃げ出した。」
「そして今の今まで隠れて過ごしていたんだ。」
「このままじゃ俺は上野誠和会に殺されちまう。」
「刑務所でもどこへでも行くから俺を助けてくれ。」


その時、杉内が現れて三島の左胸を拳銃で撃ち抜いた。
三島は即死した。
「全くお前にはつくづく驚かされるぜ。」
「まさかたった一人でここまで事件の真相に近づくとはな。」
「何で俺だって分かった?」


谷村が言う。
「結構前から気付いてましたよ。」
「あんたが普通の警察官じゃないってことはね。」
「あんたが履いてるその高そうな靴、いつも綺麗すぎるんですよ。」
「一課の現場の最前線で動く刑事の履く代物じゃない。」
「普通の刑事だったら安物の靴、履き潰すまで履くでしょう。」
「時計にしてもそうだ。」
「一介の刑事の給料で買うには高すぎます。」
「それも誰でも知ってる単なる高級品ってレベルじゃない。」
「本当に一部の人間しか買えない目玉が飛び出るほどの超高級品だ。」
「あなたは色々と分かりやすい行動をしていた。」
「俺が葛城と接触した際の救出劇。」
「それに久井課長に指示しての故郷への先回り。」
「なんか俺に気付いて欲しかったんじゃないかって思えるんですよ。」
「あんたは葛城と内通していた。」
「25年前の事件の時から。」
「だがあんたはもうその関係に疲れていたんじゃないですか?」
「警視庁の13号資料室。」
「あそこで25年前の事件の報告書を見ました。」
「あなたは俺の親父とともに事件を担当していた。」
「葛城がもしあの事件の真犯人だとしたら、その事を隠蔽できるのは俺の親父かあんたしかいない。」
「あんたは上層部の命令を受けて25年前の事件を改ざんした。」
「真犯人である葛城の犯行である事を隠すために。」


杉内が言う。
「黙れ!」
「てめえはまだ何にも真相に近づいちゃいねえよ。」
「俺のこと分かったような口聞くんじゃねえ。」


その時、須藤が10数名の警察官とともに現れ杉内を取り囲んだ。
須藤は警視庁刑事部捜査第一課の課長でかつての伊達の部下だ。
「ここまでだ、杉内。」
「お前が上野誠和会の葛城と内通していたことは割れている。」
「無駄な抵抗はやめておとなしく投降しろ。」


須藤が発砲命令を出すことを躊躇っている隙きに杉内は逃げ出した。
谷村は杉内を単独で追いかけ、追い詰める。
「まさかお前がここまでやるとはな。」
「教えてやろう。」
「親父さんはな、俺が殺ったんだよ。」
「テメエの親父を殺したのはこの俺だ。」
「俺はな、そもそも警察官じゃねえ。」
「俺はな、極道なんだよ。」
「俺と葛城はそっちの世界で言うとこの、兄弟。」
「つまり親友ってことだ。」
「俺は初めから上野誠和会側の人間なんだ。」
「警察の内部事情をスパイするために警察学校に入り刑事になったヤクザ。」
「それが俺だ。」
「25年前のあの襲撃事件、冴島大河が持っていた銃の弾は全てゴム弾が装填されていた。」
「冴島大河が店を出ていった後、葛城は倒れている全員の頭を銃で撃ち抜き殺害した。」
「上野吉春以外全員をな。」
「予め打ち合わせをしていた俺は店を訪れ、事件を偽装するために葛城の右肩を同じ銃で撃った。」
「その後、当時刑事部長だった宗像に報告書を持っていくと、嘘が一発でバレた。」
「死んだ18人全てが正確に頭を撃ち抜かれていたからな。」
「そして頭を撃ち抜かれた組員達は全員、身体にゴム弾を被弾した傷も残っていた。」
「事件の真相を見抜いた宗像は、事実を隠蔽する代わりに葛城と会わせるよう俺に要求してきた。」
「その宗像は今、警視庁副総監だよ。」
「俺らのバックにはあの宗像副総監がいる。」
「これでお前も分かっただろう。」
「敵は果てしなく強大な存在だ。」
「・・これで楽になった。」
「30年だ。」
「30年も偽りの自分を演じてきたんだ。」
「誰にも話せず、誰にも理解されずにな。」
「この苦しみがお前に理解できるか?」
「俺は一体何がしたかったのか。」
「25年前のあの日、宗像を葛城に引き合わせたあの日から俺は警察と極道両方の犬になっちまった。」
「本当の自分の目的なんてもうすっかり忘れちまったよ。」
「お前はいいなあ。」
「刑事として生きられて。」
「偽りとは言え30年も刑事やってると、それなりに人に感謝されたり喜ばれたりする事もあった。」
「俺はその度に悩み苦しんだ。」
「果たして俺は何がしたいんだろうってな。」
「事件を解決すりゃ人から感謝される。」
「そうなりゃ頭じゃダメだと分かっていても心の奥底では嬉しいという感情を覚えちまう。」
「俺もさ、お前みてえに悩んで苦しんで走って・・力いっぱい刑事やってみたかったなあ。」
「逮捕しろよ。」
「お前は自分の力で父親の仇、捕まえたんだ。」


その時、杉内は何者かに左胸を撃ち抜かれた。
犯人は顔を隠しており、すぐに現場から逃走した。
「裏切り者は・・」
「これで・・ようやく・・楽になれる・・ありがとな・・」
杉内は絶命した。


宗像と久井が携帯で話をしている。
「そうか、杉内が死んだか。」


久井が答える。
「ええ。命令通り始末しました。」
「2人ともです。」
「これから谷村の身の回りの事実を知る人間を始末します。」


銃を持ち中華料理店「故郷」に入った久井は、趙の前で自分の頭を撃ち抜き自殺した。


―沖縄―
アサガオにいる桐生のもとに深い傷を負った浜崎が訪ねてきた。
「よう、久しぶりだな。」
傷の手当をしてあげる桐生。
「すまねえな、迷惑掛けちまって。」


桐生が言う。
「お前、脱獄いてきたのか?」
「どうして脱獄なんかしたんだ?」
「そんなことしてもまた罪を重くするだけだ。」
「何日か前、冴島という男がここを訪れた。」
「その時お前の名前を口にしていたんだが。」


「その話本当か?」
「そうか、冴島の奴ちゃんと生き延びていたのか。」
「それで冴島はどうした?」
「ちゃんと神室町に行けたのか?」


桐生が答える。
「ああ。向かった。」
「その後無事に辿り着いたかまでは分からないがな。」
「お前、あの冴島って男とはどういう関係なんだ?」


「兄弟だ。」
「奴は俺の兄弟分だ。」
畳に両手をつき頭を下げる浜崎。
「桐生、アンタにどうしても頼みがある。」
「俺は兄弟を男にしてやりてえ。」
「だから頼む。」
「俺の最初で最後の頼み、聞いてくれ!」


「実はあの冴島って男は今から25年前に起こった上野誠和会総長、上野吉春襲撃事件の実行犯だった男なんだ。」
「あんたも神室町で生きていた人間なら話くらい聞いたことはあるだろう。」
「そう、あの18人殺しの犯人があの冴島なんだ。」
「俺と冴島はつい先日、沖縄の民間刑務所の所内で知り合った。」
「正式名称は沖縄第弐刑務所。」
「国が極秘裏に民間委託している刑務所施設がこの直ぐ近くの場所にあるんだ。」
「表向きは更生施設って肩書きなんだが、中身は全国から作為的にかき集められた極道関係者の吹き溜まりみたいな場所だ。」
「冴島は数日前、勾留先の東京刑務所からその施設に移送されてきた。」
「俺は脱走する時のパートナーとして冴島に近づいたんだ。」
「冴島って男が半端ないほどに強いってのもあるんだが、一番の理由は俺が25年前の事件の真相を知っていたからなんだ。」
「25年前、冴島はあんたもよく知るあの真島と兄弟関係にあった。」
「元々あの襲撃事件は真島と冴島が二人でやるはずの計画だったんだ。」
「だが襲撃の当日、真島はやって来なかった。」
「俺はその事実を利用し、冴島をそそのかした。」
「でもな、事実は違う。」
「実は冴島を裏切ったのは真島じゃねえんだ。」
「冴島と真島は二人とも嵌められていたんだ。」
「当時東城会系の三次団体の組長をしていた柴田という男にだ。」
「俺はそのことを冴島に伝えないまま別れてしまった。」
「俺はなんとしても冴島にその真実を伝えてやりてえんだ。」
「このままじゃ冴島は兄弟分だった真島と殺し合いをしてしまう。」
「それに冴島は俺が惚れた男だからだ。」
「確かに俺は冴島を自分の脱獄に利用するために近づいた。」
「だが脱獄するときも奴は常に俺のことを信じてくれていた。」
「こんな俺のことをな。」
「俺の人生は人を裏切り、裏切られの連続だった。」
「そんな俺を信じるって言ってくれたのは、桐生さんとあの冴島だけだったんだよ。」
「俺は冴島ともう一回イチから渡世をやり直してえんだ。」
「ちゃんとした兄弟分としてな。」
「だから頼む、あんたの力を貸してくれ。」


浜崎は一冊のファイルを桐生に差し出した。
表紙には「内事案機密計画書」と書いてある。
「俺が脱獄した後、サツとの取引に使おうとしていたブツだ。」
「沖縄第弐刑務所なんて限りなく非合法に近い施設が生まれた経緯とその資金面での金の流れが書かれている。」
「今から5年前、アンタも関係したあの東城会の消えた100億事件。」
「実はあの事件で動いていたあの金も沖縄第弐刑務所設立の裏資金となるはずの金だったんだ。」
「俺は1年前、東城会の若頭補佐をやっていた頃、警視庁の上層部が大量の裏資金を溜め込んでいる事実を知った。」
「当時取引していた蛇華経由の情報でな。」
「蛇華は数年前から警視庁のある幹部と取引をして、海外の金融機関を使ってのマネーロンダリングを担当していたんだ。」
「裏金の目的はある警視庁幹部の理想郷創造のためだ。」
「警察は極道関係者の受刑者を集めた施設を作り、そこで犯罪者と取引をしようと計画を企てていたんだ。」
「作為的な犯罪のコントロールだ。」
「つまり受刑者にわざと犯罪を起こさせ、それを取り締まろうということだ。」
「その幹部一味が警察組織内部で点数を稼ぎ、強大な権力を握るための計画ってわけさ。」
「神宮が東城会にロンダリングさせていたあの100億は、さらにその裏で警察に流れようとしていた。」
「俺も知らなかった事実だ。」
「当初俺は刑務所長から警察の裏金の証拠を奪い、それを使って警察と取引しようと思っていた。」
「脱獄後の身の安全のためにな。」
「だがその資料にはもっと驚くべき事実が書かれていたというわけだ。」
「正直ここまでのネタになると俺の手にはおえねえ。」
「警察と取引しようにも、逆に一瞬で消されちまう可能性が高い。」
「だから取引は諦めた。」
「それでこのファイルをあんたに託したいんだ。」
「あんたは5年前の事件の当事者だ。」
「あの騒動であんたは自分の兄弟とも戦うはめになった。」
「それに・・これを見てくれ。」
浜崎はファイルの中に書かれたメモを桐生に見せた。
東城会に大きくバツ印がつけられ、壊滅と書かれている。
そのかわりに神室町から上野誠和会に矢印が引かれている。
さらに上野誠和会から警視庁への矢印もある。
「俺らがいなくなっちまった東城会で今とんでもねえことが起こってるんだ。」
「俺はな、桐生。」
「アンタにもう一度あの街の頂点に立ってもらいてえんだよ。」
「そうじゃなきゃ俺たちが命賭けてきた東城会が無くなっちまうんだ。」


翌日、浜崎は自首するため警察署に向かった。
桐生も浜崎に付きそう。
すると警察署の前に冴島靖子がいて、冴島大河と会わせろと警官と揉めていた。
桐生が靖子に声をかける。
「冴島大河の知り合いか?」


靖子が答える。
「ええ。大河は私の兄です。」


それを聞いた桐生が驚く。
「ちょっと警察署の前では都合が悪いな。」
「もし良ければ少しお話を聞かせてもらえませんか?」
「とにかく人目のつかない場所に行こう。」


桐生は靖子を玉城組の元事務所に連れてきた。
「1年前、とある騒動に巻き込まれたとき闘った組織のアジトだ。」
「今は空きビルになってる。」
「ここなら人目につかないはずだ。」


靖子が話し始める。
「私は冴島靖子。大河は実の兄です。」
「兄とは25年間離ればなれでした。」
「25年前にとある事件を起こして刑務所に入っていたんです。」
「でも何度刑務所に面会を申し込んでも許可される事はありませんでした。」
「25年毎日毎日通い続けたのに。」
「そしてつい先日、兄が移送されるという情報を手に入れたんです。」
「その移送先というのが沖縄第弐刑務所という事でした。」
「その情報を聞いてすぐに私は東京の神室町からこの沖縄に来たんです。」
「でも沖縄の警察に聞いても沖縄第弐刑務所なんて無いって。」
「私、どうしたらいいのか・・」


浜崎が言う。
「靖子さん、沖縄第弐刑務所は実在するぜ。」
「本当だ。そこにいた俺が言うんだからな。」
「あそこは刑務所とは言っているが公的な施設じゃないんだ。」
「民間刑務所という特殊な建物なんだ。」
「それより、もっと重要な話だ。」
「俺はあんたの兄さん、冴島大河を知っている。」
「そしてもう一つ、冴島大河は今沖縄にはいない。」
「恐らく今は神室町だ。」
「数日前、俺と一緒に脱獄したんだ。」
「その民間刑務所をな。」


桐生が言う。
「脱獄の翌日、あんたの兄さんは俺の前に現れた。」
「そしてどうしても神室町に行かなくてはならない、だから金を貸してくれと。」
「残念だが入れ違いになったようだ。」


靖子が言う。
「そうですか。神室町に。」
「こうしてはいられません。」
「すぐに神室町に戻ります。」


そこに刑務官・斎藤が浜崎を捕らえるために現れた。
浜崎が桐生と靖子を身を挺して逃がす。
その際、脱獄の時に撃たれた背中の傷が開き、浜崎は血を流して倒れてしまった。


―神室町・中華料理店「故郷」―
谷村と趙が話をしている。
「しかしお前の父親の死が警察内部の手によるものだったとはな。」
「驚きだよ。」
「何かすっきりしねえな。これじゃお前の親父さんも報われない。」


谷村が言う。
「久井課長も杉内さんも長い間苦しんでいたんだ。」
「宗像や葛城といった連中に使われながらな。」
「彼らは人生の大半を他人の為に捧げ続けた。」
「だが結局最期は自分の意思で行動した。」
「警察官としての自らの正義のためにな。」
「杉内さんは自分が25年前の真実を話せば殺されることを知っていたはずだ。」
「だが俺に真実を話した。」
「久井課長も自らの命と引換えに、趙さんと俺を救おうとした。」
「久井さんは俺に自分の果たせなかった警察官としての正義を託したんだ。」


そこに秋山がやって来た。
「こんにちは。」
「いやいや、何か凄いことになっちゃったみたいだね。」
「なんかさあ、急に検察の連中がやってきてさ。」
「店、家宅捜索されちゃってね。」
「店、追い出されちゃった。」
「強要罪とか何とか・・」
「俺はな、客に金を貸す時に無理矢理条件を出して相手が嫌がろうが絶対にそのテストを受けさせてたんだけど、それが嫌がる行動を客に強制したっつって罪になるんだってさ。」
「それで行く当てがなくてここにお邪魔したわけなんだけどさ。」


谷村が言う。
「秋山さん、あなたに協力して欲しい事があります。」


桐生は冴島靖子と一緒に神室町・ニューセレナにやって来た。
ニューセレナのママは身内の不幸があったため帰省中で、その間だけ代理マスターとして伊達が店番をしていた。
「靖子さん、どうしてあんたは人を殺すような罪を背負ってまで兄貴に会いたいと思っているんだ?」
「靖子さん、正直に話してくれ。」
「どうしてあんたはそこまでして兄貴にこだわるんだ。」


「それは私にとってお兄ちゃんは自分自身のような存在だからです。」
「私は本当ならとっくに死んでいるはずの人間なんです。」
「それを救ってくれたのがお兄ちゃんなんです。」
「兄と私の間に血の繋がりはありません。」
「兄は父の連れ子。私は母の連れ子です。」
「兄は私の実の父親、死んだ母親の元夫を捜して腎臓のドナー提供を頼んでくれたんです。私のために。」
「私の血液型は少し特殊なものでした。」
「移植にはどうしても血縁者のドナー提供が必要だった。」
「それを知った兄は家を飛び出し、来る日も来る日も私の実の父を捜し続けてくれた。」
「兄がまだ15歳の時の話です。」
「私はもう諦めていました。」
「死んだ母から実の父は酒に酔い、女に乱暴するどうしようもない男だと聞かされていましたから。」
「そんな男ならもうとっくに死んでいるかもしれない。」
「もし生きていたとしても、そんな男の腎臓をもらって生きながらえるなんて。」
「私には出来ない。そう思っていました。」
「でもお兄ちゃんは諦めなかった。」
「何があってもお前を守る。そう言ってくれました。」
「父は近江連合という組織の下で極道まがいの事をして生きていました。」
「兄は私の父が極道だと知りながら単身関西へと行きました。」
「相手は本物のヤクザ。兄の話を聞いた父は腎臓移植の代わりに多額の金を要求してきました。」
「当時の額で3000万。」
「兄は露頭に迷った挙げ句、神室町でチンピラ相手に喧嘩を吹っ掛け金を工面しようと躍起になっていました。」
「そんな兄を救ってくれたのが、笹井さんという東城会の方でした。」
「兄は笹井さんの組に入ることを条件に3000万というお金を用意してもらったんです。」
「兄はもう余命幾ばくも無かった私を見捨てず、最後まで面倒みてくれました。」
「学校の先生になるという自分の夢も諦め、高校にも行かずに極道の道へ。」
「私の人生は兄によってもたらされたものなんです。」
「私にとって兄は全てなんです。」
「今自分がこうして行きていられるのも、兄が私に生きる希望を教えてくれたからなんです。」
「正直言うと、兄が18人殺した犯人とかそうじゃないとか、真犯人は別にいるとかそんなのはどうでもいいんです。」
「私にとってお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだから。」


桐生が言う。
「アンタにはここで待っていてもらう。」
「少しこの店で頭を冷やした方がいい。」
「靖子さん、もし冴島が既に死んでいたとしたらアンタどうするつもりだ?」
「死ぬ気なんじゃないのか?」
「確かにあんたは不幸かもしれない。」
「両親を失ったことで幼い頃から辛い思いをたくさんしてきた。」
「でもな、世の中不幸だからって何をしてもいいってわけじゃないんだ。」
「俺はあんたのその純粋な気持ちだけで起こした行動が正しいものだとは思えない。」
「あんたは冷静さを失ってるんだ。」
「だから俺が先に行って冴島が今どこで何をしているのか確かめてくる。」
「冴島は責任持って俺が捜す。」
「必ずあんたに冴島を引き合わせる。」
「これ以上あんたに無理をして欲しくないんだ。」


桐生は真島に会うためミレニアムタワーに向かった。
すると入口から警察に逮捕され連行されている真島が出てきた。
「真島の兄さん!」


「うまいことハメられてしもた。」
「これでしばらく身動きが取れへん。」
「堂島大吾や。」
「急げや、桐生ちゃん。」
「全部の事件は繋がっとる。」
「25年前のやつも、100億の事件も。」
「靖子ちゃんのやつもや。」
「このままやと俺らの東城会が潰されてまう。」
「それに今は靖子ちゃんが危ない。」
「お前しかおらん。」
「後は頼んだで。」
真島はパトカーに乗せられ、連行されていった。


―同日同時刻・東城会本部会長室―
堂島大吾の前に宗像が座って携帯電話で話をしている。
「そうか、真島を逮捕したか。分かった。」
「ああ、冴島靖子の捜索はもう手配済みだ。」
「後は例のファイルが今どこにあるか、それを探し出せ。」
「ああ。頼んだぞ。それじゃ。」
宗像は電話を切った。
「あなたのご協力で真島を逮捕することができましたよ。」
「これで真島組の邪魔が入らない。」
「感謝します。」
「さあ、後はあなたがどう決断するか。」
「それだけです。」
宗像の後ろには新井の姿がある。


大吾が言う。
「数日前の上野誠和会との抗争、それに5年前の100億事件。」
「すべてがあなた方によって仕組まれていたことだったとは。」
「いまだに信じられません。」


「だがそれが事実です。」
「もう迷っている時間はありませんよ、六代目。」
「私はね、堂島さん。」
「極道組織というのは社会の必要悪だと思っているんですよ。」
「敗戦後、日本という国の復興を陰で支えてきたのは警察と極道です。」
「それは間違いありません。」
「我々警察は目に見える犯罪から一般人を守り秩序を築いた。」
「そして極道は目に見えない外敵を水際で叩き、この国を独立国家として成り立たせた。」
「だからね、私は警察だけが正義だなどと言うつもりはありません。」
「警察と極道は今の今まで常に表裏一体。」
「共に同じ道を歩んできたのですから。」
「だが時代は変わった。」
「本来裏の顔であるはずのあなた達は、組織が巨大化するにつれ本来の立場を忘れ表の世界に出るようになった。」
「金を稼ごうとする者も増えてきた。」
「巨大な組織には金が必要だ。」
「しかしそれでは何かとお互いに都合も悪い。」
「だから私はそれを本来の形に修正したいだけなんです。」
「あなたさえよければ上野誠和会は責任を持って潰します。」
「公の権力を使って、綺麗にね。」
「裏を取り仕切る組織はあまり多くない方がいい。」


大吾が言う。
「その条件が新井というわけですか。」


「ええ。」
「この新井を新たに若頭に昇進させて我々との窓口にして欲しい。」
「組織の運営は新井が取り仕切ります。」
「あなたには六代目として東城会を守ることができる。」
「どうでしょう。」
「あなた方東城会としては本来敵であるはずの我々と手を組める。」
「悪い話じゃないはずですが。」


大吾が言う。
「上野誠和会はどうするつもりなんですか?」


「あの葛城という男が馬鹿でないなら、恐らく彼らは彼らで動き出しているはずだ。」
「私以外の警察上層部との取引材料を確保するためにね。」


―賽の河原―
葛城が構成員を使って冴島大吾を拘束していた。
「25年ぶりの再会だな。冴島。」
「歳は取ったがその目は変わらないな。」
「アンタも色々真島さんから聞かされただろう。」
「まあ、心配するな。」
「すぐにアンタを殺そうってわけじゃない。」
「アンタにはまだ生きていてもらうよ。」
「アンタは何も知らない。」
「あの25年前の事件、お前は誰一人殺してない。」
「俺なんだよ。18人殺したのは。」
「お前は誰一人殺すことすらできなかったただの間抜けだ。」
「ま、その事は後でゆっくり教えてやるよ。」
「時間はたっぷりあるからな。」
「俺としたことが、ちょっと計画が狂ってしまってね。」
「最初は警察とつるんでこの上に建っているビルをいただくつもりだったんだが、予定を変更せざるを得なくなったんだよ。」
「新井って男のせいでね。」
「まあ事情はゆっくり話すとして、アンタとアンタの妹さんにはまた協力してもらうよ。」
「アンタ達は今の俺達の生命線だ。」
「殺しはしないさ。」
「アンタ達と例のファイル、それに有り余るほどの軍資金さえ手に入れれば宗像など用なしだ。」


そこに城戸が現れた。
「スカイファイアンスの隠し金庫にあった現金1000億、無事強奪に成功しました。」
「お久しぶりです。冴島さん。」


―ニューセレナ―
靖子は伊達が飲んでいた酒に睡眠薬を混入し、ニューセレナから逃げ出した。
ニューセレナに戻ってきた桐生は異変に気づき、すぐに靖子を追いかけた。


追ってくる桐生から靖子が逃げていると、偶然谷村と秋山に出くわした。
秋山が靖子に言う。
「数日前、賽の河原でアンタの兄貴らしき人を見かけたって情報があってな。」
「昔のホームレス仲間から聞いた。」
「今ならまだ間に合うかもしれない。」
「追っ手の連中は俺らが食い止めておく。」
「だから早く。」


谷村が靖子に拳銃を渡す。
「これはもしもの事があったら使ってくれ。」
「もしもの時のためだから。」


靖子は谷村の拳銃を持って賽の河原に向かった。


待ち構える谷村と秋山。
そこに桐生がやって来た。
「お前らは?」


谷村が言う。
「上野誠和会のヤツか?」
「それとも宗像の使いのヤツか?」


桐生が言う。
「何を言ってるんだ。」
「あの女をどこにやった?」


秋山が答える。
「リリちゃんならとっくに行っちゃったよ。」
「おっと、駄目だよ。」
「これ以上先には行かせないよ。」


「さっきから何を言ってるんだ?」
「俺はあの女を守る必要があるんだ。」
「お前らに用は無い。」
「つべこべ言わずに道を開けろ。」
桐生は襲いかかってくる谷村と秋山を叩きのめした。
「さあ、これで文句は無いな?」
桐生は靖子を追いかけて行った。


桐生が賽の河原につくと、花屋が傷を負って倒れていた。
「来んのが遅いんだよ、桐生。」


谷村と秋山もやってくる。
「靖子さんは?」


花屋が答える。
「連れていかれちまったよ。」
「葛城、それに城戸ってヤツに。」


桐生、谷村、秋山の3人はニューセレナに集まった。
頭を抱える秋山。
「店、まんまとやられちゃってましたよ。」
「あーあ、折角コツコツ貯めた金だったのになあ。」
「これじゃ、また一からやり直しだっての。」
「綺麗さっぱり1000億・・・」
「俺の店、でっかい隠し金庫持っていてね。」
「そこに入れておいた店の金が全部持っていかれちゃってたのよ。」
「多分、城戸ちゃんに。」
「あの隠し金庫のことは俺と花ちゃん以外知らない。」
「知ってる可能性があるのは城戸ちゃんだけなんです。」
「そう考えたらいろいろな辻褄があっちゃうんですよね。」
「城戸ちゃんは柴田組の兄弟組織だった初芝会に連れ去られた。」
「ビックリするくらい簡単にね。」
「俺、昔一回見ちゃってんですよね。」
「城戸ちゃんが街で喧嘩しているとこ。」
「すっげえ強かったんですよ。」
「この俺が見てもビビるくらい。」
「だけど城戸ちゃんはそのことをずっと隠してた。」
「組織上の体裁ってやつかな。多分。」
「城戸ちゃんや新井さんが居た金村興業ってのはあくまでも柴田組傘下の枝組織。」
「本来なら極道は強さをアピールしてなんぼだけど、金村はそれを良しとしてなかった。」
「目立ちたくなかったんですよ。この街で。」
「まあ金村さんらしいんですけどね。」
「あの金村ってオッサンは上納金すら俺に金借りてなんとかしようって男だった。」
「シマを拡大するとかそれで他の組織と揉めるとか、そういうのには全く興味が無い人だったからね。」
「だから新井さんも城戸ちゃんも普段はなるべく暴れ回らないよう気をつけていた。」
「でも実際はべらぼうに強い。」
「あの日・・俺が店に戻ってきた時、既に城戸ちゃんは連れ去られていた。」
「当然部屋は荒れていた。」
「でも一つおかしいことがあった。」
「本棚に置いてある本の配置だよ。」
「多分城戸ちゃんは初芝会の連中と争うフリして本の配置を誤魔化そうとしたんだろうけど、何冊か本棚に本が残っちゃってたんだよね。」
「あれで何となく怪しいと思ってた。」
「ま、とにかく俺は城戸ちゃんに一杯食わされたってわけだ。」
「昨日店の家宅捜索にやってきた連中が運び出したのは間違いないでしょうね。」
「きっと城戸ちゃんから情報を聞いた葛城が差し向けた連中だったんだろうね。」
「あー、何か嫌になっちゃうよなあ。」
「金貸しなんかしてると人に裏切られんのは日常茶飯事なんだけどさあ。」
「こう立て続けにくると、ちょっとね。」
「まあ金の方は大した問題じゃないんですけど。」
「金はまた増やせばいい。」
「それに良いこともあった。」
「あんたに会えたってことですよ。桐生さん。」
「実は俺ね、5年前あんたに救われてんですよ。」
「あんたは俺の憧れの人ですからね。」
「あんたは何も知らないと思うけど、5年前に起こったあのミレニアムタワーでの100億の爆弾騒ぎ。」
「俺はね、あの時空から降ってきた金を拾ってホームレスから這い上がった。」
「つまりアンタのおかげで人生もう一度やり直せたってわけだ。」
「でもま、今思うと俺が銀行員時代知らず知らずのうちに関わっていたマネーロンダリングってのもその100億のロンダリングなのかもしれないんだけどね。」
「だからなんか放っておけないんですよ。」
「もし今回の一連の事件にあの100億が絡んでいるのかと思うとね。」
「なんか因縁感じちゃったりしません?」
「こうしてここに俺らがいるのも、予め決まっていたことみたいな・・ね。」


桐生が浜崎から預かった「内事案機密計画書」を皆に見せる。
「これは動かぬ証拠というヤツだ。」
「恐らく宗像も葛城もこのファイルの行方を追いかけている。」
「これを使えばヤツらと取引できるはずだ。」
「このファイルは沖縄で浜崎から託された。」
「沖縄第弐刑務所という施設が生まれた経緯と設立資金の動きが書かれている。」
「2005年に100億という金が東城会から神宮京平に渡ったと書かれている。」
「そしてその後、警視庁に渡ったと。」
「5年前に東城会が揺れた消えた100億事件の金だ。」
「そして神宮京平というのはその事件の黒幕であり、遥の本当の父親だった男だ。」
「それだけじゃない。」
「ここには警察内部で企てられていた計画についても書かれている。」
「作為的な犯罪のコントロールについてだ。」
「俺はこのファイルを使って葛城と取引しようと考えている。」
「どうにかして奴とコンタクトをとる。」


谷村が言う。
「だったら俺が知っている。」
「奴と一度電話で話しているからな。」
「俺の携帯からだったら葛城もきっと電話に出るだろうしな。」


谷村の携帯を使って葛城に電話する桐生。
「俺は桐生ってものだ。」
「今わけあって谷村の電話を借りてお前に電話している。」
「冴島大河と靖子のことだ。」
「お前が賽の河原から連れ去ったということは分かってるんだ。」
「お前と取引がしたい。」
「お前が今一番欲しがっているはずのものが、今俺の手元にある。」
「冴島が浜崎と脱獄した際に手に入れた例のファイルだ。」
「このことを知っているのは俺と浜崎、後は今俺の回りにいる人間だけだ。」
「取引の内容は、冴島大河と靖子の身柄。」
「あと城戸が奪ったスカイファイアンスの金1000億だ。」


葛城が言う。
「伝説の極道ってのも交渉事は不得意なようだな。」
「そんな取引じゃ俺は動かない。」
「今日の取引、お前一人で来い。」
「しかもお前にはボロボロの状態で取引に来てもらう。」
「ちょっとした余興をやってもらうってことだよ。」
「あんたの好きな殴り合いってやつをね。」
「取引の場所は神室町ヒルズの屋上にしよう。」
「俺は冴島と妹、さらに1000億を用意してその屋上で待つ。」
「あんたには屋上に辿り着くまで上野誠和会の人間を全て倒してから来てもらう。」
「あんたが屋上に辿り着けるか、それとも先に死んでしまうか。」
「俺としてはどっちでもいい。」
「もしあんたが屋上まで辿り着けたら、その時はちゃんと取引させてもらうよ。」
「ただ例えそうなっても、あんたにはもう俺を殺す余力は残ってないはずだ。」
「それなら俺も安心だ。」


桐生は一人で神室町ヒルズに向かい、屋上に辿り着いた。
拘束された冴島大河と靖子、そして葛城がいた。
「まさか本当にここまで来るとは。」
「伝説の極道ってのはこういうもんなのか。」
「俺は男気は無いが仁義は守るよ。」


城戸がジュラルミンケースに入れられた1000億円の前に立っている。
何百個というジュラルミンケースが昇降機に高々と積まれている。
「お約束の現金、1000億です。」
「桐生一馬さんですね?」
「こうしてお会いできるなんて光栄です。」


葛城が言う。
「さあ、役者は揃った。」
「それじゃそろそろ取引に入ろう。」
「物々交換としよう。」
「まずは冴島靖子からだ。」
「アンタはその場から動くんじゃない。」
城戸が靖子の拘束を解いた。
「城戸がそっちに行ったらその女と引き換えにそのファイルを城戸に手渡せ。」
「ファイルの中身を確認したら冴島と1000億をここに置いたまま俺たちは帰る。」


靖子は解放され、ファイルは城戸に渡った。
「大丈夫か?」


靖子が言う。
「ごめんなさい。私が言うこと聞かなかったから。」


「もういい。兄貴とは話せたのか?」


靖子が頷く。
「ええ。長い時間一緒に監禁されてたから。」


城戸が葛城にファイルを手渡そうとした時、スキをついて葛城の胸部に4発の銃弾を浴びせた。
「葛城さん、俺が兄貴のこと裏切るとでも思ったんですか?」
高く積まれたジュラルミンケースの後ろから新井が現れる。
「兄貴、これを。」
城戸はファイルを新井に手渡した。


「さすが俺の兄弟分だ。」
「よくやったな、城戸。」
新井は城戸からファイルを受け取ると、拳銃で城戸の左脇腹を撃った。
「桐生一馬さんですね?」
「東城会柴田組・金村興業若頭の新井です。」
「こうしてお目にかかれて光栄です。」
「あなたはいつも遅すぎる。」
「だからこうなるんです。」
「それじゃ。」
新井は昇降機を操作して1000億とともに下へ降りていった。


靖子が冴島大河の拘束を解く。
「まだ奴が生きとる!」


冴島大河は倒れている葛城に駆け寄った。
葛城は防弾チョッキを着ていて無事だった。
「よく分かったな。」
「25年前よりは利口になったじゃねえか。」
「結局お前は誰一人殺せなかった。」
「最低のヒットマンだ。」
「笹井も可愛そうだなあ。」
「お前みたいな間抜けな子分を持って。」


「萎えたわ。」
「お前のようなカス、殺す気いもせん。」
「一生そこで寝てろや。」
背を向けた冴島大河の後ろから右上腕部を拳銃で撃つ葛城。
「このボケが!」
振り向いた冴島大河を葛城が撃とうとした時、靖子が冴島大河に駆け寄る。
葛城が発砲した銃弾は、無情にも靖子の左背部を撃ち抜いた。
「靖子?おい、靖子!」


「ちょっと待っててね。」
靖子は谷村から預かった拳銃を取り出した。
「谷村さんに渡されていたの。」
「きっとこの銃はあの人のお父さんの無念を晴らすため、私に託されたものだったのね。」
「ありがとう、お兄ちゃん。」
「たった1日だったけど、お兄ちゃんと話せて嬉しかった。」
「お兄ちゃんは無実よ。」
「でも私はたくさん人を殺してしまった。」
「だから・・私にやらせて。」
「こんな形でしか恩返しできない私を許して。」
靖子は谷村の拳銃で葛城の脳天をぶち抜いた。
「お兄ちゃん・・」
靖子は絶命した。


警視庁副総監室で宗像と新井が話をしている。
宗像の手元には「内事案機密計画書」がある。
「何?殺し損ねただと?」
「君らしくない失態だな。」
「さすがの君でも情で手元が狂ったというのか?」
「まあいい。」
「城戸とかいうチンピラが1人生きていたとこで大した問題じゃない。」
「上野誠和会も桐生一馬が潰してくれた。」
「だが問題は金の方だよ。」
「こうしてファイルは無事取り戻した。」
「だがどうして君はあの現場から1000億を持ち帰らなかったんだ?」
「やろうと思えば持ち帰れたはずだ。」
「警察の手を使えばすぐに押収できた。」
「だが君はそれをしなかった。」
「困るんだよ、それじゃ。」
「いいか?君はこれから私と手を組んで裏社会を取り仕切る人間なんだ。」
「そんな人間が出所不明の1000億という金を目の前に手ぶらで帰ってくるようでは話にならん。」
「もっと機転を利かせてくれ。」
「理想のためにはまだまだ金がかかるんだ。」
「それくらい君も分かっているだろう?」
「それで、その現金はどこにあるんだ?」


新井が答える。
「桐生一馬。それにその協力者の元にあると。」


「そうか。」
「1000億は君に責任を持って奪ってきてもらうよ。」
「取引するんだ。」
「人間誰しも弱みというものはあるものだ。」
「沖縄に行って養護施設の子供たちを連れてきなさい。」
「そうすればあの桐生という男は取引に応じるはずだ。」
「返事がないよ、新井くん。」
「まさか私の命令が聞けないわけではあるまい。」
「万が一、拘束に手間取るようならこの銃を使いなさい。」
「これならば足が付くことはない。」
「いいね?」


「副総監、もうこれ以上あなたの指示には従えません。」
「私にも極道として、いや、警察官としての信念がありますから。」
新井は受け取った拳銃で宗像を撃ち殺した。


ニューセレナにいる桐生の携帯に遥から着信があった。
「おじさん、浜崎さんがついさっき亡くなっちゃった。病院で。」
「お医者さんの話だと、背中から銃で撃たれたことが原因だって。」
「浜崎さんておじさんのこと守って死んじゃったんだよね。」
「私、あの浜崎っておじさんのこと勘違いしてた。」
「浜崎さん、亡くなる少し前に私に話してくれたの。」
「警察から東城会を守ってくれ。東城会は俺達の生きた証だって言ってた。」
「遺体はアサガオの方で一旦引き取ることにした。」
「それで良かったよね。」


ニューセレナが入っているビルの屋上にいた冴島に声をかける桐生。
「冴島。」


「復讐ならせえへん。」
「俺には警察の不正とかそんなんはどうでもええからな。」


桐生が言う。
「さっき遥から電話があった。」
「浜崎が息を引き取ったそうだ。」
「浜崎はな、沖縄で俺と靖子さんを守ろうとした時、負ってた傷が開いたらしい。」
「今朝まで懸命な治療をしていたが最後は眠るように逝ったそうだ。」
「お前に遥から伝言だ。」
「浜崎は死の間際こう言ったらしい。」
「警察から東城会を守ってくれと。」
「東城会は俺達の生きた証だとな。」
「40年も生きてやっと分かった。」
「俺もアンタも自分に正直に生きてはならない人間なんだ。」
「常に人から何かを託され、常に何かを守らなきゃならない。」
「俺はこの数年、そんな自分の運命に抗ってきた。」
「だがもうそろそろ抗うのをやめようと思う。」
「やるしかねえんだよ。俺達は。」
「色んな人間の夢を叶えるためにな。」


谷村と秋山がやってきた。
「そうだ。」
「俺らはまだやらなきゃならないことがあるんだ。」
「ボス猿は猿山にいてこそ相応しい。」
「ここにいる全員、まだやり残してることがあるんじゃないですかね?」


あらためてニューセレナに集まる4人。
秋山が言う。
「ウチの店の1000億を使いましょう。」
「今からミレニアムタワーの屋上に運びます。」
「それで敵を一斉に呼ぶんです。」
「今回の事件、警察の宗像に新井さん、城戸ちゃん、それに東城会と色んな人間が欲深く関わりすぎていて何が諸悪の根源なのかイマイチ見えてこない。」
「だからその全員に声をかけるんです。」
「今言った全員にミレニアムタワーに1000億あるよ、俺らとの取引に応じたいのなら来てもいいよって言っておくんです。」
「そして鉢合わせにさせる。」
「まあ金欲しさに来るって事も考えられるけど、そんなことは関係ない。」
「どいつが一番のワルなのか分かればそれでいい。」
「あとは殴りたいやつを殴ればそれで終わりだ。」


ミレニアムタワーの屋上に1000億円が運び込まれた。


1000億の前で大吾と新井が鉢合わせをする。
「お早い到着ですね。堂島会長。」
「来ると思ってましたよ。」
「まさか今回の騒動、裏で城戸を操っていたのがあなただったなんてね。」
「そうなんだろ?城戸!」


城戸が現れた。
「すみません、兄貴。」


新井が言う。
「城戸から1000億の話をされた時に気づきました。」
「秋山さんの1000億を奪い葛城に渡すフリをするから、自分を宗像の計画に参加させて欲しいって言われた時にね。」
「城戸は私の信頼する兄弟分です。」
「だが宗像と私の関係についてまでは知らないはずだ。」
「もしそれを城戸に教えられる人がいるとすれば、それは大吾さんだけです。」
「あなたはわざと城戸を葛城に近づかせ1000億のことを吹き込ませた。」
「既に宗像に見捨てられ万策尽きていた葛城を奮い立たせるためにね。」
「あなたの計画通り上野誠和会は桐生さん達と衝突。」
「宗像の力を借りることなく壊滅に追い込んだ。」
「だがそこで誤算が生じた。」
「冴島靖子の死です。」
「あなたにとってはあのまま冴島靖子に生きていて欲しかったはずだ。」
「そうすれば桐生さんや冴島は戦う目的を失い、神室町から去るはずだったんですから。」
「急所を外して城戸を生かしておいたのもそれを確認するためです。」
「あそこで殺さないでおけば、必ずあなたと接触するはずだと思いましてね。」
「いつからだったんですか?」
「東城会を裏切ってまでこの金を得ようと考えたのは。」
「桐生さんや風間さんといったかつて東城会を支えた人達の恩にあなたは背いた。」
「あの真島さんまでも宗像に差し出して。」


大吾が言う。
「お前に何が分かるんだよ。」
「弱体化した組織、直系100団体、3万人もの人間を動かしていくことがどんなことなのかお前に分かるのか?」
「今までは桐生さんといった英雄に救われ、東城会の金看板は守られてきた。」
「だがそれももう限界に来ている。」
「誰かが犠牲になってでも組織の基盤を再構築する必要があるんだ。」
「これも東城会のためだ。」
「俺が守らなきゃ誰が東城会を守るってんだ。」
「お前が守れるのか?新井。」
「それにお前もやってることは俺と大差ないはずだ。」
「口じゃ極道なんて言ってもお前がやってることは所詮警察の犬だろうが。」


「確かにそうだな。」
「そう言われても仕方ない。」
胸ポケットから警察手帳を取り出し放り投げる新井。
「俺は最初から極道なんかじゃない。」
「あの宗像が東城会を乗っ取るために送り込んだ潜入捜査員だったんだよ。」
「だがもう俺は違う。」
「俺は上司である宗像を裏切りこの手で殺した。」
「俺は大吾さん、アンタとは違う。」
「俺は運命に抗ってでも自分の信じる正義を貫く。」
「この金もその正義の為に・・」


「甘いな。」
宗像が現れた。
「人間にはね、1000年以上前から決まっていることがある。」
「主従関係を越えてはいけない。」
「どの時代でも必ず使う側と使われる側の人間は決まっているということだ。」
「技術の進歩は凄いもんだよ。」
「25年前とは格段に性能が違う。」
「暴徒鎮圧用非殺傷弾、つまりゴムスタン弾ってヤツだ。」
「お前はこれで私を殺したつもりになっていたようだな。」
「この詰めの甘さが君の限界だよ、新井君。」
「君に正義は実現できない。」
「それに堂島さん、あなたも同様だ。」
「あなた程度の器では東城会という組織を支えるのは大変でしょう。」
城戸を見る宗像。
「そっちの君は1000億もの大金を偶然見つけて夢を見てしまったんだろう?」
「人間夢を見るのは悪くない。」
「それくらいは許されることだ。」
宗像の背後に警察の特殊部隊が現れる。
「私の背後にいるのは私の忠実な僕だ。」
「君らはここで死ぬ。」
「私の崇高な理想の邪魔になってはならないからね。」


その時ヘリコプターが上空に現れ、1000億の札束を風圧でバラバラに巻き上げる。
ヘリコプターが着陸し、秋山、谷村、冴島、桐生が降りてきた。


桐生が大吾に言う。
「東城会をお前一人に押し付けたのは俺の責任だ。」
「だから俺ももう逃げない。」
「俺なりのケジメはつけるつもりだ。」
「覚悟はできてるよな?」


大吾が言う。
「ええ。」
「桐生さんならこんな金なんか使わずに東城会を立て直して見せろって言うんでしょうね。」
「譲れるもんなら譲りたいです。」
「だが俺にも意地がある。」
「俺を信じてついてきてくれた仲間に、俺なりの生き様を見せてやりたい。」
「アンタが昔、俺に見せてくれたようにね。」
「またこうして直接闘えるなんて思ってもみませんでした。」
「でも正直こうして闘えることが嬉しいですよ、桐生さん。」


「来い。俺が東城会という代紋の重さをきっちり体で教えてやるぜ。」
桐生は大吾を殴り倒した。


冴島は城戸を、秋山は新井を、谷村は宗像を殴り倒す。
特殊部隊を全て谷村に倒され追い詰められる宗像。
「谷村君、ちょっと待ちなさい。」
「こんなことしたら君、どうなるか分かってるのか?」
「こんなことで私が逮捕されると思うか?」
「私を誰だと思ってるんだ。」
「警視庁の、それも副総監だ。」
「そんな人間が捕まることがあると思うのか?」
「警察というのは正義だ。」
「この国の正義を司る崇高な組織だ。」
「その警察の顔役たる私が逮捕されてみろ。」
「馬鹿な一般市民は混乱するだろう。」
「そんなことを警察が許すと思うかね?」
「権力者は権力によって守られる。」
「何故か分かるか?」
「それがこの国の秩序のためだからだ。」
「殺すなら今のうちだ。」
「だが殺せばここにいる全員、刑務所行きだ。」
「それでもいいのか?」
「結局お前達がしたことは労力の無駄遣いだったということだ。」


「じゃあ本当にそうか試してみようか?」
秋山が伊達に電話する。
「よし、じゃあやっちゃって。」


伊達は須藤が操縦する警視庁のヘリから大量の京浜新聞をバラ撒いた。
京浜新聞は伊達が勤務している新聞社だ。
京浜新聞の一面には宗像の汚職の全貌が証拠付きで書かれていた。
「俺らの知り合いにちょっと気合の入ったブン屋のおっさんがいてね。」
「その人が書いたスクープです。」
「そうそう、アンタが追いかけていた例のファイルのコピー。提供したのは俺らなんですけどね。」
「これでアンタはおしまいだ。」
宗像は銃を取り出し、自らその命を絶った。


―2週間後・2010年3月31日神室町―
ゴミで散らかりまくっているスカイファイナンスに一人の女性が訪ねて来た。
「ホント、私がいないと何にも出来ないんですね。社長は。」
「ただいま、秋山さん。」
それは激ヤセした花だった。
「私も社長が傍にいないと駄目みたいなんです。」
「ずっとご飯が喉を通らなくて。」
「社長、私もう1回この店で雇ってもらってもいいですか?」


スカイファイナンスのビルの屋上で伊達と桐生が話をしている。
「そうか、伊達さんも元の鞘に戻るんだな。」
伊達は須藤が仕切る捜査一課の刑事に復職するようだ。


外から谷村が大声で叫ぶ。
「ちょっと、何やってるんですか!伊達さん!」
「早く次の現場行かないと須藤さんに怒られちゃいますよ!」
谷村も捜査一課に異動になったようだ。


「それじゃ、俺行くな。」
伊達は桐生のもとを去っていった。


その後、冴島は東城会直系冴島組の組長に襲名。
真島も釈放され、ともに東城会を支えていくこととなった。