ジャッジアイズ 【JUDGE EYES】― 死神の遺言― ファイナルチャプター「トカゲの尻尾」

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皆でシャルルに集まる。
「お前、寺澤絵美の弟だったのか。」
「なんで隠してたんだよ。」


杉浦が言う。
「もともと僕は、八神さんに思い出してほしかったんだ。」
「姉貴を死なせたことだよ。」
「インチキ弁護士が人殺しを野放しにした。」
「そのせいで絵美は焼き殺された。」
「あの事件の頃、僕はずっと引きこもりのニートでさ。」
「そんな僕にさえ姉貴はいつも優しかった。」
「なのにある日、まっとうに生きてきた姉貴が本当に急に理由もなく殺された。」
「どんなに理不尽な事が起きても世の中は何の問題もなく回り続ける。」
「そんな社会が僕はますます嫌になったよ。」
「少なくとも僕は世の中のため人のためって気分では生きてなかったから。」
「絵美が殺された時、八神さんは僕にも僕の親にも謝らなかった。」
「当時の僕は顔も見えないようなロン毛でメガネ。今とは別人だった。」


八神が言う。
「人殺しをかばうのか、あんたも人殺しの仲間だって、あんたらからそんな風に言われんのがあの頃一番こたえた。」
「けど大久保君は無罪を主張していた。」
「その弁護を請けてた俺が謝る訳にはいかなかった。」
「俺が謝れば大久保君の有罪を認めることになる。」
「でも裁判が終わった後も、謝らなかったな。」
「俺はあのあと、何もかもから逃げてた。」


杉浦が言う。
「俺はあんたが、八神さんがモグラの事件でまた法廷に戻ってきたから近づいたんだ。」
「どういうつもりなのか確かめてやろうと思ったんだ。」
「もしも絵美のことすっかり忘れてまた当たり前のように弁護士に戻るつもりなら自分のやったことを思い出させて必ず思い知らせてやるって。」
「それに大久保の様子も知りたかった。」
「ちゃんと毎日死刑に怯えているかをさ。」
「弁護士なら死刑囚とだって会えるからね。」
「なのにその大久保に冤罪の可能性が出てきたってわけ。」
「あんたたちといなきゃ気づきようがなかった。」
「皮肉だよね。」
「事件から3年もたって真犯人がでてきた。」
「しかもそいつは、生野は・・ありがたい新薬の開発者だ。」
「この先、世界に感謝されて生きていくんだよ?」
「絵美を何度も刺して火をつけた男が!」
「今日、人殺しのあいつを守るために敵は一丸になって証拠を握りつぶしたよ。」
「都合のいいように事実を捻じ曲げてみせた。」
「僕の目の前で。」
「なら真実なんて追うだけ無駄だ!クソくらえだ!」


八神が言う。
「俺はさ、杉浦。絵美ちゃんが死んで以来、真実を追うことからずっと逃げてた。」
「突き詰めれば彼女を死なせた責任が俺にあるかも知れなかったからだよ。」
「そんなのとまともに向き合うなんてできなかった。」
「でもやっぱり、誰にでも1つや2つ、絶対に目を背けちゃいけない真実っていうのがあるんだと思う。」
「そいつと向き合って初めて前に進めることもある。」
「お前が俺に近づいてきたのも、心のどこかで真実をはっきりさせたいって、そう思ったからじゃねえのか?」
「もしそうなら、おれらにはまだやるべきことが残ってる。」
「無駄でもなんでも、やっぱどこまでも真実を追うしかねえんだよ。」


真冬から電話がかかってきた。
「今からテンダーに来てくれない?」
「私、監視されているみたい。」
「検事正の手先かも。」


海藤と2人でテンダーに向かう。
「今夜の検事正、見たでしょ?」
「今までのあの人からは考えられない態度だった。」
「別人みたい。」
「まるで法よりも政治のほうが大事みたいな。」
「あの人は私が検事を目指すきっかけを作ってくれたの。」
「母が轢き逃げにあったとき、まだ小さかった私を勇気づけて導いてくれた。」
「ただそんな検事正がなぜアドデック9についたのか。」
「私、ひとつ心当たりがあって。」
「もう10年くらい前、検事正の身内がある事件を起こしたらしくてね。」
「もしかしたら、それが森田検事正を動かしたのかも。」
「それで、その事件を担当してた元刑事とさっき連絡がとれたの。」
「今から私に当時の捜査資料を渡してくれるって。」
「神室町の児童公園で。」
「ただ私、監視されてるみたいだし、ひとりじゃちょっと。」


児童公園に真冬を連れて行った。
手渡された捜査資料を見る。
「10年前、森田検事正のお兄さんがね、母親の首を絞めたの。」
「母親は70歳過ぎで重度のアルツハイマーだった。」
「重度の認知症患者は目を離せば何をしでかすかわからない。」
「料理をすれば火はかけっぱなし。」
「週に3日は夜中に外を徘徊した。」
「それを施設に入れたくてもどこも順番待ち。」
「結局、検事正の兄がずっとひとりで母親を看てた。」
「仕事もやめてお母さんと同居。」
「忙しい検事正に負担をかけまいとしてた。」
「だからろくに休めず、眠れず、それを事件が起きるまでの7年も。」
「でもそんな息子に母親は毎日暴言を吐いたり暴力も振るった。」
「そして事件が起きた時、検事正の兄はノイローゼが続いていた。」
「母親を殺した後、自分も首を吊ったが未遂に終わった。」
「でも結局は翌年に自殺してる。」
「身内が事件を起こしたことで検事正はしばらく中央から外されてた。」
「でも今はもう済んだこととされてるみたい。」
「あの人が優秀なのは誰もが認めてるから。」
「検事正にとって、アルツハイマーは自分の家族を苦しめた仇。」
「もしアドデック9があれば悲劇は防げてた。」
「そしてこの先起きる同じような悲劇もアドデック9が完成すれば防げる。」
「だから検事正は向こう側についた。」


八神が言う。
「正義のためなら何人殺してもかまわないって?」
「綾部を冤罪にして絵美ちゃんの死を見て見ぬ振り、大久保君も見殺しだ。」
「それでも新薬の方が大事だってことか?」
「それを正義だって言うのか?冗談じゃねえ。」
「森田に正義があるならこっちにもある。」
「俺は連中に踏みにじられた人たちを守る。」
「殺された絵美ちゃんの無念を晴らす。」


真冬に泉田検事から電話があった。
喫茶店ミジョーレにいるというので、真冬のかわりに八神が1人で向かった。
「お前の言いたいことはわかる。」
「さっき検事正と厚労省の官僚とは何かこう、普通じゃなかった。」


八神が言う。
「連中はアドデック9が第一。殺しの証拠さえ二の次にしてた。」
「あんたもその一味じゃないのか?」
「検事正はアドデック9の利権に取り込まれてる。」
森田検事正の兄の捜査資料を泉田検事に見せる。
「10年前に検事正の身内が起こした事件の資料だ。」
「あんたに検事正と戦う覚悟があるなら渡す。」
「自分のボスが相手でも法で裁けるか?」


泉田検事が答える。
「当たり前だ。」
「検察官なら100人が100人そう答える。」


「あんたのこと、見直したよ。」
八神は泉田検事に捜査資料を手渡した。
「検事正がアドデック9についたのは、その事件がきっかけだ。」
「俺らはそう考えている。」
「家族が引き起こした介護殺人。」
「検事正には自分なりの正義があるってことらしい。」
「だから今日、殺人の証拠を握りつぶした。」
「あそこにはモグラに殺られた連中の痕跡があったはずだ。」
「それが見つかれば強力な物証になった。」


捜査資料を読んだ泉田検事が言う。
「たしかに否定できない。」
「だが検事正がアドデック9に取り込まれたとして、じゃあどうすればいい?」
「お前はどうする気だ?」


「そもそも俺は、綾部の裁判でアドデック9の裏をぶちまけるつもりだった。」
「その証拠を探して羽村を追ったし、生野のラボも突き止めた。」
「で、一ノ瀬と検事正にどっちのセンも潰された。」
「でもあんたがアドデック9側じゃないと分かっただけでもなんだかホッとするよ。」
「思うんだけど、一ノ瀬を裁判に引きずり出すことはできないかな。何かの証人として。」
「例えばアドデック9について解説をするとか、何でもいい。」
「あんたら検察の証人申請なら一ノ瀬だって断らないだろ?」
「裁判に引きずり出した後は口八丁で追い詰める。」
「質問攻めにしてボロを出させんだ。俺とあんたで。」


「わかった。なんとかやってみよう。」
「動きがあり次第連絡する。」
泉田検事は帰っていった。


八神と星野は木戸に会いに行った。
「あの、単刀直入に言います。」
「木戸さんには今度の裁判で弁護側の証人になっていただきたいんです。」


木戸が言う。
「無理ですよ。」
「私がなに証言したって、一ノ瀬たちに勝てはしない。」
「相手はアドデック9の利権にからむ全ての人間。」
「それに薬で救われる患者やその家族だよ。」
「勝てるわけがない。」
「私に証言する義理はない。」
「ビデオはばらまきたきゃばらまけ。」
「そうなれば笑い者になって首になるだろうな。」
「私は破滅だ。」
「だが一ノ瀬たちを敵に回すのはもっと御免だ。」
「まだ死にたくないんでね。」
「彼らについては何も言えない。」
「もう私にかまわないでくれ。」
「私は一ノ瀬たちが怖い。」
「ビデオで笑い者になるのと殺されるのと、あなたならどっちを選びます?」
「どうせ裁判には勝てないんですよ。」
「私が何を言ったって。」
「なのに証言なんてしたらあとはもう、ずっと彼らの仕返しに怯える人生だ。」
「殺されるまでね。」
「私は負ける側にはつきません。」
「勝てない時は戦わない。」
「そうやって生きてきたんだ。」
「勝つための証拠がひとつでもありますか?」
「いや、正確にはあったけど、一ノ瀬さんに握りつぶされたんですよね?」
「あんたたちだって嫌ってほど力の差を感じてるはずだ。」
「彼らを敵に回して勝てるわけないんだよ。」
「勝つ見込みがでてきたら、その時は喜んで協力しますよ。」
「期待はしてませんがね。」


八神は大久保に接見し、杉浦のことを伝えた。
「あいつは最初、杉浦って名乗ってた。」


「文也君が?」
「そうですか。」
「彼とは絵美が死ぬ前に1回だけ会ったことがあって。」
「でもお互い人見知りだったんで、ろくに会話もしなかったけど。」
「そのあと裁判のときは、彼がずっと俺を睨みつけてました。」
「俺は目を合わせることもできなかった。」


八神が言う。
「君に伝言を預かってる。」
「今度一緒に絵美の墓参りに行こうってさ。」
「綾部の裁判がもうすぐなんだ。」
「そこにアドデック9の黒幕を引っ張り出す。」
「一ノ瀬って厚労省の事務次官を。」
「担当検事がこっそり俺ら側についてくれた。」
「その裁判でアドデック9の内幕を追求する。」
「大久保君が無実だってことも主張できる。」


「もうずっと諦めてました。」
「どんなに声あげたって誰にも届かない。」
「人殺しにされたまま俺は死ぬんだって。」
「でも文也君にも分かってもらえたなら希望が持てます。」
「世界で一番俺を憎んでいた彼が許してくれたんなら、みんなにもわかってもらえるって。」


源田法律事務所に戻ると、泉田検事が来ていた。
法廷に一ノ瀬を呼ぶことに成功したと言う。
一ノ瀬が断ったら生野を法廷に立たせなければならなくなると言い誘導したようだ。


真冬から連絡が入る。
綾部が使っていた裏カジノにガサ入れが入り、何人もの逮捕者が出たという。
森田検事正のお膳立てのようだ。
「なるほど、これで綾部の心証は最悪だ。」
「裏カジノを仕切る悪徳警官は人殺しもやりかねないってか。」
「カジノのガサ入れってことは、当然黒岩も一緒だろうな。」


八神と海藤は森田検事正に会いに行った。
「八神さんはここの仕掛け、ご存知だったんでしょう?」
「地下に闇カジノが隠されていました。」
「綾部はだいそれた真似をしたものです。」
「闇カジノから賄賂を取って摘発を見送ってやるなんて。」
「おまけに警察の内部情報も裏社会に流していた。」
「おそらく新谷弁護士はそういった秘密を知ってしまったんでしょうね。」
「だから綾部はその口を塞ぐために撃ってしまった。」
「突発的に警察の銃で。」


八神が言う。
「なるほど。検察はそういうストーリーで行きたいわけですね。」
「あんたのこと、調べましたよ。森田検事正。」
「10年前、ご家族に不幸があったようですね。」
「生野のラボであんたの対応は異常だったよ。」
「法の番人たる検察官が法よりもアドデック9を第一としてた。」


「私の母は若年性のアルツハイマーだった。」
「進行が早くてね。」
「発病してから母はあっという間に私の顔も名前も忘れてしまった。」
「そして時には泥棒だの人殺しだの、罵声を浴びせることもあった。」
「病状が悪化していく母は見ているだけで辛かった。」
「だが兄はその母を長い間ずっと介護し続けた。」
「たった一人で。」
「兄も私も若い頃から法律家を志していた。」
「でも兄が司法試験に受かることはなかった。」
「なので私が一発で受かった時は、さすがに心苦しかったな。」
「でも兄は自分のことのように喜んでくれた。」
「兄はいつも優しかった。」
「兄は私にこう言った。」
「母のことは心配するな。」
「お前は偉くなって自分が果たせなかった夢を叶えてほしい。それで自分は充分だとね。」
「そして兄は24時間、7年もの間自分を息子とさえわからない母のために介護を続けていた。」
「私はその役目から逃げ続けた。」
「いずれ何か破綻が起きると、心のどこかで気づいてたはずなのに。」
「新谷弁護士が殺害されたあと、私は一ノ瀬事務次官から直々に腹を割って話がしたいと呼ばれた。」
「一ノ瀬さんはいずれ我々検察がアドデック9の闇に辿り着くと予想した。」
「そして色々調べるうち、私にアルツハイマーに家族を奪われた過去があったと知った。」
「それで一ノ瀬さんは私を話せばわかる人間と判断した。」
「彼の提案は明快だった。」
「アドデック9は病に苦しむ患者とその家族。」
「多くの人々を救う新薬だがそれを世に出すため、ほんの少し目をつぶってほしいことがあると。」


「なああんた、こんな言葉知っているか?」
「火は鉄を試し、誘惑は正しき人を試す。」
「もし何かの犠牲と引き換えに不老不死の薬が出来るなんて言われたら、あんたは多分何万人死んでも目ぇつぶってんだろうな。」
「生野は人体実験を隠蔽するために寺澤絵美を殺した。」
「あの娘がいったい何をした?」
「その罪を着せられて大久保新平は死刑を待ってる。」
「いつ殺されるかわからない日を3年も送ってきた。」
「でも彼が何をした!」
「あんたの罪悪感は口だけだよ。」
「自分が何してるか分かってんのか?」
「あんたの兄さんが果たしたかった夢ってのはそんなことだったのか?え?検事正!」
「俺を黙らせたきゃ、また殺すしかないな。」
「俺は大久保君と綾部の弁護人なんだ。」
「絵美ちゃんの無念を晴らすためにも、黙るわけにはいかねえんだよ!」


黒岩がやってきた。
「もういいんじゃないですか?検事正。」
「あんたは目ぇつぶっててください。得意でしょ?」


森田検事正は去っていった。


襲いかかってくる黒岩を八神はボコボコにした。
かなわないと悟った黒岩は八神に銃を向ける。
「ぶっ殺してやる。」


森田検事正が戻ってきた。
「冷静になれ。」
「こんな状況でどう揉み消す?」
「私がかばえることにも限度があるんだ。」
「もうここに用はないだろ。」


「行こう、海藤さん。」
八神と海藤は去っていった。


―ひと月後―
神室町弁護士殺害事件 第一回公判直前


服部が「神室町で秘密の人体実験か」「認知症新薬アドデック9」という題名で週刊誌に記事を書いていた。
写真は杉浦が撮った動画が使われていた。
八神はついに弁護士として裁判所に舞い戻った。


―東京地方裁判所 第407号法廷―
「神室町弁護士殺人事件 第一回公判。」
「被害者は新谷正道。そして被告人は綾部和也。」
「新谷の遺体から出た弾丸には綾部の銃の線状痕が刻まれていた。」
「綾部の犯行を示す最大の証拠だ。」
「でもそれはモグラこと黒岩たちが仕組んだ偽装工作。」
「綾部は潔白だ。」
「つまりこの場で行われている法廷劇ははっきり茶番と言っていい。」
「そう、今この瞬間までは。」


一ノ瀬が検察側の証人として呼ばれた。
まずは創薬センターをとりまく状況を説明してもらい、いよいよ八神の反対尋問が始まった。
「証人は事務次官とのことでしたが、つまり厚労省官僚のトップですよね?」
「つまりそうなるまでに大きな手柄を立てたということでしょうか。」
「2002年、医療システム産業開発機構の設立にあたっては一ノ瀬さんがその中心人物だったと聞いています。」
「結果、創薬センターを始めとする関連施設や組織がいくつも誕生しました。」
「これを歓迎する厚生労働省の官僚たちは多かった。」
「なぜなら日本の医療産業に希望が生まれたからだ。」
「昔からたいした手腕でしたね、一ノ瀬さん。」
「ですがいい時代も長くは続かなかった。」
「その後医療システム産業開発機構はたいした成果をあげられなかった。」
「不景気の折、世間がそれを放っておくわけもない。」
「毎年の莫大な維持費は税金の無駄遣いと言われるようになった。」
「するとセンターの閉鎖が囁かれ、その跡地を前提とした再開発計画なんてものまで出てきた。」
「それを風見大臣が内々にOKしたって噂もあります。」
「噂と言えばもう一つ、神室町では人の目が抉られるという殺人事件が起きている。」
「犯人はモグラと呼ばれる殺し屋だと。」
「でも実はそれはアドデック9の人体実験で、神室町にある秘密のラボで行われているとか。」
「アドデック9の開発は、本来これから臨床試験に入る段階です。」
「ですが創薬センターはひそかに神室町でその人体実験を繰り返し、これまでに何人も死なせています。」
「その事実は当然極秘だったでしょう。」
「しかしわずかながら外部へ漏れ始めていたんです。」
「その状況を示す証拠が、実は本法廷の証拠品の中にあります。」
八神は新谷のスマホの発信履歴を示した。
「本件被害者である新谷弁護士は、極秘だった人体実験へつながる情報を知っていました。」
「だからこそ創薬センターに電話をかけ、この発信履歴が残った。」
「違いますが?一ノ瀬さん。」
「新谷弁護士は松金組の羽村というヤクザからある秘密を聞かされていたんです。」
「新谷弁護士が羽村に聞かされたのは、神室町の連続殺人と創薬センターのある人間との関与です。」
「そして新谷弁護士は創薬センターに電話をかけ、生野という人物を呼び出そうとした。」
「その生野がアドデック9の人体実験を主導していた男です。」
「あなたは大久保新平をご存知ですね?」
「彼は冤罪です。」
「3年前、センターの認知症患者と寺澤絵美さんとを殺した真犯人は先程も名前が出た生野博士です。」
「あんただって全部承知のはずだ。」
「そのうえで黙ってる。」
「いずれ大久保君の死刑が執行されると知っていながら、その目的に応じて生野とあんたはモグラに人を殺させてきた。」
「全部アドデック9の利権を守るためにだ。」
「根拠を示します。」
「先日のことですが、俺は神室町である人物から接触を受けました。」
「その時に託されたある重要な証拠があります。」
「羽村に託されました。」
「羽村と一ノ瀬をつなぐ唯一の証拠を。」
「裁判長、今からそのとき私が受け取った証拠を提示します。」
「この音声データをお聞きください。」


一の瀬の声が流れる。
「新谷という弁護士にです。」
「彼から創薬センターに電話がかかってきた。」
「承知できません。」
「これは大至急片付けるべき案件です。」
「羽村さん、そちらで手を打っていただく。」
「またすぐに黒岩さんに頼んでください。」
「今回はあなたの不始末ですよ。」
「これ以上私を怒らせないでください。」
「お金は出せません。」


八神が尋問を続ける。
「黒岩というのは神室署の刑事です。」
「しかしその裏の顔はモグラと言われる殺し屋だと思われます。」
「あんたは羽村を通じてその黒岩に新谷殺害を命じた。」
「電話であんな話をするなんてね。」
「あんたほどの人がよほど慌ててたらしい。」
「この音声データをはっきり裏付ける証人がいます。」
「では呼びましょう。」


羽村が法廷に入ってきた。


「証人、この録音の会話は?」


羽村が答える。
「ひとりは俺だ。」
「もうひとりはそこにいる一ノ瀬。」
「間違いねえ。」


検事側席に座っている真冬が言う。
「森田検事正はこの事件の指揮を執っているつもりですけど、実は蚊帳の外です。」
「これから私達は検事正を告発します。」
「罪状は特別公務員職権濫用罪。」


羽村が言う。
「俺の次は木戸も証言するぜ。」
「あの先生は勝つ側にしかつかねえ。」
「そんな木戸にあんたは見限られたってわけだ。」


一ノ瀬は傍聴席にいたイシマツに目で合図した。
イシマツが傍聴席を急いで飛び出す。
海藤と杉浦がすぐにイシマツを捕まえるが、電話で指示を出した後だった。
指示の内容は「黒岩を始末しろ」だった。


法廷を星野に任せ、八神と海藤、杉浦は急いで神室町に向かった。
黒岩は自分が狙われたことへの復讐のため、生野を殺し創薬センターに向かったようだ。
八神たちも急いで創薬センターに向かう。
間一髪のところで黒岩を取り押さえたが、隙きを見て生野に襲いかかる。
黒岩は駆けつけた警官隊の発砲を受け絶命した。


生野の手には注射器に入れられたアドデック9がある。
「まだ死なないでください。」
「完成したんです。」
「僕のやれる全てを注ぎ込んだんです。」
「今度こそ間違いない。」
「だから最後に、この新薬が完成したという証明を・・」
杉浦はこの様子をスマホで撮影している。
「これで何百万、何千万の人が救われるんです!」


八神が言う。
「だから罪もない女の子まで殺した?あ?」
「何度も身体を刺して火までつけた!」
「その罪を着せられた大久保君は今も死刑囚でいるんだ!」


「僕だって殺したくて殺したんじゃない!」
「アドデック9を作るために。」
「世界を救うためには仕方なかったんだ!」


法廷では木戸が証人として出廷していた。
「じつはアドデック9からは人体への毒性を消すことはできません。」
「生野君は私にそう言いました。」
「それが何人も実験台にして辿り着いた結論だそうです。」
「つまりアドデック9は、失敗です。」
「しかし彼は誰にもそれを言えずにいた。」
「すでに何人も死なせて、その全てが無意味だったと言い出せなかった。」
「つい先日、それを聞きました。」
「それを聞いて私はこの法廷で証言することにしたんです。」


八神が生野に言う。
「世界を救うためには仕方なかった?」
「違うだろ。」
「お前が絵美ちゃんを殺したのは自分の保身のためだよ。」
「世界を救うのが目的なら、アドデック9の研究は他の誰かに引き継ぐことだってできたはずだ。」


「僕が研究してきた薬だ。」
「僕でなきゃ完成させられなかった!」
「じゃあ今証明してみせますよ。」
「僕の考えた薬が正しいことを!」
「僕のやったことが正しかったってことをね!」
「僕の母は認知症になった祖父母を長いこと介護してた。」
「それを最期まで看取ったあと、気が抜けたように倒れて死んだ。」
「僕だってアルツハイマーに大事な家族を奪われた一人なんだ。」
生野は自分自身にアドデック9を打った。
「でもこれでもう同じ悲劇は二度と起こらない。」
「僕が研究者になったのも、この薬の開発を手がけたのも、神様が授けた運命なんですよ。」


生野は突然苦しみだした。


証言台で木戸が言う。
「アドデック9の副作用は、被験者に激しい頭痛を起こさせ、その眼球を青く染めます。」
「そうなってはもう助からない。」
「青くなるのはアドデック9に由来する毒素が溜まるためだと生野君は言っていました。」
「それは紛れもない人体実験の物証となってしまう。」
「神室町で見つかる死体からは常に眼球が持ち去られていた。」
「それらは全て生野が処理していました。」


生野の目が青く染まり、苦しみながら絶命した。


―10日後―
東京拘置所で八神は大久保に接見した。
「ありがとうございました。八神先生。」
「釈放は来週くらいだろうって聞きました。」
「そのあと絵美の事件の再審がありますけど。」


八神が言う。
「再審は形式的なものになると思う。」
「もう誰も君が絵美ちゃんを殺したとは思ってない。」
「今日はもうひとり、君と話したいって人を連れてきたんだ。」


杉浦が接見室に入ってきた。


生野と黒岩は死亡し、一ノ瀬と森田検事正は逮捕された。
風見大臣と梶平会長との癒着も追及されるようだ。


探偵事務所で八神、海藤、真冬が話をしている。
「俺は弁護士をやめて探偵になった。」
「でも探偵という選択をしたから大久保くんの冤罪を証明できた。」
「皮肉なもんだよ。」
「弁護士やってて真実をつかめずに逃げ出してたってのに。」
「弁護士を辞めたことで真実に辿り着くことができたんだから。」
「どんな選択にどんな未来があるかなんてわからない。」
「それこそ神のみぞ知る、だろ?」
「だからどんな選択をしたところで大事なのはその後さ。」
「絶対に諦めないことが一番大事なんだ。」
「でもさ、法廷で久しぶりにスーツ着たけど、俺、イマイチじゃなかった?」
「スーツ着るって選択だけはやっぱ絶対無しかな、うん。」
「その点、探偵はスーツ着る必要ねえし。」


その時、探偵事務所の電話がなった。
それは飼い猫の捜索依頼の電話だった。


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