龍が如く7 光と闇の行方

東城会系荒川組組長・荒川真澄は幼少の記憶を思い出していた。
時代劇をしている小さな劇団の女形として所属していた真澄は実の母親・よう子から度重なるDVを受けていた。
劇団の座長を務める父親が庇ってくれるのが唯一の救いだった。
横浜での最後の夜を父親と一緒に過ごす真澄。
次の興行が大阪のため、翌日には移動しなければならないのだ。
中華街の料理店で北京ダックのコースを頼み、父親と一緒に食べる。
「おいおい、真澄。メインディッシュ前に食い過ぎなんじゃないか?」
「こいつらは前座だ。看板役者がまだ来てないだろう。」


「分かってるよ。北京ダックが来る前に便所に行ってくる。」
荒川真澄が席を立った。
用を足し席に戻ると、父親は眉間を銃で撃ち抜かれて死んでいた。


―2000年12月31日―
「20世紀最後の日か・・」
「今世紀最後の昼飯でも行くか。」
「なあ、イチ。」


東城会系荒川組若頭・沢城丈が言う。
「イチなら地回りに行かせましたよ。」
「神室町に盆も正月もありません。」
「街が動いてる限り取れるものは取る。」
「それがシノギの鉄則ですから。」


荒川にイチと呼ばれているのは東城会系荒川組若衆・春日一番。
通称・ソープの一番。
幼少期のほとんどをソープランドの事務所で過ごしていたことがその由来だ。
春日の舎弟には同じく東城会系荒川組若衆・安村光雄という男がいる。
春日は安村のことをミツと呼んでいる。


沢城に荒川真澄の息子・荒川真斗の付添を頼まれていた春日は真斗のマンションに向かう。
真斗は病気で車椅子生活のため介助が必要なのだ。
「今日が何の日か忘れてないよな?」


春日が答える。
「まさか。夢乃さんの誕生日ですよね?」


「それよりイチ、親父に喋ってないだろうな。」
「何か聞かれたらデパートに買い物に行ったと話しとけ。」
「あのジジイ、いつまでも俺をガキ扱いしやがる。」


春日は真斗のことを若と呼んでいる。
「心配なんですよ、若のことが大切だから。」


「知ったような口を利くな。」


春日は真斗の車椅子を押して夢乃が働くキャバクラへ向かった。
真斗は高級腕時計を夢乃にプレゼントし、店で一番高いボトルを注文した。
しばらくすると夢乃は別の客に呼ばれ、席を外す。
春日が真斗をトイレに連れて行った時、夢乃が常連客の堀ノ内十郎という男と話しているのを聞いてしまう。
「ちょっと待って、堀ノ内さん。」
堀ノ内は警視庁警務部部長という肩書を持っている。
「帰るよ。あのチンピラと同じ空気を吸いたくないんでね。」
「誰だ?あいつは。」


「ああ、真斗さんのことね。あれはヤクザの息子。」
「飲み方もお金の使い方も無茶苦茶だし、さっきだってとんでもない物プレゼントしてきて。」
「もう怖くて。」


堀ノ内が言う。
「何が怖い?脅迫か?暴行か?」
「そんなことになれば俺が即逮捕、即懲役にしてやる。」


キャバクラを出て真斗を送り届けた春日は組事務所に戻った。
荒川真澄が組長室に春日を呼びつける。
「今日は真斗の面倒見てくれたんだろう?」
「すまねえな。家のことまでお前らの助けを借りて。」
「どうだ?あいつ元気にしてたか?」
「最近は俺の電話にも出やしなくてな。」
「さて、じゃあ20世紀を締める飯を食いに行くか。な、一番。」


春日と荒川は神室町の繁華街に出かけた。
「真斗の母親・・もう亡くなっちまったけどな。」
「24年前のちょうど今日、大晦日だった。」
「俺は氷川興産って組の下っ端でよ。」
「そこの組長から娘をもらってくれねえかと言われてた。」
「だが俺が心底惚れてたのは別の女だ。茜と言った。」
「組長のお嬢の方は適当に返事はぐらかしてりゃそのうち立ち消えになると高括ってた。」
「だから茜とは隠れて付き合ってたよ。」
「子供ができたって言ってくるまではな。」
「となりゃあお嬢か茜かどっちと一緒になるか考えるまでもねえ。」
「ただ茜と子供のことを組長に切り出すきっかけが見つけられなかった。」
「で、ようやく腹決めたのはもういつ産まれてもおかしくねえって時期よ。」
「俺には決めた女がいる、組長に頭下げてそういった。」
「さんざん袋叩きにされて、年を越した頃には半殺し。」
「それだけで済みゃよかったんだがな。」
「組長は茜と腹ん中の子供まで殺せと組みのモンに命じたんだ。」
「さすがに俺も耳を疑ったが、組長はマジだった。」
「俺はとにかく死に物狂いで逃げ出した。」
「向こうも俺を半殺しにしたと思って油断してたんだろう。」
「そんとき茜は、もう産気づいてて病院にいってた。」
「俺は電話をかけてすぐにその場を離れるように言った。」
「組のモンが病院に差し向けられてたからな。」
「街を出ようと、喫茶アルプスという店で落ち合うことにしてた。」
「だが何時間たっても彼女は来なかった。」
「連中に捕まっちまったのかと思った時、茜から俺宛に電話がかかってきた。」
「追い詰められた茜は逃げ切れないと思い、産まれたばかりの真斗をコインロッカーに隠したと言った。」
「俺はすぐに駆けつけてコインロッカーに入っていた真斗を連れて病院に駆け込んだ。」
「すると真斗を診てくれた医者は低体温症による多臓器不全だと。」
「あの日は寒い夜だった。」
「あと1分でも早く俺が抱きしめていれば後遺症を免れた可能性があったらしい。」
「イチ、真斗のこと。お前にも苦労かけるな。」
「結局、茜とはそれっきりだった。」
「あいつは馴染みのスナックに逃げ込んだが、そこにも手が回ってた。」
「氷川興産に連れ去られて、殺された。」
「俺が赤ん坊を病院に運び込んでた頃にな。」
「氷川興産の組長と組員の何人かはそれから何日もしねえうちにこの街から消えた。」
「組は潰れたよ。」
「長話に付き合わせちまったな。」
「だがお前にはいずれ話しとこうと思ってた。」
「渡世のとはいえ、お前も俺の息子だ。」
「シケた話はこれまでだ。」
「さあ、とっとと飯を食いに行くぞ!腹ペコだ!」


春日は桃源郷の前を通った。
「23年前の1月1日。俺はこのソープランドの浴室で生まれたらしい。」
「ソープ嬢だったお袋は出産直後に俺を置いて消えた。」
「てな話はだいぶ後になって父ちゃんから聞いた。」
「父ちゃんって言っても血の繋がりはねえ。俺を引き取ってくれたソープの店長だ。」
「実の父親については一切聞かされてねえが、どうせ行きずりの客だろう。」
「俺はこの街の奴らに育てられた。」


春日と荒川は屋台のおでん屋に入った。
「世間じゃクズって呼ばれてるような連中が俺の親代わりだった。」
「荒川の親っさんと出会ったのは俺が中学を出た頃。」
「育ての父ちゃんが死んで以来、俺は高校にも行かず当てもなく生きていた。」
「金の為にだれかれ構わず喧嘩を吹っかける毎日。」
「その日、俺が半殺しにした相手はヤクザだったんだ。」
「俺はヤクザの事務所に監禁され、返しと呼ばれる強烈な復讐を食らった。」
「このままじゃ殺される・・俺は助かりたい一心でその名前を口にした。」
「荒川組・・俺を殺したらあの荒川が黙ってねえぞ!って。」
「当時荒川組と言えば殺しの荒川組で鳴らす武闘派組織だ。」
「ヤクザに興味のねえ俺でさえ耳にしたことのある名前だ。」
「それをチラつかせれば、こいつらはビビって俺を殺せないはず。」
「俺の浅はかな考えは裏目に出た。」
「よりによってこいつらは荒川組とシマ争いの真っ最中だった。」
「会ったこともねえ荒川なんて男が見ず知らずの俺を助けに来るわけがねえ。」
「そう思っていたら・・本当に助けに来たんだ。親っさんが。」
「親っさんは自分の左手の小指をその場で切り落として、俺を助けてくれた。」
「礼を言った俺に親っさんはこう言った。」
「礼なんていらねえよ。お前の為に指落としたわけじゃねえんだ。」
「ヤクザってのは顔と看板で商売してるんだ。それが何より大事なんだって。」
「あの場でお前を返してくださいなんて頭を下げちまったらどうなる?」
「荒川組の看板が下がっちまう。」
「ヤクザは一度でも弱いとこみせたら終いだ。」
「まあ、俺を知ってたガキの前でカッコつけたかっただけかもな。」
「その瞬間、俺の人生はこの人に向けて延びるまっすぐな道になった。」
「俺は盃を貰う為に事務所の前に立ち続けた。」
「雨の日も、炎天下の日も。」
「親っさんは俺にこう言った。」
「ヤクザなんかになろうとするんじゃねえって。」
「でも俺が天涯孤独の身だと知ると、盃をくれたんだ。」
「それは親っさんに出会ってから100日目のことだった。」


年が明け、事務所に顔を出すと親っさんが一人で酒を飲んでいた。
「お前、坂木組は分かるな?」
「前からウチに因縁つけてる組だ。」
「因縁の発端は坂木組が近江と繋がってるって噂からだ。」
「近江連合、関西一円を束ねる巨大極道組織で東城会とは長年ドンパチが絶えねえライバル関係だ。」
「坂木はそんなデカい裏切りが出来るほど腹の座った組じゃねえ。」
「ただ東城会の内部情報を近江に売って小銭稼いでたってのは事実でな。」
「俺が幹部会でそのことを問い詰めたんだ。」
「そしたら坂木の組長、シラを切り通してな。」
「そっから坂木はウチを逆恨みするようになった。」
「それでも向こうは東城会の直系だ。」
「本家に迷惑をかけねえように穏便に対応してきたんだがな。」
「2時間ほど前、丈から電話があってな。」
「あいつ、坂木の組員をハジいちまった。」
「外でばったり坂木の若衆と出くわしたらしい。」
「お互い部下も連れねえでサシ同士だ。」
「散々怒鳴り合った結果、丈がチャカを抜いちまった。」
「幸い目撃者は居ないみたいだが、既にサツが死体を見つけてる。」
「ウチにガサが入るのは時間の問題だ。」
「直系の組員をウチのカシラがハジいたとなりゃ、荒川組が東城会に弓引いたとされても仕方ねえ。」
「そうなりゃウチは東城会追放。こんな小さな所帯は瞬く間に解散だ。」
「今、丈がしょっ引かれるわけにはいかねえ。」
荒川が春日に頭を下げる。
「務めに行ってもらえねえか・・イチ。」


「何言ってんですか、親っさん。」
「頭下げるのは俺の方ですよ。」
「俺はずっとこんな日を待ってました。」
「親っさんに恩返しできる日を。」
「10年や20年そこらのムショ暮らし、喜んでやらせてもらいます!」


荒川が言う。
「悪いがお前は先月付けで組を絶縁されたことにするしかない。」
「よそとの喧嘩なら破門で済むだろうが、今回は同じ東城会。それも相手は直系だ。」
「心配するな。本家に根回しして出所までに必ず絶縁を解いておく。」
「それにカタギの犯行ってことにした方が判決に有利だからな。」


その後春日は自ら神室警察署に出頭し、殺人罪で懲役15年に処された。


―15年後―
なおも服役中の春日のもとに荒川から1通の手紙が届いた。
「拝啓、一番へ。」
「出所するまで書かずにおこうと決めていたが、耐えられず筆を執る。」
「お前の刑期が延びなければ、今頃盛大に出迎えてやることができていたはずだが。」
「それが叶わず、ただただ悲しく、寂しい想いで毎日を過ごしている。」
「今でも事務所にいると、お前の笑い声が聞こえた気がして振り返ってしまう。」
「家族の欠けた家の虚しさは親にしか分かるまい。」
「親は子がいて初めて親になれるのだ。」
「一日も早く、振り返った俺の前にお前の姿がある日を待っている。」
「出所した日の晩は、北京ダックを食いに行こう。」


―2019年・春日一番 出所―
刑務所を出た春日一番を待っていたのは荒川ではなく、神奈川県警の元刑事・足立宏一だった。
今は免許センターの職員をしていて定年も間近だ。
「俺はお前に用があって来た。」
「なんせ20世紀最後の晩に銃で人ぶっ殺した凶悪犯様だからな。」
「わざわざ有給まで取って来たんだ。」
「神室町生まれの神室町育ち。」
「街の有名ソープ・桃源郷で産み捨てられ、以来店長の春日次郎に引き取られ、店で働くソープ嬢たちに育てられた。」
「その後、テンプレ通りに不登校、食い逃げ、万引き、喧嘩を繰り返し、見事16歳でヤクザに就職。」
「東城会系荒川組構成員として大した活躍もないまま8年後、同じ東城会系組織の幹部を射殺。」
「2001年1月1日、神室署に出頭。」
「後に懲役15年の刑が確定し、ここの刑務所に服役。」
「素行不良による3年の刑期延長を経て晴れて本日、刑期満了で出所といったところか。」
「じっくり手間暇かけて調べたんだ。」
「俺はお前に用があるんだ。」
「とはいえ、行きたいところがあるんなら止めやしない。」
「お前はもう自由の身だ。」
「ただし俺も一緒についてくぜ。」


春日は沢城丈が殺した相手・鈴森近雄の墓参りに向かった。
「どこに行くかと思えば墓参りか。」
「鈴森って、あの18年前に撃ち殺された奴か?」
「でも誰が鈴森を殺ったんだろうな?」
「お前はこいつをなぜ殺したんだ?」
「ムシャムシャして人を撃ち殺した?」
「そんなイカれたヤツが殺った相手の墓参りして掃除までするのか?」
「ましてや出所してすぐに?笑わせるな。」
「18年前、鈴森は誰かに撃たれて死んだ。」
「だがお前じゃない。」
「なのにお前が組のために殺ってもねえのに自首した。」
「そんなことは所轄の刑事部長から裁判官まで全員分かってたんだ。」
「春日、お前はムショの努めも終えたんだ。」
「なぜ今でも嘘をつく?」


その時、荒川真澄が部下たちを引き連れてやって来た。
春日が大声で呼びかけるが見向きもしない。
荒川は近江連合先代の墓の前で立ち止まり、墓参りをしている。
「あれは、近江連合先代の墓だ。」
「荒川真澄は近江連合大幹部として行事をこなす為にやってきた。」
「今、荒川組は東城会じゃない。」
「荒川真澄は、やつは今八代目近江連合の実質的なNo.2。若頭代行だ。」
「お前が信じられねえのも無理はねえ。」
「三次団体ではあるものの、荒川は東城会の下で数十年も組長を務めてきたベテランだからな。」
「だが潮目がかわったのは2年前だ。」
「新しく就任した東京都知事が街の浄化運動を始めて次々に東城会の資金源をピンポイントで潰してまわった。」
「名付けて神室町3K作戦。」
「ヤクザに食わせない、稼がせない、移住させない、で3Kだ。」
「で、警視庁の的確すぎるガサ入れで主だった組の幹部衆は次々に暴対法で挙げられていった。」
「ただひとつ、荒川組だけを除いてな。」
「警視庁が効果的に東城会をたたくことができたのは荒川組から提供された内部情報のおかげだったんだよ。」
「つまり荒川真澄は東城会って組織そのものをサツに売った。」
「その後東城会がほとんど壊滅ってときにこれ幸いと関西から近江連合の極道たちが続々と神室町に入り込んできた。」
「しかし警視庁はそれを見て見ぬふりをする。」
「理由は荒川からの袖の下があったからだと考えられる。」
「賄賂だよ。」
「荒川は警視庁の幹部らに裏金を渡して近江の東京進出に目こぼしさせたんだ。」
「近江の連中は一滴の血も流さずに神室町を牛耳ることができた。」
「やつらはだからその見返りに、荒川真澄に若頭代行という席を用意して迎えた。」
「要するに荒川は東城会から見りゃまぎれもねえ裏切りモンよ。」
「今も恨みを買って東城会の残党に狙われてる。」
「お前にゃあ酷な話だろうがいずれ知ることだ。」
「気を落とすな。」
「今は俺と横浜に一緒に来い。」
「俺はお前に用があると言ったろ?」
「この先は俺の捜査に協力してもらう。」
「嫌と言ってもお前は俺に従うしかない。」
「いいから大人しく付いて来い。」


「神室町で親っさんが放免祝いの準備して待ってんだ。」
「あんたのおかげで親っさんにいい土産話ができたぜ。あばよ!」
春日は足立の言うことを聞かず、一人で神室町に向かった。
荒川組の事務所があった場所に向かうが、そこは空きテナントになっていた。


春日は荒川組の情報を得るため、牛尾という中学の先輩に話を聞くことにした。
牛尾は現在、実話雑誌の記者をやっている。
「そういやお前、荒川んとこの若衆だったな。」
「荒川が何で変わっちまったか・・か?」
「それくらい知ってるさ。」
「ダテに記者で飯を食ってるわけじゃねえ。」
「お前がムショに入ったのって何年前だ?」
「18年前ってことは、その頃荒川の息子がいただろう?」
「俺は詳しくは知らねえがよ、あいつ難病だったんだってな。」
「今は死んじまってもういねえよ。」
「お前がムショに入って3年くらい経った頃かな。」
「病気が悪化して打つ手がなくなったらしい。」
「荒川はその子を可愛がってたんだろ?」
「たぶん荒川が変わっちまった原因はそれだろ。」
「我が子に先立たれるほど辛いもんはねえからな。」
「あのな一番、お前にゃわかんねえかもしれねえが子供の存在ってのは親にとって全てだ。生きがいなんだ。」
「でもそれを失ったからといっても生きていかなきゃなんねえ。」
「それが人生ってもんだろ?」
「生きがいを失ったらまた新しい生きがいを見つけなきゃいけねえ。」
「荒川は極道だ。それも生粋のな。」
「奴が選んだ新しい生きがいはなりふり構わず修羅の道を突き進むことだったんじゃねえのか?」


春日が自分が生まれた場所、ソープランド「桃源郷」に向かうと足立が待ち伏せをしていた。
「お前さんは必ずここに来ると思ってたよ。」
「すげえよなあ。ネオンまぶしい神室町にこんなもんが何年も野ざらしなんだぜ。」
「東城会の抗争で、ここにダンプが突っ込んだんだ。」
「そっからは誰も寄り付かず、半グレのアジトに使われたり不気味な奴らが住み着いたりって感じだな。」
「お前の記憶にある神室町とはだいぶ違うだろうな。」
「そういや中通りのアレはみたか?」
「新神室署だよ。神室町の出入りを監視する関所みてえにそびえたってる。」
「3K作戦の成果に後押しされて、都でずっと塩漬けだった新警察署の建設計画も動いた。」
「今の都知事はとにかく実行力があって人気もある。」
「新神室署はその象徴みてえなもんだ。」
「春日、俺が今までお前に話したことで嘘はひとつもない。」
「お前の東城会は消えた。」
「今この街を牛耳っているのは関西から入り込んできた近江連合だ。」
「どうだ?俺の話を信じるか?」


春日は頷いた。
「ああ。」


「いいタイムだ。」
「俺の読みより全然早いな。」
「お前は自分で見聞きしたことしか信じねえって男だ。」
「俺の口からどう説明されてもな。」
「だから結局すべてを理解するまでお前は自分の足で歩き続けるしかなかった。」
「捜査に協力してくれ。」
「お前の組長・荒川真澄は警視庁を通じて東城会をつぶし、神室町に近江連合を引き込んだ。」
「ただ極道が警視庁に取り入るにはまずデカい金を手土産にしたはずだ。」
「俺はその金が警視総監の堀ノ内十郎にも流れたとみている。」
「俺の狙いはその首だ。」
「堀ノ内とは因縁の仲でな。」
「だが神奈川県警の一免許センター職員が警視総監をつつきまわせるわけもねえ。」
「だから切り崩すとしたら荒川真澄からだ。」
「荒川真澄がどうやってのし上がったのか、なんで東城会を裏切ったのか。お前は知りたいはずだ。」
「春日、お前が今一番やりたいことは?」


春日が答える。
「親っさんに会いたい。」
「ムショにいるときからずっとそうだったけどよ。」
「とにかく会って話がしてえ。」


「だよな。」
「荒川は今夜、近江の幹部らを連れて地方の親分衆とデカい会合を持つことになってる。」
「親睦会と言や聞こえはいいが、要は改めて関東一円にニラミをきかせようって場だ。」
「荒川にとっちゃ、極道の格を問われる大事な場面になる。」
「場所は平安樓という中華料理店だ。」
「あそこは超高級店だ。えらい高えんだぞ。」


春日が言う。
「親っさんは昔、約束してくれたんだ。」
「そこで北京ダックを食おうって。」
「荒川の親っさんが俺を呼んでる。」
「場所がそこだってこともきっと偶然じゃねえ。」
「いや、きっとそうだ。」
「とにかく俺は行くぜ。」
「あそこに行きゃ親っさんに会えるんだ!」


「待てって。会合は夜んなってからだ。」
「取っ捕まったら荒川に会うどころじゃねえぞ。」
「だいたい正面突破で行くとか馬鹿だろ。」
「ちゃんと店に潜り込む策はあるって。」
「一旦別れて夜また落ち合おう。」
「あと、こいつを渡しとくぞ。」
足立は春日にスマホを手渡した。
「習うより慣れろだ。」
「とりあえず俺からの電話にでられちゃそれでいい。」
「夜になったら劇場広場に来い。」
「くれぐれも目立つ真似はするなよ?」


夜になり劇場広場前で足立と合流した春日。
地下道から潜入して平安樓のVIPルームに入ると沢城がいた。
「久しぶりだな、イチ。いつ出てきたんだ?」
「便りの一つでもくれりゃ迎えの一人くらい出してやってたぜ。特別にな。」


近江連合の代紋を付けた沢城に春日が言う。
「近江の代紋ぶら下げた人間の出迎えなんていらねえっすよ。」
「親父にくっついて近江に寝返ったんすか?」


「寝返る?おいおい、やめてくれよ。」
「このご時世、当たり前の身の振り方をしただけさ。」
「それにしてもイチ、例え東城会が残ってたとしても誰もお前の迎えには行かねえってことくらい分かるだろ?」
「忘れてねえよな?てめえが絶縁された身だってことをよ。」


春日が言う。
「俺は迎えのことなんて何とも思っちゃいませんよ。」
「絶縁のことだって忘れちゃいません。」
「俺が誰の身代わりで18年もくさい飯食ったか分かってんスか?」


「じゅうぶん分かってるさ。」
「分かってねえのはテメエの方だ。」
「今夜は親父にとって大切な席だ。」
「事を荒立てて台無しにしたくねえ。」
「自分で決めろ。」
「大人しく帰るか、ここで殺されるか。」


春日が言う。
「その扉開けて親父に会います。」


「ふ・・昔からテメエの腑抜けヅラ見る度にいつかぶっ殺してやるって思ったもんだ。」


春日が言う。
「偶然っすね。」
「俺もカシラに殴られる度に同じこと考えてましたよ。」


「それなら18年越しに叶えるとしようか。お互いの夢をな!」


「負けても文句は言わんでくださいよ、カシラ!」
春日は襲いかかってきた沢城をボコボコに叩きのめした。


「覚悟はできてんのか!」
「その扉を開けたら二度と引き返せねえ。」
「イチ、お前にその覚悟があんのか?」


春日は扉に手をかけた。
「俺はこの扉を開ける為に18年、我慢したんだ。」
春日は会食が開かれている部屋の扉を開けた。
上座に座る荒川が動じずに言う。
「これは失敬。私宛の客人です。」
「やっぱり来たか。やっぱり・・な。」
「お前だけは裏切らねえな。」
「トラブルではありません。心配なさらず。」
「すべては予定通りです。」
荒川は懐から銃を抜いて銃口を春日に向けた。
「すまねえな、イチ。」
「死んでくれ。」
春日は左胸を銃で撃たれ、倒れ込んだ。


春日が目を覚ますと、そこはゴミ捨て場だった。
銃で撃たれた傷口はきれいに縫合されている。
ナンバという男が春日に近づいてくる。
「今日が水曜日じゃなくて命拾いしたな。」
「水曜はこの辺、生ゴミの回収日だからよ。」
「傷口はまだ完全に塞がっちゃいないが、立てるんなら問題ねえ。」
「さっさとお家に帰るんだな。」
「母ちゃんとかカミさんとか子供とか誰かは心配してんだろ?」
「俺は迷惑はご免だ。」
「あ、そうそう。抜糸は適当に自分でやってくれ。」
ナンバは伊勢佐木異人町を根城にするホームレスだ。
元々は看護師だったが、病院の薬を横流していたことから看護師免許を剥奪された。
「釣り糸で縫っただけだけどな。」
「ここは異人町だよ。」
「イジンチョウ。伊勢佐木異人町。」
「ここは横浜だ。」
「夜中、まわりが騒がしいと思ったら仲間が血まみれのお前さんを担ぎ込んできたんだよ。」
「ゴミ捨て場に捨てられてたっつってな。」
「死んでるかと思ったんだが、気を失ってるだけだった。」
「死にかけちゃいたけどな。」
「でも見りゃ分かる通りここじゃロクな手当てはできねえ。」
「助かったのはあんたがシブといのと弾の当たり所が良かったことだ。」
「弾は心臓をギリギリ躱して動脈を傷つけず背中から抜けてた。」
「軌道がちょっとでもズレてたらあの世行きだったはずだぞ。」


礼を言う春日。
「そっか。ありがとうな。」
「つまりアンタは命の恩人。」


「勘違いすんじゃねえ。」
「ここで死なれちゃ俺らが困るんだよ。」
「殺人事件となりゃ警察が来て目撃者を探すために俺らに色々聞きに来るだろ?」
「マスコミもドヤドヤやって来て俺らにカメラ回してマイク近づけてくるだろ?」
「そもそもここに俺らは住んじゃイケねえんだよ。」
「自分で言いたくもねえが、俺らは不法住居者なんだ。」
「しかも住んでる奴らは色々と訳ありのもんばっかりだ。」
「分かったらとっとと自分の家に帰れ。」


春日が言う。
「帰る場所なんてねえんだ。俺には。」
「迷惑はかけねえ。」
「少しの間だけここで休ませてくれねえか。」
「頼む、ちょっとだけ助けると思って。」


そこに村長と呼ばれる老人がやって来た。
「ここに住む人間にとって重要なのは金よりも身の安全。」
「お前、ヤクザか?」


「ええ。つい最近まで。」
「いや、とうの昔に見捨てられたみたいなんですけど。」
春日は事情を説明した。


「18年もムショ務めした子分を撃つなんてなかなか根性のある親分だなあ。」
「辛いか?」


春日が答える。
「辛いかどうかって・・その・・なんとも言い様がないっていうか・・」


村長が言う。
「身体が治ったら出ていくもよし、住み続けるもよし、好きにしろ。」


翌日、集金屋の鄭がやって来た。
「今から今月分を回収する。」
「各自、金を用意して寝床の前で待て。」


ナンバが春日に説明する。
「寝床料って名目でホームレスから金を巻き上げてんだ。」
「俺がここに来る前からそういう決まりになってんだ。」
「支払いは村長が決めたルールだ。」
「噂じゃ鄭は横浜流氓のメンバーらしくてな。」
「異人町に昔から根城がある中華マフィアだよ。」
「ヤツらを敵に回せば何されるか分からねえ。」
「村長はここの平和を維持するために渋々支払いを飲んだって話だ。」


「いやあ、ごめんよナンバさん。」
「俺、こんな奴らに我慢なんてできねえよ。」
春日は鄭をコテンパンに叩きのめした。
「ここのホームレスから2千円ずつ集めてもよくて10万そこらだ。」
「そんなせこいシノギに精出すチンピラが粋がってんじゃねえ!」
「さっさと帰って幹部に報告しろ。」
「小遣い稼ぎしてたらホームレスに返り討ちにされましたってよ。」
「おめえも組織の人間なら分かんだろ。」
「幹部が下っ端のイザコザくれえでイチイチ出張るなんてしねえことくらいよ。」
「俺は横浜のことは詳しかねえけど、縄張りくらいはキッチリ決まってんだろ?」
「アンタにとっちゃ軽い気持ちの小遣い稼ぎでも、やってることは立派なシマ荒らしだ。」
「自分とこの縄張り越えた上にホームレスからは返り討ち。」
「組織のメンツも丸つぶれか。」
「どう報告するか大変だな、こりゃ。」
「なあ鄭チャンよ、下っ端ってのはキツイよな。」
「俺もよく分かんだよ。」
「でも弱いモンいじめは良くねえよ。」


「うるせえ!」
「今日のとこは引き上げてやる!」
鄭は帰っていった。


村長が春日のところにやって来た。
「勝手なことしてくれたな。」
「次にあいつに手を出したらすぐに出ていかせる。」
「俺らにとって一番重要なのは明日の寝床なんだ。」
「忘れるなよ、いいな?」


村長が春日のもとを離れたあとナンバが言う。
「あんなに怒るこたあねえのによ。」
「お前の見立ては間違っちゃいねえよ。」
「おかげでずっと溜まってた怒りが発散できた。」
「俺だけじゃねえ。みんなもスッキリしたはずだ。」
「礼を言うぜ。」
「しかしお前は人を怒らせる天才だな。」
「でもな、厄介な才能でもその人間の魅力には違いねえ。」
「そんなもんだ。」


「しかし知らなかった。」
「横浜じゃ中華マフィアがあんなに幅を利かせてんだな。」


ナンバが言う。
「中華マフィアだけじゃねえ。」
「この街を仕切ってるのは異人三だ。」
「さっきの鄭が所属しているのが中華マフィア・横浜流氓だ。」
「そしてコリアンマフィア・コミジュル、つまり韓国の組織だな。」
「もちろん日本のヤクザもいる。」
「その名も横浜星龍会。」
「この3つを総称して地元の人間は異人三って呼んでんだ。」
「星龍会は未だに一本独鈷を貫き通す筋金入りだ。」
「近江連合どころか異人町には東城会さえ入って来た試しはねえ。」
「日中韓によるこの鉄壁は肉の壁って言われるくらい頑丈だ。」
「この3つは昔っからバッチバチ睨み合ってんだ。」
「何か少しでも摩擦が起こればいつ爆発してもおかしくねえ火薬庫みてえな状態だ。」
「つまり冷戦状態である限り外部の組織は横浜に手を出せねえ。」
「出したくたって出せねえ。」
「3つのトップはそれぞれが最強を目指し合う事で冷戦が保たれてるってことを誰よりも知ってる。」
「日々組織力を高めて成長を続けてるはずだ。」
「横浜の裏社会で生きるってのは、そういうとこで生きる覚悟が必要だ。」
「でも一番、お前はラッキーだったんじゃねえか?」
「お前は近江に寝返った親分から撃たれた。」
「そして誰に運ばれて来たかは知らねえがこの横浜に来た。」
「ここ横浜は近江の手垢が付いていねえ場所だぞ。」
「少なくともここにいれば安全なんだからよ。」
「そこはラッキーだろうよ。」


春日が不意に撃たれた左胸を触ると、ポケットに何か入っているのに気がついた。
取り出してみると、それは偽の1万円札だった。
裏は真っ白だが表の印刷は精巧で、透かしも入っている。
「なんだ、これ。」
「まったく覚えがねえ。」


ナンバが言う。
「それは一番のポケットに入っていた。」
「だがポケットには撃たれた穴が開いている。」
「もし一番がもっと前から持ってたとしたら、万札にも銃弾の穴が開いてるはずだ。」
「だがそいつには開いてねえ。」
「撃たれて気を失った後に自分で入れるなんて事もありえねえ。」
「つまり撃たれた後、誰かが一番のポケットに入れたんだ。」
「ここに運んできた奴なのかな。」
「でもそれが誰なのかもわかんねえんだよな?」


「ああ。」
「そもそも何で俺がここに運ばれて来たのか。」
「何でそんな札があんのか・・」
「本当にわけがわからねえ。嘘じゃねえよ。」


春日とナンバは2人で仕事探しを始めた。
ハーバーライトというスナックのボディーガードの仕事を受けた2人は店の常連客・浜子に気に入られる。
浜子は小料理屋の2階で売春宿を営んでいた。
「アンタたち、ホームレスなんだろう?」
「うちに住まないかい?」
「2階の一部屋を貸してやるよ。」
「別にアタシはお人好しで貸そうってんじゃないんだよ。」
「アンタたちに部屋を貸すと居住権ってもんが発生する。」
「それが私の狙いってことよ。」
「居住権ってのはここに住む権利があるって法律的に主張できるのさ。」
「ここは単なる店舗だからね。ここにゃ私の居住権は無いのさ。」
「それにここの土地と建物は借り物だよ。」
「ここ2、3年、ブリーチジャパンっていう厄介な連中が異人町でデモ活動をやっててね。」
「その連中がここの所有者をけしかけてワタシらを立ち退かせようとするかもしれないのさ。」
「でも居住権ってのはこれがなかなか手強い権利でね。」
「それさえあれば土地と建物を所有してたって、住んでる人間を簡単に追い出すことは出来なくなるのさ。」
「店の子達だと国籍が無いから賃貸契約が結べなくてね。」
「仕方ないしさ。ハハハ・・冗談だよ。」
「スナックの一件を見込んでこっちからの頼みさ。」
「ブリーチジャパンが異人町から去るまではきっちり面倒見てもらうよ。」


春日とナンバは浜子が経営する小料理屋2階の一室に住むことになった。
「ブリーチジャパンはいわゆるNPOってやつだ。」
「もう14,5年前か。」
「全てのグレーゾーンを白色にってスローガンで世の中に出てきたんだ。」
「世の中には白黒つけがたいグレーな領域があるだろう?」
「厳密には法に触れてるが、昔からの習慣で警察も目を瞑ってる部分さ。」
「そこが犯罪の温床になっているって主張してグレーゾーンに切り込んだのが奴等さ。」
「ブリーチってのは漂白って意味だよ。」
「横浜だけじゃなく全国に支部がある。」
「で、そのブリーチジャパンの設立者が青木遼だ。」
「今の東京都知事だよ。」
「青木遼は時代の寵児になってTVや雑誌に引っ張りだこ。」
「今じゃあ東京都知事だ。」
「政界に進出するタイミングでブリーチジャパンの代表は降りたが、今でも青木のカリスマ性は衰えちゃいねえ。」
「しかし、ホームレスから脱出できるなんて思ってもみなかったな。」
「ありがとうな、一番。」


春日が言う。
「馬鹿、礼を言うのは俺の方じゃねえか。」
「ナンバがいなかったら俺は死んでたんだぜ?」
「なあ、ナンバって看護師だったんだろう?」
「何で辞めちまったんだ?」


「病院の薬をくすねて闇で売ってたんだ。」
「結構いい金になってよ。」
「そのうち海外の医薬品まで仕入れるようになってな。」
「手を広げ過ぎたらあっという間にバレちまった。」
「おかげで看護師免許は剥奪されちまった。」
「後悔してる。」
「一番よ、お前子供の頃何になりたかった?」


春日が答える。
「俺は・・勇者になりたかったな。」
「ドラクエに出てくるだろ。あの勇者だよ。」


「成りゃあいいじゃねえかよ、勇者!」
「うん、成るべきだ!」
「勇者ってのはスライム倒していつか成り上がってなるもんだろ?」
「お前なら今からだって成り上げれるぜ。」


春日が笑う。
「40過ぎて成り上がりか。」
「悪くねえな。成り上がりって生き様。」
「いっちょドーンとかましてみっか!」


翌日、足立が訪ねてきた。
「よくここがわかったな、足立さん。」
「あんたの方はあのあと大丈夫だったんスか?」


「大丈夫、あ、いや、そうでもねえな。」
「クビになったよ。警察。」
「あとちょっとで夢の満額退職金だったのになあ。」
「アッサリ懲戒免職だ。」
「神室町での建造物侵入、傷害、公務執行妨害、役満で懲戒免職。」
「起訴されねえだけありがたく思えとさ。」
「まあそっちは撃たれたあげくホームレスやってたんじゃスマホの充電もできなかったってわけか。」
「スマホが切れてたからお前の居所がわかんなかったんだ。」
「GPSだよ、ってお前にゃわかんねえか。」
「スマホは人工衛星使ってその位置を特定できるんだ。」
「そのシステムがGPS。」
「春日、俺はまだ総監を諦めちゃいねえ。」
「あいつは近江連合と癒着してるはずなんだ。」
「連中の神室町進出をお目溢しする見返りにな。」
「警視総監とつながってんのは近江連合若頭代行の荒川真澄。」
「春日は昔その子分だった。」
「この間、胸を撃たれるまではな。」
「話は20年前に遡る。」
「資産家の老夫婦が強盗に殺されたってヤマがあってな。」
「ホシは近所で失業中の前科モンで俺がこの手でわっぱをかけた久住という男だった。」
「だが裁判の直前になってそいつは犯行時刻に別の場所で目撃されていたとわかった。」
「つまりアリバイがあったんだ。」
「皮肉なことにその証言も俺が聞き込んできたもんだった。」
「俺はすぐ捜査本部に報告した。」
「そのとき県警はすぐに久住を釈放するべきだった。」
「アリバイの証言は固いと少なくとも現場はそう感じていた。」
「だが上は目撃した証人に何度も本当かと問い続けた。」
「そこまで言われると自信がないと言わせるまで徹底的に、執拗にだ。」
「神奈川県警本部長様の指示でだ。」
「そいつが今の警視総監、堀ノ内十郎よ。」
「当時やつには神奈川県警から警視庁へ転任するって内定が出ていた。」
「ところが起訴した容疑者がシロだったとなりゃおおごとだ。」
「本部長の堀ノ内は尻拭きに追われて転任どころじゃない。」
「だから目撃証言を取り下げさせた。」
「本当にシロなら他にも無実の証拠が出てたはずだと、奴はそう言い放った。」
「で、結局逮捕した当の刑事たちさえシロと見てた被告人に実刑が17年。」
「久住はカミさんや子供を残したまま首を吊ったよ。獄中でな。」
「そん時堀ノ内は新天地の警視庁で知らん顔さ。」
「神奈川県警には異人三と癒着する警官が多い。」
「いつ身内が不祥事起こしてもおかしくねえ。」
「だからお偉いさんは早いとこ神奈川を離れたがるんだ。」
「てめえの任期中に問題が起きねえうちにな。」
「当時まだ青かった俺は、幻のアリバイ証言をマスコミにリークしてやった。」
「だが堀ノ内はぼんくらのエリートじゃなかった。」
「元公安の実力者で人脈も半端じゃなかった。」
「俺が情報を流したマスコミ各社はすぐ堀ノ内へのご注進に回った。」
「リークした情報は一切世に出ず、俺には免許センター行きの辞令がきた。」
「クビにされなかったのは堀ノ内はの余裕ってとこか。」


3人はハローワークでソープランド・乙姫ランドの仕事を紹介され、店長に店で働くソープ嬢・菜乃葉の揉め事の解決を頼まれた。
菜乃葉には身体が不自由な父親がいて、高級介護施設「陽だまりの城」に入所していた。
陽だまりの城は裏で横浜星龍会が経営していて、寝たきりになった入居者を安楽死させてそれを隠蔽し、年金を不正受給していた。
横浜星龍会直系龍戸睦会会長の戸塚が陽だまりの城の理事長をしている。
さらに調査すると、菜乃葉は200万円を支払わなければ父親を殺すと脅されているようだった。


3人は横浜星龍会の本部に潜入し、横浜星龍会会長・星野龍平と会うことに成功した。
「鉄砲玉に見えなくもないが・・極道か?お前ら。」


春日が言う。
「俺たちは鉄砲玉じゃありません。」
「会長に頼み事が有ってきました。」
「そこにいる戸塚って組員のシノギについてです。」
「陽だまりの城のことです。ちょっとお時間いただけますか?」
「確認してください。俺は丸腰です。」


横浜星龍会若頭・高部守が春日の胸ポケットを探ると、偽の1万円札が出てきた。
その1万円札を星野会長に見せる。
「こいつ、得体のしれない札を持っています。」


「ああ、それね。」
「俺もまったく見に覚えがないんすよ。」


星野会長は偽の1万円札を凝視している。
「・・気にするな。玩具の札だ。」


会長室に案内された春日は星野会長に事情を説明した。


「ヤクザ稼業なんてのは人様から疎まれて当然。」
「だが俺なりに中国のマフィアや韓国のコミジュルから街の住人を守るため体張ってきたつもりだ。」


春日が言う。
「俺はこの街の歴史はよく知りませんが、星龍会さんの力で均衡が保たれているのだと思ってました。」


「最近はそのバランスも崩れてきてる。」
「どこの勢力でも下っ端が親に隠れてコソコソとシノギやがる。」
「一部じゃホームレスからシャバ代を巻き上げるようなクズもいると聞く。」
「でもまさかウチの戸塚までも俺に内緒でシノギを広げていたとはな。」
「教えてくれてありがとうよ。」


春日が聞く。
「会長は介護施設のことを一切ご存知なかったんですか?」


「馬鹿言うな。戸塚が理事を務めていることくらいはもちろん知っとる。」
「何せあの介護施設は30年くらい前にウチの組が買い取った施設だ。」
「本当なら老朽化で取り壊す予定だったんだが、どうしてもこの街の文化を遺したくてな。」
「そこで戸塚を理事に据えて介護施設を始めるように提案したのは俺だ。」
「ただ、戸塚があそこの最上階で別のビジネスをやってたのは初耳だった。」


春日が言う。
「あんなもんシノギでもビジネスでもねえ。」
「会長、あのビジネスは間違ってる。」
「お願いします。あそこに居る年寄りたちを解放してやってください。」


「春日とか言ったな?」
「お前、少しばかり勘違いしとりゃせんか?」
「さっきお前に礼を言ったのは戸塚が隠していたシノギを教えてくれたからだ。」
「ただ、誰がシノギの内容に意見しろと言った?」
「金が生まれる所に不幸は付き物だ。」
「そして不幸が生じる時には必ず誰かが幸せになっている。」
「それはシノギをする上ではある程度仕方のないことだ。」
「戸塚が最上階でやっていたシノギは安楽死ビジネス。」
「安楽死は本人が望む場合もあれば家族が望む場合もある。」
「その菜乃葉という女も父親を始末して欲しかったんだろう。」
「戸塚には二度とウチの敷居を跨げないように躾しておく。」
「春日よ、任侠と言うのは正しいか正しくないかだけでは計れんものだ。」
「我々はメンツで生きている。。」
「カタギに土足で上がられては星龍会のメンツが形無しだ。」
「今日は勇敢なことをしたなどと決して思うな。」
「お前らは今日、この私と星龍会をコケにしたのだ。」
「そのことを肝に銘じて明日から生きろ。」


春日が言う。
「久々にヒリヒリしました。」
「俺は嬉しいですよ、会長。」
「18年もムショに入って出てきたら俺が目指したはずの極道は世の中から消えてた。」
「でもアンタは違う。」
「良い意味でも悪い意味でも俺が知ってる昔の極道だ。」


「お前、やっぱり同じ世界の人間だったか。」
「お前みたいな男を育ててくれた極道ってのはどんな奴なんだろうな。」


春日が答える。
「組の名前を勝手に使ってヘマこいた見ず知らずのガキの責任とってテメエの指落とすような、そんな人でした。」
「よし、帰るか!」


「待て、一つ教えろ。」
「お前の親父とは誰だ?」


春日が言う。
「元登場会系荒川組組長、荒川真澄です。」
「ま、その親父につい最近撃たれちまったんですけどね。」
「嫌われちまったのかな。」
「でもまだ俺にとって最高の男は荒川の親っさんなんです。」


「荒川か、覚えておこう。」


横浜星龍会の本部を出た所で高部がやって来た。
「おう、お前らちょっと待て。」
「菜乃葉って女を陽だまりの城へ来るように連絡した。」
「お前らも来い。」


陽だまりの城の前に行くと菜乃葉がいた。
「向田菜乃葉さんでいらっしゃいますね?」
「電話でお話させていただきました、総支配人をしております高部と申します。」
「戸塚は急用で対応できなくなってしまいましたので私の方からご連絡差し上げました。」
「実は急なお話で申し訳ないのですが、当施設の閉鎖が決定致しました。」
「つきましてはご入居されているお父様をお預かりすることができなく
なりまして。」
「大変申し訳ないのですが、ご退去頂きたく考えております。」


菜乃葉が困惑する。
「え?でも手術の日は今日ですよね?」
「手術しなきゃお父さん死んじゃう!」


春日が首をかしげる。
「手術?」


高部が言う。
「この子は何も知らなかった。」
「純粋に父親を助ける手術だと思っていたのです。」
「菜乃葉さん、手術は必要なくなったと聞いています。」
「手術前に再度検査をしたところ、問題は改善されていたとのことです。」
「つきましては、こちらの200万円はお返しさせていただきます。」
「今回の閉鎖は当施設の一方的な事情ですので。」
「次の施設が見つかるまでは無料で御利用いただいて結構です。」
「じゃあ、後は任せた。」
高部は去っていった。


春日が菜乃葉に言う。
「その金、しまった方がいいぜ。」
「そんだけ手元にありゃ、今の仕事は変えてもいいんじゃねえか?」
「俺らはあんたがいない間に乙姫ランドで雇われたモンだ。」
「親父さんの面倒見るためにあそこで働いてたんだろ?あんた。」
「店長には俺から言っとくよ。」
「あんたはもう店に来ないって。」
「もち、未払いの給料はちゃんと振り込ませとく。」
「早く親父さんのとこに行ってやんな。」
「そっちにあんたのかわりはいねえんだから。」


「うん、ありがとう。」
菜乃葉は施設の中に入っていった。


春日たちが乙姫ランドに戻ると、店長が首を吊って死んでいた。
数日後、店長・野々宮勲の通夜に参列した3人のところに菜乃葉とそっくりの女性がやって来た。
「あの店長は一流のクズ。自分で死ぬわけないわ。」
「私の名前は紗栄子。」
「私はあなた達とは今日が初対面。」
「菜乃葉は私の双子の妹なの。」
「キャバクラで雇われママをしてるんだけど、その店のオーナーが野々宮だったの。」
「あの店長、ああ見えて異人町の風俗街じゃ指折りの名士だったみたいよ。」
「だから一応乙姫ランドと私の任されてるキャバクラは系列ってことになるの。」
「最初に入店したのは私。」
「でもまさか妹が系列店に風俗で働いてるなんて。」
「妹が乙姫ランドで働いてたのはこの間まで知らなかったのよ。」
「妹がお父さんの介護でそこまでお金を必要としてたってことも知らなかった。」
「複雑な家庭事情ってやつのせいでね。」
「私は若い頃に家を飛び出してそれっきりだったから。」
「でもある日、妹が乙姫ランドに入店したの。」
「野々宮はそこで私の身内だって気付いた。」
「だから菜乃葉には会ったその場で私がキャバクラで働いてるって伝えたみたい。」
「でも菜乃葉がソープで働くことを私には絶対に内緒にしてほしいって頼んだのよ。」
「ところが何日か前よ、いきなり野々宮から私に君の妹と親父さんがピンチだって連絡があったの。」
「そこで初めて何年かぶりに妹たちの事情を知らされた。」
「でも菜乃葉に内緒にしてほしいって言われてずっと隠してたのに伝えてきたってことは、よほどマズい状況だったんでしょ?」
「お父さんもあの娘もずいぶん世話になったみたいね。」
「だからお礼も言っとかなきゃと思ってさ。」
「春日さんに足立さん、それとナンバさん。本当に感謝してる。ありがと。」
「菜乃葉とはこの先もずっと会わない。」
「何も知らないままってことの方がいいんじゃないかって思うし。」
「私は野々宮が死んだ当日、死ぬ直前に直接電話で話してた人間。」
「そのうえで言うんだけど、あの人が自殺だったワケがない。」
「電話の最後、なんだかドタバタしていきなり切れたの。」
「多分中国語だと思うんだけど、かなり怒ってる感じの声が聞こえた。」
「警察にもちゃんと言った。」
「ここの電話の通話履歴から所轄の刑事が聞き込みに来たの。」
「刑事も途中までは熱心に聞いてくれた。」
「でも私が電話で聞いた中国語のモノマネをしてみせたら急に引き上げて行ったの。」
「ラオマー!ラオマー!って感じ。」


足立が言う。
「老馬ってのは横浜流氓の幹部の愛称だ。」
「実際の名前は馬淵。」
「恐らくこの部屋に乗り込んできたのは馬淵の手下だな。」
「で、野々宮を見つけた手下は大声で馬淵にそのことを知らせた。」
「彼女が聞いたのはその声ってわけだ。」
「でも乙姫ランドがある場所は星龍会のシマ。」
「異人三は冷戦状態のはずだが、その掟が破られたとなると大事だな。」
「偉人町の刑事で老馬を知らねえ奴はいない。」
「なんたって馬淵は刑事課を丸ごと買収してるんだから。」
「やつは偉人町の刑事に子供の七五三祝から入学祝い、冠婚葬祭なんかの経費までまめまめしく世話してやってんだ。」
「もっとも刑事連中にしてみりゃ賄賂を貰える有り難さもあるが、馬淵に自分らの個人情報が全部筒抜けになってる弱みもある。」
「もともと異人町の警察は異人三のごたごたには及び腰だ。」
「そのうえ馬淵が相手で被害者がソープの店長とくりゃ、まともな捜査は期待できねえかもな。」
「とりあえず窃盗が目的じゃないことだけは確かだ。」


紗栄子が言う。
「私さ、父や妹とはずっと不仲で、あいだを取り持ってた母が死んじゃってからはもう居場所がなくて。」
「だから家を出たんだよね。」
「けど家族を捨ててきた私に野々宮はまがりなりにも居場所をくれた。」
「そんな人を私は最後までろくでなし呼ばわりしてさ。」
「ありがとうなんて一度も言ったことなかった。」
「急にこんなお別れが来るなんて思ってもなかったから。」
「私は自分ひとりで気ままに生きてきたつもりだったけど、案外身近な人間と重っ苦しくて厄介なつながりを持ってたんだなって。」
「野々宮がいなくなって初めてそう気が付いた。」
「私ね、悔しいの。」
「野々宮はデリカシーないし言うことも汚い最低のオヤジよ。」
「でもだからって殺されたのに警察も知らん顔。」
「野々宮は殺されても仕方がない人だっていうの?」
「私一人じゃ何もできない。」
「でも死ぬ前に野々宮がアンタたちは頼りになるヤツだって言ってたから。」
「だからアンタたちに会いに来た。」


春日が言う。
「サッちゃん、一緒にやろうぜ。」
「あんたは今日からまた一人じゃねえってことだ。」
「よろしくな。」


その日の夜、春日たちは4人で横浜流氓のメンバー・鄭を捜し出した。
鄭は寝床料という名目でホームレスから金を巻き上げてんだ男だ。
「ちょいと事情があって横浜流氓の内情を教えて欲しい。」
「お前の場合は喋らなっくちゃ静粛されるぜ。」
「喋んなきゃお前がホームレスから金を巻き上げてたことを組織の上の人間に俺がチクる。」
「そしたらどうなるかな?」


「分かった。喋るってよ。」
「お前らの聞きたいことは何だ?」


春日は事情を説明した。
「ソープランドの店長を?」
「何で馬淵さんがソープの店長なんて殺すんだ?」
「あそこは星龍会のシマだぞ。何かの間違いだろ。」
「マジで犯人は馬淵さんなのか?」
「確かに馬淵さんは直属の部下には老馬って呼ばせてるけど。」
「俺は呼ばねえ。だって俺、中国語が喋れねえんだ。」
「横浜流氓が結成されたのは俺らのジイさんの世代だ。」
「確かにそいつらは皆、中国語が喋れた。」
「だが2世、3世にあたる俺ら世代は生まれも育ちも日本だ。」
「だからその世代の中国語の能力は人それぞれ。」
「俺が知ってる中国語なんてニーハオとシェイシェイくらいなもんだ。」
「国籍だけ中国なんだ。」
「でも国籍が有ればまだマシな方さ。」
「不法滞在者の間に生まれた子供は戸籍さえなくて学校にも行けねえヤツも多い。」
「横浜流氓には字が読めねえ奴も沢山いるんだ。」
「馬淵さんもこの街の貧困の家で生まれた。」
「だがあの人は努力家でよ。」
「死ぬほど勉強して一流の大学を出て中国語、英語、さらに韓国語まで話せる。」
「本人がキレ者だから側近の部下も頭がキレる人間しか付けねえ。」
「馬淵さんの居場所は知らねえ。」
「同じ組織でも俺らとは住む世界が違う人なんだ。」
「俺の知ってることと言えば、馬淵さんはやり手でいくつもビジネスを抱えてるってことくらいだ。」
「その中でも一番太いシノギが横濱貿易公司だ。」
「ま、いわゆる貿易会社だな。」
「中国から食材や調理器具を輸入して日本の中華料理店に卸してるんだ。」
「中華街の高級レストランだって馬淵さんの会社から仕入れてる店がある。」
「馬淵さんなりの復讐なのさ。」
「会社設立の頃は中華街の奴らは誰も馬淵さんの会社を相手にしなかった。」
「だけど横濱貿易公司の輸入する品物はどれも一流品。」
「しかも卸値が破格に近い。」
「世の中ずっと不景気だ。となると中華街の連中も安くて良い商品は無視できなくなる。」
「ついには馬淵さんに頭を下げて取引させてくださいってな状態よ。」
「今や馬淵さんが輸入した食材が無けりゃ営業が成り立たねえ店もあるほどだ。」
「昔、俺が横濱貿易公司でバイトしてた時は一度も見かけなかったけどな。」
「浜北公園の奥に横濱貿易公司の倉庫兼事務所があんだよ。」
「そこで中国から船で運ばれて来た商品を倉庫に入れる荷降ろしのバイトをしてたんだ。」
「一ヶ月くらいやってたが馬淵さんは一度も見たことがねえよ。」


翌日、春日たちはハローワークで横濱貿易公司の仕事を紹介してもらい潜入に成功した。
横濱貿易公司が偽札を製造しているという証拠を掴んだ春日たちは逃げそこねてしまい馬淵に捕まってしまった。
「いくつか質問に答えろ。」
「お前は星龍会の人間だな?」


春日が答える。
「ちげえよ。」


「そのわりには立派な入れ墨が背中に入ってるじゃねえか。」
「それでカタギとは言わねえだろ?」
「ウチの倉庫でこの札を盗もうとしたって?」
「なんでだ?人民元なんざ日本で使えねえぞ。」


「偽札だろ?それ。」


馬淵が言う。
「ほう、なんでそう思う?」


「見たんだよ。」
「事務所に無かったはずの金が急にピン札で現れたのを。」
「食材扱ってる倉庫に妙な白紙の束が大事に箱詰めされてんのもな。」


馬淵が言う。
「なるほど。」
「偽札だと承知の上で人民元を盗むつもりだったわけだ。」
「で、盗んでどうするつもりだった?」


「あんたの悪事の尻尾を掴んだんだ。」
「あれを使って、いずれ店長を殺した落とし前をつけさせる。」
「そのつもりだったのさ。」


馬淵が春日の腹を殴る。
「そうか。」
「お前らは俺のビジネスを嗅ぎ回るために倉庫へ入り込んできた。」
「そして入ってからたまたま偽札に気づいたってことだな?」
「その話、まだ誰にも知らせちゃいねえんだな?」
「答えろ。仲間を見殺しにする気か?」


「まだ誰にも話しちゃいねえよ。」


馬淵が言う。
「そりゃ良かった。」
「じゃあ最後の質問だ。」
「お前は俺が野々宮を殺したと本気で思ってるのか?」


「ああ、そうだ。」


馬淵の部下が春日をスマートフォンで撮影している。
「いいねえ、その言葉バッチリだぜ。」
「よそからシノギに首突っ込んでくるとはなあ。」
「そいつはご法度のはずだぜ?なあ、星龍会さん。」
「異人三はお互いのシマに立ち入らねえのが鉄の掟だ。」
「だが星龍会はそいつを破った。」
「そいつはつまり横浜流氓への宣戦布告だ。」
スマートフォンの録画が停止された。
「良い芝居いただいたぜ。仕上がりが楽しみだ。」
「そうだな、良い芝居した褒美に一つ教えてやろう。」
「野々宮を殺ったのは、俺だ。」
馬淵が部下に言う。
「今撮った映像、倉庫の防犯映像とつないでメンバーに送っとけ。」
「星龍会が仕掛けてきた証拠だってな。」


「お前らには礼を言う。」
「最初は心配してたんだ。」
「俺が撒いた種に水をやってくれる奴がいるのか。」
「だがお前らが現れた。」
「そして今日、おかげで花が咲くまでにしてくれた。」
馬淵は去っていった。


足立が言う。
「馬淵は星龍会相手に戦争を始めてえんだ。」
「問題は星龍会が横浜流氓に抗争をふっかけた、その口実に俺らが使われちまうってことだ。」
「さっきのビデオを使う気みたいだな。」
「何を企んでやがるのか。」
「少なくとも馬淵はこの街の均衡を本気でぶっ壊す気らしいな。」


馬淵の部下がやって来た。
「ラオマーからお前らを見せしめにしろと指示があった。」
「お前らの死体を切り刻んで星龍会に送りつけてやる。」
「ラオマーには時間かけてじっくり楽しんで殺れって言われたよ。」
「お前もそれなりに修羅場を潜ってきたんだろうが、悪運もここまでだ。」


そこにコミジュルの参謀、ハン・ジュンギが現れた。
「じつはラオマーからちょっと申しつかったことがありまして。」
ハンジュンギは春日を拘束から解放した。
「私にできるのはここまで。」
「あとは自分たちでなんとかしてください。」
ハン・ジュンギは逃げていった。


拘束から解放された春日は馬淵の部下たちを倒し、仲間たちを解放した。
足立が言う。
「多分、俺たちを助けてくれた奴はコミジュルの人間だ。」
「断言はできねえがな。」
「理由はわからん。」
「ただあいつらは煙みてえな連中だ。」
「馬淵のアジトにスルっと入り込んでフワっと俺らを助けたんだぞ。」
「あくまで元刑事の勘だがな。」
「まずはここを出よう。」
春日たちは馬淵のアジトを脱出した。


春日たちはひとまず浜子が経営する小料理屋2階に戻り、携帯電話で星龍会会長・星野に事情を説明した。
街では星龍会の若い衆が2人、馬淵の部下に撃たれて殺されようだ。
星龍会の若頭・高部が会長の許可も取らずに部下を引き連れて飯店小路に向かっているという。


足立が言う。
「飯店小路の奥には趙っていうやつらのボスの店がある。」
「このままじゃ全面戦争になるぞ。」
「うーん、馬淵の言葉が気になってな。」
「そうか、読めたぜ。」
「野々宮殺しの原因や動機からスタートするとこの問題の回答は出ねえ。」
「馬淵の狙いは星龍会との戦争だ。」
「もし戦争が始まる前に首謀者が馬淵だとばれたらどうなる?」
「他の組織が黙っちゃいない。」
「ここは横浜。知っての通り街を仕切る異人三はお互いのシマを荒らさないってのが鉄則だろ?」
「そいつを破った者には全勢力から真っ先に制裁が加えられる。」
「馬淵が横浜流氓の大幹部だろうがそこは変わらねえ。」
「つまり種蒔きは野々宮殺し、そして水をやるってのは俺たちが野々宮殺しを追って馬淵に近づいた行動。」
「ビデオの撮影でケンカの準備が完成し、花が咲いたってことだ。」
「そして全体の文脈から察するに、馬淵が言う水やりの役目は俺たちである必然はなかったんだろう。」
「さらに言えるのは、殺された野々宮も特に彼である必然もなかったってことだ。」
「野々宮の店のケツモチは星龍会だろ?」
「馬淵の計画をシンプルに言えば、星龍会の息がかかった人間を殺してそれに反応した人間を使って抗争の口実に使いたかったんだ。」
「そのシナリオのそれぞれの役目は野々宮でも俺らでも誰でもよかった。」
「自らのリスクを避けて戦争始めたきゃ回りくどい手が必要だったんだろう。」


春日が言う。
「抗争を止めてやる。」
「俺らから高部のカシラにきっちり説明して話をつけりゃいい。」
「よし、善は急げだ。行こうぜ、飯店小路に。」


春日たちが飯店小路に着くと高部がいた。
「春日、何しにきやがった。」


「こいつは仕組まれた抗争だ。」
「裏で糸ひいてんのはラオマーだ。」
「馬淵なんだよ。」
「馬淵は俺が星龍会のモンだと決めつけた。」
「そして俺らをハメて作った動画を抗争の口実に使った。」
「けどあいつは知ってたはずだ。」
「俺が星龍会じゃねえってことくらい。」
「わざわざあんたに動画を送りつけてきた理由だって読めてる。」
「俺らが星龍会の人間じゃないってことをあんたが当然知ってても、すっトボケて送りつけることでこの抗争は星龍会が先に手を出してきて起こったんだと主張できる。」
「全部を承知で抗争を煽ってんだ。」
「奴の狙いは肉の壁の掟を星龍会がブチ壊したってでっち上げを作り上げることなんだ。」


高部が言う。
「だろうな、わかってる。」
「馬淵の首はきっちり獲ってやる。」
「ここの連中も全員ぶっ殺してからな。」
「殺されたテツとコウジはまだ二十歳そこそこの見習いに毛が生えたくらいの若いモンだ。」
「そんなガキが年の数より鉛玉食らわされた。」
「丸腰の2人に何十発とな。」
「俺らは横浜流氓のボスにどういうつもりか釈明してもらいてえんだよ。」
「そしてあの世のテツとコウジに詫びを入れさせる。」


そこに横浜流氓の総帥・趙がやって来た。
「馬淵からさあ、ムービーが送られてきたんだけどこれに映ってんのお前らだね?」


「違うぜ。俺らは星龍会じゃねえ。」


趙が言う。
「星龍会の人間じゃない?」
「じゃあなんで馬淵を嗅ぎ回ってんの?」


春日が答える。
「馬淵が俺らの店長を殺したから。だから馬淵を追ってたんだよ。」
「この抗争に火をつけたのは馬淵だ。」
「やつは俺らをダシにして星龍会に濡れ衣を着せたんだ。」


「てことは全部馬淵のせいって言いたいわけ?」
「そんなもん鵜呑みにできねえなあ。」
「馬淵はうちのナンバー2だよ。」
「それが突然暴走しましたって言われてもねえ。」


春日が言う。
「抗争が始まってんだぞ?」
「どんだけヤベえ状況なのかくらい分かるだろ。」
「なのにナンバー2がここに居ねえほうがおかしいだろ。」
「その動画、受け取ってから馬淵と話くらいしたのか?」


足立が言う。
「趙さん、馬淵と連絡が取れないってのは相当マズイ状況なんじゃねえか?」
「連絡が取れないのは、馬淵は抗争を起こすだけ起こしといて本人はさっさと安全な所に逃げ出した可能性が高いからだ。」
「だとしたらあいつは暴走した上にアンタも裏切ったってことだぞ。」
「焦って俺らを犯人扱いしても事態の解決にはならねえ。」
「アンタだってわかるだろ?」


趙が言う。
「あのね、別に俺はここであんたら全員ぶっ殺して戦争始めたっていいんだ。」
「戦争吹っかけてきた張本人たちとそこのカシラをまずは血祭りにする。」
「戦争開始のシナリオのオープニングとしてはごく普通じゃない?」
「馬淵が異人町で抗争仕組んでるとして、その理由は?」
「野々宮ってソープの店長、それを殺したのが馬淵ってのはマジな話なの?」


春日が答える。
「馬淵が抗争を仕組む理由はわからねえ。」
「店長を殺したかあいつに聞いた時、否定はしなかった。」


「春日君ってさ、器用な嘘つけるタイプには見えないんだよなあ。」
「ただその言葉信じるにはハッキリした根拠がいるんだよねえ。」
「特に俺みたいな立場だと部下の手前があるから。」
「少なくともソープの店長殺したのが馬淵だっていう証拠はほしいね。」
「それが発端なんだろ?」
「ここはやっぱあの連中に頭下げるしかないか。」
「この街でどうしても知りたい情報があるとき、行くべきところは一つだけでね。」
「異人町の情報の吹き溜まり。」
「つまりコミジュルだよ。」
「もし誰かが異人三の均衡をぶち壊そうとしてるとして、その異変にコミジュルが気付かないわけがないよ。」
「なんせ連中はこの街の情報でメシ食ってんだからね。」
「ほかにアテがあるなら別にコミジュルでなくてもいいよ。」
「よそで馬淵の店長殺しが証明できるんならそれも結構。」
「ただしトンズラはできないからね。」
高部は趙の部下に囲まれてしまった。
「異人町を出ようとしたらその瞬間、星龍会のカシラは殺す。」
「そしてお前らはもちろんその家族、友人知人もタダじゃすまさない。」
「まあ俺もさ、正直必死なんだよね。」
「もし馬淵が裏切ったとなるとウチは真っ二つじゃん。」
「そしてそんとき星龍会とコミジュルがどう動くか。」
「アタマ使っていろいろ備えとかなきゃなんないし。」
「ま、馬淵がクロだったらの話だけどさ。」
「でももし馬淵がシロだったら、ここにいる全員楽には死ねないからね。」
「そこんとこヨロシク。」
「じゃ、馬淵がその店長を殺したってことを明らかにする証拠、それを見つけてきてよ。」
「もう知ってると思うけど、コミジュルは半端じゃないよ。」
「証拠を手に入れても奴らに消されちゃ意味ないからね。」
「ではお気をつけて。」


春日たちがコミジュルのアジトに向かうとコミジュルの参謀、ハン・ジュンギが現れた。
「お前・・馬淵の牢で俺らを助けてくれた・・」


「覚えていていただけましたか。嬉しいですねえ。」
「私はコミジュルの参謀を務めております、ハン・ジュンギと申します。」
「コミジュル以外でここに入った人間はほとんど記憶にありません。」
「あなた方は特別な客です。」
「ですからもっと喜んでくれてもいいんですよ?」
春日たちは監視カメラの映像が映し出されたモニターが何十個も並ぶ部屋に通された。
「これが異人町における我々のシノギです。」
「街の防犯映像、潜伏しているコミジュル構成員の隠し撮り映像。」
「その他様々なカメラを覗き見できるようになっています。」
「ですがこれだけの情報システムです。」
「維持するにはここの自家発電だけでは賄いきれません。」
「それで街中から盗電しているわけです。」
「異人町において我々は比較的に新参者でしてね。」
「星龍会や横浜流氓とのシマ争いに後れを取り、そのおこぼれにあずかったのがここコミジュルというわけです。」
「我々はこれらの映像から導き出される情報を商品として、そして武器として自分たちの身を守っています。」
「コミジュルの勢力は星龍会や横浜流氓ほど大きくありあません。」
「真っ向勝負の戦争となれば勝ち目はないでしょう。」
「ですから彼らを適度に敵対させて均衡を保たせるバランサーでいることが我々が生き残るための戦略となったのです。」
「例えば、もし横浜流氓の誰かが星龍会のシマに手を出したなら、我々は即座にその情報を星龍会に流します。」
「均衡を崩そうと動いた個人の情報を徹底的に調べ上げ、その友人家族の居場所も敵対組織に渡すのです。」
「そういう活動をする我々の存在によって起きた火種も小さな段階で鎮火できます。」
「また新たな火種の抑制にもつながります。」
「横浜流氓も星龍会も、我々には感謝しているはずですよ。」


足立が聞く。
「ちなみに火種を起こした人間がいたとしたら、その始末もコミジュルがやるのか?」


「ケースバイケースですが、我々が手を下すケースが多いですね。」
「そして少々痛い目に遭っていただくこともあれば、この世から消えていただくこともあります。」
「あくまでビジネスとしての活動です。」
「ラオマーはまだご存命ですがね。」
「ですがあちらのモニターを。」
馬淵の映像がモニターに映し出される。
「乙姫ランドの店長の死亡推定時刻、その直前の店先が映っています。」


春日が驚く。
「おお、これはまさに動かぬ証拠だ!」
「俺らはこいつを探してたんだ。」


「もちろん承知してますよ。」
「この映像を見れば馬淵はクロ、横浜流氓の趙もそう納得するでしょう。」
「しかしすぐにはお渡しできません。」


奥の部屋に通される4人。
そこには1万円の偽札製造機があった。
「こいつは偽札・・円の偽札だ!」
「馬淵のとは別口か?」
「どうなってんだ・・」


そこにコミジュルの女総帥・ソンヒがやってくる。
「ラオマーの偽札とは出来が違うわよ。」
「あっちのは所詮マフィアの一時しのぎ。」
「少し見れば仕事の雑さが透けて見えちゃう。」
「でもこっちはミクロ単位まで正確に複写する最新の印刷システムで作ってるの。」


ハン・ジュンギが言う。
「みなさん、こちらはソンヒ。」
「我がコミジュルの総帥です。」


「馬淵の倉庫で箱に詰められた白紙の束、あれはとても特殊な紙なの。」
「大陸の工場で成分を調合されて精製されたものを横浜流氓が取り寄せてるの。」
「あの紙はもともとここで日本円を作るためにコミジュルが用意させたものなの。」
「まずコミジュルが日本円を作るために紙の製造を横浜流氓に依頼する。」
「出来上がった紙は一旦馬淵の倉庫に届く。」
「そして横浜流氓の人間がここに届けてるという流れよ。」
「横浜流氓の全てのトップ、趙に依頼しているの。」
「人民元の偽札、あれは言うならハプニングね。」
「馬淵の部下が倉庫に見たこと無い紙が大量にあるのを見つけたのよ。」
「でもその男はかつて偽札ビジネスを生業にしていた人間だったの。」
「そして馬淵に提案した。」
「あの紙を少し加工すれば精度の高い人民元が作れるってね。」
「いい部下を持ってラッキーだったのは事実かもね。」
「私達は趙にそのことを教えた。」
「でも趙はすでに知ってたわ。」
「でも見て見ぬふりよ。」
「だって人民元の製造を止めるように指示したとして、紙の使いみちを部下に聞かれたら趙だって説明に困る。」
「ましてや日本円製造ビジネスはお金になるから趙も止めたくはない。」
「それに馬淵の会社の維持のため、部下の生活のために人民元が使われてるなら多少は目をつむる。」
「それが趙の判断なんでしょう。」
「馬淵は同じ紙で日本円が作られてることは知らない。」
「しかし知らないとはいえ、もったいないことしてくれるよね。」
「あの紙は円を刷るための特注品、オーダーメイドなのに。」
「知ってる?円の紙はみつまたって植物から作られるの。」
「ただし他の原料や配合、そして製造方法は日本の国家機密なのよね。」
「あの手触りはそうそう再現できないってわけ。」
「でもあるスジから情報は漏れていた。」
「もう何十年も前に。」
ソンヒが春日に銃口を向ける。
「ほとんど誰も知らないはずのその偽札を、なんであなたは持っているの?」


春日の胸ポケットから偽札を取り出すソンヒ。
「やっぱりこの万札はこの場所から漏れたエラー品ね。」
「どこにも存在してはいけないはずのもの、あなたはどこからこれを?」
「あなたが映っているここ数日の映像は全部調べさせた。」
「でもあなたはその偽札が何かまるでわかってないみたいだし、そもそもこの土地へ来た時には撃たれて死にかけてたわよね?」
「つまりアンタにはここに来た特別な目的があるようには見えない。」
「まあそんなに頭もよさそうじゃないしね。」
今度はナンバに銃口を向ける。
「でもお前は違うな?ナンバ!」
「お前が異人町に現れたのは半年前。」
「ホームレス街からよくこの建物を盗み見してた。」
「他のホームレス仲間には目もくれずに。」
「なのに偽札を持っていた春日一番とだけは急につるむようになった。」
「なんでだ?」
「お前はこの偽札がコミジュルのものだと知っていたな?」
「黙ってちゃ話が進まないよ。」
「お前は誰なの?」


ナンバが答える。
「難波悠、41歳、元看護師。」
「フリーの記者、秋葉正一は俺の弟だ。」
「秋葉はペンネームで本名は難波正一。」


ソンヒが言う。
「半年くらい前、どっからか偽札のことを嗅ぎつけたフリーの記者がいたね。」
「その名前が秋葉正一。」
「ところが異人町に入り込んで数日後どこかに消えた。」


「どこかに消えた?とぼけんじゃねえ!」
「その消える直前に俺は弟から連絡を受けてた。」
「あいつは自分が監視されてるらしいって言ってた。」
「コミジュルの連中にな。」
「お前ら、あいつを・・弟をどこにやった?」
「異人町には肉の壁があると聞かされてた。」
「よそ者がその内側に入り込むことはできねえともな。」
「だから俺はホームレスに化けて彼らのねぐらに潜り込んだ。」
「あそこからならコミジュルを近くから監視する事もできると考えてな。」
「でもずっと何の糸口もつかめずにいた。」
「お前が来るまではな、一番。」
「お前は変な札を持っていた。」
「俺はすぐに気付いた。」
「これは弟が追っていた偽札だってな。」
「やっと掴んだ手掛かりだ。」
「その瞬間から俺は絶対にお前から離れずに追ってやろう、そして偽札を入手した流れから弟の手掛かりを聞き出してやると決めたんだ。」
「でも蓋を開けて見りゃ俺以上にお前は何も知りゃしなかった。」
「笑っちまうよな。」
「ま、お前は嘘がつける男じゃねえってことくらい分かってるさ。」
「偽札のことを何も知らねえんじゃこれ以上つるむ理由もねえ。」
「俺はよ、近いうちにお前のまえからドロンと消えるつもりだったんだ。」
「だってよ、しょうがねえだろ?」
「でもこんなことになるなんて。」
「すまん、一番。」
「すまん、みんな。」
「お前ら、俺の弟をどうした?殺したのか?」
「弟は生きてんのか死んでんのか、それくらい教えろ!」
「教えてくれたら俺はどうなってもかまわねえ。」
「でも一番たちは関係ねえ。」
「俺を殺しても、こいつらだけは助けてやってくれ。」


ソンヒはスタンガンを使ってナンバを気絶させた。
「紛れ込んでいたネズミは彼一人だけだったみたいね。」
「ひとまずあなた達は客人扱いにする。」
「趙にも気に入られてるみたいだしね。」


春日が言う。
「ちょっと待てや。」
「ナンバは俺にとって仲間以上の人間だ。」
「俺はここに流れ着いた時、こいつに手当されなきゃ死んでたんだ。」
「ナンバはな、俺の命の恩人なんだ。」
「俺は命の恩人に仲間にしてもらった立場なんだよ。」
ナンバは意識を取り戻し、じっと春日の話を聞いている。
「ナンバの目的は行方不明の弟さんを見つけ出すことだ。」
「あんたらよりもあいつの方がよっぽど筋の通った生き方してるぜ。」


春日はハン・ジュンギとソンヒを倒し、ナンバを助け出した。
「時間をかせぐ。動けるうちにあんたは行け。」
「悩んでる暇はねえ。行け。」
「あんたが生き残ってなきゃ弟さんの行方は誰が追うんだ?」
「アンタは命の恩人なんだ。」
「もし弟さんを探してることを最初から知ってても、俺はあんたに加勢してたぜ。」
「結果は同じだ。」
「俺はそんなにケツの穴の小せえ男じゃねえよ。気にすんな。」
「早く行け!」


「すまねえ!」
ナンバは一人で逃げていった。


ソンヒたちが起き上がる。
「お前たちの力を見誤ってたよ、春日一番。」
「お前たちは自分が何をしでかしたのか分かっていない。」
「我々の偽札が外に知れれば異人町は無主の地となり瓦解するんだ。」
「街の秩序、機能、そのすべてが崩壊する。」
「それは絶対に許されることじゃない。」
「コミジュルは全力をあげて必ずヤツを見つけ出す。」
「そして、殺す。」


春日が言う。
「じゃあ俺らもやるしかねえな。」
「アンタらがナンバを狙い続ける限り、俺らもナンバを助け続ける。」
「あとはお互いの根競べだ。」
「どっちが先に音をあげるか楽しみだな。」
「そうムキにならねえでよ、ナンバのことは見逃してやっちゃもらえねえか。」
「あいつは余計なことをあちこちに言ったりはしねえさ。」


「それはもう私の一存では決めかねるな。」
「春日、今夜2時、中華街の平安樓本店に来い。」
「そこでお前たちに会わせたい人間がいる。」
「ナンバを生かすも殺すもその人間次第だ。」
ソンヒとハン・ジュンギは去っていった。


「夜中の2時までならまだ時間がある。」
「ちょっと調べておきたいことがあるんだ。」
「ナンバはホームレスになりすまして半年間コミジュルを探ってた。」
「ホームレス街のねぐらにまだナンバの荷物が残ってるはずだ。」


ナンバのねぐらを探るとノートパソコンがあった。
起動すると「異人町案件・仮原稿」というファイルを発見した。
作成者は秋葉正一。ナンバの弟だ。
原稿にはこう書かれている。
「異人町の裏社会で刷られ続ける謎の偽札、噂の真相に迫る。」
「初めて偽札の噂が立ったのは50年以上前。」
「作られた偽札は与党の重鎮にも流れていた。」
「民自党幹事長・荻久保豊(78)。」


―深夜2時、中華街・平安樓本店―
ハン・ジュンギに案内されて奥に進むと、ソンヒ、趙、そして星龍会会長・星野龍平がいた。
「おかしなとこでお会いしますね、星野会長。」
「組織同士は抗争が本格化する寸前ってのにここは別世界のようじゃないすか。」


「俺たち3人が会うのは年に一度あるか無いかだ。」
「だが肉の壁の均衡を保つため情報を共有する必要があれば、こうやって膝を突き合わせて会うことだってある。」
「ウチの星龍会は若いモンを二人、蜂の巣にされた。」
「そして横浜流氓は庭先までカチこまれた。」
「こうなった以上、簡単には止められん。」
「先に引いた方のメンツが潰れるからな。」
「にらみ合いの状況が必要なんだ。」
「兵隊らが本気で睨み合ってこそ三すくみだ。」
「均等な三角形は外部からの圧力に対して高い強度を持つ。」
「日本も独裁の構造から三権分立になった。」
「それが最もバランスが良い。」
「つまり理にかなっていたからだ。」
「この街の構造が生まれたのは戦後の話。」
「戦後、混沌に生まれたのが闇市。」
「そこで初代星龍会が興った。」
「今ある異人町の基礎はその時作られた。」
「その頃、わずかに離れた横浜中華街では中国人同士の2つの勢力がその主導権を求めて争っていた。」
「そして勝利した一方は今でも中華街で繁栄している。」
「そして敗れたもう一方は、のちに横浜流氓となる中国人たちだった。」
「横浜流氓は生きる場所を求めて異人町へ追いやられた。」
「だが流れ着いて来たよそ者を星龍会も黙って受け入れるはずもない。」
「横浜流氓と星龍会との間には当時、多くの血が流れた。」
星野会長は春日が持っていた偽札を取り出した。
「歴史を知らずにこれの話はできん。」
「お前の持っていた偽札だ。春日。」
「コミジュルで刷られた偽札の日本円はすべて俺のもとに集められる。」
「そして偽造された円の最終的な行き先は荻久保豊の懐ん中だ。」
「もう60年も前になる。」
「異人町の偽札づくりを発案してきたのは荻久保だった。」
「あの人が星龍会の初代と横浜流氓のボスへ話を持ち掛けてきた。」
「当時の荻久保は市議会議員のひとりに過ぎなかった。」
「だがあの人はもともと異人町を縄張りにしていた星龍会の連中と異人町へ流れ着いた横浜流氓が限られたシマをめぐって抗争する様子を見て考えたんだ。」
「争い続ける男たちとその家族を何とか救えないものかと。」
「そして自分にできることを探し続け出した結論が偽札づくりだ。」
「荻久保はまず敵対する組織同士に共通の利益を持たせるため偽札作りの役割を分担させた。」
「大陸から特殊な紙を仕入れるのは横浜流氓。」
「印刷と運搬は星龍会という具合にな。」
「作る方法は荻久保から教えられた。」
「その施策が異人町の平和には必要だと荻久保は信じていた。」
「だから何としても実現するため、彼はありとあらゆるコネを使い紙幣の原料や配合を調べ上げてくれた。」
「まあ当時のその偽札も今思えばそこまでの出来ではなかったがな。」
「そして荻久保は刷られた金をこの街の警察連中にバラまいた。」
「彼の目的は警察を意のままに操ることだった。」
「渡された金で警察の連中は骨抜きにされ、気がつけば荻久保の言いなりになっていた。」
「そして荻久保は警察に異人町のある区域を中心に取締りを厳重に強化するように指示を出した。」
「単なる治安強化が目的じゃない。」
「その区域で横浜流氓の人間を星龍会の組員が追い出そうとしてもすぐに警察が動き、騒動を阻止できるようにしたんだ。」
「つまり抗争が限りなく起きない区域を荻久保は作った。」
「結果、その区域は異人町のグレーゾーンとして保護され抗争は減り、行き場のなかった横浜流氓はその区域を最後の居場所とすることができたんだ。」
「横浜流氓には無条件でシマと仕事が与えられ、星龍会も偽札作りによって継続的に大きな報酬を手に入れることができた。」
「それだけじゃねえ。」
「組員が無茶やらかしても警察が出る前に荻久保の一声でもみ消してもらうこともできた。」
「その上で横浜流氓との抗争で兵隊を失うこともなくなったんだ。」
「つまり星龍会にも得るものはあった。」
「十分メンツは保てたんだよ。」


ソンヒが言う。
「そしてその恩恵は我々にも同じ。」
「80年代になってコミジュルもそのグレーゾーンに救われることになった。」
「かつて韓国人同士が集ってジングォン派と呼ばれた組織が我々の母体だ。」
「例えばハン・ジュンギは数年前までそのリーダーの影武者だった。」
「ジングォン派は幾度となく敵対組織に潰され、そのたびに同胞はちりぢりに異人町へ流れ着いた。」
「私も幼かった頃、母に連れられてここにきた。」
「常に争いの渦中に晒されていた我々にとって異人町は安心できる場所だった。」
「やがて噂を聞きつけた同胞も増え、我々は徐々に土地に根付いていった。」
「しかし身の安全だけでは生きていけない。」
「同胞の数が増えるたび、横浜流氓とのトラブルも増していった。」
「ある日、我々は荻久保豊から偽札作りの工程を星龍会から引き継ぐよう提案を受けた。」
「安住の地と収入の保証。その提案を拒否する理由はどこにも無い。」
「さらに全ての秘密が漏れぬようその監視も我々が命じられた。」
「それが異人町の至る所を見張る監視システムを作るきっかけになったのさ。」
「そして星龍会、横浜流氓と共にコミジュルも異人町の一角を担うに至った。」


星野会長が言う。
「そして異人三が完成した。」
「以来、長年にわたって我々と荻久保は密かにお互いを支え合ってきた。」
「荻久保は異人町から生まれる無尽蔵の財源を駆使し、民自党幹事長の椅子を手にした。」
「もう今の内閣にもあの人と張り合える者はいない。」


趙が言う。
「春日君のお友達、ナンバ君は消えた弟を探すためにこの町へ潜り込んできた。」
「弟を探す手掛かりは弟が追ってた偽札を追うことが一番だと思ったんだろうね。」
「だから元々ナンバ君は異人三には強い敵意を持ってるでしょ?」
「でもよりによってそんな男が偽札作りの現場を実際に見ちゃって行方をくらましたとあっちゃねえ。」
「ナンバ君の口をふさぐ必要がある。」


星野会長が言う。
「本来ならお前もこのまま見逃してはおけん。」
「だが俺はこの偽札をお前に持たせた人物に心当たりがある。」
「その人物に免じてお前には目をつむろう。」
星野会長は春日に偽札を返した。
「どうしてもその人物のことを教えてほしければナンバを捕らえてこい。」
「お前ら自身の手でな。」


趙が言う。
「もしもの話、偽札の秘密が漏れれば肉の壁は力をなくす。」
「異人町のグレーゾーンは消えてなくなるんだ。」
「肉の壁は治安が怪しい反面、何らかの理由で追われた人間にとってはここが最後の安全地帯になる。」
「ここに入ってこれない連中ってのは東城会や近江連合もそうなんだよ。」
「つまりここのグレーゾーンのおかげで命拾いした人間の中にはさ、春日君も入ってんじゃないの?」
「神室町で撃たれたあと、お前は肉の壁にいたからこそ近江にとどめを刺されずに済んだ。」


星野会長が言う。
「もうひとつ大切なことを言っておく。」
「ナンバにはすでに刺客を放ってある。」
「どうする?放っておいたらナンバは死ぬぞ。」
「お前がナンバを捕まえろ。」
「刺客より先にな。」


ナンバはブリーチジャパンの事務所に隠れていた。
「よお、一番。」


事務所にはブリーチジャパン代表・小笠原肇もいた。
「小笠原と言います。」
「このところ横浜支部を応援に来てましてね。」
「特に異人町は全国的に見てもグレーゾーンが幅をきかせ、警察もそれを野放しにしている。」
「そこへきてまさか偽札作りまでとは。まったく信じがたい。」
「私は普通の人よりは色々と物を知っているとは思います。」
「そろそろお願いできますか?ラオマー。」


馬淵が現れた。
「ここは任せてもらっていいですよ、代表。」
「うちはアフターケアも万全です。」


「では我々はこれで。行きましょう。」
小笠原とナンバは去っていった。


春日は襲いかかってくる馬淵を倒した。
「殺した?ああ、店長は俺が殺してやったよ。」
「俺は言われた通りにやっただけだ。」
「さっきここにいたろ?」
「ブリーチジャパンの代表、小笠原。」
「小笠原の狙いは異人町そのものだ。」
「荻久保豊を支える謎の資金源を暴き出すことが小笠原の狙いだったんだ。」
「そのためには肉の壁にヒビを入れる穴を開ける必要があった。」
「小笠原にはデカいバックがついてる。」
「異人三も肉の壁もじき終わりだ。」
「明日にゃ山ほど兵隊が乗り込んで来るからな。」
「ブリーチジャパンのバックについてんのはな、神室町にいる近江連合よ。」
「俺は異人町の荒川真澄になるんだ。」
「俺はこんな狭い街で終わりゃしねえ。」


春日は馬淵を殴りつけた。
「親っさんをてめえと一緒に語んな。」


ナンバが戻ってきた。
「小笠原ならもう出てった。」
「ブリーチジャパンは偽札を暴き出す。」
「コミジュルもぶっ潰してくれる。」
「俺の弟も見つけ出すかもしれん。」
「俺らにはできねえ芸当だよ。」
「一番、俺にとって大事なのは弟だ。」
「長いことホームレスやってたのもあいつを見つけてえからだ。」
「もう彼らの邪魔はするな。」
馬淵に肩を貸すナンバ。
「弟を見つけるにはこいつらの力がいるんだ。」
「止めたきゃ止めろ。」
「なんなら背中からかかってきても構わねえぜ。」
ナンバは馬淵を連れて去っていった。


春日たちは事務所の奥でブリーチジャパンの設立者で現東京都知事・青木遼の写真を見つけた。
「おい、この写真・・」
「青木遼・・?でも・・」
「死んだはずだぜ。」
「死んだって・・神室町で、俺はそう聞いてた。」
「こいつは・・若だ・・荒川真斗。」


紗栄子がスマホで調べた青木遼の情報を見る春日。
「青木遼、現都知事42歳。」
「やっぱり年も若と同じだ。」


「えーと、二十歳を過ぎて引きこもりだった青木はあるとき一念発起してアメリカへ。」
「政治経済を勉強する傍ら、盟友となった小笠原とともにハーバードを卒業後帰国。」
「その年、ブリーチジャパンを設立。」
「小笠原もその頃はまともな人間だったのかな?」


足立が言う。
「まあ連中、昔から主張だけは正論だったぜ。」
「若者が世のグレーゾーンに切り込んでくサマが瞬く間に全国で支持を集めたんだよな。」
「青木遼もテレビや雑誌にバンバン出て一躍知名度を上げた。」


「で、その後はブリーチジャパンを小笠原に任せて政治の世界へ。」
「2年前、都知事になったときの得票数はまあまあ。」
「でも今の支持率は80%超え。」


足立が言う。
「都知事が荒川真斗だとすりゃスジが通ってくることもある。」
「青木遼は都知事として2年前に一気に支持率をあげた。」
「その理由は神室町3K作戦で東城会を壊滅させたからだ。」
「そして作戦が終わった時、あそこのトップや幹部衆はほとんど失踪って形で街から消えてたらしい。」
「まあ失踪というよりは、慌てて逃げ出したって感じだろう。」
「作戦が実行された最中、警視庁じゃ誰をどの罪で捕まえてやろうかって秒読みの段階だったらしい。」
「3K作戦として託けりゃ東城会関係者全員、暴対法だのなんだのでいくらでもしょっ引けたはずだからな。」
「てわけで東城会の幹部衆も捕まる前に高飛びしたってわけよ。」
「だがそこまで東城会を追い詰めたのは3K作戦が優秀だったというよりも、東城会組織の内部情報が警視庁にダダ漏れだったってことだ。」
「で、その情報を流していたのは荒川組組長・荒川真澄だった可能性が高い。」
「春日の指摘通り知事が荒川真斗だとすりゃ、荒川にとっては実の息子ってことだろ。」
「グルどころの話じゃねえ。」
「春日、これで荒川が東城会を裏切った理由にも説明がついたな。」
「荒川は東城会から知事になった息子に鞍替えしたんだ。」
「荒川だって極道である前に人間であり父親だ。」
「血の繋がった息子のためなら自らの立場を顧みず肩入れするのもおかしくはない。」


春日が聞く。
「若が都知事なら、どうやって自分の素性を変えられたんだ?」


「戸籍を買ったのかもな。」
「架空の人間を作り出すことは難しいことじゃない。」
「加工した写真を作り偽名をつけ、戸籍謄本だって偽造すりゃいい。」
「ほんの少しの間ならそれでごまかせるだろう。」
「でもちょっとでも深く調べられたらすぐにボロが出るもんだ。」
「でも実際に存在する戸籍ごと奪っちまえばその嘘も現実にすり替えることができる。」
「たぶん本物の青木遼って引きこもりは実在したはずだ。」
「その戸籍を真斗が金で買い取ったか奪ったかしてなりすました。」
「裏社会とパイプを持つ人間なら金で解決できる。」
「真斗はヤクザの息子って素性をよほど隠したかったんじゃねえのか?」
「本当の素性のままじゃ今の活動はできねえだろ。」
「真斗が死んだってのは荒川組がわざとデマを流したのかもな。」
「真斗のなりすましを成立させるために。」


春日が言う。
「若は生まれてすぐの事故で歩けなかった。」
「けどこの都知事は車椅子じゃねえ。」


紗栄子が青木遼と一緒に歩く堀ノ内十郎の写真を見つける。
「この人、足立さんの因縁の人ね。」


「こいつ・・どっかで見た気がする。」
「それも俺がムショに入る前にだ。あれはたしか・・」
春日は18年前、神室町のキャバクラで堀ノ内十郎と会ったことを思い出した。
「そうだ、若にお供して行ったキャバクラで会ったんだ。」
「若が入れ込んでた女が裏では堀ノ内に惚れてた。」
「それで若はメンツをガッツリ潰されて。」
「なんか急に神室町が身近な感じになってきたな。」


紗栄子が言う。
「そう言えば馬淵が言ってたよね。」
「明日近江の兵隊が乗り込んでくるとか。」
「でも何しに来るっていうの?」


翌朝、趙から着信があった。
「趙だ。今立て込んでるからさ、手短に話すよ。」
「俺たちはブリーチジャパンを見誤ってた。」
「あいつらのバックには近江連合がついてる。」
「最初から異人三を内側から崩すのがやつらの狙いだった。」
「お前らもそれでラオマーに利用されたんだ。」
「今ブリーチジャパンのデモ隊がコミジュルに向かってる。」
「1000人規模くらいかな。」
「部下の報告じゃその大半は近江の兵隊たちみたいだね。」
「要するに見た目はカタギのデモ隊だけど中身はヤクザがカチ込んできたってこと。」
「連中の狙いは偽札の製造現場。」
「つまり肉の壁の心臓部だよ。」
「偽札作りの件を知ってる。」
「ブリーチジャパンからの指示だね。」
「近江は単なる兵隊でしょ。」
「そこで相談なんだけど、春日君コミジュルを手助けに行ったげてくんない?」
「横浜流氓は今クーデターの真っ最中でね。」
「馬淵のヤツが偽札の件で下の連中を煽ってやがんだよ。」
「異人三は見せかけだの上の連中だけ偽札でイイ思いしてるだの。」
「あちこちで吹いて回っててさ。」
「おかげで俺への造反者が続出。」
「星龍会でも同じことが起きてんじゃない?」
「だから今コミジュルまで手が回んないんだよね。」
「だから頼むよ、お願い。」
「お願い聞いてくれたら異人三もナンバ君のことはもう忘れるからさ。」
「マジだよ。俺が責任持って働きかけてあげるから。」
「いい条件でしょ?」
「あー、悪い。もうのんびり話せなくなってきた。」
「あとひとつだけ知らせとく。」
「ブリーチジャパンでデモの指揮とってんのは代表の小笠原ってやつな。」
電話が切れた。


春日は仲間たちを連れてコミジュルのアジトに向かった。
ハン・ジュンギが春日たちを出迎える。
「ご苦労さまです、春日さん。」
「あまり時間がありません。」
「今しがたバリケードが破られましてね。」
「すでに近江連合の兵隊たちがコミジュルへ入り込んできています。」
「ソンヒは今、荻久保豊と連絡を取ろうとしています。」


監視システムのある部屋に入ると、ソンヒが電話をしていた。
「わかった。あんたがそうしろというのなら。」
「我々は従う。」
「ああ。この状況で残された選択肢はもう多くはないだろう。」
電話が切られた。


「手を貸してもらえるか、春日。」
「近江連合の兵隊がここへ来るまで約2分。」
「だが偽札作りの痕跡を燃やすのにはもう少し時間がかかる。」
「異人町の偽札事業はもはやこれまで。荻久保がそう即断したよ。」
「近江連合がずいぶんな手間と時間をかけて肉の壁へ照準を合わせていたのに気づけなかったのが原因だ。」
「ただし偽札事業を止めるにせよ、偽札と荻久保豊との繋がりだけは全て闇に葬らねばならない。」
「そのために全てを燃やす。これは私の判断だ。」
「ハン・ジュンギ、お前が火付けの指揮をとれ。」


「ソンヒ、火を使えば監視システムも機能しなくなります。」
「我々の住処もなくなる。」
「唯一の居場所をなくすことになります。」
「ここにいる者たち全員が。」


ソンヒが言う。
「ああ、すべて承知の上だよ。」


「出過ぎた口をききました。お許しを。」
ハン・ジュンギは火付けに向かった。


春日がソンヒに聞く。
「荻久保を救うために全部灰にしちまうのか?」
「自分たちを捨て駒にして。」


「快適とまではいかないが荻久保だけが我々の居場所を真剣に案じ、そして実際にそれを作ってくれた。」
「だから荻久保には感謝の念しかない。」
「我々は彼の捨て駒になるためではなく、彼への長年の恩義を返すためにすべきことをするだけだ。」
「お前たちは近江の兵隊をここで食い止めてほしい。」
「追い返せとまでは言わん。」
「ただ、ここを焼き払うだけの時間を稼いでほしいんだ。」
「頼む、力を貸してくれ。」


数分後、小笠原とナンバが近江連合の構成員を大量に引き連れてやって来た。
「俺らはここをどかねえよ。」
「ナンバ、悪いがソンヒと先約しちまったんだ。」
「ここを燃やすまでの時間を稼ぐって約束しちまった。」
「でもな、お前のためでもあるんだ。」
春日たちは襲いかかってくるナンバと近江連合の構成員たちを倒した。
そこに火付けの作業を終えたソンヒとハン・ジュンギが戻ってくる。
コミジュルのアジトが炎に包まれていく。


がっくりと肩を落とすナンバ。
「これで全部闇に葬られたわけだ。」
「異人町の偽札も、俺の弟のことも・・」


ソンヒがナンバに言う。
「どうやらお前は誤解をしている。」
「お前は弟の消息が知りたいんだな?」
「あいつはたった一人で異人町の偽札の核心にまで迫ってきた。」
「だがその情報を手に入れることは万死に値する。」
「しかし私は彼の高い調査能力は無駄にするのは惜しいと考えた。」
「今は我々の地下の居住区にいる。」
「もちろん軟禁状態ではあるが。」


ハン・ジュンギが言う。
「当初からナンバさんは我々の監視対象者であり、偽札の事実を知って失踪して以来異人三からは追われる身。」
「お教えするわけにはまいりませんでした。」


「この事実が手に入れられたのは我々に手を貸し、何よりお前のために命を懸けてくれた仲間のおかげだということを忘れるな。」


ナンバは春日と握手をかわし、急いで弟に会いに向かった。
春日たちは小笠原を拘束し、ホームレス街に連れて行った。
「小笠原、あんたは近江連合とどうつながってんだ?」
「どうして近江の連中を自在に操ることができるんだ?」


何も答えない小笠原にハン・ジュンギが言う。
「今頃近江連合はあなたのことを探しているかもしれませんね。」
「ですがそれにはまだ時間がかかるでしょう。」
「あなたの爪を全部剥がすくらいの時間はあるはずですよね。」


ソンヒが言う。
「忘れるな、お前らのおかげで我が家は焼け落ちた。」
「爪を全て剥がされてもそれで終わると思うなよ。」


小笠原は話し始めた。
「近江の手綱を握っているのは私じゃない。」
「都知事の青木だ。」


足立が聞く。
「都知事は青木遼って名前を使うようになる前、もうひとつ別の名前を持ってなかったか?」
「隠すなよ、全部お見通しだ。」
「荒川真斗。」


小笠原が動揺する。
「なんでその名前を・・」


春日が言う。
「俺は昔、あの人を若を呼んでた。」
「そして若に俺はイチと呼ばれてた。」
「まだ東城会だった頃の荒川組でな。」
「やっぱり青木遼は荒川真斗だったんだな?」


「私があの人に会ったのはもう20年近く前。」
「留学先のアメリカだった。」
「政治と経済を専攻していて、頭のキレる学生って印象だった。」
「名前はその時から青木遼だった。」
「もう一つの名はもっと後で知った。」
「会った時は使ってなかったが、前は車椅子生活だったと聞いた。」
「多分渡米した後、治療を受けたんだろう。」
「アメリカでなら未認可の手術だろうが金さえあれば何だってできるからな。」
「アメリカでは何不自由なく豪勢な生活をしていた。」
「金持ちってのはひと目で分かった。」
「それを見て俺も付き合って損は無い相手と思ってたよ。」
「そして卒業して日本に戻った時、俺は改めて知った。」
「お金持ちだと思ってはいたが、そのレベルは想像以上だった。」
「そして金を持ってるだけじゃなく、裏社会とも太いパイプを持ってるってことをな。」
「でもあの人は何一つ満たされちゃいなかった。」
「あの人はまったく別のものを求めていた。」
「表の力だ。」
「世の中には金にもヤクザにも従わない人間がいる。」
「その相手を屈服させるものは表の力こそ、その答えだと言っていた。」
「表の力とはつまり、人気だ。」
「日本の民主主義で人気者に勝てるのはそれを超える人気のある人間だけ。」
「他の者が文句を言ってもやっかみにしか聞こえない。」
「人気は金や裏の力じゃ手に入らない。」
「だがそれを手に入れない限り絶対的な権力も手に入らない。」
「そしてあの人はあるポジションに狙いを定めた。」
「東京都知事こそこの国でもっとも人気を効率よく権力に変えられる存在だ。」
「総理大臣は民自党の政治家たちが内々で決める役職にすぎない。」
「今で言えば民自党の連中が馴れ合いで決めてるだけだ。」
「でも都知事は1000万の都民から直接選挙で選ばれて初めてなれる役職だ。」
「つまり得票数がそのまま権力の大きさを表すわけさ。」
「都の予算規模は14兆円。」
「アジアやヨーロッパの一国に並ぶんだ。」
「リアルな人気に支持されつつ法外な金が扱える。」
「これ以上の権力がどこにある?」
「だから青木遼は私と出会った当時からすでに都知事の座を見据えてた。」
「そして私はその遠大な計画のパートナーとして選ばれたんだ。」
「ブリーチジャパンの設立もその通過点に過ぎない。」
「ブリーチジャパンを作ったのはあの人の考えだ。」
「あの人は荒川組の力と金で最初からある程度の人員を組織できた。」
「そこが他の人間にはない強みだった。」
「結成当初はちょっとした若者の集まりとしか世間に認識されていなかった。」
「でもあの人にはその先が見えていた。」
「組織はどんどん大きくなっていき、ブリーチジャパンは全国へ広がっていった。」
「現在、全国の支部を合わせれば常駐する人間が500人。」
「デモに参加するだけの者なら10万人はいる。」
「組織の全国展開を見届けるとあの人は次のステップに移った。」
「メディアへの積極的な露出の働きかけだ。」
「そしてそれも狙いは的中。」
「精力的に活動するブリーチジャパンの設立者として色んな取材が殺到した。」
「テレビのコメンテーターにもなり、世間の評判は上々だった。」
「そして2010年、参院選で初出馬した。」
「そのとき政治にかける決意を表明し、ブリーチジャパンを脱退。表向きの話ではあるがね。」
「参院選では民自党の推薦も受けて初当選。楽勝だった。」
「そして2年前には都知事選へ立候補した。」
「知名度、好感度共にあの人は飛び抜けていたし資金に困ることもなかった。」
「さらに荒川組が対立候補たちの弱みを探り出してくれていた。」
「どう転んでも負けがないようにあらゆる手が打たれていた選挙だった。」
「完全勝利だった。」
「例の神室町3K作戦で東城会を駆逐し、世間はその手腕を絶賛した。」
「まあそれも荒川組から知事に東城会の内情が筒抜けだったおかげで出来たことだけどな。」
「この極道を一掃した戦果が青木知事の人気を不動のものにしたんだ。」
「東城会の消えた神室町にはすぐに荒川真澄が近江の極道を引き込んだ。」
「そしてその見返りが若頭代行の地位だったんだろう。」
「近江は派手な戦争をして神室町に進出したわけじゃない。」
「東城会が一掃されて、そこからしばらくして穏便に事を進めていたからな。」
「荒川親子は手を取り合って成り上がった。」
「親父は若頭代行に、そして知事も日本最大の組織・近江連合という後ろ盾を得た。」
「警視庁はそれを黙認せざるを得なかった。」
「そういう事情があってね。」
「東城会が消えた瞬間からすぐに代紋を持たないギャングがいくつも現れるようになった。」
「彼らは少人数で思い思いの犯罪を起こすだけの連中。」
「秩序も横の繋がりもなく、警察にしてみれば情報を手に入れづらい。」
「神室町の検挙率は目に見えて下がり始めた。」
「しかし近江連合が街の裏社会を牛耳ったなら、何があっても知事や荒川組を通して話し合いができる。」
「警視庁が手っ取り早く荒れかけた治安を取り戻すのに近江は有用だった。」


足立が言う。
「なるほど。」
「おまけに警視総監は荒川組から賄賂を受け取ってる。そうだろ?」
「つまりそのズブズブの関係を取り持ってやった張本人が都知事だったわけだ。」
「神室町も警察・知事・ヤクザががっちり三すくみとなりゃ、異人三のことを笑っちゃいらんねえな。」
「警視総監の堀ノ内は近江に街を牛耳らせて賄賂まで取ってるはずだ。」
「何かその証拠はねえのか?あるだろ?」


「ないよ。」
「あったとしても私が知るわけない。」
「私は知事の下僕でしかないんだから。」


春日が聞く。
「なあ、なんで都知事の若が今、異人町にまで手を伸ばしてきてんだ?」


「ああ、狙いは異人町というより荻久保豊だ。」
「都知事選で圧勝してメデイア活動も高く評価されて以来、青木遼の影響力は内閣でさえ無視できないところまで来ていた。」
「しかし民自党の重鎮、幹事長の荻久保豊だけは動じなかった。」
「普通に考えたら手も足も出ない相手だ。」
「でも知事はすぐ荻久保の正体に気付いたそうだ。」
「荻久保は裏社会の力を飼いならしているということにね。」
「証拠はなかったが、あの人には確信があった。」
「なぜなら知事も同じやり方でのし上がってきた人間だ。」
「同じ匂いを持つ人間に出会えば瞬時に見抜くものさ。」
「荻久保を潰せばその後釜に座れるのは自分だけ。」
「他に邪魔する者はいない。」
「知事の行動は充分に勝算があってのこと。」
「だからこそわざわざ異人町に目を向け始めたんだ。」
「異人町には荻久保と裏社会の繋がりを暴くネタが必ずあると睨んだんだよ。」
「なぜなら同じ穴のむじなだから。」


春日が言う。
「で、その計画の実行のために異人町のブリーチジャパンにあんたが送り込まれた。」
「そしてまずは横浜流氓の馬淵を取り込み、馬淵にうちの店長を殺させた。」
「自殺に見せかけて。」
「あの殺しが異人三同士を疑心暗鬼にさせる火種になった。」
「あれを言い出したのは誰だ?」


「馬淵だよ。」
「肉の壁を熟知してこその案だ。」
「だがさすがに私も殺しには賛成しかねた。」
「ある日、知事に馬淵の計画を報告した。」
「リスクの大きい話だけに。」
「私はあらかじめ別の計画を考えていたんだ。」
「でも知事の判断は馬淵の計画でなにも問題ないだった。」
「荻久保を出し抜くには大きなリスクも止む無しと。」
「ただしその分のリターンは大きいはずだと。」
「そうやって起きた混乱の中に荻久保と裏社会が繋がる何かが見つかるはずだった。」
「そして異人三を何十年も支えてきたという偽札事業が現れた。」
「予想は的中したんだ。」
「その情報を持ち込んでくれたのは君のお友達だったな。」
「ナンバさんのおかげで偽札のこともその心臓部の位置も我々は掴むことができた。」
「今日近江連合を大動員できたのもその情報があってこそだった。」


ソンヒが言う。
「偽札事業を潰された以上、もはや荻久保豊に特別な力はない。」
「その時点で青木遼の目的は達成されたはずだ。」
「今後異人町がどうなるかはやつの出方次第だ。」


「この街も神室町と同じ運命さ。」
「ここもじきに近江連合に牛耳られる。」
「もう彼らを止める肉の壁はないんだからな。」
その時、近江連合の構成員がホームレス街に押しかけ、小笠原を奪っていった。


ナンバが戻ってきた。
「今、弟に会ってきた。」
「ソンヒが言ってた通り生きてたよ。」
「それより、お前に言いたいことがある。」
「一番、異人町はもうなるようにしかならねえ。ほっとけ。」
「だいたい異人三がどうなろうとお前にゃ知ったこっちゃねえだろ?」
「なんだってお前がそこまでやんだ?」
「こんな街、早いとこ出りゃいいだろ。」
「俺の手はすっかり汚れちまったよ。手だけじゃねえ。」
「身も心も腐っちまった気がするんだ。」
「それもこれもクソみてえなこの街のおかげでな。」
「俺はもうこんなとこウンザリだ。」


春日が言う。
「他人事じゃねえんだよ。」
「俺は青木遼とは同じ親父を持つ仲だ。」
「向こうは認めねえだろうが、俺は若と兄弟みてえなもんだと思ってきた。」
「だからよ、あの人が騒ぎに関わっていると知った以上、もう他人事みてえな顔はできねえんだよ。」
「さよならは言わねえぜ。」
「またどっかで会えるはずだしさ。」
「それに呼んでくれたら俺もすぐ駆けつける。」


「せいぜい達者でやってくれ。」
ナンバは去っていった。


ソンヒが言う。
「趙が春日たちをよこしてくれたおかげで我々は荻久保に義理を果たせた。」
「我々もお前たちに出来る限りのことをする。」
「ハン・ジュンギを連れていけ。」
「役に立つ男だぞ、ハン・ジュンギは。」
春日たちは趙を助けるためハン・ジュンギを連れて飯店小路に向かった。
飯店小路に着くと、馬淵のクーデターが成功していた。
「待ちかねたぜ、春日。」
「お前らは直接この手で殺らなきゃ収まらねえと思ってた。」
春日たちは襲いかかってくる馬淵を倒した。
奥から八代目近江連合若頭補佐・直参龍童会会長・天童陽介と八代目近江連合若頭補佐・直参石尾田組組長・石尾田礼二が襲いかかってくる。
そこにナンバが助けにやってきた。
「無茶しすぎなんだよ、お前は。」
「もうお前らと一緒に面倒に巻き込まれんのは御免だと思ったけどよ、スッキリするどころかどうにも気になっちまってよ。」
「だから、その・・手伝わせてくれよ。」
「俺はもう迷わねえ。」


春日たちは襲いかかってくる天童と石尾田を倒した。


春日がナンバに言う。
「お前のおかげで命拾いしたのは何回目だっけ?」
「なあナンバ、あんたこのあと予定は?」
「ついでと言っちゃなんだけどよ、もうちょい手伝っちゃもらえねえか?」
「できれば助けてくれよ。」
「仲間の助けがいるんだ。」


「こんな俺を仲間だって、まだ呼んでくれるのか。」
「しょうがねえ連中だなあ。」
「マジでしょうがねえ連中だよ。」


春日とナンバは固く握手をかわした。
「確かにしょうがねえ連中だけど、お前の仲間だぜ。」
「頼むぜ。」


「実は俺の弟さ、コミジュルで世話してくれてた娘と、なんか結婚するとかしねえとか言い出しててな。」
「だからまあ、俺もあんまりコミジュルに怒れなくなっちまったというか・・」


趙を助けようと奥の部屋に行くと、そこに安村光雄がいた。
安村光雄は18年前春日の舎弟だった男で、春日は安村のことをミツと呼んでいた。
「てめえ、ミツ!無事だったのか!」


「無事と言ってもいいもんか分かりませんが、兄貴に比べりゃマシだと思いますよ。」
「今の親っさんとはめったには会えません。」
「雲の上の人ですから。」
「それでも俺は今も荒川組の組員です。」
「近江連合にはなっちまいましたが。」
「趙さんを助けたのは俺の独断です。」
「バレりゃ始末されます。」
「ここで話せることは多くありません。」
「ただひとつだけ兄貴のお耳に入れときたいことが。」
「荒川の親っさんは、そう遠くないうちにあるバクチを打ちます。」
「その時にはひとりでも多くの味方が必要になります。」
「これ以上はまだ話せません。すんません。」
「また連絡させていただきます。」
ミツは去っていった。


趙が言う。
「馬淵のおかげで横浜流氓はもうグチャグチャだよ。」
「すぐに立て直さなきゃマジで終わり。」
「俺は総帥の座を降りようと思ってさ。」
「横浜流氓にとってボスが誰かは大きな問題じゃない。」
「何よりも大事なのはウチの部下たちに安心できる住処があるかどうかってこと。」
「でも今の俺にはそれを用意できるだけの力がない。」
「もともと人をまとめんのはガラじゃない。」
「親父が先代だったからさ。」
「次の総帥はソンヒさんにやってもらおうと思って。」
「異人三は大きく体制を見直す時だよ。」


「ソンヒが横浜流氓を束ねりゃアジトを焼かれたコミジュルにも居場所を作ってやれる。」
「あんたは自分の部下だけじゃなくコミジュルの連中も助けてやりたいんだろ?」


趙が言う。
「春日君ってさ、野暮なことまで全部口にしちゃうのな。」
「でもまあ、異人三はお前らに大きなカリができたよ。」
「星龍会も感謝してると思うね。」


春日たちは星龍会の本部に向かい、星野会長と会った。
「よくやってくれた。」
「今俺がこうしてられんのもお前らのおかげだ。」
「無事とは言わんがな。」
「組の2、3割の人間がウチをでて近江の側についた。」
「残ったモンにもわだかまりが残ってる。」
「異人町の三すくみがまがいもんだったと聞かされちゃな。」
「いずれ星龍会は近江連合の傘下に入ることになるだろう。」
「荻久保豊が神通力を失ったと、そういった噂が政界に流れ出した。」
「都知事がそれとなく広めてるそうだ。」
「敵ながら手際がいい。」
「長年にわたる幹事長の偽札ビジネス、そいつが世に出りゃ民自党は吹っ飛ぶだろう。」
「だから知事はこの件で口をつぐむかわりに荻久保の後釜におさまることができる。」
「あの若さで幹事長とはな。」
「幹事長の役割は選挙の指揮と勝利だ。」
「今の青木遼になら思いのまま候補者名簿を作れる。」
「つまり日本の与党を、この国を好きなようにできる。」
「だからやつの次の一手は、総理に解散総選挙を迫ることだ。」
「肉の壁を崩したのは青木の野心だ。」
「近江連合を動かし馬淵を操った。」
「それをやれるのが今の青木遼の力だ。」
「いや、荒川真斗だったな。」
「いつかの偽札、今あるか?」
春日は胸ポケットから偽札を取り出した。
「その偽札を持っていることができた人間はこの世にただ一人、荒川真澄だ。」
「お前は荒川に撃たれた。」
「だが荒川はお前をこの街に運び込ませるために撃ったんだとしたら?」
「その偽札はこの俺への紹介状だ。」
「もしもお前が俺のもとに辿り着いたとき春日一番が荒川真澄の身内だと、そう知らせるためのな。」
「俺の見立てじゃ、青木遼の野心とはまた別の動きが荒川にはある。」
「それを紹介状として使ったのならよほどの事態だと察するがな。」
「俺と荒川との因縁は全部、平安樓から始まった。」
「北京ダックが好物らしいな、あいつは。」
「明日のランチでお前にも食わせてやる。」
「席を予約しておこう。」


翌朝、春日とナンバはホームレス街に向かい村長と会った。
「うちの相棒が気になっていることがあるってんで来ました。」
「俺がここに運び込まれたときの話です。」


ナンバが言う。
「あの日、あんたが一番を見殺しにしなかった理由。」
「そして病院に運ぶでもなかった理由。」


「わかった。話してもいい。」
「どうせもう潮時だろうからな。」
「このホームレス街には昔っから秘密の取り決めがある。」
「ここで村長と呼ばれるまとめ役に代々引き継がれてきた掟だ。」
「不定期に運び込まれてくる死体の処理だよ。」
「それを運び込んでくるのは荒川組って神室町のヤクザだ。」
「見返りに俺たちはいくらか握らせてもらう。」
「詳しくは知らんが、そういう仕組ができてた。」
「俺がここに住み着くずっと前からな。」
「処理する死体はいろいろだ。」
「撃たれたのやら刺されたの殴られたの。」
「どんなんだろうがゴミの山の下に穴掘って埋めちまう。」
「何体埋まってるかは知らん。」
「バブルの頃は月に一度はあったらしい。」
「俺が村長になった後も3人運び込まれてきた。」
「ただし、運ばれてきたのに息があった場合はさらに裏の取り決めがある。」
「死んだことにして救って逃がす。」
「自分を死んだことにしたいって人間はいつの時代にもいるもんだ。」
「借金で夜逃げしたいやつ、組織に狙われて逃げているやつ。」
「そういう連中をここに送り込んで死んだことにして逃してやる。」
「もちろん代わりに金は取るんだろうがな。」
「とはいえ、荒川組にしたってバレちゃまずい仕事だ。」
「お前さんを運んできたのは荒川組のモンだろうが、俺もそんなのまで確かめやしない。」
「そいつは車のトランクから血まみれのお前さんを下ろして、そして相場通りの金を俺に握らせるとすぐに帰っていった。」
「最後まで一言も口を利かずにな。」


春日が当時のことを少し思い出す。
「親っさん、俺を撃ったあと何か言ってたみたいなんだよ・・」
「多分・・頼んだぞ、イチって・・」
「いや、確かに言ってたんだ。」
「夢じゃねえと思うんだがよ。」


その日の晩、春日は平安樓に向かい星野会長と会った。
「異人町の偽札は戦後まもなくから人知れず作られていた。」
「先代の星龍会と横浜流氓、その一握りの幹部だけが知る極秘の事業だ。」
「ただし、その他に何人か偽札の運び屋を雇ってもいた。」
「そのうちの一人が旅回りの役者だった男。荒川斗司雄だ。」
「そいつは荒川真澄の父親だ。」
「あるとき彼はトランクいっぱいに詰めた1億あった偽札を紛失してしまったと言ってきた。」
「星龍会は他の運び屋たちの手前、ケジメをつけなけりゃならなかった。」
「だが偽札のことを知る人間は一握りの幹部だけだ。」
「ケジメをとるにしても組の下っ端に任せることはできなかった。」
「だから先代はいずれ組の跡目になる俺にその役を命じた。」
「つまり俺は荒川斗司雄を、荒川真澄の父親を殺した人間だ。」
「荒川斗司雄と一緒に個室にいたのが誰なのかは、ことの直前まで知らなかった。」
「それがまだ14の息子だとわかった時にはもう引き返すことはできなかった。」
「殺された親を最初に発見するのがその子になるとわかってても。」
「偽札が紛失したのは荒川斗司雄の妻とその愛人が盗んだからだった。」
「二人は海に沈んで消えた。」
「死体もあがっちゃいないがな。」
「座長を失った一座もその後解散。」
「荒川真澄は役者仲間数人と流れ者になった。」
「何者も頼れない彼らが生きるには極道にでもなるしかなかったんだろう。」
「東京の神室町でな。」
「荒川が入ったのは東城会の枝で氷川興産って組だ。」
「ずいぶんキツイとこだったらしい。」
「殺しも平気で請け負うような組だったみたいだからな。」
「だから氷川興産はしょっちゅう死体の処理に追われていた。」
「荒川真澄も当然それを手伝わされたわけだが、その死体の始末に横浜異人町のホームレス街を使うようになっていた。」
「理由は少しでも横浜に来る機会を増やすためだ。」
「そうすれば父親が殺された街で犯人を捜すことができるからな。」
「荒川は異人町に通っては執拗に前科者や極道の顔を捜し続けた。」
「あの日一瞬だけ見た怪しいボーイの顔。それだけをひたすら追い続けた。」
「そして事件から7年が経っていたある日、俺のもとにこの平安樓への招待状が届いた。」
「差出人は荒川真澄。」
「素性を隠す気もないその手紙に俺は逃げられるもんじゃないと悟った。」
「だからボディーガードも誰も付けず、俺はたった一人で荒川からの招待に応じたんだ。」
「きっと殺されるだろうと思ったさ。」
「どのみちろくな死に方はできん稼業だ。」
「あの時の子供に殺されるのならいくらかマシなんじゃねえかってな。」
「俺にとってあの殺しは喉に刺さった小骨みてえにひっかかってずっと消えなかった。」
「まだ20歳を過ぎたかどうかってその目は、もう何人も殺めて荒み切っていた。」
「そして俺はなぜ荒川斗司雄を殺らなきゃいけなかったのか、その理由をありのままに伝えた。」
「どうせ殺される身だ。異人町の秘密だった偽札のことも全て話した。」
「俺の話にまったく口を挟まず全てを聞き終えると、荒川はゆっくりと席を立った。」
「荒川は、あんたがふてぶてしく俺の招待を無視してくれりゃ背中から撃てたのにな、そう言って出ていったよ。」
「1984年に日本の万札は聖徳太子から福沢諭吉に変わった。」
「そのとき自分の組を持つにまでなっていた荒川に俺は贈り物をした。」
「福沢諭吉が描かれている新しい偽札を贈ったんだ。」
「それも、わざわざ裏面を白紙にした特注のエラー品をな。」
「説明は難しいが、強いて言えば恩義とケジメの気持ちだ。」
「異人三の均衡を保つことも彼のおかげで続けられたといっても過言じゃねえんだ。」
「偽札の秘密は俺や異人町の急所だ。」
「実は裏書きに一筆入れてたな。」
「恩威並行を忘れず。」
「賞や罰を常に適切に与えられるという様子を例えた言葉だ。」
「俺が背負っているものに相応しいと思って書いたんだが、さすがにほとんど消えちまったようだな。」
「しかし今、その偽札を持った男が俺の前に現れた。」
「それは俺だけにわかる荒川からのメッセージに他ならない。」
「お前という男が荒川真澄にとって大切な身内だということだ。」
「荒川もその偽札の大事さは理解しているはずだ。」
「だがな、それを手放しお前に託した意味をお前も理解すべきじゃないのか?」
「だとすれば神室町でお前を撃ったのは荒川の本意じゃなかったと考えるべきだ。」
「撃ったのは殺すために撃ったんじゃなく、お前を生かして俺の元へたどり着かせるために撃った。」
「今俺にわかるのはせいぜいここまでだ。」


春日が言う。
「充分です。信じます。」
「親っさんを信じなきゃいけねえって、改めて思いました。」


テレビのニュースで速報が流れる。
「荻久保幹事長の急病と辞任で大きく揺れる永田町。」
「政界のドンといわれた幹事長の後ろ盾を無くした首相が衆議院の解散を表明いたしました。」
「解散総選挙により改めて民意を問うことで新たな内閣を打ち出していきたい考えです。」
「更に荻久保幹事長の後任として東京都知事の青木遼氏を任命したことも発表されました。」
「現職知事が与党の幹事長を兼任するのは前例がなく、大胆な人事として波紋を呼ぶことが予想されます。」


青木遼は八代目近江連合直参荒川組若頭・沢城丈を連れて元幹事長・荻久保の病室を訪れた。
「ご容態いかがですか?元幹事長。」
「引き継ぎの挨拶に来たんです。」
「分刻みのスケジュールを縫ってね。」
「あなた方老人にとってこの先起こることは全てが前代未聞の出来事になるでしょう。」
「だが1年も経てばそれがこの国の日常となる。」
「それが私が作りだす新たなこの国の政治です。」
「覚えていますか?10年前私が初めて政界に進出した区議選のことを。」
「民自党の推薦を希望する私をアンタは罵った。」
「ブリーチジャパンなど現実を知らない子どもたちの学園祭だと言ってね。」
「荻久保さんの選挙区は神奈川二区でしたね。」
「次の総選挙ではブリーチジャパンからあそこに立候補者を立てます。」
「もちろん民自党の公認候補として。」
「どんな気分ですか?現実を知らない子どもたちに全てを持っていかれるのは。」
「神奈川二区で我々の候補が当選するのは確実でしょう。」
「まずは手始めに異人町のゴミ掃除から始めなくてはね。」
「あそこは不法投棄の温床ですから。」
「社会のセーフティーネットからこぼれた者たちと呼ぶべきですか?」
「しかしそもそもそうなったのはグレーゾーンに甘え続けた彼らの責任では?」
「自己責任の果てに行く当てを失った人間などゴミ以下ですよ。」
「どうなろうと私の知ったことではありません。」
「おっと、長話しが過ぎましたか。」
「元幹事長、是非長生きしてくださいよ。」
「私は心からそう思っているんですから。」
「綺麗に再開発された異人町が完成した暁には、その目で見て頂きたいので。」
「そしてその時の元幹事長の顔を私もこの目で見たいので。」


春日たちがハン・ジュンギ、趙と一緒に話をしている。
「テレビの報道ではブリーチジャパンに抗ってコミジュルが火を放ち、そしてその火災で代表の小笠原が死亡したと言っています。」
「おそらく近江連合に殺されたのでしょう。」
「正義のために殉死した革命の英雄に仕立て上げられてね。」
「小笠原は青木との関係をベラベラ喋った男。」
「始末しなければならなかったのでしょう。」
「さらにコミジュルが炎上した件で負傷して死んだことにすれば事件性も感じないから警察も病院も疑わない。」
「このままだとコミジュルも横浜流氓も異人町に居場所がなくなることは間違いありません。」
「そして我々に味方し匿って下さっているあなた方も同様でしょう。」


足立が言う。
「とりあえず趙も仲間に加わったことだし色々と準備をしようぜ。」
「この先、いつどうなるか分からねえだろ?」
「金も道具も揃えといた方がいい。」


小笠原の葬儀に来ていた青木遼を待ち伏せする春日たち。
地下駐車場で青木と会うことに成功した。
「若・・」


「今夜乙姫ランドに一人で来い。」
「俺も一人で行く。」
青木は車に乗って去っていった。


その日の夜、春日は一人で乙姫ランドに向かった。
「若、お久しぶりです。」


「こんな所で生まれたんだなあ、お前は。」
「会いたかったんだろう?俺に。」
「お前の聞きたいことなら分かってるさ。」
「どうして俺が名前まで変えて政治家になったのか。」
「どうして俺が東城会の壊滅に加担したのか。」
「あとこの体も気になるか?」
「昔は車椅子だったもんな。」
「病気はアメリカで治した。」
「肺の移植手術を受けてな。」
「知ってるか?向こうじゃ移植の順番が金で買えるんだ。」
「だがどんなに金があってもヤクザの息子じゃそれさえ難しいんだ。」
「手術のためだけじゃねえ。」
「荒川真澄の息子として生まれたこと。」
「病気のせいで青春時代を人並みに謳歌できなかったこと。」
「そういう人生そのものを書き換えるために名前を変える必要があったんだよ。」
「でもその結果、今じゃあ都知事と幹事長を兼任する政治家になれた。」
「政治ってのはいいもんさ。」
「ヤクザみたいに暴力で支配するわけじゃない。」
「法律に準じて人々の暮らしを良くする。」
「おかげで多くの人間から感謝されてるよ。」
「小笠原を殺したのはリスクマネージメントさ。」
「だってあいつはお前に拉致られてブリーチジャパンや俺の内情をベラベラと喋ったんだろ?」
「あいつはそういう男さ。」
「奴は一言も喋ってませんなんて言ってたけど目を見りゃ分かるよ。」
「リスクマネージメントというのはそういう危険を事前に排除できるかどうか。」
「それを躊躇わずに切れるかどうかがトップに求められる決断力さ。」
「ガキの頃から面倒見てたお前にあっさりと身代わり出頭を突きつけた親父と同じさ。」
「あの時、お前が身代わりになんなくたって沢城はパクられなかった。」
「なぜなら沢城は鈴森を殺してないんだからな。」
「そういえばお前と最後に会ったのもあの晩だったな。」
「あの後、荒れて街を彷徨っていた俺に鈴森が絡んできた。」
「それで、持っていた銃で俺が撃ち殺したんだ。」
「俺は沢城に起きたことをそのまま伝えて家に帰った。」
「誰にも目撃されなかったのはラッキーだったよ。」
「親父は大切な一人息子を守るためにお前をお上に売ったんだよ。」
「しかし親父もそのままお前に告げるわけにいかなかったんだろう。」
「だから沢城の身代わりって筋書きを作ってお前に頼み込んだんだ。」
「まんまとアイツの口車に乗せられたお前は喜んで出頭したってわけさ。」
「それでもまだお前はあのクソ親父を信じられるのか?」
「絶望するのもよく分かるぜ。」
「懲役18年ってだけでも酷い話がだ酷いのはその後だよなあ。」
「務めを終えて出てきたお前をアイツはバーンだろ?」
「ひでえ話だよな。」


春日が言う。
「それでも俺は荒川の親っさんを信じてます。」


そこに沢城が大勢の構成員を連れて現れる。
「ちょっと多すぎやしませんか?」
「こっちは約束通り一人なんですよ。」


「こっちだ、一番!」
ナンバが春日を連れ出し逃げる。
足立と紗栄子の助けもあり、なんとか逃げ切ることができた。


次の日、ミツから春日のもとに連絡がきた。
春日はこれから大阪に向かうという。
「荒川の親っさんには助けがいるんだ。」
「この俺の助けがな。」
「ミツから連絡があったんだよ。」
「今親っさんも蒼天堀に向かってるところだ。」
「俺もまだ詳しい事情を聞いたわけじゃねえんだけどよ。」
「でも助けがいるって親っさんが言ってたんだ!」
「で、その親っさんが大阪に向かってんだよ。」
「だから俺も行くんだ!考える必要なんかねえ!」
春日は仲間たちと一緒に大阪に向かった。


都知事室で青木と沢城が話をしている。
「本当に親父はわざわざ蒼天堀まで出向かなきゃならなかったのか?」


「ええ。2年間服役中だった近江連合の渡瀬勝は若頭です。」
「そして荒川の親父は渡瀬の代行の立場。」
「渡瀬とは早めに一度顔を突き合わせて挨拶しておくのは当然かと。」


青木が言う。
「なるほど、ならなんで今回に限って事後報告なんだ?」
「親父の動きは逐一報告しろと言ってたはずだ。」


「申し訳ありません、若。」
「私も先程知らされたもので。」


青木が言う。
「ふ、そうか。」
「まああとは何が起きるか見物だな。」
「考えてみろ。渡瀬勝と荒川真澄、その二人が顔を合わせるんだ。」
「ただ挨拶だけで終わるのか?そんなはずは無い。」
「親父は何か企んでるんだ。」
「近江の会長は寝たきりのままだろ?」
「容態が回復する見込みは薄いと聞いてる。」
「じゃあそろそろ跡目の話もしなくちゃならん時期だ。」
「つまりそうなれば自動的に渡瀬が近江の会長に就任ってことだ。」
「そしてきっとその時代がしばらく続くことになるんだろう。」
「でももし跡目の話が起きる前に渡瀬がいなくなると話は違ってくるよな。」
「親父はそうなる前に渡瀬を消す気かもな。」
「神室町の3K作戦の時、俺は親父に東城会を売れと迫った。」
「近江を引き込めと言った覚えは無い。」
「あれは親父が自分でやったことだ。」
「しかし親父のやつ、うまいことやったもんだ。そう思わないか?」
「親父のおかげで神室町から東城会が追い出され、3K作戦の成功が世に広まり俺の顔も立った。」
「でも東城会が消えたそのドサクサに自分は自分で近江を引き入れて一躍東城会の三次から近江連合の大幹部へ昇進したんだ。」
「ちゃっかりしてるよ。」
「古臭い頭の切れない極道だとばかり思っていたが。」
「正直あんなに変わり身がうまいとは思わなかった。」
「つくづく権力ってのは魔物だよな。」
「親父が渡瀬を消して近江を乗っ取ろうってのは俺にとって全然悪い話じゃない。」
「身内が仕切るほうが今後何かと都合もいい。」
「ただ気になることもある。」
「親父が渡瀬に会い、挨拶だけで済ましたのならそれはそれ。」
「だが俺の読み通り渡瀬を消すつもりなら俺に連絡すべきだろ?」
「もし事前に連絡も無く渡瀬を消し、消した後も報告も無いようだったらそれは俺への裏切りだ。絶対に許さん。」
「ヤクザが力を振るえるのはあくまで俺の監視下でだけだ。」
「俺の立場はもはや3K作戦の時とは違うんだよ。」
「表の世界の頂点に立とうという人間は裏の世界の情報も細やかに把握しておく必要がある。」
「そのポリシーを貫く上では相手が実の親でも例外は無い。」
「必要なのは歴然とした上下関係だけだ。」
「沢城、俺と親父、お前はどっちに忠誠を誓うんだ?」


沢城が言う。
「俺は親父から若のことを託された人間です。」
「その命令は、何よりも若を一番に想えということでした。」


「なら親父の動きは細かく監視して報告しろ。」


大阪の近江連合本部前に来た春日たちのもとにミツから着信が入った。
「俺は今、近江連合本部施設にいます。」
「先乗りしてきた幹部たちに食事の手配とかやらされてるとこで。」
「兄貴は今どこに?」


「呼ばれる手間省いてやったぜ。」
「こっちも近江の本部に来てる。すぐ目の前だ。」


ミツが驚く。
「なんで来ちゃってるんスか!」
「もう少し待ってくださいよ。」
「手が空いたら俺の方でこっそり親っさんと会える場を手配しますから。」
「俺の連絡を待ってから横浜出てくれって言ったじゃないスか!」
「とにかく一度そこは離れてください。」
「本部の連中にも兄貴の顔を知ってるモンがいるかもしれません。」


春日が言う。
「ミツ!俺は親っさんと早く会いてえんだよ!」
「神室町であの人に撃たれてから俺はずっとそればっか考えてたんだ。」
「お前が止めても俺は行くぞ。」
「親っさんは本部のどの辺にいるんだ?」


「親っさんは本部の奥、龍の間って部屋にいます。」
「客人3人ほどと一緒です。」


春日たちはデリバリー業者に紛れ、龍の間に向かった。
龍の間には元東城会舎弟頭直系真島組組長・真島吾朗、元東城会直系冴島組組長・冴島大河、元東城会六代目会長・堂島大吾、そして荒川真澄がいた。
「イチ、こちらは東城会六代目、堂島会長だ。」
「六代目、あいつがウチにいた男で一番です。」
「東城会荒川組、春日一番。」


大吾が言う。
「堂島大吾だ。」
「そちらは真島吾朗。」
「そして冴島大河。」


荒川真澄が言う。
「大丈夫だ。」
「俺はもうイチを撃ったりはしねえよ。」
「座ってくれ、イチ。」
「良かったらそちらの皆さんも。」
「会長はじめ真島も冴島も、こちらのお三方は長いこと姿を隠していた。」
「2年前の神室町3K作戦以来ずっとな。」
「今この部屋にいることを知ってるのも俺とお前達だけだ。」
「お前も知ってるだろうが、あれが成功した陰には東城会の内部情報があった。」
「知事になった真斗にその情報を漏らしていたって噂は聞いてるだろう。」
「情報を漏らしていたのはこの俺だ。」


大吾が言う。
「東城会の内部情報を漏らしたのは俺の了解を取った上でだった。」
「俺が頼んで荒川さんには欲深い非常な裏切り者を演じてもらったんだ。」
「そしてそれが結果的にお前を銃で撃たせることにもなってしまった。」
「荒川の親分を責めるんじゃない。」


荒川真澄が言う。
「ことの始まりは真斗が青木遼として都知事にまでなった時だった。」
「あいつは神室町3K作戦で東城会を潰すための内部情報を荒川組に寄越すよう言ってきた。」
「もし断れば暴対法をどうにでも使って組が潰れるまで何度でも俺を逮捕させると脅しをかけてな。」
「そして俺が困っていたところに沢城が提案してきた。」
「真斗の要求を飲むことで荒川組の存続に目こぼししてもらう取り引きをすべきとな。」
「真斗に従えば組を追い込むような真似まではしないはずだと。」
「沢城は真斗を俺よりも甘やかしちまうところがある。」
「だが俺は即断しなかった。いや、できなかった。」
「筋の通った話じゃねえからな。」
「だから真斗から頼まれた話をありのまま六代目のお耳に入れることにした。」
「もし俺が真斗の頼みを断ったとして、真斗は恐らく他の組に同じ脅しをかける。」
「そしていずれは東城会の他の誰かが組織を裏切るはずだ。」
「そいつを見過ごす気にはなれなかった。」
「それにこちらの会長は真斗とは世代も近い。」
「若い人間の考えることは若い人間に相談するのが正しいんじゃねえかって考えたんだ。」


大吾が言う。
「もし東城会の情報を引き渡さなければ荒川さんは何らかの難癖をつけられて逮捕されてたろう。」
「暴対法は解釈のしかた次第でヤクザをどうにでもできる法律だ。」
「結局政治家や警察の一部官僚が都合のいいように暴対法を使って極道を好きに働かせるのが現状なら、今の極道の在り方には何の価値もない。」
「いずれ代紋を掲げることはむしろ連中の奴隷であることの証ってことになる。」
「そして実際にそうやって刑務所に送られていた男がいたな。」
「警察の嫌がらせに逆らった下っ端組員の使用者責任を問われて刑務所に行った男。」
「それが近江連合若頭・渡瀬勝。」
「日本最大の極道組織を動かす事実上のトップだよ。」
「明日出所し次第、この近江連合本部へやってくる。」
「そのときを迎えるために今まで俺たちは姿を消してきた。」
「日本の二大極道組織、近江連合と東城会を解散させる。」
「その届けを出すと渡瀬に宣言してもらう。」
「渡瀬も俺と同じ考えを持っている。」
「ムショん中で心変わりさえしてなけりゃな。」


荒川真澄が言う。
「明日はここで何が起きるか誰にもはっきりした予想は立ちゃあしねえ。」
「だから一人でも多くの味方がいるんだよ。」
「それも絶対に信用できる味方がな。」
「ミツがそう言ってなかったか?一番。」
「それがトップの決断だとしても組員の多くが反対する。」
「結局頭がすげ替えられただけで新たな跡目争いのドンパチが起きることにもなりかねねえ。」
「だから根回しする時間が必要だった。」
「それを六代目が描いてくださったんだ。」


大吾が言う。
「正確には俺と渡瀬がな。」
「渡瀬も俺と同じく極道の未来に憂いと疑問を持っていた者同士だ。」
「そして同時解散という結論を互いに出したとき問題となったのは、日本最大の極道組織・近江連合をどうやって穏便に解散させるか。その一点だった。」
「まっとうに直参幹部を集めて相談したところで受け入れられるわけがない。」
「しかも神室町3K作戦と前後して大阪では渡瀬が刑務所に入ることになりトップ不在の状態になっていた。」
「ヘタに動くとクーデターも起こりかねない。」
「そして考えたことは3K作戦を逆手に取ることだった。」
「それには2つやるべきことがあった。」
「ひとつは3K作戦を成功させることだ。」
「そのために荒川さんには東城会の情報をあえて漏らしてもらい、神室町から東城会を追い出す流れを助長してもらった。」
「まあ青木は自分の手柄に思わせたつもりだったろうが。」
「真実は我々がそれに乗ってやったまでということだ。」


荒川真澄が言う。
「そして俺が六代目に頼まれた2つ目とは、欲深く非常な東城会の裏切り者という立場を死んでも演じ続けること。」
「そして東城会が消えた神室町に近江の連中を引き込むことだった。」


大吾が言う。
「荒川さんは見事に蒼天堀で巨大になり過ぎた近江連合の力を半減させることをやってのけた。」
「そのおかげで今この蒼天堀にいるのは神室町に半数以上の兵隊を持っていかれた近江連合ってことだ。」
「そして期限も間に合わせてくれた。」
「渡瀬の出所日、同時解散宣言の日に。」


翌日、春日たちはミツと合流した。
「今日はこれから渡瀬のカシラが出所して本部に来ます。」
「親っさんも東城会のあの人たちもこの日のために長いこと耐え忍んできました。」
「あとはもう手筈通りに動くだけなんで。」
「兄貴、今日これから起きることに親っさんも命がけでやってきたんです。」
「そして俺たちには今一人でも多くの味方が必要です。」
「神室町に送り込まれた近江連合の幹部は全体の約半数です。」
「蒼天堀に残ったいわゆる由緒正しい幹部たちは全員本部のホールで出所を祝いに来ます。」
「そのとき渡瀬のカシラは懐に書状を用意しているはずです。」


八代目近江連合若頭直参渡瀬組組長・渡瀬勝が出所して近江連合本部に到着した。
壇上に立った渡瀬が書状を読み上げる。
「わずかな人数で私達関西近江連合が立ち上げられたのは100年以上前になります。」
「創成期には敵対する組織との抗争も引き起こし多くの人命が失われた歴史もあります。」
「地域住民の皆様におかれては我々に対して恐怖感、威圧感を抱かれた方々も多く、誠に申し訳ございませんでした。」
「つきましては現会長及び組若頭・渡瀬勝の連名により関西近江連合を解散いたします。」
「大阪府警、本部長殿。」


近江連合幹部衆と渡瀬組長の間に荒川真澄、真島吾朗、冴島大河、春日たちが入る。
壇上に大吾が上がった。
「東城会六代目、堂島大吾だ。」
「東城会も近江連合と同じく、本日をもって正式に解散する。」
「俺と渡瀬さんは互いに今回の組織解散の見届け人だ。」
「このことは病床にある近江連合会長並びに若頭代行荒川真澄も了承している。」


渡瀬が言う。
「わしらはこれから大阪府警に解散届を出しに行く。」
「文句が出るのは百も承知や。」
「せやけどな、おどれらも極道やったら力づくで止めてみろや!」


大乱闘が始まった。
そこに桐生一馬が現れる。
それを見た真島吾朗が嬉しそうに言う。
「やっぱり生きとったか、桐生ちゃん!」


渡瀬が言う。
「そいつは臨時雇いの、ただの用心棒や。」
「名前も知らんで。」


桐生が言う。
「お前らは前だけ見てりゃいい。」
「後ろは俺が死んでも守る。」


春日たちは近江連合幹部衆を全員叩きのめした。
その戦いぶりを見ていた桐生が言う。
「じゃあな、春日。ひとつ借りとくぜ。」


渡瀬、大吾、真島、冴島、桐生の5人は大阪府警に向かっていった。
荒川真澄が春日のもとに来る。
「よお、イチ。」
「お前のおかげだ。イチ。」
「お前が仲間連れて来てくれてなきゃ危ねえとこだった。」
「いい仲間を持ったな。うん、いいことだ。」
「今まで本当によく生きててくれたな、イチ。」


数時間後、テレビのニュースで「関西近江連合が解散届を提出。」と速報が流れた。


横浜に戻ってきた春日は荒川真澄を食事に誘った。
「俺なんかが親っさんをメシに誘うなんて、身の程もわきまえずにすんません。」


「馬鹿野郎、俺はこの年で何の肩書もなくなったただのジジイだぜ。」
「メシ食う相手に身の程もくそもねえ。」
「今日は先約があって一緒には行けねえがな。」
「近江の組員たちも街のカタギのみなさんも、まだみんな戸惑ってるみてえだな。」
「100年続いてたモンが急になくなっちまったんだ。」
「それも当然だろ。」
「解散届をあれだけの大人数で止められなかった。」
「言い方は悪いが奴らのメンツは今回の一件で丸つぶれ。」
「そんなのが今さら騒ぎ立てたところで恥の上塗りだ。」
「まあやれることをやった結果ってだけの話だがな。」
「先を見越すだなんてそんな余裕俺にはなかった。」
「蒼天堀の一件で真斗は怒ってるだろうな。」
「怒り狂ってるはずだ。」
「何の相談もなくあいつが後ろ盾にしてた近江連合を解散させたんだからな。」
「あいつの癇癪だけは、俺も昔っから弱らされたもんだ。」
「いくつになってもそういうもんは変われねえもんなのかね。」
「六代目や渡瀬はあいつが都知事になる前からヤクザ組織の解体を考えてた。」
「むしろ真斗が俺に東城会を売るように迫ったことでその計画が早まったって見方もある。」
「真斗は自分の権力が膨れ上がる味を知っちまった。」
「いい加減それがデカくなりすぎる前に止めてやらねえとあいつは身を亡ぼす。」
「きっと手にしたもの全てを失ってしまう。」
「そんなあいつの姿を俺は見たくねえ。」
「六代目や渡瀬たちは組織を解体したあと、やっぱりご駆動でいることしかできねえって人間が山ほど出ると思ってる。」
「実際にはそうだ。」
「そういう行き場のない奴らのためにいずれ何かしら合法的な受け皿を作りたいと言ってた。」
「その時機がきたら俺もそれを手伝ってみたい。」
「それまで何して時間つぶしていいかわからねえ。」
「定年迎えたサラリーマンってのはこういう気持ちなのかね。」


春日が言う。
「ならこれからまた俺を親っさんの子分にしてくれますか?」
「俺は親っさんの子分でいる自分が一番好きなんですよ。」
「16の年に命助けてもらって以来、ずっとです。」


「俺はお前を真斗のかわりにムショに行かせたんだぜ?」
「18年もだ。」
「組のためだと嘘までついて。」
「そのうえ出所してきたお前を俺は銃で撃った。」
「お前が生きて戻ってきたのは、全部お前自身の力だ。」
「俺がお前にしてやれたことなんていくらもねえ。」
「いくらもねえどころか恨まれてもしょうがねえことしかやってねえんだ。」


春日が言う。
「じゃあ俺に少しでも悪いと思ってんならまた俺を子分にしてくださいよ!」


「なあイチ、お前ソープの桃源郷で生まれたんだっけな?」
「でもすげえ話だよな。」
「俺にはその話がトラウマになっちまってる。」
「夢を見る時があるんだ。」
「40年前の大晦日、茜が、あいつが赤ん坊を産んでいる場所は桃源郷なんだ。」
「真斗がソープで・・そんなわけねえのによ。」
「お前は地に足を付けてしっかり生きてる。」
「生まれた場所なんて関係ねえ。」
「会いたいか?父ちゃん、母ちゃんに。」
「苦労したんだもんな。」
「俺が言えた義理はねえが。」
「夢で見た話なんてのはまったく不毛だな。」
「見送りはここまででいい。」
「また明日な、イチ。」
荒川真澄は帰っていった。


翌朝、荒川真澄の死体が横浜港にあがった。
蒼天堀の方でも元若頭の渡瀬への発砲事件があった。
同じく堂島大吾にも発砲事件が起こる。


意気消沈する春日のもとに星野会長から食事の誘いの電話がくる。
春日は星野会長と会うため平安樓に向かった。
「荒川が死んだ日、あいつと食事をしたんだ。ここでな。」
「荒川は舞台から降りた役者みたいに穏やかな顔だった。」
「それもそうだろう。近江連合の解散を成し遂げ、お前との再会を果たしたんだ。」
「実に美味しそうに北京ダックを平らげていたよ。」
「俺がそんなに好きなのか?って聞くと、なんとアイツは初めて食べたって言うじゃないか。」
「聞きゃあ50年前に初めて食べる機会があったが、直前に父親を殺された。」
「それ以来どういうわけだか食う機会を逃してきたらしい。」
「俺は食事を終えた荒川をホテルまで送っていくと言ったが断られた。」
「一人で夜風に当たりたいって言ってな。」
「だから俺は黙ってあの人を見送っちまったんだ。」
「あの時、強引にでも俺が送り届ければ荒川が殺されることは無かった。」
「失敗したよ。」
「あいつを殺ったのは近江の残党に間違いないだろう。」
「理由は解散に対する報復だ。」
「つまり解散させられて迷惑をこうむっている連中だ。」
「春日、関東にいる近江の残党連中が次なる組織編成に動いてるらしい。」
「そいつらは今回の解散に黙っちゃいられない連中の塊だ。」
「犯人はその中にいる可能性が高いかもな。」
「そしてその連中を裏で指揮できる人間がいるとすれば、今や表の世界も裏の世界も自在に操れるあいつしかいない。青木遼だ。」
「青木の意思が関わっているとみて間違いないだろう。」
「そして」荒川亡き今、青木の勅令を受ける人間は限られておる。
「荒川の仇を取るがいい。」
「必要であれば星龍会から兵隊も貸してやる。」


春日が言う。
「俺には必要ありません。」
「親っさんは若のタマをとることなんて望んじゃいないはずです。」
「親っさんは極道が権力者の手駒になることを憂いていました。」
「だから一世一代の大芝居を打ってまで近江連合を解散したんです。」
「つまり極道の本来あるべき姿、暴力で何かを奪うのではなく力を持って弱気を助ける生き様を証明したかったんだと思います。」
「それを貫くため親っさんが辛抱し続けた日々に報いるには人ひとりのタマとって解決なんてしちゃいけねえ。」
「そんなやり方、あの世の親っさんに顔向けできねえ。」
「だから俺は若の目を覚まさせてやります。」
「ぶん殴って思い知らせてやります。」
「俺がやれることはそれくらいしか。」


「つくづく荒川って男は幸せもんだな。」
「いいんじゃねえか?お前の好きにやれ。」
「俺が少し出しゃばりすぎちまったようだ。」
「しかしどうやって青木と会うつもりだ?」


春日が言う。
「大丈夫っすよ。」
「若に会うルートはちゃんと考えてます。」
「俺は若の野望を絶対に止めてみせます。」
「それが何よりの親っさんへの弔いになるはずです。」


春日は神奈川二区に出馬したブリーチジャパン横浜支部長・久米颯太の対抗馬として自ら出馬した。
テレビのニュースでも春日の出馬が話題になっている。
「前科あり、元極道という異例の春日候補はさっそくSNSを中心に話題となっております。」


都知事室のテレビでニュースを見る青木が沢城に言う。
「役に立たない奴らばかりだ。」
「久米といいお前といい。」
「こんなザマになってるのも全てはお前の不始末の結果だ。」
「で、報告ってのは?」


「新体制の件ですが、しばらくは東京近江連合という仮の屋号で動くことになりました。」
「当座の兵隊と資金も問題ないかと。」
「今後は各ポストの人事を・・」


青木が怒る。
「お前、偉そうに言ってるが会長にでもなったつもりか?え?」
「お前が荒川組でそれなりの地位に就いたのは決して実力じゃない。」
「周りが俺の顔色を伺ってお前を持ち上げただけだ。」
「お前は昔から金魚のフンみてえに俺の後をついて来ただけだからな。」
「俺も昔のよしみで情けを掛けてきたが、東京近江連合は違う。」
「会長に据えるのは実力のある人間だ。」
「お前にその器があるのか?」
「24時間以内にコイツのタマを取って来い。」
青木は星野会長の写真を渡した。
「もしもしくじったらどうなるか、お前なら分かるよな?」


コミジュルから星野会長襲撃の情報が入り、急いで星龍会本部に向かう春日たち。
本部に着くと、銃を持った沢城がいた。
「遅えよ、イチ。」
「お前はいつだって遅えんだ。」
「使いに行かせてもシノギに行かせても。」
星野会長はすでに沢城に殺害されていた。
「異人三にはこれがトドメになる。」
「星龍会トップのこの爺さんがグレーゾーンのブレーンで異人町にとっての支えだったからな。」
「あとは放っといても勝手に崩れ落ちる。」
「若はそうお考えだ。」
「お前のせいだ。」
「この選挙区が若にとってどれだけ大事なのかお前も知ってるはずだ。」
「なのに殺しの前科持ちのクセに衆院選に立候補なんざ悪ふざけにも程がある。」
「若はお前が目障りなんだよ。」
「若はな、目障りなもんは許せねえんだ。」
「お前はずいぶん人目をひいてくれた。」
「今殺しのマトにするにはタイミングが悪すぎだ。」
「だからかわりにこの爺さんを殺ったんだ。」
「お前の後ろ盾は異人三の連中だけだ。」
「今お前に手を出せない以上、やれることで最も効果がある選択をしたまでさ。」


春日が言う。
「荒川の親っさんを殺したのもあんたなのか?」


「さあな、もうどうでもいいだろ。そんなこと。」


春日は沢城をコテンパンに叩きのめした。
「カシラ、何やってんだよ、あんた。」
「俺の知ってる沢城丈はなんでも考えなしに人の言うこと聞く男じゃなかったぜ。」
「たとえ若の命令でもな。」
「どんな理由があっても荒川の親っさんを殺すなんてこと・・」


沢城が言う。
「俺には若の命令が絶対なんだよ。」
「あの人を守るのが俺の生きる道だ。」
「荒川の親父を殺したのは俺じゃねえ。」
「命令はされたさ。」
「若の命令に逆らったのは後にも先にもあれっきりだ。」
「俺に荒川真澄は殺せねえ。」
「もうとっくに人でなしの俺にもただひとつその命令だけは飲めなかった。」
「飲めるわけがねえ。」
「その理由を俺は若にさえ、いや、誰にも話したことがねえ。」
「俺が荒川真澄を初めて見たのは盃を受けるよりもう少し前のことだった。」
「15の頃だ。俺はどこにも居場所がねえどこにでもいるガキだった。」
「あの頃の俺は神室町でひたすら喧嘩に明け暮れてた。」
「金もねえ、未来もねえ、家に帰りゃアル中の親父に殴られる毎日だった。」
「そういう状況で支えになるのは結局行き場のない人間たちだけだった。」
「彼女のことは、もう名前も思い出せねえ。」
「とにかくその女と二人で先行きの見えないままごと暮らしを始めた。」
「そして彼女が俺のガキを孕んだと告白した時にはもう堕ろすこともできねえ時期になっていた。」
「俺たちは日増しにでかくなる腹を見て見ぬふりして、病院にも行かなかった。」
「でもガキは生まれちまった。」
「あの娘が出産したのはデパートのトイレだった。」
「俺が道路工事のバイトをしてる最中にたった一人で生んだらしい。」
「都合の悪いことは見えない所に追いやってしまえばいい。」
「それまでもずっとそうやって生きてきた。」
「あの頃俺らには違う生き方を教えてくれる大人はそばにいなかった。」
「俺たちはガキを駅のコインロッカーに入れて逃げた。」
「彼女がどうしても戻りたいと言い出して戻ったら、親父がコインロッカーをこじ開けてて、そのままガキを連れて行ったんだ。」
「それが若だ。」
「若は俺の息子なんだ。」
「お前も親父に聞かされたんだろ?」
「大晦日の夜、親父は女と子供を氷川興産に狙われて赤ん坊の受け渡しをロッカーでやることになっていたことを。」
「でもその時、まさかもうひとり別の赤ん坊がコインロッカーにいるとは思わなかった。」
「思うはずもねえよな。」
「だから聞こえてきた赤ん坊の泣き声を頼りに親父は間違ったロッカーをこじ開けちまったってわけだ。」
「あの夜から5年、俺の子を産んだ女はもうそばにはいなかった。」
「でも荒川真澄は、親父は神室町で生きていた。」
「車椅子の息子と一緒に。」
「若くして自分の組を立ち上げた荒川真澄のことは街で聞けば知る人間も多かった。」
「車椅子の子はずっと歩けない身体だということ、それが生まれた夜に重い低体温症にかかったせいだということも。」
「子供のことがなくても俺はいずれヤクザにでもなるしかなかったような人間だ。」
「ずっと半端な人生だったからな。」
「そして考えた。」
「もし盃をくれる人間を選べるなら荒川真澄をおいて他にはないと思った。」
「俺は若のそばにいる為に親父と盃を交わした。」
「他人にこの話をしたのはこれが初めてだ。」
「墓まで持ってくことになるもんだとずっと思ってたからな。」
「さっきのコインロッカーの話にはまだ肝心なとこが抜けてると思わないか?」
「親父に連れ出されたのが俺の子だったなら、親父の本当の子はどこにいった?」
「親父の女は名前を茜さんと言った。」
「そして親父と知り合う前は桃源郷ってソープで働いてたらしい。」
「今から言う話はあくまで俺の想像だがあの大晦日の夜、茜さんは腹ん中の子供ごと命を狙われてるとそう電話で知らされた。」
「慌てて産婦人科を出た彼女は逃げる途中で産気づきどこか産める場所が必要だった。」
「追われる身で少しでも安心して産める場所、それは昔自分が勤めていたソープ桃源郷だったのかもしれない。」
「するとそういえばその日、その場所で産まれたって男がいたよな?」
「親父がコインロッカーから若を連れて行ったあと、俺はもうひとりの赤ん坊を見ている。」
「騒ぎがおさまった後も俺と彼女はずっと動き出せずにいた。」
「死ぬはずだった子供が救われて、あとはもう知らん顔してりゃいい。」
「少し安心した気持ちにもなってた。」
「でも、なぜあのヤクザはあんなに必死になって赤ん坊を助けたのか。」
「泣き声で気付いたにしても誰かに声をかけることもしねえで助けたのはなぜか。」
「安堵と疑問が複雑にからまって頭が破裂しそうだった。」
「でもその理由はしばらくしてわかった。」
「桃源郷の店長と店員がやって来て、鍵のかかってないロッカーを片っ端から開け始めた。」
「それで店長は見つけたんだ。もうひとりの赤ん坊を。」
「店長はこう言ってた。少しの間預かっとく、茜ちゃんが迎えに来るまでな、と。」
「そのときになってやっと俺はわかったんだ。」
「赤ん坊の取り違えが起きちまったってな。」
「ロッカーにお前を託した茜さんはそのあと氷川興産に捕まるまで逃げ続けていた。」
「その間受け渡しが失敗したときの場合に備えて赤ん坊がロッカーにいることを信頼できる誰かに伝えた可能性は高い。」
「お前は荒川真澄の息子だ。」
「親父とのDNA鑑定をやることができれば全部はっきりする。」
「だがそれまではあくまで想像の話でしかない。」
「俺の話が必要のない戯言だと思うなら忘れてくれ。」
「青木遼に荒川の親父を殺せと言われて俺はそれを断った。」
「その時点で若は俺を切り捨てるつもりでいたんだ。」
「だから俺に星野会長を殺せっている無茶な命令をしたのも、もはや俺は三下の鉄砲玉みてえな使い方くらいでいいと思ったからだろう。」
「親父を殺したのは、確証はねえがカシラ補佐の石尾田かもな。」
「やつが今、若のお気に入りだ。」
「荒川の親父が死んで以来のな。」


足立が言う。
「沢城、お前はこのまま行かせるわけにはいかねえ。」
「本当ならこの手でぶっ殺してやりてえとこだが、まっとうに罪を償え。」
沢城は警察に逮捕され連行されていった。


コミジュルからハン・ジュンギの元に連絡が入る。
「星野会長が狙われているとそう教えてくれた匿名のタレこみですが、ネタ元はどうも沢城本人だったようです。」
「つまり沢城は星野会長を殺したくはなかったんでしょう。」
「彼は春日さんに自分を止めて欲しかったのではないでしょうか。」
「が、あなたに直接それを伝えればはっきり青木遼を裏切ることになる。」
「ですから匿名で情報を流し、星野会長が殺される前にあなたが間に合うかどうかを天運に任せた。」


春日が言う。
「いつも無茶なことばかりいいやがるんだ、あんたは・・カシラ・・」
「もしかして親っさんはずっと俺を自分の息子だと・・」
「青木遼と話をつける。」


東京都知事室で青木遼が警視総監・堀ノ内十郎と話をしている。
「では星龍会の組長殺害にあなたの関与はないと?」
「仮にも世間で多少の疑いが出たとしたら?」
「あなたが関与している証拠は一切出ないし、警察で確保された沢城が星野殺しはあなたからの指示だったなどと漏らすこともないということですね?」


「ええ。そう取り乱さないで下さい。」
「警視総監ともあろう人が。」
「そちらにご迷惑はかけません。お約束しますよ。」


堀ノ内が言う。
「それは神経質にもなりますよ。」
「以前から聞いていた話と今ではだいぶ状況が変わってきてますからね。」
「先日、蒼天堀での近江連合解散はまさに想定外でした。」
「あの状況を見るにあなたはそもそもはじめから荒川真澄の手綱を握れていなかったということになる。」
「その荒川真澄の後釜に座るのが沢城丈と思っていました。」
「そこにも計算違いがあったのでは?」


「あなた方はこちらのことにあまり立ち入らない方がいい。」
「色々気になることもあるでしょうが。」
「でもご安心ください。」
「すべて私が見ていますから。」


堀ノ内が言う。
「大阪の近江連合本家が解散を謳った今、神室町にいる残りの近江は所詮烏合の衆でしょう。」
「荒川も沢城も消えた今、誰がそれをまとめるんです?」


「さあね、とにかく私にお任せ下さい。」
「今我々と警視庁とは適切な距離を保つべきです。」
「特に今はデリケートな時期です。」
「それくらいお分かりでしょう?」
「私の了解もなく突然押しかけてくるなんてことのないようにお願いしますよ、堀ノ内さん。」


堀ノ内が言う。
「そういうあなたこそ事前に何の相談もなく国の政治にまで手を広げた。」
「いきなり民自党の幹事長とはね。」
「助言くらいはできたはずです。」
「あまり身の丈に合わぬことは慎まれた方が懸命ですとね。」
堀ノ内は知事室を出ていった。


奥から石尾田が出てきた。
「あの野郎、都知事への敬意が足りてないんとちゃいますか?」
「面倒になる前にケジメとりましょか?」


「フ、勝手に消すなよ。」
「俺の楽しみを奪うな。」
「あいつはこれから先、ずっと俺に顎で使われて生きていくことになる。」
「それを見て味わうのが俺は楽しみで仕方ないんだ。」
「頼んだ仕事はどうなっている?」


石尾田が言う。
「異人町の方は手配済みですわ。」
「この先は知事といえども事が済むまでワシとはもう連絡がとれんようなります。」
「そこはご承知おきを。」


「石尾田、東京近江連合の会長にはお前が適任だと思っている。」
「他の幹部衆の前で俺にそう宣言させてくれ。」


春日たちは情報を仕入れるためにコミジュルのアジトに向かうと、そこに桐生一馬とソンヒがいた。
「青木遼がこれから何をする気かはっきり見せてやる。」


ソンヒが言う。
「その人に頼まれていたんだ。」
「異人町でいずれ起きるはずのことを事前に調べたいと。」
「そのために青木遼にまつわる連中を見つけてほしいとね。」
「必ず何か異変があるはずだと。」
「システムのフル稼働にはまだ程遠いが、探しものが限定されていれば網を張ることくらいはできるさ。」
「殺し屋だよ。異人町の外から入ってくる殺し屋の顔を探していた。」


桐生が言う。
「星龍会の会長を殺した犯人は沢城、そしてその命令は青木遼が下していた。」
「その沢城が警察に逮捕されたとあっちゃ、青木にとって生きているだけで目障りな存在だ。」
「いくら警察に黙秘を続けているとしてもな。」
「青木遼ならやりかねない。」
「俺の情報源になっている連中はそう言っていた。」
「さすが情報通のコミジュルだな。良く探してくれた。」


モニターに映像が映し出される。
「スナック街の裏手、ここからだと川向うだ。」
「5時間前の映像にいくつか見た顔が映っていた。」
「趙は知っているはずだ。」


趙が言う。
「ああ、知ってる顔だわ。」
「ミラーフェイスね。」
「有名な殺し屋。」
「こいつは殺しのあと、現場を事故や自殺に完璧に偽装するんだよ。」
「おおっぴらにしたくない殺しのときに呼ばれる男さ。」
「変装も得意でどんなとこにも目立たずにとけこめる。」
「まさにプロ中のプロだね。」


桐生が言う。
「沢城は今勾留所だ。」
「それを仕留めるには警官にでもなりすまして潜り込むしかない。」


春日が言う。
「若はまだ知らねえんだ。」
「沢城のカシラが自分の本当の父親だってことを。」
「教えねえと。」
「で、アンタ、もうちょい手伝ってくれんのか?」
「あんたがいりゃあメチャ心強いんだけど。」


桐生が言う。
「それはできねえ。」
「春日、俺に許されてんのはここまでだ。」
「これ以上俺が手を出すのは契約違反だと釘を刺されてる。」
「春日、人間ってのはみんな大事なもんを背負って生きてる。」
「俺はてめえの大事なもんと引き換えに無であることを受け入れた人間だ。」
「つまり俺は本来この世にいねえはずの人間なんだ。」
「だから俺が手出しをすることも、俺の素性を明かすこともやっちまったら無とは言えなくなる。」
「春日、今はまだだがお前はいずれ本物になれる男だ。」
「俺を信じろ。」
「そしてお前が信じた仲間をずっと信じて前に進め。」
「それがお前が本物になれるための道だ。」
桐生は去っていった。


モニターに映っていたビルに向かうと石尾田がいた。
「春日、このガキ・・なんでここがわかった?」


春日が言う。
「親っさんを殺したのはお前なのか?」


「いいや、ちゃうなあ。」
「荒川を殺したんは極道の掟いうもんや。」
「裏切り者がのうのうと生きていけるほどこの世界は甘ないんやで。」


春日たちは石尾田を叩きのめした。
「終わりだぜ、石尾田。」
「沢城のカシラはほっときゃずっと黙秘を続けてたはずだ。」
「でも若とお前が自分を殺そうとしたと知ったらどうなるだろうな?」
「サツに全部ぶちまけちまうかもな。」
「どのみちお前は若の命令をしくじった。」
「どんなケジメとらされるか見ものだよ。」


石尾田が言う。
「確かにわしは青木遼からの指令で荒川のタマ取りに向かった。」
「せやけどその直前に邪魔が入ったんや。」
「荒川を撃ったんは天童や。」


その時、足立が異変に気付いた。
「春日、ここはやべえ!」
「全員ここを出るんだ!」
春日たちがビルを出たと同時に、大爆発が起こった。


春日は選挙応援演説をしている青木遼に近づき、無理やり握手を交わした。
「あんたは沢城のカシラに親っさんを殺すように指示を出した。」
「おとぼけは無しですよ。」
「カシラ本人からそう聞いたんです。」
「で、実はその指示をしてる声を録音したデータがミレニアムタワーの荒川組事務所にあるとカシラから聞きました。」
「明日、俺らは投票が終わるまでにそいつをいただきに参上します。」
「そしてネットに流してサツにもマスコミにも渡す。」
「親っさんは最後まで若のことをずっと気にかけていました。」
「沢城のカシラも同じです。」
「でもそれが仇になり、お前は大きな思い違いをするようになった。」
「てめえだけは何をやっても許される存在だってな。」
「でもそりゃ大きな間違いだ。」
春日は去っていった。


足立の刑事友達がいるというニューセレナに皆で向かう。
「おう、まこっちゃん!ちょっと見ねえうちに老けたな!」


伊達真が言う。
「お互い様ですよ、足立さん。お久しぶりです。」
「お前が春日一番か。噂通りだな。」
「昔のあいつと同じような目をしてやがる。」
「俺の大切なダチのことさ。」
「んなことより、お前ら狙われてるんだろ?」
「ここなら安全だ。今日はもう遅いし休んでいけ。」
「他ならぬ足立先輩の頼みだ。」
「それに詳しくは知らねえが、明日は大事な戦いがあるんだろ?」
「遠慮なく使え。」
「頑張れよ、春日一番。」
伊達は帰っていった。


翌日、選挙が始まった。
開票が始まって早々に神奈川二区の久米颯太に当選確実がでる。
春日たちはミレニアムタワーに乗り込み荒川組事務所に向かうと、天童がいた。
「よお、探しものは見つかったかい?天童。」


「荒川真澄殺害を命じる青木遼の声。」
「そないなもんあったところで何の証拠にもならんで。」
「ハナからなかったんやな?そのデータは。」
「せやったらおどれらの狙いはこのワシっちゅうことかいの?」
「このワシをここへ引きずり出したかったちゅうわけや。」
「人を騙しとるモンは自分も騙されてるとは思わんもんや。」
「けど荒川真澄がまがいモンやったおかげでワシにももういっぺんテッペン獲るチャンスがまわってきたんや。」
「せやさかいあの日、胸に穴開けたあの人が息を引き止るまでワシはその目をじっと覗き込んで見届けてやったんや。」
「荒川がこの世の最後に見てたのはこのワシのとびっきりキュートな笑顔や。」
「そりゃワシからの感謝の気持ちのプレゼントやったんやで?」
「最後にテッペン獲るのはこのワシやで!」


春日たちは襲いかかってくる天童を倒した。
「まだ終わるんじゃねえぞ、天童。」
「最後にきっちり親っさんの分を受け取ってからくたばれや!」
春日は天童の顔に強烈な一撃を食らわせた。


その後、青木遼が偽名で本名が荒川真斗であること、元暴力団組長・荒川真澄の実の息子であるという情報がネットを駆け巡った。
さらにテレビの速報で青木遼に殺人容疑で逮捕状が出ているとのテロップが流れる。
青木は動揺し、急いでミレニアムタワーに向かった。
荒川組の事務所に入ると、春日たちが倒れていた。
それを見た青木が連れてきたヤクザたちに命令する。
「もうこんな肝を冷やすような思いはたくさんだ。」
「全員殺せ。」
「出た死体は埋めるなり溶かすなり始末しろ。」
「全員確実に殺すんだぞ。」
「またどん底から死に損なってくるなんてことがないようにな。」


突然、春日が起き上がった。
「どうだい?俺の演技力は。」
「今度オーディションにでも行こうかな。」
「どうでした?俺の芝居は。」


その様子をハン・ジュンギが撮影をしていた。
隠れていた紗栄子も姿を現す。
「いやあ、しかしこれってスクープだよね。」
「青木遼、春日一番とその仲間を殺害するようヤクザたちに命令。」
「大スクープだわ。」
「早速ネットに流出させてしまいましょうか。」


春日が言う。
「もうここまでですよ、潮時です。」
「若にブラフの音声データの存在を伝えたのは天童を呼び寄せるためでした。」
「でも若、あんたもきっとここへ来ると俺はそう信じてました。」
「あんたも俺を良く知ってるように、俺もあんたという人間を良く知ってますから。」
「若、あんたを止めるにはもうこうする他なかったんです。」
「あんたはもう、自分自身でも止まり方がわかんなくなっちまってんでしょ?」
「知事になって、昔自分を馬鹿にした連中を見返して権力者になった。」
「でもそれで何が手に入ったんです?」
「今のあんたには大事な人間もいねえ。」
「あんたのことを大事に思ってくれる人間もいねえ。」
「持て余した権力に目がくらんで、てめえが何を失くしたのかもわかってねえ。」
「手にした権力守るために邪魔なもんを全部消し続けるだけの人生だ。」
「そんなもん望むほどあんた馬鹿じゃなかったろ?」
春日は青木を殴り飛ばした。
「終わりです、若。」
「実際のあんたは好き放題やって他人に尻拭かせるしか能がねえ。」
「今のあんたはどんな人間であろうと、ちょっとでも邪魔になりゃすぐ使い捨てる。」
「この先もあんたの言う正義ってやつで親っさん殺したみてえに何人でも平気で殺すつもりだろ?」
「ほっときゃ沢城のカシラだって殺されてたはずだ。」
「ずっとあんたに尽くしてきたあの人まで。」
「てめえと俺は同じ日に生まれた光と影みてえなもんだ。」
「もちろんてめえが光だぜ?」
「昔っからてめえは俺にねえもん全部持ってた。」
「本当にはじめから全部持ってたのに。」
「なんであんた、そんな人間に!」
「あんたは一からやり直すべきだ。」
「いや、やり直さなきゃならねえ。」
「いったん全部捨ててどん底からやり直しましょうよ。」
「若ならどん底からまた這い上がれますって。」
「そのためなら俺も昔みてえにずっといつまでもそばにいます。」
「それが親っさんに、俺が組に入ってから親っさんにずっと頼まれてた仕事なんですから。」


青木が言う。
「親っさんに俺の面倒を頼まれたから一緒に一からやり直そうだと?」
「親父がどうの、盃がどうの、俺は昔っからヤクザのその家族ごっこが大嫌いだった。」
「義理だ、絆だと仲間意識を押し付けてくる。」
「うっとうしくて仕方ねえんだよ!」


春日が言う。
「俺はもう家族が死ぬのは見たくねえんです。」
「若が何と言おうと俺にとって若は家族なんです。」
「生まれて初めてできた友達なんです。」
「なのに俺はあんたが暴走するのを止められなかった。」
「そして親っさんはもう帰ってこれねえ人になっちまった。」
「でも若はまだ帰れるところがあります。」
「帰ってきてください、お願いですから!」


「そっくりだな。」
「つくづく何から何まであのクソ親父にそっくりなんだよ、お前は。」
「そういうところが昔から好きになれねえんだよ。」
「夢乃って女、覚えてるか?」
「俺とお前の人生が大きく動いた18年前のあの日、俺を捨てたあのホステスだ。」
「堀ノ内のカミさんになってたよ。」
「都知事になる前、ヤツの警視総監就任パーティーに呼ばれてな。」
「そこで知った。」
「当然俺は素性がバレないよう装ったがな。」
「そんな俺にあの女、何て言ったと思う?」
「あなたには持って生まれた知性と品性を感じます、だとさ。」
「笑えるだろ?」
「裏で俺のこと下品だの怖いだの見下してたアイツが、そんなこと言うなんてよ。」
「どうだ?傑作だろ?」
「所詮そんなもんだったんだ。」
「俺が名前を変え、身体を変え、人を殺してまで追いかけた権力ってのは。」
青木は持っていた銃を自分の頭にあてた。
「誰も本当の俺のことなんか見てくれちゃいなかった。」
「まあ俺自身弱くて醜い自分が嫌で必死にもがいた結果がそうなったんだろうけどな。」


春日が言う。
「そりゃ違いますよ、若。」
「荒川の親父と沢城のカシラだけは、ずっと本当のアンタのことだけ見てたんですよ。」
「俺もそうです。」
「ムショ出て最初に青木遼って人間を見た時、それが荒川真斗だってすぐ分かりました。」
「間違えるはずが無い。大事な人なんですから。」
「若がどんなに悪いことしても、なんで最後まで荒川の親っさんも沢城のカシラも俺も放っておけないのか。」
「それは理屈じゃねえ。」
「心の根っこの部分で繋がっちまってるからなんだ。」
「好きとか嫌いとかそんな割り切れた感情じゃねえ。」
「みんな放っておけねえんだ。」
「放っておいたことなんて一度もねえんだ。」
「アンタのことをよ!」
「親っさんや沢城のカシラの気持ち、いい加減分かれよ!この馬鹿野郎が!」
「アンタは嫌がるかもしれねえけどよ、やっぱり若と俺は兄弟なんすよ。」
「だから若には死なないでほしいんですよ、俺・・」
涙を流す春日。
「お願いです・・お願いですから・・分かってください・・お願いです・・」


青木は銃をおろした。
「私は・・今から自首する。」


そこにブリーチジャパン横浜支部長・久米颯太が突然現れ、持っていたナイフで青木の左脇腹を刺した。
「ひどいじゃないですか、青木さん。」
「私は信じてたのに。」
「青木さんの正義は漂白された真っ白なものだと信じてたのに。」
「でもまだ間に合う。」
「本当の正義は、勝つんです。」


倒れ込む青木を春日が抱きかかえる。
「若!」
青木は春日の耳元で囁いた。
「お前は生きろよ、イチ・・」
「どん底からやり直すか・・」
「いいもんだよな・・」


数日後、足立は警視庁の屋上に堀ノ内を呼び出した。
「よく来てくれましたね、堀ノ内さん。」


「なるほど、君だったか。匿名の呼び出し人は。」
「たしか神奈川県警の・・」


「足立ですよ。」
「免許センターにいましたが、定年間際に懲戒免職を食らいましてね。」
「あれ?ついこの間の話ですよ?」
「俺のことは覚えてるでしょう?」


堀ノ内が言う。
「立場上、自由な時間が短いんでね。」
「本題に入ってもらえないかな?」
「で、東京の近江連合にはまだ逃れている罪があると、そういうことだったか?」


「ええ。俺はその証拠をミレニアムタワーにある荒川組の事務所で見つけました。」
「あなたがご存知かどうか、もともとそこには青木知事が荒川真澄殺害を示唆する音声データがあるとされていたんです。」
「だがそれは春日一番とその一味のブラフだった。」


堀ノ内が言う。
「近江連合の天童や知事をおびき出し、自白する動画を撮影するためのな。」


「さすがよく把握されてますね。」
足立はUSBメモリーを取り出した。
「音声データはブラフでしたが、荒川組を家探ししていた天童たちは別の面白いものを見つけてしまったんですよ。」
「平たく言えば荒川組に買収された者たちのリストです。」
「先日横浜で殺された荒川真澄は2年前の3K作戦から間もなく、3億円という大金を方々へ送金していたようです。」
「表には出せない賄賂ですよ。」
「その金の流れを逐一記録していたリストが、組の若頭である沢城のパソコンにデータとして残っていた。」
「それがこの中に入っています。」
「まあこんなもんが急に出てくるとは、瓢箪から駒というんですかな。」
「おや?少し顔色が悪くなってきましたか。警視総監。」
「荒川真澄の3億は海外の口座などへ複雑怪奇に散らばったあと、あんたや他の警視庁幹部たちの口座に収まっていた。」
「近江連合が神室町で活動するのを目こぼしする見返りとしてね。」
「だが巧妙に隠されたその金の流れもこのリストを読みながらであればハッキリ追うことができる。」
「で、その裏取りさえできたら現役の警視総監はじめ幹部たちが収賄で逮捕って流れになる寸法です。」
「今更ジタバタしても遅えって。」
「馬鹿だね。もうとっくにこのリストは警視庁の監察に送っといたよ。」
「その腰が重くならねえようにマスコミ各社にも同じものをチョチョイのチョイとね。」
「残念ながらこれはハッタリなんかじゃねえよ。」
「勝利宣言だ。」
「あんたたちが荒川から金を受け取ったのは全部が全部、私利私欲のためじゃない。」
「急に東城会が消えちまった神室町の治安を守る必要にも迫られてたはずだ。」
「荒川が近江を引き入れるのを黙認せざるを得ない状況もあったんだろう。」
「そういう意味では立場的な大義名分もあったんかもな。」
「でも総監、その大義名分ついでにあんた自身も自由に使える金を手に入れてたんだろ?」
「数百万?数千円?いや、もっとか?」
「ま、データを細かく見りゃ分かる。」
「賄賂を配って治安悪化の責任からも逃れつつ、そこから抜いて小遣いまで手に入れる。」
「やっぱり出世する人は違うね。」
「結局自分の保身のためだったんじゃねえか。」
「昔から変わらねえなあ、堀ノ内。」
「俺はな、ずっとあんたのその顔が見たかったんだ。」
「総監、最後に一つ聞いていいですか?」
「18年前の大晦日の晩、無礼なヤクザが神室町のクラブで絡んできたのを覚えていますか?」


「何の話だ!」
堀ノ内は裏に控えていた警察官に取り押さえられ、警務部監察官のもとに連行された。


荒川真澄と青木遼の合同葬儀を終えた春日は、遺骨を浜子の小料理屋2階に持ち帰り手を合わせる。
ずっとそばで付き添っていたナンバが言う。
「一番、沢城丈の刑期が決まったな。」
「終身刑だって。」


「ああ、今親っさんたちにもその報告をしてたとこだ。」


ナンバが言う。
「荒川真斗は結局、親父が沢城と知らねえまま逝っちまったな。」
「荒川真澄も真斗が息子だと思ったままか。」
「一番、お前DNA鑑定を受けてみたらどうだ?」
「荒川との親子関係、きっちりDNAで鑑定してもらえよ。」
「十中八九間違いねえんだろ?」
「尊敬する親っさんこそ俺の唯一の父親、そう言えるのは嬉しいだろうし安心できるだろ?」


「やだね。俺の親父は二人いるんだ。」
「桃源郷の店長・春日二郎と荒川真澄。」
「血の繋がりがどうのと確かめたとこで、その二人が親だってことは何も変わりゃしねえ。」
「変わりたくもねえ。」


ナンバが笑う。
「そっか。お前らしいな。」


紗栄子がやってきた。
「あ、いたいた。」
「ちょっと、何やってんの二人とも。」
「もう始まるよ、荒川父子のお別れ会。」


お別れ会の会場には堂島大吾が来ていた。
「久しぶりだな、春日。」
「蒼天堀で警備会社を立ち上げることになってな。」
渡瀬勝も来ている。
「極道やったモンが急に組織を解散させられて行き場をなくしとるんや。」
「それを見越して下準備だけは整えとった。」


大吾が言う。
「本来なら荒川さんも手伝ってくれるつもりでいた。」


冴島大河、真島吾朗も来ている。
「そしたらお前もどないや、春日。」
真島が話を続ける。
「お前の親父さんのやり遺した仕事や。」
「大阪に来てそいつを手伝ったらええ。」


春日が言う。
「嶋野の狂犬ってのは思ったよりずいぶんまっとうなこと言うんすねえ。」


真島が言う。
「今日だけはな。」
「その反動で明日から100倍暴れたるわ。」


春日が大吾に言う。
「せっかくのお誘いですが、俺の居場所はこの異人町です。」
「神室町じゃ鳴かず飛ばずだった自分はこの街でかけがえのない仲間を持つことができました。」
「けど俺はまだその恩をひとつも返せちゃいません。」
「行き場のねえ人間に何かしらの受け皿が必要なのは異人町も蒼天堀と一緒です。」
「だから、親っさんのやり残した仕事はここでもやれるって俺は思ってます。」


お別れ会を終えた春日は会場を出て空を見上げる。
「どん底まで行きゃ、あとは上しか行く道がねえ。」
「どん底から見える景色ってのは真っ暗じゃねえ。」
「地に足付けて上を見上げりゃ希望で輝いてんだ。」
「あんたの言う通りですよ、若。」