龍が如く6 命の詩。

遙は日本ドームコンサートを終えた後、入院している桐生のもとに駆けつけた。
ベッドの横で心配そうにしている遥のもとに秋山がやって来た。
「先生に話聞いてきた。」 
「桐生さんは大丈夫だ。」
「2週間もすれば退院できるってさ。」
「それにしてもさっきのステージじゃ思い切ったね。」
「ニュースで何回も流れている。」
「ただあそこで君が言ったようにはいかないかもしれない。」
「元ヤクザに育てられたアイドルのステージでの引退宣言。」
「その周辺で起きていた東城会や近江連合の抗争。」
「テレビの騒ぎでわかってるだろうけど、君と桐生さんが一緒に暮らすには覚悟がいるよ。」
「周りが静かになるまで少し時間がかかる。」
「まあ俺なんかが外野から口出す話じゃないか。」
「君ならきっと大丈夫。」
「乗り越えられるさ。」
「桐生さんがよくなったら沖縄のあの養護施設に戻るの?」


遙が言う。
「多分そうなると思います。」
「私やおじさんにはあのアサガオが家であそこに住んでいる子供たちが家族ですから。」


病室前で待機している真島と冴島のところに警察がやってきた。
「酌量の余地はあるが、冴島大河、大人しくしろよ。」
冴島に手錠がかけられた。


冴島が真島に言う。
「あとのことは頼んだで、兄弟。」
「お前らが東城会でごたごたの後始末しとる間、俺はムショで楽させてもらう。」


「それから、桐生一馬の病室はそこだな。」
刑事が桐生の病室に入る。
「警視庁の者です。どうかそのままで。」
「桐生一馬を神室町での暴行障害並びに器物破損の容疑で逮捕します。」


ニューセレナに伊達、秋山、遥が集まった。
「今回の桐生の逮捕、ありゃ警視庁のメンツを立てるためのパフォーマンスだ。」
「世間から見りゃ近江も東城会もヤクザにかわりねえ。」
「東城会関係者からも逮捕して両成敗にしねえと世間を納得させられねえんだと。」
「まあ警視庁もちゃんと仕事してるってアピールだ。」


秋山が言う。
「たしかに桐生さんは東城会の元四代目です。」
「けど今回の抗争収めるのに一番身体張ったのもあの人だ。」
「なんとかならないんですか、伊達さん。」
「桐生さんの担当刑事でしょ?」
「そもそも桐生さんだけ逮捕されるってのもどうなんです?」
「現役バリバリの東城会幹部はお咎めなしって聞いてますけど。」


「警視庁のポーズのために幹部連中捕まえたら、今度は東城会の下の連中がおさまらねえだろ。」
「せっかく終わったヤクザの抗争に警視庁が火いつけなおしたってことになりゃ上の首がいくつあっても足りねえ。」


秋山が言う。
「だからって引退してた桐生さんを東城会の代表として逮捕するんですか?」


「東城会の四代目ってだけじゃねえ。」
「桐生一馬ってのは堂島の龍で通った伝説の極道だ。」
「いくら足洗おうがカタギから見りゃ充分裏社会側の人間なんだよ。」


遙が聞く。
「あの、おじさんはまた刑務所に入ることになるんですか?」


「まっとうな弁護士がつきゃあムショには入らずに済むはずなんだが。」
「桐生の出方次第だ。」
「俺も桐生とは付き合いが長いんでな。」
「今頃あいつが何考えてるか、なんとなく想像できちまうんだ。」


翌朝、桐生が病室で目を覚ますと大吾が車椅子に乗った大吾がいた。
「お目覚めですか、四代目。」


桐生が言う。
「お互いみっともねえナリだな、六代目。」


「いくらか桐生さんの方がマシですかね。」
「桐生さんのことで妙な噂を聞いたんですが。」
「噂ってのはほかでもありません。」
「桐生さんがムショに入るって話です。」
「弁護士立てていくらでも避けようがあるのになんでそうしないんですか?」


桐生が答える。
「家族のところに戻るためだ。」
「俺がこのまま沖縄に戻ったとして、アサガオの子供たちや遥と静かに暮らせるとは思えねえ。」
「どう言い繕ったところで俺は元極道で遥はその関係者だ。」
「世間の目をひいちまった以上、マスコミに追われるのは目に見えている。」
「俺や遥にその覚悟があるとしても、アサガオの子供たちは巻き込めねえ。」
「俺がまっとうにあいつらのもとに戻るためにはケジメが必要なんだ。」
「俺や遥に世間が注目しているからこそ、今回はいいタイミングなんだ。」
「次ムショを出たら今度こそ俺も日の当たる場所を歩ける気がする。」
「ドームのステージで遥は堂々と俺のことを家族と呼んでくれた。」
「なら俺もそう呼ばれて恥ずかしくないようにしておきてえ。」


―半年後―
刑務所に服役している桐生のもとに遥が面会に訪れた。
「遥、よくきてくれたな。変わりはないか?」


「そんなにすぐは何も変わらないよ。」
「アサガオも相変わらずみんな元気にしてる。」
「本当はみんなもおじさんに会いたがってるんだけど、沖縄からだとさすがにお金かかるから。」
「沖縄の人達はみんなよくしてくれてる。」
「だから何も心配しないで。」
「ためにマスコミの人もくるけど大丈夫。」


桐生が言う。
「すまないな、遥。」
「仮釈が出ればあと3年くらいで出られると思う。」
「俺は、こんな俺のことを家族と呼んでくれたお前に恥ずかしくない人間になりたいんだ。」
「こっから先の3年はそのための時間だ。」


遥が言う。
「芸能界に入っておじさんのことを家族と呼べないのが辛かった。」
「芸能界に入ったことを後悔してるんじゃないの。」
「その逆。」
「おじさんを家族って呼べなかったあの時間があったから私はあのステージで初めておじさんのことを家族なんだって心から思えた。」
「それまではおじさんと一緒にいることがずっと当たり前だったから。」
「深く考えたことなかった。」
「だから今、おじさんと一緒に暮らせなくても頑張っていける。」
「おじさんと私がどんなに離れていても家族だって心に刻むことができたから。」
「今日はそれを言いに来たんだ。」
「また一緒に暮らし始めたらもう恥ずかしくてこんな風に言えないもん。」


遥は嘘をついていた。
マスコミの記事やネットの誹謗中傷に耐えられなくなった遥は思い悩み、アサガオを出ていってしまった。


―3年後、2016年12月 沖縄―
桐生は無事仮釈放になり、アサガオに戻ってきた。
アサガオで暮らす子供の一人、綾子が桐生に事情を説明する。
「遥お姉ちゃんがアサガオを出ていったのは3年前。」
「最初は電話くれてたけど、1年くらい前からは全然来なくなった。」
「お姉ちゃんから連絡がなくなっておかしいとは思ってたんだけど、おじさんのそばにいるって言ってたから安心してたんだ。」
「連絡はいつも遥お姉ちゃんから公衆電話でかかってくるだけだったし、携帯はアサガオ出た後すぐ解約したって言ってた。」
「もしかしたら本当におじさんと一緒に戻ってくるかもって思ってたんだけど。」
「お姉ちゃんは私達の重荷になりたくなかったんだよ。」
「お姉ちゃんは自分のせいでアサガオのみんなが変な目で見られるのに耐えられなかったんだと思う。」


桐生が言う。
「全部俺のせいだ。」
「だから俺が必ず遥を捜し出してこの家に連れて帰る。」
「今度はそう長くは待たせねえ。」
「俺も必ずここに帰ってくる。」



桐生は秋山に相談するため携帯に電話するがつながらないので、神室町に向かった。
スカイファイナンスに向かう途中で偶然伊達に会った。
「やっぱり桐生か。」
「いや、なんだよお前。いつムショから出てきた?」
「お前が出所する日は何度も問い合わせてたんだがな。」
「誰からも連絡が来やしねえ。」
「まあでもよかったぜ。」
「偶然でもこうやって会えたんだ。」
「ん?少し老けたか?」
「長かったな、桐生。」
「よく頑張ったよ、お前は。」
「しかしムショ出た足で沖縄に行くかと思ってたんだが?」


「沖縄にはもう行ってきたんだ。」
「伊達さんは相変わらず忙しそうだな。」


伊達が言う。
「殺しがあったんだ。」
「東城会のヤクザが中国人に刺されて死んだ。」
「神室町じゃ今、中国マフィアと東城会とでドンパチの真っ最中でな。」
「お前がムショに行ってからいろいろあった。」
「去年神室町で大火事があってな。」
「その火事が東城会の神室町支配が崩れたきっかけでな。」
「焼けたのは亜細亜街の一帯だが、その焼け跡に大陸から祭汪会っていう中国マフィアが入り込んだ。」
「で、そいつらと東城会の抗争が始まってカタギにまで犠牲者が出るようになった。」
「それで警視庁は躍起になってな。」
「東城会上層部に抗争の責任を押し付けるようにして真島と堂島大吾を逮捕した。」
「半年かもう少し前だ。」
「今東城会を動かしているのは本家の相談役だった菅井って幹部だ。」
「二代目時代からの古参みたいだが。」
「いや、お前はもう東城会に関わる立場じゃなかったな。」
「そのために3年以上もムショに入ってたんだ。」
「俺も余計なこと言ったよ。」
「遥はどうしてる?」
「ていうかお前、なんで神室町にいるんだ?」


「秋山のこと捜しに来たんだ。」
「もっというと秋山に遥の居場所を聞きてえと思ってる。」
「遥は沖縄から姿を消したんだ。」
「もうずいぶん前からな。」
「俺も沖縄で知ったばかりだ。」
「それで秋山なら遥のこと何か知ってるかと思ったんだが、携帯がつながらねえ。」


伊達が言う。
「実は秋山のことは俺も気になってた。」
「あいつな、金貸しの会社閉めたぞ。」
「しばらく休業してる。」
「多分まだ神室町にいるとは思うんだが。」
「聞いた話じゃどうも中国マフィアに狙われたらしい。」
「すまんがそろそろ行かねえと。」
「あとでまた連絡する。詳しい話はそこでしよう。」
「一応いっとくが、亜細亜街に近づく時は気をつけろよ。」
「例の中国マフィアが幅きかしてる。」
「なるべくなら行かずにすませた方がいい。」


伊達と別れた桐生はスカイファイナンスが入っていたビルに向かった。
しかし空きテナントと書かれている。
どうやら店も全て引き払ったようだ。
街で情報を集め、児童公園近くでホームレスになっていた秋山を捜しだした。
「あれ?え?桐生さん?」
「なんでか中国マフィアに目をつけられちゃいましてね。」
「スカイファイナンスはとりあえず休業中です。」
「このままずっと引き下がってるつもりはないんですけど。」
「街がこんな状態なんで秘書の子も一旦里に返しました。」
「商売上がったりなところにあの子まで危険にさらすわけにはいかないもんで。」
「桐生さんもようやく出所されたんですね。」
「しかしなんでまた神室町に?」


「お前に会いに来たんだ。」
「お前なら遥が今どこにいるか知ってるんじゃないかと思ってな。」


秋山が言う。
「遥ちゃんが?」
「え?アサガオに戻ってるんじゃないんですか?」


「そうか。お前にも遥の行先はわからねえか。」
「もう少し神室町で遥を知ってる人間がいないか聞きまわってみる。」


そこに中国マフィアがやって来た。
秋山が桐生に説明する。
「一番後ろのやつはエドって呼ばれてます。」
「祭汪会のメンバーで俺を捜してます。」
「文句言うわけじゃないんですけど、桐生さん、尾けられましたね?」
桐生は目をそらした。


エドが言う。
「今日神室町に面白い男が現れたと聞いてたが、そいつを追ってきたら秋山サンまで釣れたヨ。」
「前からおしゃれだったが、もう私のような凡人には理解できない着こなしネ。」
「秋山サンのお連れの方、なるほどザコじゃ相手にならないわけダ。」
「お前、桐生一馬ダネ?」
「東城会元四代目、二つ名は堂島の龍、日本人ヤクザの英雄ダ。」
「我々のリストにも名前が載ってイル。」
「哀れだが極道は死に場所を選べないものダ。」
「2人ともドブに沈むがイイ!」


桐生と秋山は襲いかかってくるエド達を倒した。


「今日のところは挨拶だけにしてオク。」
「だが2人とも必ずまた会うゾ。」
エドは逃げていった。


その時、桐生の携帯に伊達から着信が入った。
「桐生、今どこだ?」
「今すぐ東都病院に来られるか?」
「悪い知らせだ。」
「俺もまだ詳しく聞いたわけじゃないんだが、遥が神室町で事故に遭った。」
「生きるか死ぬかの怪我だ。」
「とにかく話は病院で。いいな?」


桐生と秋山は東都病院に向かった。
伊達の隣に本庄という刑事がいた。
「こいつは警察の後輩で本庄だ。」
「俺に遥の事故を知らせてくれたのがこいつでな。」


「本庄だ。」
「あんたのことは伊達さんからよく聞いている。」
「澤村遥はICUにいる。」
「とても会える状態じゃない。」
「腰と肩を骨折して出血もあるが、一番深刻なのは頭だ。」
「強く打って意識がない。重体だ。」
「轢き逃げされたようだ。」
「無茶な運転してたチンピラが偶然居合わせた澤村遥を轢いて今もそのまま逃げている。」


伊達が言う。
「けどこの話にはまだ続きがある。」
「来てくれ。お前に見せたいものがある。」


伊達は桐生を小児病棟に連れてきた。
「あれだ。」
「事故に遭ったとき、車が突っ込んでくるのを見た遥が自分のことはおかまいなしに体を張って守ったものがある。」
小児用ベッドに元気な1歳くらいの男の子が座っていた。
「名前はハルトだ。」
男の子の服に「さわむら はると」と書かれたワッペンが刺繍されている。
「つまりこの子は遥の子だ。」
「自分の身体を張って守ったんだ。」
「それは自分の子だからこそ。」
「父親はわからん。」
「そういうものがわかる持ち物は何もなかったんだ。」
「彼女が持っていた携帯は壊れてて、今、中のデータが取り出せないか調べている。」
「それに遥がいつから神室町に来てたのかもわかってない。」
「そのあたりは全部遥の意識が戻らねえと。」
「回復の見込みは、今はなんとも言えない。」
「医者ができるかぎり手を尽くしている。」
「今はただ祈って待つしかねえ。」


本庄が言う。
「事故現場は千両通りのあたりだ。」
「澤村遥は赤ん坊を抱えてこの歩道を歩いていた。」
「車は地下駐車場から車止めのバーを突き破って暴走したらしい。」
「車に乗っていたのは男が一人。」
「20代くらいの若いチンピラ風で親子を轢いたあとそのまま逃げた。」
「東城会と中国マフィアが抗争の真っ最中なんでな。」
「その関連で無茶な運転したって見方がまずひとつある。」
「今の神室町には中国マフィアの他にも組織が方々から入り込んできている。」
「まず3ヶ月前、ある一人の中国人が殺された。」
「中国マフィア、祭汪会のメンバーだ。」
「そいつは祭汪会の幹部だが総帥の一人息子でもあった。」
「ようするに組織の後継者だ。」
「名前はジミー・ロウ。」
「その殺しをきっかけに抗争は激化。」
「東城会の六代目が逮捕されて一旦収まっていた火種が一気に燃え上がった。」
「まだ犯人はわかっていないが、少なくとも祭汪会は東城会がやったと思っている。」
「中国マフィアどもが街中に散って、東城会のヤクザから関係者まで片っ端から襲う機会を狙っているんだ。」
「東城会も中国人と見りゃカタギだろうが街から追い出しにかかってる。無茶苦茶だ。」
「そして今はその混乱につけこんで他にも有象無象の組織が神室町に入り込んでんだ。」
「つまり抗争で動いているチンピラは東城会、祭汪会以外にも大勢いる。」
「澤村遥を轢いたチンピラがどこの組織の人間だとしてもおかしくないってことだ。」
「これはついでだがな、あとから神室町に入り込んできた組織の中にはあんたのなじみもいる。」
「韓国マフィア、ジングォン派だ。」
「ジングォン派は神室町に2度進出して東城会に叩き潰されている。」
「1度目は30年以上前。そして2度目は10年前。」
「そのときはあんたも東城会とジングォン派をつぶすのにひと役買ったはずだな。」
「やつらは恨みを忘れない。」
「東城会への恨みも、あんたへの恨みもな。」


桐生は本庄と一緒に事故現場に向かった。
「そこを見てみろ。」
「路面にブレーキ痕が残っている。」
「澤村遥を轢いた後運転手は車を止めてはみたが、すぐにまた車を急発進させた。」
「てめえで轢いちまった親子の無事を確かめようともしなかった。」
「もし万が一の話、澤村遥があんたの関係者ってことで狙われたとしたら運転手は彼女の生死を見届ける必要があるんじゃねえか?」
「だが今回の場合、犯人はその段取りを踏んでいない。」
「だから俺が思うに、彼女はあんたが極道だった過去に巻き込まれたとかそういうんじゃない。」
「あくまでも偶発的な事故。」
「彼女はただ運が悪かったんだ。」
「今も警察は全力を挙げて車の足取りを追っている。」
「まだ逃げ切られたとは考えていない。」
「ところで気づいているか?」
「さっきからお前のことを見ている男がいるぞ。」
帽子をかぶった男が車の陰から桐生をスマホで撮影している。
「気がついたのはさっきだが、やつのスマホのカメラは間違いなくお前を意識している。」


桐生は帽子の男を追いかけ、問い詰めた。
「誰だお前は。」
「なんであの場所で俺を見張ってた?」


「見張ってたわけじゃありません。護衛をしてたんです。」
「東城会直系の染谷一家のモンです。」
「ご無礼をお許しください、四代目。」
「親父からの命令だったんです。」
「四代目を陰からお守りするようにって。」
「自分にはよくわかりませんが、親父が言ってたんです。」
「あの場所にいればきっと四代目が現れると。」
「四代目が大事になさってる御嬢さんが事故に遭われたんですよね?」
「親父からはそう聞いています。」
「親父は今東城会本部にいます。」
「菅井会長代行と会うと言ってましたから。」


東城会本部に向かうと東城会直系染谷一家総長・染谷巧がやって来た。
「お初にお目にかかります、四代目。」
「どうも、染谷一家総長の染谷です。」
「このたびはムショでのお勤め、ご苦労様でした。」
「うちの子分が四代目に誤解を受けるような真似を。」
「どうかご容赦ください。」
「菅井さんもぜひご挨拶したいとお待ちしています。」
「どうぞ、奥へ。」


本部の中に入ると東城会本家相談役直系菅井組組長・菅井克己がいた。
「お久しぶりで、四代目。」
「俺の顔、覚えてます?」
「やっぱり覚えてませんか。」
「ま、俺は六代目体制になっても名ばかりの相談役でした。」
「もうお聞きでしょうが六代目がサツにパクられてからこの老いぼれが引っ張り出されましてね。」
「せっかく若返った東城会もまた古い世代に逆戻りです。」
「四代目から見るにさぞかし頼りないでしょうが。」


桐生が言う。
「事故現場に俺が来ることを見越して監視していた男がいた。」
「そいつは染谷一家の人間だと言ってたが、監視を指図したのはあんたか?菅井。」


染谷が言う。
「監視じゃなくて護衛ですよ。」
「四代目が神室町にいらしてると報告があってからずっとお探ししてたんです。」
「それが御嬢さんの事故をきっかけにようやく四代目のご無事を確認できたという次第でしてね。」


菅井が言う。
「染谷の言うとおりです。」
「俺も差し出がましいとは思ったんですけど、今は中国人とドンパチの真っ最中でして。」
「四代目はカタギになったとはいえ、中国人はそういう事情もおかまいなしにマトにかけるかもしれません。」


「余計なお世話だ。」
「俺に護衛は必要ない。」


染谷が言う。
「だから言ったじゃないですか、菅井さん。」
「四代目に護衛なんか必要ないってね。」
「だいたい狙われる理由がないんですよ。」
「もう堂島の龍なんて看板、とっくにカビ生えてんですから。」
「さっきから俺らに監視されてるって言いましたけど、それも自意識過剰なんじゃないですかね?」
「今やってるドンパチは俺らの世代の抗争ですよ。」
「とっくに引退された人間の出る幕じゃありません。」
「最近まではいかに金を稼げるかがヤクザの力だった。」
「六代目体制の東城会幹部はみんなインテリでしたよ。」
「でも今は違う。」
「でかい抗争のおかげで東城会のヤクザの価値は喧嘩の強さになった。」
「敵の首取った数がヤクザの格に直結する。」
「要するに力ずくで出世できるヤクザにとっちゃ至極まっとうな時代が来たってことです。」
「いい時代になったでしょ、四代目。」
「あんたもそうやってのし上がった極道の代表格ですもんね。」
「これまで雲の上の人だった菅井さんも今じゃ俺ら若いモンの力を頼りにしてくれてます。」


桐生が言う。
「今の俺にはヤクザの価値なんざどうでもいい。」
「ただ最後にひとつだけ聞く。」
「お前らが遥の事故に関わっていることは何もねえんだな?」
「もし万が一、東城会がなにかの理由で俺の身内に手え出したんだとしたら、そのときは容赦しねえ。」


染谷が言う。
「堂島の龍を敵に回したりはしませんよ。」
「俺らには今、ほかの遊び相手が山ほどいるんですから。」


桐生が病院に戻ると秋山が待っていた。
「秋山、ん?なんだ、ずいぶんさっぱりしたな。」
秋山は着替えをして身なりを整えたようだ。
「いや、まあ。汚いカッコじゃ病院に入れてもらえなかったもんで。」
「伊達さんから大筋は聞きました。」
「遥ちゃんはまだICUです。」
「それより桐生さん、遥ちゃんの子供のことでちょっと。」
「区の児童相談所ってのが来てます。」
「桐生さんに一言あいさつしたいって。」


児童福祉司の野尻がやってきた。
「澤村遥さんの関係者の方ですね?」
「児童福祉司の野尻といいます。」
「こちらの病院から子供を引き取るようにと連絡を受けまして。」
「澤村さんにご親族はいないということですので、お子さんはこちらでお預かりします。」
「今回のようなケースでは通常の手続きですので。」
「それじゃ、ごめんください。」


桐生が言う。
「遥の子供を児童養護施設に送るってことか?」


野尻が答える。
「ええ。まだ1歳くらいなので正確にはおそらく乳児院ですが。」
「少なくとも澤村さんが回復されない限りは施設へ送られます。」


「待ってくれ。俺は澤村遥の親代わりで桐生ってもんだ。」
「だから赤ん坊の面倒は俺が見る。」
「あんたらには手間はとらせねえ。」


野尻が言う。
「桐生さん、親代わりとおっしゃいますが親族ではないんですよね?」
「でしたら桐生さんのような自称関係者にお子さんを引き取ることはできません。」
「だってほら、例えばもしあなたが赤ん坊の臓器を売るような輩だったらどうなります?」
「もしそういう人たちに赤ん坊預けちゃったら、児童相談所の責任が問われちゃう。」
「いまどきは実の親が子供を虐待死させたってウチのせいだって言われちゃうんです。」
「まあそういうことなんで、あなたにお子さんを預けたら私の責任問題になっちゃうんですよ。」
「どうかご理解ください。」


「おい、野尻さんだったな?」
「児童相談所ってのはあんたみてえな奴ばっかりなのか?」
「そんなわけねえよな?」
「あんたの言葉は子供のことより、てめえの立場だけが心配だっていうふうに聞こえてしょうがねえ。」
「俺も遥も施設で育った人間だ。」
「親と呼べる大人のいない子供の苦しみはそれを味わった人間にしかわからねえだろう。」
「だから俺はまだろくに口もきけねえような赤ん坊を施設にやりたくねえ。」
「遥も目を覚ませば同じことをいうはずだ。」


野尻が言う。
「ふん、なんと言われても仕方がないんですよ。」
「それにもともとこの件はあなたの了解を取る必要もない案件だ。」
「今回は警察が不用意にあなたを呼んだせいでこんな面倒になってるだけでしてね。」
「失礼、あとは病院の担当者と話しますから。」


桐生は止める秋山を振り切って小児病棟に行き、ハルトを病院から連れ出した。
ハルトを連れてニューセレナに行くと、伊達がやってきた。
「児童相談所の野尻だったか?」
「いろいろうるさかったが話をつけといたよ。」
「赤ん坊になにかあっても俺が全て責任を取るっつってな。」
「そしたらあいつ、こう言ってたぜ。」
「なら私は何も知らない。今回の件は何も聞かされてないし、病院にもいかなかったで通させてもらうってな。」
「てめえの責任にさえならなきゃ子供のことはどうでもいいらしい。」
「まああいつは最悪の特殊ケースだ。」
「本人もいやいや人手不足の児童相談所に回されたらしい。」
「何度も上に異動願いを出してるってよ。」
「さっさと受理された方が子供たちのためだ。」
「児童相談所で働くまっとうな人たちの名誉のためにもな。」
「少し言いづらいんだが、やっぱり言わなきゃならねえよな。」
「遥のことだ。」
「実はさっき手術が終わってな、幸い一命はとりとめたんだが。」
「意識が戻らないんだ。」
「この先いつになったら目を覚ますか、医者にもはっきりしねえ。」
「事故で壊れてた携帯から1枚の写真が復元できた。」
「その画像データからGPSの位置情報が取れた。」
「この写真の撮影場所はな、広島だ。」
「広島の尾道仁涯町の付近だ。」
「沖縄を出た後広島に行き、そのあとどういうわけかまた神室町に戻ってきて赤ん坊と2人して事故にあった。」
「遥が広島にいたのがどのくらいの時期だったのかはわからん。」
「もし遥の父親が広島にいたとしたら、いままで遥になにがあったのか、なんで今日神室町にいたのか、きっとその答えを持ってるはずだ。」


桐生が言う。
「そいつから聞きたいことは山ほどある。」
「だがその前に俺は遥の親代わりだ。」
「大事な娘に赤ん坊産ませて挨拶にもこねえその若造に説教のひとつも垂れてやらなきゃ気が済まねえ。」
「明日広島に行く。ハルトも一緒だ。」


「俺はあんまり賛成できねえけどな。」
「広島には陽銘連合会がある。」
「陽銘連合会っていや、近江連合、東城会に次ぐ誰もが認める日本裏社会ナンバー3の組織だ。」
「他の組織と手を結ぶことなく常に独立独歩。それでいて好戦的というわけでもない。」
「一見すると穏健派に見える組織だが、敵が自分のシマに足を踏み入れようなら手段を顧みず敵を駆逐する。」
「あの近江連合でさえもただの一度たりとも戦争して勝った試しがない。」
「陽銘連合会は天下を競望せず。」
「あの名将・毛利元就と同じやり方で会長の来栖猛は広島という地を守り続けた。」
「戦後に名を馳せた博徒であり、生ける伝説とまで言われる男だ。」
「陽銘連合会は外部組織と交流が全く無いため極端に情報が少ない。」
「警察でも昭和50年以降、来栖猛の行動を何一つ確認できていないんだ。」
「生きてるとすりゃ100歳に近いはず。」
「そんなジジイがどうやって広島のイケイケをまとめ上げているのか。」
「組対四課の噂じゃ、来栖猛という人間は既に存在せず若頭の小清水というのが実質的なトップとして組織を動かしているという話なんだがな。」
「お前が足を踏み入れりゃ、場合によっちゃ東城会と陽銘連合会との一大戦争の引き金を引く事にもなりかねない。」


桐生が言う。
「今の俺はカタギなんだ。」
「どう動いたところで何もおきやしねえよ。」
「伊達さん、俺が東京を離れている間、遥のこと頼むぞ。」


―広島県、尾道仁涯町―
翌日、桐生はハルトを連れて尾道仁涯町にやって来た。
近くにあったスナックに立ち寄ると、陽銘連合会直系舛添組系広瀬一家若頭・南雲剛が飲んでいた。
「気に食わんのう。」
「ヤクザに話しかけられても顔色ひとつ変えん。」
「そないな男がガキを連れてワシのキヨちゃんをたぶらかしにきよった。」


桐生が言う。
「酔ってカタギに喧嘩売るのか?」
「大したヤクザだ。」
「表でろ。あんたがいちゃ美人のママと話せやしない。」
「少しの間、ハルトを頼む。」


桐生は表に出て南雲を叩きのめした。
「ワシは広瀬一家のカシラじゃ!」
「今度会ったらタダじゃすまんど!」
南雲は去っていった。


桐生は店に戻り、ママに遥の写真を見せた。
「この人がハルト君のお母さん?」
「桐生さんはその人を捜しにこの街へ?」


桐生が言う。
「いや、居場所はわかってるんだ。」
「それより彼女がここで誰とどう過ごしていたかを知りたい。」
「ちょっとワケありでな、本人には聞けないんだ。」
「もっと言うと、俺が捜しているのはハルトの父親だ。」
「このあたりにいるんじゃねえかと踏んでるんだが、どういうやつなのか見当もつかない。」
「前はこいつ、芸能界にいたんだ。」
「澤村遥って名前、聞いたことないか?」


「うーん、あまりテレビ見ないから。」
「ハルト君のパパ見つけるまでこのあたりにいるつもりなんですよね?」
「近くで泊まれるところを紹介してあげる。」


ママの紹介で水軍アパートの空き部屋に宿泊することになった桐生。
ハルトにミルクを飲ませていると清美ママが訪ねてきた。
「桐生さーん?清美です。スナック清美の。」
「なんかほっとけなくて。」
「迷惑かもしれないけど。」
清美ママはハルトを寝かしつけてくれた。
「うちに来るのはみんな常連さんだから今は少しくらい私がいなくても平気。」
「少し前に友達の子供を預かったことがあるから子供の扱いには慣れてるの。」


翌日、ハルトを清美ママに預けて街を歩いていると南雲が陽銘連合会直系舛添組組長・舛添耕治にリンチを受けていた。
南雲は清美ママの店からみかじめ料を取っておらず、そのことで揉めているようだった。
桐生は舛添組長と舛添組の構成員達を叩きのめした。
桐生に助けてもらった南雲が言う。
「やりよった・・」
「相手は舛添組の極道が5人もおったんで?」
「なんちゅう男じゃ。」
「桐生さんよ、あんたはなんでワシなんかを助けたんじゃ。」


桐生が言う。
「男ってのは惚れた女の前じゃ格好つけたいもんだよな?」
「男なら誰だってそうだ。」
「その女の前では絶対に弱さは見せられねえ。」
「強い自分であり続けたいと願う。」
「だがそのために命まで張れる男はそうはいない。」
「さっきお前は絶対に逆らえないはずのものに対してさえ、男の覚悟を曲げずに貫いた。」
「そんな男を黙って見殺しにできるわけがねえ。」
「俺があんたを助けた理由はそれだけだ。」


南雲が言う。
「ワシャ決めたわ!」
「桐生の兄貴!」
「どうかこれからワシに兄貴と呼ばせてつかあさい!」
「兄貴、頼んます。」
「ワシは兄貴に惚れたんじゃ。」


南雲は桐生を広瀬一家の事務所に連れて行き、陽銘連合会直系舛添組系広瀬一家総長・広瀬徹を紹介した。
「ワシの親父で広瀬ですわ。」
「昔、陽銘連合会と近江連合でカチおうた時は最前線で爆弾投げてたっちゅう人ですけえ。」
「こちら、東京からいらしてる桐生さんです。」
「今後しばらくこの事務所にも出入りしますんでお見知りおきください。」


広瀬が言う。
「まあウチもヤクザだけど、ゆるくやってるところだから。」
「東京の極道から見たらアレだろうけど。」


桐生が言う。
「いえ、俺はカタギで。」


「あれ?あ、そう。」
「いや、俺はてっきり。」
「おう、そうだ南雲。」
「お前、上納金どうした?もうウチ金ないよな?」
「上のスジからなんか言ってきてないの?」


南雲が言う。
「まあそっちはワシの方でうまくやっとりますけえ。」
「おやっさんは気になさらんでつかあさい。」


翌日、桐生はハルトを連れて再び広瀬一家を訪ねた。
「この子はハルトってんだが父親を捜してる。」
「俺がこの街に来たのはそのためだ。」
遥の写真を見せた。
「ハルトの母親だ。」
「撮影されたのはこのスナック街だったらしい。」
「名前は澤村遥。芸能界に入ってしばらくテレビにも出ていた。」
遥の写真を見た組員達は知らないと言うが、何か様子がおかしい。


そこに清美ママがやってきたので場所を移すことにした。
「広瀬一家の連中は遥のことを知っている。」
「少なくとも写真を見せたとき顔は見たことあるって反応だった。」
「ただそのことを俺に言えない事情があるらしいな。」
「俺も人のこといえねえが、あいつらも相当不器用らしい。」
「遥のことを隠そうとしているのがはっきり顔に出ていた。」
「俺は無理に聞き出そうとは思わねえ。」
「連中が言い出すまで待つつもりだ。」


その日の夜、ハルトを清美ママに預け街を歩いていると広瀬一家の事務所に陽銘連合会本家若頭小清水組組長・小清水寛治が来ていた。
「あんたは自分じゃ正体を隠しとるつもりらしいがの。」
「ワシにはあんたの背中の龍が透けて見えますわ。」
「のう、南雲。」
「おどれも桐生さんの正体は知っとったの?」
「この辺りは広島でも辺鄙な街じゃ。」
「造船以外はワシらのシノギにならん。」
「じゃけんど、あんたがおるんじゃったらこの街もちいとは面白うなるのう。」
「広瀬一家の始末はもうついとるんで。」
「今は挨拶だけさせてもらいますわ。」
「桐生一馬さん。」
小清水は帰っていった。


南雲は広瀬一家の事務所で組員達に事情を説明した。
話を聞いた広瀬一家の若衆・松永孝明が驚く。
「東城会の四代目?」
「東城会いうたら東京のあの東城会で?」
「そうじゃ、確かあれじゃ。」
「堂島の龍!実話時代に載っとった!」
「桐生の兄貴、なんで黙っとったんですか?」
「早う言うてくれりゃ良かったのに。」


「兄を洗ってからもう何年にもなる。」
「今はカタギだ。」
「だがこれでもう隠し事はしねえ。」
「俺の方にはな。」


広瀬一家の若衆・宇佐美勇太が言う。
「俺らの方にはまだ桐生さんに隠してることがあるってそういう意味ですよね。」


「いいさ。今夜はもう帰る。」
「そろそろハルトを迎えにいってやらねえとな。」


その日の夜、ハルトを寝かしつけると水軍アパートに南雲がやってきた。
「もうお察しのこととは思いますが、話っちゅうんは遥さんのことじゃ。」
「ワシらは組のモン全員、みんな遥さんを知っとります。」
「ほんで事務所であの娘の写真を見せてもろうた時、ワシら兄貴の正体に気づいたんじゃ。」
「桐生の兄貴が遥さんにゆかりのある東城会の四代目、桐生一馬じゃったと。」
「松永だけは気いつかんかったようですがの。」
「まったく、あいつのあの鈍さにはなんや救われますわ。」
「それでも兄貴に遥さんの事を言わんかったのは、遥さんに許しをもらっとらんからです。」
「遥さんがこの街に来たんは3年ぐらい前じゃった。」
「そん時あの娘は自分のことほとんど喋らんかった。」
「いつもまわりを気にして。」
「はっきり言うたらここへ逃げ込んで来たっちゅうようにしか見えんかった。」
「よそモンが来ればすぐに目立つ田舎じゃ。」
「しかもあんな可愛い娘ですけえ、あっちゅう間に人気モンになった。」
「遥さんの前じゃウチの組のモンも造船所の連中に漁師、誰もがみんなおとなしゅうしとった。」
「あの娘はこの街におらんといけん存在になっとったんじゃ。」
「だから誰もあの娘が芸能界におったっちゅうことは敢えて口に出さんかった。」
「テレビを見とりゃイヤでもわかりますわ。」
「遥さんがその騒ぎから人目を忍んどるっちゅうことも。」
「ワシらはあの娘の事を守ってやりたかったんじゃ。」
「じゃけえ、余計なことは口にせんようにしとった。」
「兄貴が遥さんのことを調べとるってわかったとき、多分この街の人間ならみんな同じように考えたはずじゃ。」


「南雲、ならハルトの父親もこの街にいるのか?」


南雲が答える。
「それはワシらにもわからんのです。」
「遥さんはみんなに好かれとったけん、誰かと好きおうとるっちゅう話は聞いとらん。」
「それに坊っちゃんが1歳くらいと考えると、ちょうど妊娠した頃、遥さんはこの街からも姿を消してしもうたんで。」
「その頃からあの娘のことを見たっちゅう話は聞かん。」
「じゃけえ、ワシらハルト君を見ても未だに遥さんの子とは信じれんちゅうんがほんまのところですわ。」
「ワシやウチの組のモンが知っとるのはこれだけよ。」
「じゃけど、ワシらより遥さんの事をよう知っちょる人がおる。」
「遥さんはこん街に住んどった間ずっとある店で働いとった。」
「兄貴もよう知っとる店じゃ。」
「スナック清美。」
「こん街で誰より遥さんを知っとるんは、あのキヨちゃんなんじゃ。」


翌日、ハルトを広瀬一家に預け、清美に話を聞きに行った。
「私が初めて遥ちゃんに会ったのは3年前。港だった。」
「彼女、とても悲しそうな顔で海を見つめてて。」
「今思えば大げさだけど、もし飛び降りでもしたらと思って声をかけた。」
「話してすぐ、彼女にはどこへも行くあてがないってわかった。」
「こんな田舎に家出してきた女の子がたった一人、私もそのままバイバイってわけにはいかなくて。」
「宿も決めてないっていうし、思い切ってうちに誘ったの。」
「一晩泊めてみて、なにかワケありだったみたいだけど、やっぱり全然悪い子じゃなかった。」
「それで私、彼女にしばらくうちの店で働かないかって聞いたの。」
「正直私一人で間に合う小さなお店だけど、どうにもほっとけなくてね。」
「その日から遥ちゃんはうちで働くことになった。」
「芸能人だったなんて気取りも全然なくて、ほんとにいい子で。」
「でも店に来る街の人たちもみんな気づかないフリしてくれてた。」
「そうしているうちに遥ちゃんも日に日に笑顔が増えていってね。」
「でもあの日だけは違った。」
「泣いてたんだと思う。」
「私を見るとすぐ無理に笑顔作ってたけど。」
「その時もっと詳しく話を聞くべきだった。」
「彼女がこの街から姿を消したのはその翌日だったから。」


桐生が言う。
「多分遥は、その頃自分の妊娠を知った。」
「それが理由でこの街を離れようと。」
「それでハルトの父親は誰なんだ?」


「ごめんなさい。それは私も知らないの。」
「店にいた時も誰かと付き合っているような素振り見せなかったから。」
「でも心当たりはあるの。確証はないけど。多分。」
「それは・・」


そこに染谷がやって来た。
「まさかと思いましたが、やっぱり桐生さんでしたか。」
「偶然、そこの迎賓館に泊まってるんですよ。」
「いわゆる盃交渉ですよ。」
「俺と陽銘連合会本家若頭・小清水さんとのね。」
「本来なら堂島会長が陽銘連合会の来栖会長と直接盃交わすとこなんですが。」
「あいにく六代目はサツに捕まっちまってる。」
「俺はね、四代目。」
「菅井会長から東城会の跡目候補と見られているんですよ。」
「小清水も陽銘連合会の跡目です。」
「そういう意味じゃ俺と小清水が五分で盃かわす理屈にはなる。」
「こんなとこでバッタリあったのも縁があるんですね。」
「あんたが一緒に連れているのは、俺の前の女だ。」
「久しぶりだな、清美。」
「戻ってきたんだな、故郷に。」
「ずいぶん捜したりもしたんだが、ま、こうして無事が確認できてよかったよ。」
「おっと、そろそろ宿に戻らねえと。」
「それじゃ、四代目。失礼します。」
染谷は去っていった。


その日の夕方、清美がスナックから消えた。
東城会の構成員に連れて行かれたというので、桐生は迎賓館に清美を助けに向かった。
すると清美は無事で、陽銘連合会会長・巌見兵三とその息子の恒雄、小清水、染谷と一緒に会食中だった。
染谷が言う。
「清美はね、俺の前のカミさんなんです。」


小清水が言う。
「こがな街に染谷さんの奥さんがおったとは驚きじゃったが、これも何かの演者とおもうての。お招きしたゆうわけじゃ。」


巌見が言う。
「巌見造船会長、巌見兵三と申します。」


染谷が言う。
「四代目、巌見会長は巌見造船をはじめとする巌見グループの長老ですが、もう一つ別のお名前がありましてね。」
「来栖猛。」
「陽銘連合会会長です。」
「来栖猛はいわゆる渡世名なんです。」


来栖猛が言う。
「巌見グループの関連各社は今風に言えば陽銘連合会のフロント企業ということになりますか。」
「こちらは息子の恒雄で巌見造船の社長です。」
「あなたの名前は桐生一馬。」
「東城会の四代目でしょう?当然存じております。」
「実は桐生さん、あなたに折り入ってお願いがあります。」
「どうかこの小清水と染谷さんが交わす盃の後見人になっていただきたい。」
「陽銘連合会はこれまで東城会とも近江連合とも盃を交わさず極道組織として中立を貫いてきました。」
「広島が動けば日本の裏社会の均衡を崩すことになるからです。」
「我々が日本最大の組織、近江連合と組めば東城会に勝ち目はなく、逆に我々が東城会と組めば近江連合にとって存亡を脅かす存在となる。」
「だからもし今我々と東城会が盃を進めていると近江連合が知れば、彼らは死に物狂いで阻止しようとしてきます。」
「ひとつ間違えば日本中の裏社会を巻き込む戦争になる。」
「あなたは今の近江連合トップからも信頼が厚い。伝説の極道だ。」
「そのあなたが後見人であれば、我々の盃が明るみに出ても近江連合はしぶしぶとはいえ呑むでしょう。」
「堂島の龍の名はそれほどまでに力を持っていると私はそう思っています。」


桐生が言う。
「なるほど、事情は分かった。」
「断る。」
「今の東城会は六代目の堂島大吾が逮捕されて不在。」
「その急場しのぎに代行の菅井が切り盛りしてる状態だ。」
「そんなときにこの俺が下手すりゃ戦争になるって盃を無断で交わすのは東城会六代目への裏切り行為でしかない。」
「どこの誰と盃かわそうがあんたらの勝手だ。」
「俺はもう東城会の人間じゃない。」


来栖猛が言う。
「桐生さんからはもうはっきりとお返事をいただいた。」
「この話はもう終わりだ。」
「いきなり無粋なご相談をしてしまってすみませんでしたな。」
「歳を取るとどうも話を急いでしまっていけない。」
「それじゃ、食事の続きをするとしましょう。」


桐生は清美ママを広瀬一家に連れて帰った。
「ハルト君の父親が誰なのかって話だけど、私ね、達川君がハルト君の父親なんじゃないかって思うの。」


広瀬一家若衆・宇佐美勇太が驚く。
「俺の幼馴染で一緒におやっさんの盃受けた兄弟分です。」
「ずいぶん前に組抜けしまして。」


清美ママが言う。
「ちょうど遥ちゃんがこの街からいなくなる少し前に達川君、うちの近所で誰かと電話をしていてこう言っていたの。」
「産んでも絶対二人とも幸せになれない。堕ろすべきだって。」
「もちろんその時は達川君が誰と話してるかわからなかった。」
「だから嫌な話聞いちゃったくらいに思ってたんだけど。」
「でもそのあと姿を消した遥ちゃんがハルト君を産んでたってことは・・」


宇佐美が言う。
「達川はここを出てく前、東京に行ってメジャーになるとかなんとか言ってました。」
「何をしてるか分からないんですけど、とにかく東京行ったらビッグになれるとでも思ったんじゃないですかね。」


広瀬一家若衆・田頭直人が言う。
「達川じゃったら神室町でホストやっとるで。」
「ワシ、あいつとSNSで繋がっとったけえ。」
「東京に行った後もちょくちょく近況報告受けとったんです。」
「ここ最近、まったくの音信不通でメッセージ送っても未読のままなんですわ。」
「多分携帯変えたんじゃないかのお。」


清美ママが言う。
「もう一つ、私桐生さんに隠していることがあります。」
「私と染谷の間には子供がいます。」
「私はその子を置いて染谷から逃げたんです。」
「私は昔から逃げてばかりなの。」
「この街からも高校を出てすぐ逃げ出した。」
「この何もない街がずっといやだったから。」
「それで東京に行ったの。」
「向こうでははじめから水商売だった。」
「銀座のホステスをして。ちょうどバブルの頃。」
「それまで見たことないようなお金を稼いで。」
「東京の人間になりきってるだけで楽しかった。」
「そのままあっという間に30歳。」
「いろんな客を相手にして世間の裏まで知った気になってた。」
「そして悪い客につかまった。」
「肩書きは不動産の社長だって言ってたけど、知らないうちに私は借金を背負わされてて。」
「しかもその人の後ろにはヤクザがついていた。」
「そのヤクザ達から私を守ってくれたのが染谷。」
「染谷も客のひとりだった。」
「でも私が借金地獄に落とされそうになっているのを見て、染谷は何も言わずに体を張って話をつけてくれたの。」
「染谷とはそのあと結婚して、すぐに娘もできて。」
「でもやっぱりあの人の女でいることは怖かった。」
「子供のためにもヤクザから足を洗ってほしいって何度も頼んだけど聞いてくれなかった。」
「あの人がどこで何をしているか聞けば、男の仕事に口を出すなと怒られる。」
「そして私が誰かの血のついた服を洗わされた夜、染谷はその手で優しく娘の頭をなでていた。」
「私にはもうあの生活は限界だった。」
「だから染谷に黙って娘と一緒に逃げようとした。」
「あの人には私が何を考えているのかなんて全部わかってたの。」
「逃げた先ですぐ染谷の子分に捕まって、娘を取り上げた染谷は初めて私に手をあげた。」
「何度も、何度も。」
「それで私は娘が3つの時に置き去りにして染谷のもとを逃げた。」
「あの人は私が娘を連れ出すチャンスを二度とくれようとしなかったから。」
「あの娘が今幸せでいるのか、そうじゃないのか。もう何も分からない。」
「あの時逃げたことは今でも後悔してる。」
「でもやっぱりあの時私はああするしかなかったの。」
「暴力を振るう夫のもとにまだ小さな娘を残して逃げるしか。」
「だからあの子の母親だなんて言う資格は私にはもうないの。」


桐生が言う。
「遥についてお前達に言っておくことがある。」
「あいつは神室町で事故にあった。」
「轢き逃げした犯人は今も捕まってない。」
「ほんの何日か前のことだ。」
「命は助かったが何も話せる状態じゃない。」
「医者にもいつ目が覚めるかわからねえらしい。」
「あいつがその事故にあったとき、ハルトも一緒だった。」
「俺も遥が子供を産んでいたことをその時まで知らずにいたんだ。」
「わからねえことは山ほどある。」
「だがまず分からなかったのは何で事故に遭った時、遥が神室町にいたのかってことだった。」
「3年前、沖縄を出たあいつがこの街で過ごしていたのは分かった。」
「問題は遥がここから姿を消したあと、なんで神室町に向かわなきゃいけなかったのかってことだ。」
「達川は神室町でホストをやってるんだったな?」
「俺はこれから神室町に戻る。」
「ただ神室町は今、東城会と中国マフィアが抗争の真っ最中でな。」
「ハルトを連れていくには危険すぎる。」
「ママ、悪いがまたハルトのこと頼めるか?」
「あんた以上に安心してハルトを託せる相手はいない。」
「明日神室町に行くが、なるべく早く帰ってくる。」
「今度は達川を連れてな。」


宇佐美が言う。
「桐生の兄貴、神室町に俺も行きます。」
「俺は達川を許せねえんです。」
「あの野郎がいつのまにか遥ちゃんに手え出してたのを。」
「とにかく俺はあいつを無茶苦茶にぶん殴ってやらねえと気が済まねえ。」


南雲が言う。
「分かった。ワシも行く。」


「たまには男3人、野郎とつるんで神室町を歩き回るのもいいか。」
翌日、桐生は南雲と宇佐美を連れて神室町に向かった。


ホストクラブをまわり達川が住む部屋の情報を手に入れた桐生。
部屋に入ると達川は女性と一緒に死んでいた。
すぐに伊達に連絡を取る。
「被害者は男も女もお前と面識がなかったってことだったな、桐生。」
桐生が答える。
「ああ。達川は写真で見たことがあるだけだ。」
「女の方は顔も名前も知らない。」


本庄も伊達と一緒に来ている。
「しかしホトケになっていた達川は例の赤ん坊の父親って話だったな?」
「すると達川はお前が親代わりになって育てた娘に子供をはらませた元ホストだ。」
「お前がその達川をぶち殺したっていうストーリーも充分考えられる。」
「完全にシロって証拠がでない限り事件の関係者は全員グレーだ。」


桐生が言う。
「達川はホストを辞めた後、亜細亜街に出入りしていたらしい。」


伊達が言う。
「まったくマークできてなかったが、達川を殺ったのはおそらく中国マフィア、祭汪会の連中だ。」
「ちなみに言うと、達川と一緒に死んでた女は神室町のホステスだった。」
「達川と付き合ってたらしいが、かわいそうに巻き添えになっちまったんだろう。」


桐生が伊達に言う。
「このあとまたセレナで会えないか?」
「他にもいろいろ聞きたいことがあるんだ。」


桐生、南雲、宇佐美がニューセレナで待ってると伊達がやってきた。
「ちょっと遥のことでお前に話しとかなきゃいけねえことがある。」
「お前が広島に行ってる間に遥の病院を移させてもらったんだ。」
「都内の警察病院にな。」
「前の病院に東城会を名乗る連中から遥を見舞いたいって問い合わせが何度も来るようになってな。」
「そう名乗ってるだけで本当に東城会の連中かどうかも分からねえ。」
「とにかく俺も気持ち悪いんでな。人目につかねえように病院を移したんだ。」
「一応念の為だが、遥の病室には誰も近づけないように警備もつけている。」
「お前ももう少し落ち着くまで遥の面会には行かない方がいい。」
「お前が下手に尾けられて遥の居所が嗅ぎつけられりゃもう移す病院のアテもねえ。」
「遥を警察病院に移したとき、秋山にも離れてもらった。」
「あいつも中国マフィアに狙われる身だ。」


桐生が言う。
「前に秋山と一緒にいた時、エドっていう中国人とやりあってな。」
「たぶん祭汪会の中でも幹部クラスだ。」
「秋山からそいつの居場所を教えてもらいたい。」
「エドから祭汪会が達川を殺した理由を聞き出す。」


桐生が秋山を捜していると、携帯に着信が入った。
「秋山です。連絡がとれなくてすみません。」
「何か俺に用があるとか。」


「この間、エドって中国マフィアとやりあったな?」
「あいつはマフィアの中でどの程度のポジションだ?」


秋山が答える。
「祭汪会の中で幹部ではあるみたいですね。」
「ボスと直接口きけるメンバーの一人だとか。」
「エドがいるのは亜細亜街です。」
「今から会いませんか?」
「劇場前広場にAPAホテルってのがあります。」
「そこの6階の客室で。」
「今度は尾けられないようにしてくださいよ、桐生さん。」


桐生はAPAホテルで秋山と会った。
「俺らが気をつけなきゃいけないのは中国マフィアだけじゃありません。」
「東城会の菅井ってのも穏やかじゃない。」
「今の東城会本家は会長代行の菅井と染谷の2人が主導権を握っています。」
「理由はもちろん六代目が逮捕されて不在になったからなんですけど、でもそれが仕組まれたものじゃないかって噂があります。」
「順を追って話しますが、まず亜細亜街の火事です。」
「あの日、何か所かで同時に放火されましたが、いまだに犯人はわかっていません。」
「でもあの当時、神室町でそんな組織的な動きができる勢力となると東城会以外にないんです。」
「そしてその焼け跡に入り込んできたのが中国マフィアの祭汪会。」
「当然東城会とシマ争いが始まりました。」
「で、その抗争が収拾つかなくなると警察は六代目に責任かぶせて逮捕。」
「トップ不在の東城会は相談役だった菅井に実権を握られることになった。」
「噂のスジじゃ、菅井と祭汪会はグルだったってんです。」
「亜細亜街の火事は菅井が祭汪会を神室町に引き込むためで、そのあとの抗争は六代目を逮捕させるための茶番。」
「そしてもし本当に菅井たちが大吾さんの追い出し工作をしてたなら、彼らにとって桐生さんは相当けむたいはずです。」
「桐生さんが真相に気づけば大吾さんをハメた返しに来るって。」
「東城会と祭汪会は今、本気で殺し合ってるようにしか見えません。」
「最初は茶番だった抗争がいつのまにか本物になったってことかもしれません。」
「亜細亜街のことは調べときました。」
「エドと話をするだけならわざわざ正面から乗り込む必要はなさそうです。」
「迂回ルートがあります。」
「ところで桐生さんがエドに聞きたいことってのは?」


桐生が答える。
「祭汪会が達川って男を殺した理由だ。」
「尾道の極道だった男で、最近は祭汪会の情報屋として亜細亜街に出入りしていた。」
「そしてそいつがハルトの父親だったらしい。」
「俺もまだ信じられない。」
「だからそれを確かめるためにもエドと話がしたいんだ。」


桐生は南雲と宇佐美を連れ、秋山とともに亜細亜街へ向かった。


桐生がエドに言う。
「俺を歓迎しろとはいわねえが、あんたには聞きてえことがある。」
「達川って男のことだ。」
「あんたら祭汪会に出入りしていた情報屋。」
「やつを殺したのはお前らなんだろ?」


エドが答える。
「我々といいますか、達川を殺したのはこの私ダヨ。」
「彼は祭汪会を裏切った。」
「達川を殺した理由は組織の掟に従ったまでのコト。」
「桐生さんは黒孩子という言葉をご存知カナ?」
「中国の一人っ子政策を逃れて生まれてきた子供たちのことデネ。」
「彼らは戸籍を持たず、国家の管理も届かない闇の子供たち。」
「そのために最低限の生活すら国家に保障されない哀れな存在だ。」
「一説によればその数は数億人。」
「達川という男はそのヘイハイツのひとりダッタ。」
「祭汪会は多くのヘイハイツを日本に匿い戸籍を与えて救ってやってイル。」
「達川が陽銘連合会の極道になったのもいつか我々の役に立つタメ。」
「しかしあの男は子供の頃に受けた恩を忘れ、組織を裏切った。」
「その時から彼は我々の制裁を恐れていたはずダ。」
「つまりは自業自得。」


桐生が襲いかかってくるエドを倒すと、陽銘連合会直系舛添組組長・舛添耕治が現れた。
「俺には陽銘連合会なんてどうでもいい。」
「ちょうど潮時だな。」
「俺はな、桐生さん。」
「中身は生粋の中国マフィア。最初から祭汪会の人間なんだよ。」
「俺も達川と同じヘイハイツのひとり。」
「ただ俺は達川と違って祭汪会を裏切りはしない。」


桐生が言う。
「俺はお前らが達川を殺した理由を聞きに来た。」
「達川は広島で澤村遥って娘にハルトっていう赤ん坊を産ませて神室町に姿を消した。」
「遥は俺にとって娘も同然だ。」


舛添が言う。
「澤村遥があんたの?」
「そうか、それじゃ尾道であんたと一緒にいたあの赤ん坊が。」


その時、祭汪会総帥、ビッグ・ロウがやって来た。
「私は祭汪会総帥のロウというものだ。」
「そちらのことは舛添から聞いている。」
「桐生さんは日本中のヤクザから一目置かれている人物だと。」
「堂島の龍といったか?」
「そんな男が尾道の田舎町に何の用があったのか興味深く思っていた。」
「桐生さん、私達の出会いの形は決していいものではなかった。」
「だがお互いメリットのある関係を築けるはずだ。」
「もういちど頭を冷やしてから改めて席を用意したい。」
「明日の夜、私とあなたの2人だけで。」
「そこであなたの知りたいことのいくつかには答えよう。」
「我々は今東城会との抗争を抱えているが、その裏に陽銘連合会もついていることを承知している。」
「桐生さんはその両組織のトップと対等に口をきけるという。」
「私がもてなす価値は充分にある。」


桐生達がニューセレナに戻ると染谷がやってきた。
「今日は四代目にお願いがあってきたんです。」
「単刀直入に言います。四代目、俺と手を組んじゃもらえませんか。」
「四代目は祭汪会総帥のロウに会われましたよね?」
「俺とロウを引き合わせちゃもらえませんか。」
「ご存知の通り東城会は今、ロウの祭汪会とドンパチの真っ最中です。」
「お互いまだまだ流れる血が足りねえってんで終わりの見えねえ泥沼だ。」
「ところが手打ちにしようにもロウはある事件が起きて以来ずっと地下に潜っちまって足取りがつかめないでいる。」
「やつの息子、ジミー・ロウが神室町で殺された件です。」
「ジミー・ロウは神室町での実働部隊を動かす祭汪会の幹部でした。」
「ゆくゆくはロウの後継者となるはずが街の片隅でゴミみてえに殺されたんですよ。」
「誰がジミー・ロウを殺したのかは知りません。」
「ただロウは東城会がその殺しに絡んでいると思っている。」
「だから東城会と祭汪会の抗争に幕引くにはこの俺がロウと会う必要があるんです。」
「俺をロウと会わせてください、四代目。」
「たまにはあんたも東城会のために役に立ってくださいよ。ねえ?」


桐生が言う。
「染谷、ひとつ答えろ。」
「聞いた噂なんだがな、亜細亜街を焼き払って祭汪会を神室町に引き込んだ人間が東城会内部にいるらしい。」
「この話、聞いたことは?」


「ありますね。」
「その噂によれば祭汪会を引き込んだ人間ってのは菅井さんと俺です。」
「もしその噂が本当なら、俺や菅井さんは東城会の親に弓ひいた裏切り者ってことになっちゃいますよ。」
「馬鹿げた話です。」


桐生が言う。
「いいだろう。ロウのところへ案内する。」
「ただし、ロウには俺ひとりで会うことになっている。」
「その約束を破る以上、何が起きてもおかしくはない。」
染谷は帰っていった。


桐生が皆に言う。
「あの染谷って男は危険すぎる。」
「いつなにをしでかすか分からねえ。」
「狂犬は放し飼いにするより近くで見張ってる方がいい。」


翌日の夜、桐生は染谷と一緒に以前、桃源郷が入っていた廃墟ビルに向かった。
「桐生さん、あなたひとりで来ていただく約束だったが連れがいるのはどういうことだ?」
「もっとも私は日本人の裏切りには慣れている。」
「ちょうどそこにいる染谷さんのおかげでね。」


染谷が言う。
「お久しぶりです、ロウさん。」
「こんな場所にいらしてたんじゃ、いくら亜細亜街を探ってもお目にかかれなかったわけだ。」


ロウが言う。
「我々をこの街に招き入れたのはあんたたち日本の極道だ。」
「私の息子を殺したのもな。」


桐生が言う。
「そうか。やっぱりあの噂話の通りか、染谷。」
「お前らとロウはもともとグルだった。」
「亜細亜街を焼き祭汪会を引き込んだあとのお前らの抗争は大吾を警察に逮捕させるための茶番。」


「ええ。ですが今は見ての通り俺らと中国人は戦争の真っ最中です。」
「菅井さんが東城会の頭になり次第、用済みの祭汪会には消えてもらおうとしたんですが、なかなかしぶとくてね。」
「改めて言いますよ、四代目。」
「俺と手を組んでください。」
「正直言うとさっきまでロウはこの場で殺すしかないと思ってたんですがね。」
「四代目と一緒ならロウを生け捕りにすることだってできそうだ。」
「それに俺がここでロウを殺すとなりゃ四代目は止めるでしょう?」
「あんたはロウから聞き出さなきゃならねえことがあるってんだから。」
「でも俺と一緒にやつを生け捕りにすりゃ話はあとでいくらでも聞き出せる。」
「俺もロウを殺しちまうより生け捕りにした方があとあと祭汪会の連中を支配しやすい。」


桐生が言う。
「例の噂によりゃ、お前らは大吾をハメてムショにブチ込んだんだったな?」
「俺はあいつをガキの頃から知っている。」
「極道と距離を置いていたあいつを東城会六代目に引き込んだのも俺だ。」
「足は洗っても俺は結局、根はヤクザだ。」
「身内に手え出した相手がどんな奴だろうが、やられたらやり返す。」
「そういう性分なんでな。」
桐生は染谷をコテンパンに叩きのめした。


ロウが言う。
「桐生さん、この場は私に任せてもらえるか?」
「私は息子を殺されているんだ。この神室町でな。」
「だが殺ったのはお前ら東城会の極道ではない。」
「私の息子を殺したのは陽銘連合会の黒幕、巌見恒雄だ。」
「陽銘連合会会長・巌見兵三の息子のな。」
「あの男は東城会の頭を自分に都合よくすげ替えるために我々を神室町に引き込み、道具にした。」
「そして用が済むと私の命を狙い、息子はその巻き添えになって死んだ。」
「この染谷も東城会の菅井も、その後ろに巌見恒雄がついているからこそのチンピラに過ぎない。」
「つまりこいつは殺す値打ちもない奴だ。」
「この場であんたを殺すことは簡単だが、それは東城会といううるさいハチの巣をつつくようなものだ。」
「他より少し大きいだけのハチを1匹殺して私を狙うハチを増やすのは馬鹿げている。」
「そのうえあんたは今殺されなかったことで私に大きな借りができるな。」
「あんたを生かすことで私へのリスクは減りこそすれ増えることはない。」
「巌見恒雄にはこう伝えてもらおう。」
「息子の仇をとるためなら、私は寝る暇どころか全てを失ってもかまわないとな。」
染谷は逃げていった。


「桐生さん、私はあなたという男を知ることができた。」
「そもそもあなたをこんな場所へ招いたのはそのためだ。」
「残念だが達川の裏切りを詳しく話すことはできない。」
「あなたが祭汪会に入って私に忠誠を誓うというなら話は別だがな。」
「もっとも達川の死の真相をあなたが知る必要はない。」
「なぜなら達川はあの赤ん坊の、澤村ハルトの父親ではないからだ。」
「あの子の本当の父親は他にいる。」
「私から今言えるのは、神室町で抗争している組織にとってあの赤ん坊が重要な価値を持っていること。」
「その価値を知る人間がますます増えているということだ。」


桐生の携帯電話に着信が入った。
「あ、桐生の兄貴!勇太です!」
「広島でマズイことが。」
「清美さんから連中があったんです。」
「うちのおやっさんがハルトを連れて姿消したって。」
「本家の連中もおやっさんのこと捜してるみたいです。」
「組の事務所に小清水が殴り込んできたっていう話で。」


桐生は南雲と宇佐美を連れて広島に向かった。
清美ママに話を聞く。
「夕方頃、スナックを開ける準備をしてたときでした。」
「広瀬の親分さんがフラっとうちに来て、ハルト君の顔を身に来たんだって。」
「親分さんが店に来ることは前からよくあったし、ハルト君もなんだかあの人にはなついていたみたいで。」
「飲み始めてすぐ、親分さんがタバコないかって言ったんです。」
「でもちょうど切らしちゃってて。」
「それで私、ハルト君を親分さんにお願いしておつかいに。」
「で、私が店に戻ったときにはハルト君がいませんでした。」
「広瀬の親分さんも。」
「最初はハルト君をつれて散歩にでも出たのかと思ったの。」
「でもカウンターに飲み代が置いてあって。」
「親分さんの携帯に電話したら店に置きっぱなしだった。」
「何が起きたのか、その時はまだ呑み込めなかった。」
「けどいつまでたっても親分さん戻ってこなくて。」


桐生が広瀬を捜していると、小清水が現れた。
「ワシら広瀬のじいさんに話があっての。」
「とある赤ん坊を捜しとるんじゃ。」


「俺もあんたに聞きてえことがある。」
「ハルトを狙う理由だ。」
「あの子にいったい何の価値があるのか。」
「本家若頭のあんたなら知ってるよな?」
桐生が襲いかかってくる小清水を叩きのめすと、ハルトを抱いた広瀬が現れた。
「小清水はそのまま寝かせといてやんな。」
「どうせ大したこと知っちゃいないから。」
「桐生さん、あんたが知りたいことは全部この俺が知ってる。」
広瀬組の事務所に移動し、皆を集める。
「まああれだ、まずはひとこと謝っとかなきゃいけねえよな。」
「桐生さん、あんたんとこの坊主、黙って連れ出して悪かったよ。」
「小清水たちが坊主のことを捜し始めてたんでね、俺もちょっと余裕がなかったんだ。」
「俺にはさ、ずっと前からお前らに隠してきたことがある。」
「桐生さん、あんたにもだ。」
「澤村遥って女の子とそこの坊主はね、この街を出てから神室町で事故に遭うまでの間ずっとこの俺が面倒みてたんだ。」
「その坊主は生まれる前からいろんな連中に狙われる運命でね。」
「あの達川が坊主の父親じゃなかったってことは桐生さんが神室町で確かめた通りだよ。」
「坊主の本当の父親は別にいる。」
「そいつから坊主が受け継いだ血筋に価値を感じる連中が山ほどいるってわけだ。」
「そいつはあんたもよく知ってる男だよ、桐生さん。」
「この場にいる全員がよく知ってんだ。」
「坊主の本当の父親はね、宇佐美勇太。」
「澤村ハルトの父親だ。」


宇佐美が言う。
「達川がハルトの父親だって話だったから、まさか俺だとは・・」
「自然とそうなったから・・」
「1回だけだったんです。」
「まさか1回だけで・・」


桐生が言う。
「親分、俺には腑に落ちません。」
「勇太本人も知らなかったのに、なんであなたはハルトの父親が勇太だと?」


「いろいろややこしい話でさ・・」
「なあ、そうだろ?」
広瀬が見た先に舛添が立っていた。


舛添が言う。
「広瀬さん、約束は守ってもらいますよ。」
「これで俺はもう祭汪会にも陽銘連合会にも戻れなくなる。」
「今あんたに見捨てられたら俺にはもう逃げ場がない。」


広瀬が言う。
「なら全部ごまかさねえで話せよ。」
「そうすりゃどこへでも逃げられるように俺から来栖会長に口きいてやるから。」
「なんで俺が勇太を坊主の父親と知ったかってとこまでだったよな。」
「そもそもの話、一番最初に澤村遥の妊娠に気がついたのは、この舛添と達川でね。」
「それがなぜかってえと、こいつらは勇太のことをガキの頃からずっと監視していたからだ。」


宇佐美が驚く。
「なんだよ、それ。なんで俺が監視されなきゃいけねえんだよ。」


舛添が言う。
「それはお前が祭汪会の後継者だからだ。」
「宇佐美勇太は祭汪会の総帥、ロウの血を引く実の息子だ。」
「ジミー・ロウも正真正銘ボスの息子だが、宇佐美勇太はその弟。」
「つまりジミー・ロウが神室町で死んだことで、そいつは祭汪会の正統な後継者になったんだよ。」
「祭汪会ってのは昔から弱肉強食の大陸を生き抜いてきた中国マフィアだ。」
「だがその内部でもボスの座を狙って手下どもの裏切りが繰り返されてきた。」
「だから祭汪会のボスはその防止策として血の絆をなにより重要視する。」
「組織の幹部はつねにボスと血の繋がった身内で固められる。」
「あのエドもボスの従兄弟でな。」
「そして組織の跡目を継げるのはボスの血を分けた子供だけだ。」
「だがボスの後継者になる子供が2人以上いれば何が起きるかわかんだろ?」
「後継者ひとりひとりにそれを担ぎ出す派閥が生まれて、組織は敵味方に割れる。」
「だからそれを避けるために祭汪会歴代のボスは2番目以降の息子を遠くに送って隔離してきた。」
「殺さずに生かしておくのは、長男にもしものことがあったとき後継者の保険になるからだ。」
「お前は親のことを何も知らず、物心つく前から施設で育ったろ?」
「俺と達川はそんなお前をガキの頃からずっと陰で保護してきたんだよ。」
「真実に気づかせないように、死なさないように何年もの間な。」
「それが祭汪会から俺達に与えられた命令だった。」
「俺達は親に捨てられ祭汪会に拾われたヘイハイツだ。」
「組織に与えられた人生しか許されねえ。」
「達川はお前に中国語も学ばせたろ?」
「そう仕向けるためにお前好みの中国娘を手配したのは俺だったがな。」
「それもお前が万が一後継者になる場合に備えてのことだ。」
「俺達はお前の全てをすぐそばから監視していた。」
「だからこそ俺達は彼女が妊娠したこともいち早く気づいた。」
「馬鹿なお前はその時も何も知らずノーテンキにしてたもんだ。」


広瀬が言う。
「それでお前は達川と一緒になってあの娘に子供を堕ろせっつったんだよな?」


「血の絆を重んじる組織が日本人の汚れた血など許すわけがなかった。」
「それに保険でしかない後継者の血筋が無駄に増えればあとあと組織に禍を招く。」
「余計な芽を摘むこともお目付け役の仕事だ。」
「だがその矢先、今から1年半前、澤村遥はこの街から忽然と消えた。」
「そこの広瀬さんが俺らの前からずっと彼女を隠してたんだ。」


広瀬が言う。
「そんとき俺が真っ青な顔したあのお嬢ちゃんに会ったのは散歩がてらのほんの偶然だったんだよ。」
「自分の選んだ男が中国マフィアのボスの子だのなんだのって聞かされてさ。」
「その手下に中絶迫られたそのすぐあとだぜ?」
「普通でいられるわけねえよな。」
「ま、俺の方にはいくらでも暇があったからさ。」
「あの娘は自分の腹ん中にできた小さな命をさ、てめえの都合で子供を振り回す親ってのになんか思うとこがあったらしいな。」
「要するにその坊主にゃ滅法強え母親がついていた。」
「俺はその母親に子供産む時間と場所を用意してやっただけだよ。」


舛添が言う。
「そのおせっかいのおかげで俺と達川は澤村遥を見失った。」
「だが俺達はそのヘマをボスには報告しなかった。」
「所詮、宇佐美勇太は保険の後継者で誰にも注目される存在じゃない。」
「達川と俺が黙ってりゃ、勇太本人でさえ知らないことだ。」
「何もなかったことにして済ませられるはずだった。」
「その後祭汪会が神室町に進出してきたが、俺と達川はそのまま隠し通すつもりだった。」
「だがそうもいかなくなっちまった。」
「ジミー・ロウが殺されたことで勇太は後継者の保険から本命に格上げされた。」
「そして組織は勇太を祭汪会の後継者として迎え入れるために徹底的にその身辺を洗い始めた。」
「つまり俺らの隠したヘマがバレるのは時間の問題だった。」
「だから俺と達川はそれこそ血眼になって澤村遥の行方を追ったよ。」
「組織に気づかれるより先に俺達が赤ん坊を見つけてボスに報告するためだ。」
「それ以外に俺達の助かる道はないと思った。」
「先に澤村遥と赤ん坊を見つけたのは達川だった。」
「この仁涯町からそう遠くねえ辺鄙な集落で広瀬さんに匿われていた。」
「俺達はそれを知ると、全てをボスに報告した。」
「報告を聞いたボスはなんの躊躇もなく赤ん坊の始末を命じてきたよ。」
「赤ん坊の所在をつきとめた俺達は機会を待った。」
「澤村遥と赤ん坊は広瀬さんから失踪したように見せる必要があったからだ。」
「もし祭汪会に赤ん坊を始末されたと勇太が知れば、死んでも後継者になるとは言わねえだろ?」
「だがそこで俺の予想もしてなかったことが起きた。」
「達川がボスから始末するように言われたその赤ん坊を祭汪会に敵対する巌見恒雄に売ることで寝返ろうとしたんだよ。」
「達川は命令通り問題の赤ん坊を殺したところで祭汪会に許される保証はないと踏んで巌見恒雄を頼ったってわけだ。」
「そしてやつは俺の目を盗んで澤村遥と赤ん坊を神室町におびき出した。」
「だがそのあと一体何があったのか、あの日、神室町に出てきた澤村遥を轢いて逃げたのは達川の車だったんだよ。」
「これは俺の想像だが、あの事故は達川にとっても望まない結果だったはずだ。」
「結局達川はあの事故で赤ん坊を取り逃がしたわけだからな。」
「そして事故以来、姿を消してた問題の赤ん坊はいつのまにか堂島の龍の腕ん中にいたってわけだ。」
「あとはあんたらも知っての通り。」
「達川は祭汪会に殺されたよ。」
「赤ん坊を巌見恒雄に売ろうとしてたことがバレてな。」
「あいつの殺され方見たか?」
「そばで死んでた恋人の女は、あいつがエドに脅されながら自分の手でやったそうだぜ?」
「エドが笑いながらその時のことを話してくれたよ。」
「エドは女が死ぬのを達川にじっくり見せつけたあと、喉を切り裂いて心臓をめった刺しにした。」
「いくら祭汪会に忠誠を尽くそうが、俺もいつ達川と同じ運命になるか分かったもんじゃねえ。」
「俺が知ってることはこれで全部です、広瀬さん。」
「約束通り俺を匿ってもらえるよう来栖会長に言ってもらえますよね?」


桐生が言う。
「親分、俺にはまだよくわからねえことがあります。」
「この尾道と祭汪会の繋がりです。」
「勇太はガキの頃からこの尾道にいたって話でした。」
「舛添、達川ってヘイハイツの二人も昨日今日尾道に潜り込んできたわけじゃない。」
「祭汪会と尾道の間にはずっと前から何か因縁があったはずです。」


広瀬が言う。
「フッ、さすがだねえ。」
「けど因縁はあんたが思ってるよりもずっと古い。」
「うちの来栖会長と祭汪会との付き合いは戦前からあったらしいね。」
「その頃の祭汪会の頭はロウの先代。」
「で、戦争で一旦切れていた付き合いがまた始まったのが30年くらい前だな。」
「祭汪会はロウに代替わりしてた。」
「そんとき2つの組織をつないだのがさ、ヘイハイツの密航ビジネスだよ。」
「ヘイハイツってのは戸籍のない中国人の子供たちだ。」
「ロウはその子たちを尾道に密航させてよ、来栖会長がその受入を頼まれてさ。」
「しかも会長はそのヘイハイツの子供たちに闇で日本人の戸籍作ってやってさ。」
「ざっと1万人くらいの子がそうやって日の目を見ることができたんだ。」
「俺も若い頃はその事業を手伝ってたよ。」
「お嬢ちゃんたちのこと、隠してて悪かったな。」
「俺も迷っちゃいたんだけどよ、坊主が無事でいるうちは俺なりにいろいろ確かめたいことがあってね。」
「それとさ、いつだったかお嬢ちゃん、親として坊主を育てる自信がついたら沖縄に帰りたいって言ってたぜ。」
「あの娘があんたにも黙って消えたのはさ、いつかあんたのとこに帰るためだったんだよ。」


桐生は話を聞いて腑抜けになっている宇佐美を力いっぱい殴りとばした。
「俺が今、何に一番怒ってるのか分かるか?」
「お前が遥とヤったことでも、それを隠していたことでもねえぞ。」
「惑わされてんじゃねえ!」
「自分が誰の血を引いているかで行き方を変えるな。」
「誰の血を引いているかで人を見るな。」
「それができねえようじゃ、お前も結局ロウと何も変わりゃしねえぞ。」


そこに韓国マフィアのジングォン派が現れ、ハルトを誘拐していった。
桐生は逃げるジングォン派を追いかけ、ボスのハン・ジュンギを捕まえた。
「どのみちジングォン派という組織はこれで終わりです。」
「亜細亜街の火事があった後、我々に近づいてきたのが巌見恒雄でした。」
「東城会と祭汪会の抗争を煽れるだけ煽ってほしいとね。」
「あいにくロウは取り逃がしましたが、息子のジミー・ロウを殺したのも我々です。」
「そうそう、あの達川君とも仕事をしましたよ。」
「あの日、神室町で達川君が澤村遥を車で轢いたときは私もあの場にいました。」
「達川君が赤ん坊をさらうのを見届けるのが我々の役目でした。」
「目的は勇太君にロウへの刺客となってもらうためです。」
「達川君はドジを踏みました。」
「誰もあんな結果を望んだりはしていません。」
「あの事故の数日前、達川君は広瀬の不在を狙って澤村遥の前に姿を現しました。」
「身を隠していた彼女には衝撃だったはずです。」
「しかし達川君はなによりもまず澤村遥に敵意がないことを示しました。」
「組織に逆らってでも彼女たちを助けたいのだと。」
「そのためにもっと安全な場所に逃したいのだと、しおらしく訴えたそうです。」
「その気になればいくらでも手を出せる状況で自分たちに手を出してこない。」
「そのうえ達川君は彼女に赤ん坊を連れて神室町に向かうよう伝えただけでその場を立ち去りました。」
「そんな彼をお嬢さんが疑いきれなくても責めることはできないでしょう。」
「澤村遥が隠れていた集落は非常に狭く、ことを起こせばすぐ騒ぎになります。」
「しかし勇太君を刺客としてロウへ放つまでは赤ん坊の誘拐を誰にも知られるわけにはいかなかった。」
「その点、神室町なら誘拐の舞台にうってつけです。」
「たとえ悲鳴をあげられようがあの街では誰も気に留めません。」
「そしてあの日、神室町の地下駐車場で達川と落ち合った彼女は赤ん坊と一緒に車に乗り込むように言われました。」
「その車に乗せさえすれば達川は彼女達を巌見恒雄のもとで監禁できたでしょう。」
「しかしだからこそ澤村遥はその土壇場で達川を信用することができなかったようです。」
「そして逃げる澤村遥を車で追いかけようと駐車場を出たとき、トラックとぶつかりそうになった達川君は運転を誤り、澤村遥と赤ん坊を轢いた。」
「もしあのとき彼女が車の衝撃で手を離していれば、赤ん坊はコンクリートに叩きつけられていたでしょう。」
「しかし彼女は決して子供を離そうとはしなかった。」
「母親の強さというのはたいしたものです。」
「あれは事故ですよ。」
「それに我々は巌見恒雄の指示で動いただけです。」


「ハン・ジュンギ、お前がそこまで話すってことは俺に殺される覚悟ができたってことか?」
桐生はハン・ジュンギを叩きのめし、ハルトを無事救出した。


「あなたならいつか尾道の秘密にもたどり着けるかもしれない。」
「隠しているのは陽銘連合会の来栖会長です。」
「そしてその秘密をあの老人が独占していることにこそ、広島の力の根源が・・」
その時、ハン・ジュンギは何者かに狙撃を受け絶命した。
その数時間後、舛添の死体が広島港からあがった。


桐生はハルトを広瀬一家の事務所に連れて帰った。
桐生の話を聞いた広瀬が言う。
「来栖会長と恒雄の親子は別個に分けて考えた方がいいな。」
「特に恒雄ってのは見かけほど父親の言いなりじゃねえんだ。」
「もともと会長は恒雄に裏の稼業を継がせる気はなかったんだ。」
「で、陽銘連合会の跡目は小清水に継がせるつもりで若頭に就けたんだけどな。」
「ところがどっこい、いつの間にか恒雄はその小清水を手なずけちまって自分のいいように動かしている。」
「巌見恒雄はありがちな野心家の二代目だけどさ、それが案外無能じゃねえってのが厄介でね。」
「来栖会長も苦い顔してるよ。」
「来栖会長とは、まあ、茶飲み友達みてえなもんなんだ。」
「年とるとジジイ同士でしか話せないこともあるからよ。」
「ただ、それでも俺は尾道の秘密なんてもんを会長から聞いたことがなくてね。」
「いまいちピンとこねえんだよな。」


桐生が言う。
「とりあえずハルトは今夜、俺のアパートに連れて帰る。」
「この街じゃあそこが一番マシだろう。」
「勇太、おまえも来い。」
「狭いとこだがなんとでもなる。」


桐生と一緒に水軍アパートにやって来た宇佐美が言う。
「不思議なもんすね。」
「兄貴は血なんてくだらねえもんだって言ってましたけど、やっぱり自分の息子だって思うとなんていうか、こいつを守る為だったら俺なんかどうなってもかまわねえなって。」
「俺はガキの頃、ずっと荒れてました。」
「物心ついたときには施設に入れられてて、ダチといえばそこの悪ガキだった達川くらいでした。」
「自分を捨てた親を恨もうにもその顔も思い浮かばねえ。」
「そんな感じだったんで、広瀬一家の盃受けたのも達川に誘われるままだったんす。」
「あれは今思えば、舛添と一緒になって俺を監視しやすくするためだったんすね、きっと。」
「でも俺は広瀬一家で初めて家族ってモンを感じたんです。」
「小せえ所帯の組でも俺は、広瀬一家のモンとして自分がいてもいい場所があるってのが嬉しかった。」


桐生が言う。
「遥もお前と似たような生い立ちだ。」


「ええ。彼女から話を聞く前からそれはなんとなく感じてました。」
「人との距離感とか、接し方とか、そういうの見てると分かっちまうんです。」
「血のつながりってのに甘えることができなかった俺と同じ苦労をしてきた子なんだってのが。」
「なのにその遥ちゃんが俺の血のせいでひでえ目に。」
「広瀬一家の家族にも俺は遥ちゃんとのこと隠してえらい迷惑をかけちまった。」
「ずっと彼女とハルトを匿ってくれたおやっさんにはもう、言葉もねえ。」
「だからきっちり俺がケジメをつけねえと。」
「明日、神室町へ行きます。」
「祭汪会に乗り込んでロウと話をつける。」
「ハルトのことも俺のこともきっぱり諦めるように話してみたいんです。」
「そうしない限り、遥ちゃんもハルトもずっとつけ狙われちまう。」


桐生が言う。
「俺も同じこと考えてた。」
「お前は自分のその意思をはっきりロウに伝えろ。」
「そしてやつがもしそいつを飲まねえっていうなら、俺がこの手で祭汪会を潰す。」
「俺とお前、2人でケリをつけるんだ。勇太。」


翌日、桐生、宇佐美、ハルトの3人は神室町に向った。
ニューセレナで伊達と連絡をとりハルトを預け、亜細亜街へ向かう。
宇佐美は桐生の目を盗み、一人でロウと会った。
桐生が駆けつけた時にはロウは頭から血を流して倒れており、屋敷に火が放たれていた。
「ロウと俺が死にさえすれば、もうハルトを狙うやつはいなくなります。」
「全部解決ですよ。」
「もう行ってください。」
「兄貴まで俺らの心中に付き合う必要はねえ。」
「俺もロウも死ねば祭汪会の跡目はまっさらに仕切り直しです。」
「他になりたい奴らが殺し合いでも何でもして勝手に新しい跡目を決めるでしょ。」


桐生が言う。
「ハルトを父親のいねえ子供にする気か?」
「こんなとこでお前を死なすわけにはいかねえ。」
「力ずくでもお前をここから連れ出すだけだ。」
「命の価値を、自分勝手に決めてんじゃねえ!」
桐生は宇佐美を殴り飛ばして気絶させ、ロウと一緒に屋敷から連れ出した。


ロウが言う。
「皮肉だな。」
「祭汪会の血の掟が息子を私への最悪の刺客へと変えてしまった。」


桐生が言う。
「ふざけたことを言うな。」
「あんたがこいつをどのツラさげて息子と呼べる。」


「その通りだな。」
「我々祭汪会は血の結束を過信して、結局全てを失ってしまったようだ。」
意識を取り戻した宇佐美にロウが言う。
「私が赤ん坊に殺意を持ったとお前が知った時に全ては終わっていた。」
「お前はたとえ殺されても祭汪会を継がんだろう。」


宇佐美が言う。
「ならもう、ハルトには手を出さねえか?」
「あいつを二度と狙わねえのか!」


「ああ。祭汪会の総帥として約束する。」
「赤ん坊にもお前にも、我々が手出しすることは二度とない。」
「だがひとつだけ言っておく。」
「勇太を私と刺し違えるように仕向けたのは、私を殺そうとするある男の意思だ。」
「その男の目的は尾道の秘密を守ることにある。」
「私は尾道の秘密を暴けるただ一人の生き残りなんでな。」
「そのある男は陽銘連合会の来栖に命じられ、古くから秘密を守るための殺し屋として多くの人間を手にかけてきた。」
「そして今、我々祭汪会の血の掟を逆手にとり、勇太が私に殺意を持つようそそのかした。」
「どうだ?心当たりの人物が思い浮かばないか?」


宇佐美が言う。
「まさか・・広瀬のおやっさん?」


「そうだ。」
「あれは亜細亜街を手にした私が息子のジミー・ロウを殺された後のことだ。」
「来栖は尾道の秘密を知る私に日本を撤退するよう迫ってきた。」
「その使いで私の前に現れたのが、あの広瀬という男だった。」
「広瀬は勇太を私にくれると言った。」
「勇太が祭汪会の後継者になるよう自分が説得すると。」
「広瀬との交渉を終えた私は、まず舛添と達川へ出していた赤ん坊の殺害命令を撤回しようとした。」
「だがすでに巌見恒雄へ寝返っていた達川は連絡を絶ち、そして神室町のあの轢き逃げ事故が起きた。」
「赤ん坊は広瀬の手を離れ、広瀬は自分が我々への交渉材料を失ったと感じたはずだ。」
「そうなると尾道の秘密を守るためにあの男が取るべき道は、私の殺害以外にない。」
「そして殺されたという舛添は、広瀬にとって用済みだったんだろうな。」
「それを確かめる方法がひとつだけある。」
「尾道の秘密を暴くこと。」
「広島の老人たちはそれを阻止するために本性を表すはずだ。」
「まず尾道の秘密についてだが、私はその真相を知らない。」
「尾道の秘密とは、祭汪会の先代である私の父親と来栖猛との間でやりとりされたある計画のことを指す。」
「日本が世界を相手に戦争してた頃のものだ。」
「恐らく軍事機密にかかわる何かしらの計画なのだと思う。」
「そして私が初めて尾道の秘密の存在を知ったのは1985年。」
「父が死ぬ直前、それが来栖のアキレス腱となるシロモノだと話していたが、具体的な内容までは明かさなかった。」
「ただ父の死後、私の手元にはその秘密を解くカギとなるものだけが残された。」
「尾道のある場所を示す暗号らしい。」
「あいにくあれから30年たった今でも私にはそれを解読できていない。」
「この日本という国が空前絶後の好景気に沸き、表社会も裏社会もこの世の春を謳歌していた時代だ。」
「その頃には巌見兵三も来栖猛というもう一つの顔を持ち、巌見造船会長という表の顔、陽銘連合会会長という裏の顔、二つの顔を使い分けることでフィクサーとしての地位を確立していた。」
「来栖がなぜ裏社会に足を踏み入れたのかは私には分からない。」
「だが巌見造船という大企業の会長が極道組織の会長であるという事実を知る人間は殆どいない。」
「私はその事実と父から聞いた尾道の秘密の存在をチラつかせ、とある裏取引を来栖に持ちかけたのだ。」
「それがヘイハイツの密航。」
「そして架空の戸籍を与えるヒューマンロンダリングだ。」
「中国という国家に存在を認められないヘイハイツの子供たち。」
「戸籍がなく、教育もなく、ただ裏社会での将来だけが約束された存在。」
「だから彼らは日本人に生まれ変わるために我々から莫大な借金を背負わされることも厭わなかった。」
「我々は慈善家ではないが、本気で同胞の子供たちを救ってやりたいという気持ちも持っていた。」
「ヘイハイツたちの身になってみれば、私達だけが唯一の救い主だったはずだ。」
「造船業という密入国に最適な密航ルートを持ち、その上日本の国家権力を裏から意のままに操れる人間。」
「来栖猛は私のヒューマンロンダリング計画にとって必要不可欠な人間だった。」
「以来私は中国本土で祭汪会に日本不可侵の命令を出し、来栖と無駄な接触を避けるようにした。」
「私が尾道の秘密の核心を知らないと気づかせるわけにはいかないのでな。」
「今回の祭汪会の日本進出は、全て来栖猛の息子・巌見恒雄が仕組んだことだ。」
「あの男は密かに私の息子、ジミー・ロウと手を結び東城会の菅井をも巻き込んで祭汪会に日本進出を求めてきた。」
「巌見恒雄は息子から私が秘密の核心を知らないと聞き出し、逆に脅してきたのだ。」
「東城会再生計画を実行するために。」
「恒雄の目的は菅井と染谷を使って東城会を乗っ取り、ゆくゆくは神室町の利権を全て手に入れるというものだった。」
「祭汪会はそれを実現するための駒にしか過ぎなかった。」
「あとは桐生さん、あなたも知っての通りだ。」
「巌見恒雄は我々祭汪会や菅井に神室町の抗争を演じさせ、まず東城会の六代目を警察に逮捕させた。」
「そして自分のいいなりになる菅井に東城会の実権を握らせると、今度は用済みとなった私の命を狙った。」
「おそらく恒雄は亜細亜街に我々を招いたときからそのつもりでいたのだろう。」
「だがその時、私の身代わりに殺されたのが息子のジミー・ロウだった。」
「一方で来栖猛からしても恒雄の暴走は悪夢だったはずだ。」
「私が息子を殺された報復に尾道の秘密を暴露すると恐れることになった。」
「だから来栖は広瀬を使いに寄越し、まずは私に日本からの撤退を迫った。」
「勇太を祭汪会の後継者に差し出すことでな。」
「来栖や広瀬にとって尾道の秘密というのはもはや呪縛だ。」
「だから広瀬は勇太を私への刺客に仕立てあげた。」
「彼らはもう私の口をふさぐのに手段を選ばない。」


桐生が言う。
「広瀬の親分は長いこと遥を匿ってくれた恩人だ。」
「あの人がいなけりゃ遥もハルトも今頃どうなってたかわからねえ。」
「俺も勇太と同じ気持ちだ。広瀬の親分を信じたい。」


「桐生さん、尾道の秘密はあなたに託す。」
「私にはもうあまり時間が残されていない。」
ロウはSDカードを桐生に手渡した。
「先代が私に託したマイクロフィルムのデータ。」
「あなたの持っている携帯で読み込めるはずだ。」
「解読すれば尾道の秘密を暴くカギとなる。」
「私には解けなかったが尾道に詳しい者になら何か分かるかもしれない。」
「そしてあなたが尾道の秘密に迫れば、その前に立ちふさがるのが広瀬だ。」
「彼はあなたを殺してでも阻止しに来るだろう。」
「あなたは澤村遥の親代わりだ。」
「私の息子が愛した娘の父親、つまり我々は両家の父親同士ということになるな。」
「もちろん今更私に勇太の父親面する資格はない。」
「それでも私が尾道の秘密と息子のことを託せる相手はあなただけだ。」
「勇太にとって広瀬という男は親というべき存在。」
「その広瀬を疑い続けて生きていくことは辛いはずだ。」
「何らかの決着が必要になる。」
「そして尾道の秘密を暴くことがそのきっかけになるはずだ。」
「私は宇佐美が勇太を後継者にすることを断念したと組織に連絡を入れた。」
「それは祭汪会の血の掟を守れなかったということを意味する。」
「組織は存続するために私に代わる新たな総帥を立てるだろう。」
「同時に掟を破った者には相応の償いが求められる。」
「まもなく祭汪会の刺客が私のもとに来るはずだ。」
「祭汪会は亜細亜街から撤退する。」
「心残りは巌見恒雄に殺されたジミー・ロウの仇をとってやれなかったことだ。」
ロウは去っていった。


桐生と宇佐美はニューセレナに戻り、伊達に事情を説明した。
「ロウは俺に尾道の秘密を暴くカギを託していった。」
「俺はこれから尾道に向かう。」
「広瀬一家の連中とも話す必要がある。」
「あいつらが親と慕ってきた広瀬の親分と対決することになるかもしれないんだ。」
「俺にはあいつらに通さなきゃならねえスジがある。」
「広瀬一家のあいつらをこの件に巻き込んできたのは間違いなく俺だ。」
「勇太、お前はハルトを連れて遥のところへ行け。」
「俺はな、勇太。俺の目の前で遥の両親が死んだ日、誓ったことがある。」
「あいつもいつか好きな男ができて子供を持つだろう。」
「そんな日が来るまで俺があいつの親でいようってな。」
「今の遥には誰かがそばにいてやる必要がある。」
「だがそれは父親の役目じゃない。お前にしかできないことだ。」


桐生は一人で尾道に向かった。
広瀬一家の事務所に入り、南雲達に事情を説明する。
ロウからもらった暗号を見せて皆で解読すると、「海軍水兵・山名道大の墓」であることが分かった。


早速墓に向かうと、広瀬がいた。
「秘密ってのはさ、そいつをバラされたくない人間がいるから秘密ってんだ。」
「人の隠してるもんに首突っ込むもんじゃないよ。」


「尾道の秘密を守る為にあんたは勇太やハルトを、そして遥のことも道具に使ったのか?」
桐生は襲いかかってくる広瀬を叩きのめした。


「俺の負けだな。」


広瀬一家若衆・田頭直人が墓の奥にあったレバーを動かすとサイレンが鳴り響き、戦艦大和が海から浮上した。
そこに来栖猛がやってくる。
「あれは大和なんかじゃない。」
「それを超える超大和型戦艦と言われた旧日本海軍の最高機密だ。」
「終戦時、未完成に終わった日本の最終兵器。」
「歴史上は計画だけで終わったとされる世界最大の戦艦。」
「巌見造船はその建造を極秘のうちに軍から命じられていた。」
「建造当時、戦争で不足する労働力を補うため私は祭汪会を通じて戦災から逃げていた中国の戦争難民を集めてもらった。」
「祭汪会の総帥がこの尾道の秘密を知っていたのはそのためだ。」
「不幸にも戦艦は完成を目前にして終戦に間に合わなかった。」
「そのために巌見造船が抱えた莫大な損失はある人物から補填されることになった。」
「旧日本海軍将校・大道寺稔。」
「大道寺は日本の存亡にかかわるとして、それまで独断で超大和型の建造を進めていてね。」
「言ってみれば戦費の横領だった。」
「露見すれば当然破滅。」
「だから戦後、占領軍からの武装解除命令の際にも戦艦を隠し通すことにしたのだ。」
「そして全てを極秘とするかわりに大道寺は私に償いを約束した。」
「占領軍が去った1952年、破滅を免れた大道寺はいつしか戦後内閣の黒幕ともいえる存在となっていた。」
「彼は裏の金で巌見造船に戦艦建設費の一部を賠償し、不足分は私に有利な法案を次々に成立させることで借りを返してくれてね。」
「それは国家の法を私物化することに他ならなかった。」
「そうやって私は政府の様々な人間と裏で通じることになった。」
「そこで生まれた様々なしがらみは政界の人々に複雑な根を張り巡らし、それは現代の政界にも引き継がれている。」
「政界と私の長年の癒着を明るみに出すあの超大和型の存在は、大道寺はもちろん今の政界にとっても決して掘り起こされてはならないもの。」
「そして陽銘連合会はその秘密を守るために作られた組織だった。」
「組織は戦艦建造に関わった巌見造船の幹部たちで構成され、決して秘密が漏れないように相互に監視させた。」
「ただそのためだけの組織だった。」
「だからこそ広島の極道は独立を保ち、外に勢力を広げていく必要もなかったのだ。」
「だが終戦から30年という節目を迎えた時、大道寺はその後も永久に秘密が守られることを約束するよう私に迫った。」
「その頃には秘密を知る尾道の生き残りも高齢でわずかな人数になっていたが、私は彼らの皆殺しを決断したのだ。」
「その時私は尾道の同胞たちの殺害を広瀬に命じた。」
「広島で一番の腕を持つ男にな。」


広瀬が言う。
「別に分かってくれなんて言いやしねえよ。古い話だしな。」
「原爆で親も親戚も死んで焼け野原になった広島でよ、俺は愚連隊作って暴れまわってたもんさ。」
「俺がまだ14の時だ。」
「ある日仲間の一人が妙なこと言い出してさ。」
「巌見造船の事務所に盗みに入ろうってな。」
「俺は気乗りしなかったぜ。」
「でも俺も親分肌気取ってたからさ。」
「止めようなんて言えなかった。」
「で、仲間たちと押し入ったんだ。」
「でも捕まっちまってさ。」
「俺は陽銘連合会の子分になった。」
「でも、すぐには馴染めなかったよ。」
「兄貴分だろうが誰だろうが気に入らなきゃすぐに手が出ちゃってさ。」
「だからもっぱら仕事は鉄砲玉ばっかだよ。」
「でもそんな俺を来栖の親父は大事にしてくれた。」
「ケンカに勝つたびに美味いもん食わせてくれて。」
「小遣いもいっぱいくれて。」
「でも何より褒めてくれたのが一番うれしかった。」
「渡世の義理ってヤツさ。」
「親父に頭下げられた瞬間にさ、親父のため、広島のため、日本のため、そのためにこんな自分でも何か役に立つんじゃないかって。」
「本気でそんなこと思っちまったんだ。」
「バカは怖いよなあ。」


来栖猛が言う。
「広瀬は私の命令を忠実に完璧にやり遂げた。」
「自分が兄貴と呼んできた陽銘連合会の幹部を何人もその手にかけてな。」
「尾道の秘密は私の部下、仲間だった者たちの屍に守られてきた。」
「桐生さん、あんたがたった今暴いたのはそういう秘密なのだ。」
「ゆえにその行為は万死に値する。」
「やれ、広瀬。」
「この場にいる者は全員道連れになってもらう。」


広瀬が言う。
「ダメなんですよ、親父。」
「親父、こいつらだけは勘弁して・・」


来栖猛は広瀬の腹部に銃弾を浴びせた。
「いまさら日和りおって。」
「広瀬、お前にはひとつ言ってなかったことがある。」
「かつて大道寺が私に命じたのはな、戦艦の破壊だった。」
「そのかわりに秘密を知る同胞の皆殺しを提案したのは私だ。」
「戦艦が跡形もなくなれば、私は大道寺に対して切り札を失うのでな。」
来栖猛は去っていった。


広瀬が言う。
「ああ、すげえなあ。あれ。」
「俺もさ、尾道の秘密ってのがなんなのか、ほんというとずっと知りたかったんだよな。」
「ありがとな、桐生のあんちゃん。」
「ほんとはお前らに殺されてやりたかったやりたかったんだけどなあ。」
「お前らの父親は俺の兄貴分だった。」
「兄貴達も尾道の秘密を知る生き残りだったんだ。」
「だからよ・・ごめんな。」
広瀬は絶命した。


来栖猛が会社の事務所に戻ると、巌見恒雄がいた。
「あの戦艦が表に出た以上、あなたはもう終わりです。お父さん。」
「ですがおかげで私は大道寺と新たな契約を交わしました。」
「これまで言う機会がなかったんですがね、尾道の秘密のことは私も承知していたんです。」
「あなたの前では知らない風を装っていました。」
「40年前、まだ子供だった私のところへ松永という陽銘連合会の幹部がやってきて全てを明かしてくれたんです。」
「その頃、秘密を知る者達が次々と殺されていた。」
「松永は次は自分の番だと怯えていましたよ。」
「そして秘密の全てを私に喋り、あなたへ彼の命乞いをするよう頼んできたんです。」
「あいにくその晩に松永は死にましたがね。」
「多くの人間の口を完璧にふさぐならいっぺんにまとめてやるべきですよ。」
「大道寺とそのシンパたちは戦艦を隠蔽した見返りとしてあなたを政治的に優遇してきた。」
「世間ではそれを国家権力との癒着と呼びます。」
「70年もの間、あなたと大道寺の癒着に関わった官僚や政治家は現政権の中にも数知れません。」
「もし全てが明るみになればその汚れた過去が芋づる式に掘り起こされてしまう。」
「彼らはあなたが永遠に口をつぐむことを望んでいます。」
「そして私がその望みをかなえる新たな契約者というわけです。」
「最後にひとつ聞かせてください。」
「お父さんは尾道の秘密をなぜ息子の私に教えてくれなかったんですか?」


来栖猛が言う。
「尾道の秘密を知れば二度と裏社会から抜け出ることはできない。」
「自分の子には日の当たる道を歩ませてやりたかった。」


「なるほど、それが巌見造船を私に継がせることだった。」
「それはあなたの勝手な言い分だ。」
「不足に感じるかどうかは私の問題です。」
「私は長い年月待ち続けたんですよ。」
「あなたが表の世界だけでなく、裏社会の地位も含めて私に譲ってくれる日を。」
「私から尾道の秘密について口にせずとも、私という人間を見込んでそうしてくれる日が訪れることを。」
「でもあなたにはその気がないことを私は知った。」
「だから自ら動いたんです。」
「祭汪会のロウを駒にし菅井を手なずけて東城会は今や私のいいなりだ。」
「私は陽銘連合会の跡目として立てるべき手柄を立てた。」
「尾道の秘密は私が受け継ぎます。」
「それによって大道寺稔からもたらされる権力も金もすべてね。」
そこに小清水がやって来て、来栖猛を撃ち殺した。


翌日、染谷が桐生の前に現れた。
「あの戦艦が尾道の秘密ってやつですか。恐れ入りましたね。」
「もうお聞きかどうか。昨夜、来栖猛も死にました。」
「自殺ってことです。」
「まあ自殺と言っているのは巌見恒雄だけですがね。」
「巌見恒雄も尾道の秘密を知っていたようです。40年前から。」
「で、昨夜来栖猛の口をふさいだことで大道寺から陽銘連合会の跡目としてお墨付きをもらった。」
「少し甘く見すぎていました。」
「巌見恒雄は正真正銘の極道です。」
「俺は六代目が不在のうちに菅井を消して東城会のてっぺん獲る肚でした。」
「しかし菅井のバックに巌見がついている以上、思ったほど簡単じゃなさそうですよ。」
「俺はあんたを巌見恒雄や菅井みてえな連中に殺させたくないんです。」
「大道寺から四代目を消すようあの二人に指示が出されています。」
「尾道の秘密を危険にさらしたあんたを大道寺が許すわけがない。」
「老い先短いことで、かえってなりふりかわまねえ動きになっているようだ。」
「この街にいる限り、陽銘連合会はいくらでも兵隊を送り込んできますよ。」
「俺が今ここにいるのも菅井から四代目を殺すように言われてのことです。」
「菅井は巌見恒雄に東城会をまるごと身売りする気でいます。」
「広島の傘下になったら東城会は今とは別物。」
「六代目がムショから出てきてもそのトップの椅子に座り続けようって肚だ。」
「どうしようもねえ小者ですよ、あの菅井ってジジイは。」
「菅井は澤村遥と赤ん坊のことも探しています。」
「しばらくはどこか遠くで一緒に隠れることをお勧めしますよ。」
「俺が東城会獲るときが来たら、あんたとはケリをつけさせてもらいます。」
「そう長くは待たせませんよ。」
染谷は去っていった。


その後、遥が目を覚ましたと連絡を受けた桐生は神室町に戻った。
警察病院で遥と久しぶりの再会を果たす。
「お前が目え覚ましたら説教してやろうと思ってた。」
「黙って姿を消したお前を。」
「俺もアサガオの子供たちも死ぬほど心配した。」
「ほかにも話したいことは山ほどあったはずなんだ。」
「なのによ。」
「こうして生きているお前の顔見たら、もう何から話したらいいのかわかりゃしねえ。」


涙を流す遥。
「おじさん、ごめんなさい。」


そこに秋山がやってくる。
「お帰りなさい、桐生さん。」
「よく無事でしたね。」
「伊達さんと一緒に遥ちゃんたちを匿う場所を探しました。」


遥が言う。
「おじさんはまた私のせいで危ない目に遭ってるの?」


「いや、そうじゃない。」
「なんにしろいろいろあってな。」
「今狙われてんのは俺だ。」
「俺のせいでお前らを危険に巻き込んじまってる。」
「だが必ずなんとかする。」
「お前やハルト、そして勇太が一緒に暮らせるようにな。」
「いい子を産んだな。母親似だ。」
「お前にこんな日が来るのを待ってた。」
「思ったよりだいぶ早かったけどな。」


遥が言う。
「私の遥っていう字と勇太君の勇っていう字、それで遥勇って読むの。」
「勇太君はいい人だよ。」


桐生が頷く。
「ああ。わかってる。」


「ほんとに?おじさんに殴られたって聞いたけど。」


桐生が遥の頭をなでる。
「お前はもう立派な母親だ。」
「こうやって頭なでるのもこれで最後にするべきだな。」
「今のごたごたにお前達を巻き込みたくない。」
「俺が絶対にそんなことにはさせない。」
「じゃあな、遥。」


病室を出た桐生は染谷に電話をかけた。
「桐生だ。染谷、今話せるか?」
「のんびり話してる暇はねえ。」
「巌見恒雄と菅井の居所を教えろ。」


染谷が答える。
「あいにく巌見恒雄の居所はわかりません。」
「ただ、菅井ならミレニアムタワーです。」
「最上階を事務所にしてますんで。」
「どういうことです?菅井と会う気ですか?」
「話し合ってどうこうなる状況じゃないでしょう。」
「巌見恒雄は四代目の首を手土産に大道寺を後ろ盾につける気だ。」
「連中にしてみりゃ取引の余地はありません。」
「あんたはせめて大道寺がくたばるまでは逃げの一手です。」


桐生が言う。
「俺一人だけなら身を隠すこともできる。」
「だが俺の身内をひとり残らず連中から逃げ切ることはできない。」


桐生はミレニアムタワーの最上階に向かった。
すると菅井は清美ママを人質に取っていた。
「裏切り者の染谷君にはムチをくれてやる必要があってなあ。」
側には巌見恒雄と小清水もいる。
「染谷にはあなたを殺せば女を助けてやると言ってある。」
染谷が桐生の前で短刀を構える。
巌見恒雄が言う。
「ではこうしましょう。」
「3つ数えます。」
「それまでに桐生一馬を殺してください。」
「そうすれば彼女は見逃します。」
「言っときますが、私は気が長い方じゃない。」


染谷は自分の腹に短刀を刺した。
「清美・・あの娘には・・ヒロミには、俺・・一度も手えあげたりなんかしてねえからな・・」
「大事にしてきた・・本当だ・・」
「桐生さん・・俺とあいつの娘を・・頼んます・・」
染谷は絶命した。


菅井が鉄パイプを持って近づいてくる。
「四代目、あんたは東城会と陽銘連合会をいっぺんに敵に回したんだ。」
「ナメてんのか?」
菅井は桐生の頭を鉄パイプで殴り続けた。


「どけ、菅井。」
「あんたじゃ殴り殺すのに時間がかかる。」
今度は巌見恒雄が桐生を殴り続けた。


そこに宇佐美が南雲と一緒に助けに来て清美ママを救い出した。
次の瞬間、桐生は巌見恒雄のパンチを受け止めた。
「お前らが、誰に喧嘩売ったか、これからたっぷり思い知らせてやるぜ。」
「地獄まで付き合ってもらう。」
桐生は巌見恒雄、菅井、小清水をコテンパンに叩きのめした。


命乞いをする巌見恒雄に桐生が言う。
「お前が地獄へ来るのを待ちかねている人が大勢いる。」
「お前は極道の世界にカタギを巻き込む外道だ。」
桐生は巌見恒雄の顔を一発殴り、気絶させた。


気絶したふりをしていた菅井が起き上がり、桐生の右腹部を銃で撃った。
「短え夢だったか・・」
菅井はその銃で自らの頭を撃ち抜いた。


数日後、病室で目を覚ました桐生の横に謎の男が座っていて、札束がぎっしりと詰まったアタッシュケースを持っていた。
「見えるか?桐生一馬君。」
「つい今しがた、大道寺稔先生が亡くなられたと報せがあってな。」
「私は政治家としてのイロハを全て大道寺先生に教えられた者だ。」
「今回の尾道の一件、マスコミも世間も大騒ぎだ。」
「選挙も近いというのに。まったく困ったもんだ。」
「火消しに追われて身が持たんよ。」
「まあ時間が経てば火は消える。そんなものだ。」
「だがつまらん火種が大事になることもある。」
「超大和型戦艦、来栖猛、巌見恒雄。」
「それらと大道寺先生との繋がりが万が一でも表に出るようなことがあってはならん。」
「そうだろ?」
「もしあんたからマスコミにでも知れれば先生の名前に傷がつく。」
「するとそのことで過去の過ちを詮索される人間が出てくる。」
「彼らの多くは、今この国を支える指導者たちだ。」
「わかるかね?」
「色々調べさせてもらったよ。」
「養護施設のことを気にかけているんだって?」
「じゃあ金も必要だろう。私は情け深い人間でね。」
「憔悴している人間に鞭は打たない。」
「それを気持ちよく受けとって全ての秘密を守るという意志、それさえ示してくれればいいんだ。」


桐生が言う。
「断る。」
「全てを秘密にしたいのなら、俺の条件をのめ。」
「まず堂島大吾という男をムショから釈放しろ。」
「ヤツが出てこないと広島で戦争が起こる。」
「これ以上の火種は起こしたくないんだろ?」
「条件が呑めないんならこの取り引きは無しだ。」
「秘密に一生怯えて暮らせ。」
「それと最期にもう一つ条件がある。」
「アンタの力でこの病院で発行した死亡届を作ってくれ。」
「そうしたら俺は一生消え続けてやる。」


伊達が病室に入ってくる。
「何を言っているんだ、桐生!」


「聞いてたろ?」
「俺は消える。」
「俺の死体を確認したとあんたがみんなに伝えてくれ。」
「この男が証人だ。」


伊達が怒る。
「おい、ふざけるなって。」
「わかってんのか、お前。そんな真似したらもう二度と遥やハルトに会えねえんだぞ!」


「そうだろうな。」
「遥やハルト、それに俺のまわりにいてくれた多くの仲間達。」
「あいつらを守れるなら俺は喜んで死んでやるさ。」


―1ヶ月後―
染谷と清美ママの娘・ヒロミは清美ママが尾道で引き取ることになった。


桐生が書き残した手紙が出所した大吾に届けられた。
「俺は後悔している。」
「言えた義理ではないが、俺はお前の親のつもりだった。」
「ならば俺は親として伝えなければならないことが山ほどあったはずだ。」
「だが俺はそのことに正面から向き合おうとしてこなかった。」
「そんな俺の前に、さまざまな親子の形が次々に現れた。」
「しがらみや掟に縛られ、子供を純粋に愛してやれてなかったことにようやく気付いた親。」
「親を超えることで認めてもらえる、愛してもらえると頑なにまで信じた子供たち。」
「そんな親と子の隔たりが多くの不幸を招くのを目の当たりにした。」
「彼らは親子として向き合っていなかったのだろうか。」
「そうじゃない、彼らは親子の絆を信じていた。」
「それぞれが苦しい運命の中で親子の絆を確かめようと必死で思い、悩み続けていたはずだ。」
「ただ彼らには親子として共に過ごす時間が足りていなかった。それだけだ。」
「でもそれはきっと大切なことなんだと思う。」
「だが俺も彼らと同じ轍を踏んでいた。」
「六代目としてお前を東城会に引き込んだのも俺だ。」
「大吾、俺はお前の親として傍にいてやる必要はないと思っていた。」
「堂島大吾を男と見込んでお前に全てを託していたといえば聞こえがいい。」
「だが俺は、お前と持つべきだった。」
「親と子の時間を捨てて運命と向き合わず、消せない過去からも目を背け逃げていただけだ。」
「あの親子たちのことを想うと、そんな俺がお前や東城会の親だと名乗る資格はない。」
「だからこの手紙を読んだ時もし俺が死んでいたとしても、どうか親の仇を討とうなんて思わないでほしい。」
「俺の命にそんな価値などない。」
「それが俺の、最期の頼みだ。大吾。」


手紙を読み終えた大吾が出迎えに来た真島と冴島に言う。
「俺は守ります。」
「広島とは戦争はしない。」
「そのうえで、陽銘連合会にはこっちから申し出て五分の盃を交わします。」
「俺はあの人の手紙に超えるべき親の背中を見た。」


ニューセレナで秋山と伊達が話をしている。
「またこのビルでスカイファイナンスを開きますんでね。」
「ご挨拶をと思いまして。」
「それで、桐生さんのことですけど。」
「伊達さんは本当にあの人の遺体を間違いなく確認したんですか?」
「桐生さんの死を確認したのはあなただけだ。」
「そのあと遺体は不可解にもすぐ火葬にされちまった。」


伊達が答える。
「桐生には遺族がいない。」
「あの日俺が遺体の確認に呼ばれたのは警察関係者の友人としてだ。」


「何度聞いても答えは同じってことですか。」
「いつか本当のこと話せる日が来たら、そのときは違う答えを聞かせてもらえますよね?伊達さん。」
秋山は帰っていった。


「思いモン背負わせやがって・・」
「馬鹿野郎が。」


遥と宇佐美はハルトと一緒にアサガオで新生活を始めた。
その元気に暮らす様子を物陰から見ている桐生。
その後桐生は一人でどこかへ旅立っていった。