ゲーム ネタバレストーリー まとめ

ゲームのストーリーを詳細にまとめています。続編をプレイする時などに役立てて下さい。このブログにはネタバレ要素が多く含まれています。

ジャッジアイズ 【JUDGE EYES】― 死神の遺言― チャプター1「モグラ」

[一覧] >> [チャプター2 アンダー ザ ウォーター]


舞台は東京新宿神室町。
源田法律事務所は西の雑居ビル2Fにある法律事務所だ。


「ああ、さようでございますか。」
「もちろん私どもがお力になります。」
「ああ、ご安心を。」
源田法律事務所の弁護士 源田龍造が煙草を片手に電話をしている。
「え?ああ、うちの八神をですか?」
「いや、大変恐縮なんですが、彼は先々まで手いっぱいでしてねえ。」


弁護士 八神隆之が源田を横目で見る。


同僚の弁護士 新谷正道が聞こえるように嫌味を言う。
「あーあ、いつまで続くんだろうなあ、この八神人気はよ。」
「なあ、さおりちゃん?」


新谷の嫌味を聞き流し電話対応をしているのは弁護士 「城崎さおり」だ。


新谷の嫌味が続く。
「みんな無罪取れる弁護士がいいんだとさ。」
「八神センセ。」


八神が答える。
「まいっちゃいますよ。」
「あの裁判はマグレもあったってのに。」


「へっ、当たり前だろ。」
「判決の99%が有罪ってんだ。」
「まあ、だからマグレだろうが無罪ってやつはデケえ。」
「獲った弁護士はヒーローよ。」
「元がゴロツキあがりでもだ。」


八神が愛想笑いで返す。
「ですね。」


「ですねって、お前。いい気になってんじゃねえぞ。」
「あのな、勝てるばっかじゃねえんだ。」
「俺は先輩としてお前に・・」
「聞いてんのか?」


八神は顔色を変えない。
「ご忠告ありがとうございます。」


城崎が電話を置いた。
「八神先生に弁護の依頼です。」
「依頼人は大久保新平。」


皆が驚く。
「大久保新平って、八神が無罪にした、あの?」


城崎が話を続ける。
「殺人で逮捕されたそうです。」
「前のとは別なんです。」
「ついさっき、大久保が包丁で恋人を刺した後、ガソリンで火を・・・」


八神が勢いよく席を立つ。
「んなことねえだろ!」
「恋人を刺したって・・」
「大久保君が絵美ちゃんを?」
「そんな・・なんでだよ・・」


「あの日・・弁護士としての俺は、絵美ちゃんと共に殺された。」
「連続殺人鬼・大久保新平の手によって。」
―3年後 2018年12月10日 東京 神室町―


八神は独立し、中道通りの裏路地に小さな探偵事務所を開いていた。
八神はホームレスに変装し、潜入捜査中だ。
「こちら八神。」
「海藤さん、そっちはどう?」


海藤の声をイヤホンで聞く。
「もうすぐだよ、今ドンキの近くだ。」
「そっちに向かってる。」


海藤正治は八神探偵事務所の調査員だ。
「ああ、見えた。」
「全然気づかれてないな。」
「尾行の腕あげたね。」


「おうよ、我ながら自分の才能が怖え。」
「しかし面白えもんだよな。」
「探偵が探偵を追ってるなんてよ。」
「ドラマでもなかなか見ねえよな。」


ターゲットの男性が前を通り過ぎるのを確認し、八神は立ち上がった。
「こっから俺も後ろにつく。」


ピンク通りに向かう裏道からチャンピオン街の方に向かう。
「チャンピオン街か。あそこは入り組んでるぞ。」


「ああ、そろそろ目的地ってことかもな。」
「よし、ハトを飛ばそっか。」
「空からも追っかけよう。」


海藤が言う。
「お、ドローン使うってか?」
「わかった。任せとけ。」


「海藤さん、探偵はチャンピオン街の空地に入ってった。」
「あの先は行き止まりだ。」
「今追ってったらバレるね。」
「多分誰かと会う、人に見られたくない待ち合わせってとこか。」


海藤が言う。
「なるほど、こっちは今ハトを飛ばした。」
「見えるか?上だ。」
「スマホ出せ。ハトの映像送ってやる。」


「手際がいいな、海藤さん。操縦も安定してる。」
「だいぶ練習した?」
「ん?誰かいるぞ。探偵の他にもうひとり。」
「やっぱ待ち合わせだったな。」
「見た顔だ。確か神室町で競馬のノミ屋やってる・・」
「わざわざこんなとこでノミ屋に会うってことは多分金の受け渡しだ。」
「今なら取りっぱぐれがない。」
「俺らのミッションは探偵の借金取り立て。」
「踏み込むなら今だ。」
「見てな、ひと稼ぎしてくる。」


八神がターゲットの探偵の前に現れた。
「どうも、いい夜だね。探偵さん。」
「神室町のノミ屋はサービスがいいんだってね?」
「当てれば配当は1割増し。外した馬券の1割は客にバック。」
「ギャンブル好きにはありがたいよな?」
「俺も今度やってみようかな。」
ノミ屋の男は無言で立ち去っていった。
「あれ、もう行っちゃうの?」
「まだ探偵さんから金もらってなかったでしょ?」


八神がターゲットの探偵に言う。
「うちの客のそのまた客があんたに金返して欲しいってさ。」
「ノミ屋から馬券買う前にね。」
「俺はあんたと同・業・者。」
「あんた、逃げ足早いんだって?」
「で、うちに依頼が来たってこと。」
「もう逃げらんないよ。」
「さ、おとなしく払うもん払いな。」


「フン、確かに持ち合わせはある。」
「でもなあ、返すのは馬でもっと増やしてからだ。」
「それまで待っとけや。」
ターゲットの探偵が逃げ出したので追いかけて捕まえた。
「往生際が悪いよ、あんた。」


ターゲットの探偵が言う。
「お前も探偵って言ってたよな。」
「いいのか?この金もってくならマジで訴えるぞ。」
「見よろ、鼻の骨が折れてる。」


「鼻血が出てるだけだよ。」
「だいたい、先に逃げ出したのはそっちだろ。」
弁護士バッジを見せる八神。
「どうする?本当に出るとこ出る?」
「でも、やっぱ相手が悪いと思うよ。」


―数日後―
「にぎやかな夜を楽しむなら神室町はうってつけの街だ。」
「だがネオンの光が眩しいほどその影は暗くなる。」
「この街を牛耳っているのは東日本最大のヤクザ組織、東城会。」
「神室町はディープな場所ほど刺激的な魅力に溢れているが、同時に危険も増えていく。」
「例えば遊び半分で盗みを働く若者たちの窃盗団。」
「闇サイトで集まったメンバーはお互いに顔も知らないという。」
「警察はまだ彼らをただの一人も捕まえられていない。」
「でも最近、神室町で最大の話題はこれ。」
「連続殺人だ。」
「この3ヶ月の間に関西から来たヤクザが3人殺された。」
「抗争中の東城会が見せしめにやったと言われている。」
「殺された男はいずれも目を抉られていた。」
「3人のヤクザの6つの目玉は未だに見つかってない。」
「そんな街の片隅で俺は探偵事務所を開いている。」
「ただひとりの従業員にして俺の兄貴分、海藤さんは元東城会系のヤクザだ。」
「そして俺、八神隆之は3年前に法廷を離れた弁護士でもある。」
「俺の持つ弁護士バッジにはもう飾り以上の意味はない。」


事務所で海藤に給与を手渡しする八神。
「これ、今月分の給料ね。悪いけど残りはまた。」


「お前の取り分は?」


八神が答える。
「俺の分は、まあそのうち。」


「そっか。また源田先生んとこに行ってみるわ。」
「なんか仕事ないかって。」
「あそこの法律事務所、最近暇そうだぞ。」
「ちゃんと仕事してんのか、あのチョイ悪オヤジ。」


八神が言う。
「うちのお得意様にそういう言い方やめない?」


「なら古巣だからって手ぶらで行くなよ。」
「菓子折りぐらい買ってけ。」
「ちゃんとカッコつけろ。」
海藤は八神に1万円を手渡した。


「う・・なんか苦労かけるなあ。」


海藤が煙草をふかす。
「それは言わない約束だろ、おとっつぁん。」
「そういや、天下一通りのコンビニ限定もんのどら焼きがあったぞ。箱入りのやつ。」
「源田先生、筋金入りの和菓子派だったろ。」


「なるほど、じゃあ手土産はそれだ。」
八神はどら焼きを買いにコンビニを訪れた。


途中チンピラに絡まれ、八神が相手をボコボコにしているとヤクザに声をかけられた。
「何やってんだ?ター坊。」


「羽村のカシラ。」


八神に声をかけてきたヤクザは羽村京平という東城会系松金組若頭の男だった。
「ター坊がチンピラ相手に喧嘩売るわけねえもんな。」
「となると・・」
羽村がチンピラの方を向く。
「お前ら誰に手ぇ出したかわかってんのか?」
「こいつはうちの組長にとっちゃ息子同然なんだよ。」
「俺の言ってること、わかるか?」
「こういうのはな、松金組のメンツの問題なんでな。」


「すんませんでした・・」
チンピラたちは逃げるように立ち去っていった。


「ケンゴ、お前まだター坊に会ったことなかったな?」
「顔、覚えとけ。探偵の八神さんだ。」
羽村が舎弟のケンゴを紹介する。
「こいつは昔、組長が学費の面倒見て弁護士にしたんだがよ。」
「腕が良すぎてマジもんの殺人鬼まで無罪にしちまったんだ。」
「優秀だろ?まったくこんなとこにいちゃもったいねえ。」
「ところがな、その殺人鬼はシャバに出てきた途端、今度は自分の恋人ぶっ殺しちまったんだよ。」
「結局それで死刑よ。」
「そういやあいつ、もう吊るされたか?」


八神が答える。
「執行はまだです。」


「早く済ませりゃお前もすっきりするのになあ。」


八神が羽村に金を手渡す。
「ああ、これ。例の探偵から取り立てた金です。」
「もううちの取り分は引いてあるんで。あとどうぞ。」


「おお、板についてきたじゃねえか。取り立て屋。」
「海藤のやつは元気か?」
「ひとつ聞いといてくれや。」
「うちを破門にされたモンがいつまでこの街にいるんだってよ。」
「お前も組長のお気に入りでいるうちは大目に見ててやる。」


八神が聞く。
「松金の親っさん、お元気ですか?」


「素人が余計なクビ突っ込むんじゃねえよ。」
「おう、いくぞ。」
羽村は立ち去っていった。


八神は源田法律事務所を訪れた。
「よ、さおりさん。」
「これどら焼きね。限定もんだって。」


「源田法律事務所は俺の古巣だ。」
「3年前に辞めて以来、顔ぶれは少し変わった。」


星野一生という若い弁護士が八神に声をかける。
「どうも、八神さん。」


「星野君、どう?ここはもう慣れた?」


「ええ、みなさん良くしてくれるんで。」


八神が言う。
「優秀なんだろ?」
「司法試験でもトップクラスだって?」
「ならもっと大きな事務所でも行けたろ?」


「いや、なんてこと言うんですか。」


「聞こえてるぞ、八神。」


源田に深々と頭を下げる八神。
「源田先生、どうも。」


「俺には生みの親を入れて親父と呼べる人が3人いる。」
「この源田先生もその一人。」
「俺が弁護士になる前からこの事務所で働かせてくれた。」


「新谷先生はどちらに?」


源田が答える。
「夕方から見てねえな。」
「まあちょうどよかったじゃねえか。顔合わせずに済んで。」
「お互い嫌いだろ?」
「お前らどっちも相手を馬鹿だと思ってるからよ。」


「まさか。尊敬する兄弟子ですよ。」
「それを馬鹿にするなんて。」


源田が言う。
「うちの仕事が欲しけりゃあいつともうまくやれよ。」
「お前はもっと先輩に敬意をはらってだな。」


「あの、なんか仕事ありませんか。源田先生。」


源田が言う。
「そもそもお前、いつまで探偵なんか続けんだ?」
「こんな危なっかしい街で。」
「お前がやってるのは探偵じゃねえ。なんでも屋だ。」
「なあ、八神。」
「お前、もう弁護士に戻る気はねえのか?」


「ありませんね。」
「見て下さい。俺のこの目。」
「こいつは人が善人か悪人かまるで見分けられないんですよ。」
「そんなやつに弁護士なんて任せちゃ駄目です。」


源田が言う。
「3年前の件なら、あれはお前のせいじゃねえぞ。」
「あれはお前が優秀な弁護士だからこそ起きた事故だ。」


「事故だとしても俺はあんなの二度とごめんなんですよ。」
「仕事ないですか?先生。」
「暇にしてるとあの日のことを思い出すんです。」
「絵美ちゃんの遺体が目に浮かんで。」
「だからなんでもいいんで、ずっと忙しくしていたいんです。」


源田が言う。
「離婚裁判の証拠集めは?」
「例によってラブホ張り込んで証拠写真を撮影、それから尾行とゴミあさりだ。やるか?」


「いいですねー。もちろん、喜んで。」


「お手上げだな。あとで資料送っとく。」
「次来る時は手土産いらねえぞ。」
「金が余ってしょうがないって時だけ持ってきてくれ。」


城崎さおりが電話を取る。
「源田法律事務所です。」
「え?ええ。います。わかりました。」
「八神さん、新谷先生から。」
「裁判の証拠集めを頼みたいそうです。殺人事件の。」
「新谷先生、泰平通りのバーにいるそうです。」
「すぐ来て欲しいと。」


源田が言う。
「ん?うちにそんな案件あったか?」
「八神、さっきの離婚裁判は忘れていい。」
「新谷を手伝ってやってくれ。」
「殺しの弁護なんざうちも3年ぶりだ。」


八神は泰平通りバー「テンダー」にやってきた。
「BARテンダーは20年前、俺が神室町で初めてバイトしてた店だ。」
「マスターはその頃から老けていたのか、今もあまり変わってない。」


マスターが八神を見る。
「ター坊か。奥に新谷先生来てるよ。」


新谷が言う。
「うちの仕事が欲しけりゃもっと早く来い。遅すぎんぞ。」


「急な呼び出しに遅刻もないだろ?」
「妙な先輩風はよしてくれ。」
「1杯飲ませてもらいます。」
「源田事務所の交際費ってことで。」


「東城会の松金組若頭、羽村京平。お前はよく知ってるな?」
「羽村が逮捕された。殺人と死体遺棄でな。」
「で、松金組からうちに弁護の依頼がきちまったんだ。」
「まあ松金組の組長は裁判ごとじゃあずっと源田先生を頼りにしてきたからな。」
「源田先生が俺の名刺、渡してたらしくてよ。」
「ったく、なんで俺がヤクザの弁護なんて。」
「これから神室署で羽村に接見する。」
「お前も一緒に来い。」
「俺と違ってヤクザには慣れてんだろ?」
「接見の前に事件の大筋を共有しておく。」
「まず被害者は関西共礼会のヤクザだ。」
「1週間前、神室町のゴミ捨て場で死んでいるのが見つかった。」
「死体の目が抉られて経って、例の事件だよ。」
「警察は羽村をその犯人と見ている。」
「今までに目を抉られたヤクザは3人。」
「同一犯の連続殺人なら相当注目されるはずだったんだがよ。」
「はじめの2件は羽村にアリバイがあった。」
「で、警察は3件目についてだけ羽村を犯人と言ってんだ。」
「3人死んでて全部未解決じゃ警察もカッコつかねえ。」
「だから多少強引だろうが、今回のだけでも片付ける気なんだろ。」
「どうせ被害者はヤクザだ。」
「世間もうるさくは言わん。」
「警察が羽村を逮捕した理由はふたつ。」
「被害者は神室町に進出してきた関西ヤクザで、もう何ヶ月も東城会と抗争している。」
「となると十中八九、殺したのは東城会系列のヤクザだ。」
「で、羽村もそのひとり。」
「もう一つの理由は、事件当日、羽村は被害者と口論をしていた。」
「羽村の言い分は、やってないと言ってるそうだ。」
「警察の言いがかりだともな。」
「依頼人が無罪を主張すんなら、俺も法廷でそうする。」
「それが弁護士の仕事ってもんだ。」


八神と新谷は神室署に向かい、羽村と接見した。
「よお、今夜はよく会うな。ター坊。」
「笑ってもいいんだぜ?」
「頼りにしてるぜ。新谷先生。」
「まあ俺らも仲良くやりましょうや。」
「うちの組長と源田先生みてえに。」
「殺しをやってようがなかろうがよ、お前らの仕事は俺をここから出すことだ。」
「違うか?」


八神が言う。
「んー、違いますね。」
「俺はもしあんたが殺ったって証拠を見つけたらそれを検察に渡してあんたをムショに送らせます。」


羽村が怒る。
「ふざけんな!てめえは殺人鬼だって無罪にしたんだろが。」


「3年前、少なくとも大久保新平は無実の可能性が高かった。」
「だから俺も信じることができた。」


羽村が言う。
「ター坊、あん時お前は無罪獲るって手柄に目がくらんだんだよ。」
「だから人殺しかもしれねえっていう男を野放しにしただろ?」
「正直に言えよ。」


「疑わしきは罰せずですよ。」


「なら焼き殺された娘の親にそう言ってみろ。」
「それができねえから逃げたんだろ?」
「弁護士って仕事からよ。」


新谷が言う。
「あのお、事件の話に戻したいんですがかまいませんか?」
「まず被害者は共礼会組員で名前は久米敏郎。年齢は34。」
「12月4日の早朝6時、ゴミ捨て場に死体があると110番通報がありました。」
「事件前に被害者と揉めていたそうですね。」
「警察は何か言ってませんでしたか?」
「他にも逮捕するだけの証拠があるとか。」


「そんなもん、俺にわかるわけねえだろ。」
「なあ、新谷先生。」


「ええ。ただ警察にどんな証拠があるか今の時点では弁護士にも開示されません。」
「起訴前は羽村さんの話だけが我々の頼りでして。」
「それじゃ、八神。」
「お前から羽村さんに聞いておきたいことは?」


八神が聞く。
「被害者の身元は確か久米敏郎、34歳、共礼会の下っ端。」
「久米は神室町に一人でいたんですか?」
「抗争中の関西ヤクザが敵地でひとりっきりってことはないと思うんですが。」


「ああ。もうひとり連れがいた。」
「野郎の兄貴分だろうが名前は知らねえ。」
「共礼会の人間は合わせて2人。」
「こっちは俺を入れて松金組が5人いた。」


八神が聞く。
「被害者の久米とはどこで揉めてたんですか?」


「すっぽん通りにアムールってクラブがある。」
「その店先だ。」
「俺は組の若いもんを連れてた。」
「そん時に共礼会と睨み合いになってよ。」
「そいつが久米って野郎だった。」
「関西の下っ端にデカい顔されたんじゃメンツが立たねえから喧嘩をしかけた。」
「それに、俺もまあまあ酒が入ってた。」
「9時過ぎだったかな。」
「野郎が逃げようとしたのを捕まえてよ、アムールん中に引きずり込んだ。」
「アムールはうちの組でケツモチやってる店だ。」
「で、中にいた客は全部帰してよ。しばらく久米にヤキ入れてた。」
「ただ殺しちゃいねえ。」
「そのあと奴は裏口から叩き出してやった。」
「俺もそのまま店を出た。」
「12時よりは少し前だ。」


八神が言う。
「なるほど。」
「すると被害者はあんたらに無理矢理拉致され、朝には目を抉られてた。」
「俺が警察でもカシラを逮捕しますね。」
「カシラのアリバイはどうなんです?」
「まず被害者の死亡推定時刻は?」


「深夜2時から3時の間らしいな。」
「その頃どこにいたって取り調べでしつこく聞かれた。」
「サウナにいたんだよ。」
「神室町のサウナ御殿。」
「朝までずっとな。」
「証拠はねえよ。」


八神が聞く。
「警察でこの事件担当しているのはなんて刑事です?」


「神室署 組織犯罪対策課の黒岩だ。」
「新谷先生なら知ってんじゃねえか?」


新谷が答える。
「ええ。敏腕と言うより剛腕って評判の刑事です。」
「前にあった共礼会の殺しも担当してたはずです。」


神室署を出た2人は別行動をとることにした。
八神はサウナ御殿で店員に羽村のアリバイを確かめることになった。
「ああ、刑事が聞き込みに来たよ。」
「事件のとき、犯人がウチに来てなかったかって。」
「あんた何?記者かなんか?」
「警察にも言ったんだけどね。」
「あの夜、受付は俺がやってたんだよ。」
「まあでもどんな客が来たかなんて覚えてないね。」
「終電までは客の出入りが多いんだよ。」
「うちはさ、始発まで時間つぶしにくる客ばっかなの。」
「そうすっと、夜中は入店の客だけ。」
「帰る人はまずいないのね。」
「あの晩もそう。」


「なるほど。じゃあ夜来た客はみんな始発までいたと。」
「つまり羽村の入店さえ確認できればそれがアリバイになる。」
「事件の夜、羽村がサウナに入ったって証拠があればそれで万事解決ってことか。」
「でもアリバイを示すめぼしい証拠は一つも出てきてないって話だったな・・」


八神が聞く。
「店の中に防犯カメラはないんですか?」
「客の出入りをチェックするような。」


「あるけど、うちは3日で録画消しちゃうんだよ。自動的に。」
「だから警察来た時にはもう消えちゃっててね。」


八神は周囲への聞き込みを開始した。
「12月3日の夜、サウナ御殿へ入っていったっていうヤクザがいるんですけど。」
「何か見てたりしないかな?」
「この羽村って男なんだけど。」


呼び込みの男が答える。
「さあ知らない人だねえ。」
「この街はヤクザいっぱいいるから。」
「でも3日の夜、ヤクザっていうとなんかこの辺りでホストが顔を殴られたとか騒いでたな。」
「うん、たいした怪我じゃなかったみたいだけど、12時とかもう少し遅い時間だったかな。」
「ただ俺が見たときにはもうヤクザいなくなってたし、ホストも少し騒いですぐ消えちゃった。」


探偵事務所に戻ると海藤がいた。
「あれ?海藤さん、もう上がってると思ってた。」


「うち帰っても寝るだけだしよ。」
「さっきまで外で飲んでた。」
「で?なんか仕事入ったか?」


八神が答える。
「刑事事件の証拠集め。それも殺しの。」
「今回は松金組のヤマだから。」
「逮捕されたのは羽村のカシラだ。」
「事件は例の共礼会のヤクザ殺し。」
「さっき接見に行ってきた。」
「本人は無実だって言ってる。」
「気乗りしないだろ?」
「弁護すんのが羽村のカシラじゃな。」
「あんたを組みから追い出した張本人だ。」
「なんなら今回は俺一人でやってもいい。」


「別に俺はカシラに追い出されたわけじゃねえ。」
「てめえで下手うっただけだ。」
「気にすんなよ。お前が受けた仕事だ。」
「俺も乗る。」


翌日、事務所にいた八神の携帯電話がなった。
「新谷だ。今、中通りまで来てる。」
「ミジョーレって喫茶店があるな?そこで待ってる。」


八神はミジョーレに向かった。
「・・というわけでサウナ御殿のまわり聞き込んだんだけど、やっぱカシラのアリバイを証明できる証言は取れなかった。」
「で?そっちが俺を呼びつけた理由はなに?」


新谷が言う。
「新しい情報が入ったんだ。ま、こいつを見ろ。」
「警察がマスコミに公開してな。例のアムール前の防犯カメラだ。」
「羽村も被害者の久米も、ばっちり映ってたよ。」


「事件前にカシラと久米が揉めてた映像ってことか。」
「警察はそんなのつかんでたんだな。」


「いいか?再生するぞ。」
新谷がスマートフォンの動画を再生する。
「店に引きずり込まれてるのが久米だ。」
「この画面の端を逃げていくのが久米の兄貴分ってやつだ。」
「名前もわかった。」
「村瀬晃。久米と同じ共礼会の組員だ。」
「警察の取り調べを受けたあと、今も神室町にいるらしい。」
「たぶん近くに共礼会のアジトがあるんだな。」


八神が言う。
「よく撮れてるな。この映像。」
「これじゃカシラも言い訳しようがない。」


「ああ。それにまだ続きがある。」
「さっきのから1時間後の映像だ。」
「拉致から1時間後、羽村と久米を残して組員たちとアムールの店長が店を出てってる。」
「羽村と久米だけまだ店の中ってことだ。」
「羽村も俺らにこんなこと言ってなかった。」
「この映像の時点で夜10時。」
「久米の死亡推定時刻までまだ4時間ぐらい空いている。」
「問題はその間、店の中で羽村と久米が何をしていたかだ。」


八神が言う。
「カシラは確か12時頃久米を店から叩き出したと言ってたな。」
「そのとき自分も店を出てサウナに行ったと。」


「ああ。だが羽村や子分以外の人間からも話を聞いておきたい。」
「そこでだ。八神、お前はこのアムールの店長を当たれ。」


八神が言う。
「先に言っとくぞ。」
「弁護人はあんた。裁判にどんな調べが必要か決めるのもあんただ。」
「それでも調査のやり方は俺が決める。」
「あんたに指図される感じが嫌なんだ。」


八神は情報屋・九十九誠一にアムールの店長を探し出すよう依頼した。
九十九はネットを通じてあらゆる情報を集めるハッカーだ。
八神は九十九の協力でアムールの店長・新垣を探し出し、話を聞いた。
「12月3日の事件のこと?ああ、あれ。」
「いや、だから羽村のカシラがね、例の久米って関西ヤクザを連れ込んできたんだよ。」
「その時の客はほんの3〜4人くらい。でもヤクザが怒鳴りながら入って来たんでみんな帰ってったよ。」
「店の女の子たちもそんとき俺が帰した。」
「そのあとは松金組の人たちが久米にヤキ入れてたよ。1時間くらい。」
「で、10時過ぎになって急におかしなことになってさ。」
「みんな羽村のカシラに帰されたんだ。店長の俺までだよ。」
「店の中はカシラと久米の二人きりになった。」
「なんか久米が昔のダチに似てて、それでちょっと二人で話したくなったとか。」
「そんな風に言ってた。」
「でもカシラがそうしたいってんだからしょうがないよな。」
「だから俺もそのあとのことは知らないんだよ。」
「久米がリンチされてたときは、ま、そりゃひたすら黙って見てたよ。」
「でもそのリンチで人が死んだりしたら店としてもまずいだろ。」
「通報なんてしてバレたらおっかねえし。」
「それにリンチっつってもね、全然たいしたことなかったんだよ。」
「みんな手加減してたから。」
「せいぜい頭はたいたり、小突いたりする程度。」
「たまに強めに入っちゃって鼻血とか出してたけどな。」
「事件の後、刑事がきたよ。」
「組織犯罪対策課の黒岩って人。」
「鑑識が店の中いろいろ調べてたね。」
「被害者の血の痕がないかとか。ルミノール反応ってんだろ?」
「じつは警察来たときにはもう掃除しちゃってたんだけど。」
「やっぱり少し血の反応が出たらしくてさ。」
「だからここが殺しの現場じゃないかって、そう言ってたよ。」
「掃除したときも別にたいした量じゃなかったけどね。」


八神が聞く。
「裏口の防犯カメラは?」


「先月頃、多分酔っぱらいかなんかに壊されたんだけど。」
「まあどうせもともと録画もしてない飾りだったから。」


八神が事務所に戻ると、東京地検の検事・藤井真冬が海藤の入れたコーヒーを飲んでいた。
「あれ?なんでお前が。」


「ごきげんよう、八神君。」


海藤が言う。
「言っとくけど、真冬ちゃんはお前とヨリ戻しに来たわけじゃないぞ。」


「付き合うまで行ってませんから。私達。」
「仕事の話で来たの。当然だけど。」
「松金組若頭、羽村京平の例の事件、検察の方で起訴にしたから。」
「八神君も絡んでるんでしょ?」
「源田法律事務所の情報は私に筒抜けなの。」


八神が言う。
「さおりさんから聞いたのか。相変わらず仲良いな。」


「当たり前でしょ?幼馴染だもん。」
「それに大学同期。」


八神が聞く。
「羽村の件だけどもう起訴なの?」
「逮捕したばっかりなのに。」


「担当検事は前から羽村に目をつけてたみたい。」
「逮捕するまでずっと泳がせてたんだって。」
「担当は泉田検事。」
「泉田検事は八神君が無罪とった時の検事。」
「3年ぶりの対決ね。」


八神が否定する。
「いや、俺が法廷に立つわけじゃないから。」
「そういうのは新谷がやる。」
「この間、源田先生に弁護士に戻る気はないかって言われたよ。」
「まあその話はもういいって。」
「検察からもなんかうちに仕事ないかな?」
「真冬だったら安くするよ。」


「前から思ってたんだけど、八神君、探偵なんて全然似合ってないからね。」
藤井真冬は仏頂面で帰っていった。


「外、もう暗いな。」
「ちょっと送ってくる。」
八神は真冬を追いかけた。
真冬に話しかけようとすると東京地検 検事正・森田邦彦がやってきた。
「そうか、君が八神弁護士?」


東京地検 検事・泉田圭吾もやって来た。
「久しぶりだな、八神先生。」
「法廷に立つ君を見られなくなって残念に思っていた。」
「今回は君が羽村の弁護を?」


「いや、弁護人は新谷先生。」
「俺は証拠集めの手伝い。」
「俺が送る必要はなかったな。じゃ、また。」


立ち去ろうとする八神に泉田検事が話しかける。
「君は今、探偵やってるんだってな。」
「一度は無罪を勝ち取った弁護士なのに。もったいないなあ。」


「あんときは、あんたが相手だから勝てただけだよ。」


泉田検事が豹変する。
「ほざいてろ、野良犬が。」
「お前のでたらめな弁護で誤審が生まれたんだ。」
「そのせいで一人の女の子が殺されたんだぞ。」


「ん?どこがでたらめだった?」
「検事だったら具体的に言ってみろ。」


「何もかもだ!」
森田検事正が泉田をなだめる。
「もういいだろ、泉田。」
「失礼する。」
真冬、森田、泉田の3人は去っていった。


八神は海藤と一緒に源田事務所に向かった。
新谷と打ち合わせをする。
「事件の捜査資料が手に入った。」
「事件の流れ、鑑識の結果、それに検察側の主張する羽村有罪のストーリーだ。」
「まずは現場の資料だ。」
「12月4日早朝6時過ぎ、死体発見の110番通報。」
「急行した警官がアムール裏のゴミ捨て場で倒れている死体を確認した。」
「被害者は関西共礼会の組員・久米敏郎。」
「下っ端で特に肩書もない。」
「遺体に軽く暴行された痕はあるが、直接の死因は眼球を突き刺した傷だ。」
「アイスピック状の凶器が脳にまで達したとみられる。」
「両目は眼球を突き刺した凶器を使ってそのまま引っ張り出されたらしい。」
「抗争中の東城会から共礼会への見せしめと考えるのが自然だ。」
「だからもし羽村のカシラが無実だとしても真犯人は十中八九東城会の人間。」
「その真犯人を特定できれば、自然と羽村の無実が証明できる。」
「今んとこ一番はやっぱりアリバイの証明だろうな。」
「それさえできりゃ羽村は無罪だ。」
「死体発見現場の地面にはほとんど血痕がなかった。」
「このことから実際の殺害現場は別の場所と考えられる。」
「アムールの店内がその第一候補だ。」
「事件の番、近くの居酒屋店員が午前2時頃にゴミを捨てている。」
「そのときはまだ異常はなかった。」
「つまりこの死体が捨てられたのは午前2時から発見された6時までの間ってことになる。」
「被害者の死体からは財布も携帯も見つかってない。」
「スマホは壊されたんだろう。」
「GPSの位置情報も拾えなかったらしい。」
「犯人は荒っぽく死体を捨てたかわりに最低限の隠蔽はしている。」
「アムールに行った時、裏のゴミ捨て場ってのは見たか?」
「もう事件の痕跡はねえだろうが、裏口出てすぐのとこらしい。」
「まあそれはともかく、これが殺される前の久米だ。」
新谷はスマホを取り出し、写真をみせた。
久米の左頬に大きな古傷がある。
「まず事件の背景として関西の共礼会と東城会との抗争がある。」
「これまでにも共礼会の極道が2人、目を抉られてきた。」
「今回の件も含めた3件は、共礼会と敵対する東城会の犯行である可能性が高い。」
「ここから先は検察が主張する事件当日の流れだ。」
「12月3日、夜9時過ぎ。」
「神室町のクラブ・アムール前。」
「松金組若頭・羽村京平と共礼会の久米、村瀬の間で口論が発生。」
「羽村は子分を使ってアムールに久米を拉致。」
「その際、村瀬は久米を残して逃走している。」
「羽村はアムールで1時間にわたって久米を監禁。手下たちに暴行を加えさせた。」
「夜10時、羽村は自分と久米を残して全員を店から帰した。」
「ここまではアムール店長の証言と防犯カメラの映像とで裏が取れている。」
「このあと検察が言うには、羽村は二人きりになったあと久米にさらなる暴行を加え続けた。」
「そして午前2時から3時頃、ついに久米の眼球に鋭利な刃物を突き刺して殺害。」
「遺体から眼球を抜き取った上、死体はアムール近くのゴミ捨て場に遺棄した。」
「警察の取り調べに対し、羽村は午前0時に久米とアムールを出た後サウナにいたとアリバイを主張。」
「しかしそれを裏付ける証言や証拠はなく、検察は信憑性に欠けるとしている。」
「久米の死体発見は4日午前6時過ぎ。」
「羽村は事件から1週間後に逮捕された。」
「アムール前の防犯カメラ映像と店内から出た被害者の血液反応、そしてアリバイの不成立。」
「ひとつひとつは有罪の決め手とまでは言えん。」
「それでも検察は十分立証できていると考えてる。」
「所詮はヤクザ同士の殺しだってな。」


八神が言う。
「確かに検察の考えはそんなところだろうな。」
「ただあんたはどう考えてる?」
「実際、羽村が久米を殺ったと思うか?新谷先生。」


「羽村はむかつく野郎だが、俺が思うに今回は無実だ。」
「ああいう小ずるいヤクザが死体をその辺に捨てるなんて雑な殺しはしないだろ。」
「目を抉るとか以前に、たぶん死体も出てこねえ。」


話を聞いていた源田が口をはさむ。
「さすがは新谷先生。」
「性格はアレだが弁護士として超優秀だな。」


八神が考え込む。
「もし羽村が無実なら真犯人は別にいるってことだよな?」
「事件に白黒つけるんなら、そいつを見つければいい。」


新谷が言う。
「は、そんな人手、俺らにねえだろ?」
「犯罪者追うにはまず組織的な捜査網がいる。」
「つまり国家権力の仕事なんだよ。」
「俺らは羽村の弁護をするだけだ。」
「もう少し被害者側の情報がほしい。」
「久米が拉致られたとき、ひとりで逃げた兄貴分がいたろ?」
「共礼会組員、村瀬晃。あいつの話が聞きたいな。」
「久米が目の前で拉致られたあと、村瀬がどう動いたか。」
「仲間が拉致られてんのに、そのあと何もしなかったのか、とか。」


八神は源田法律事務所を出て松金組事務所に向かった。
組長、松金貢に会うためだ。
「おう、久しぶりじゃねえか。ター坊。」
「なんだよ。全然顔だしてくれねんだもんなあ。」
「海藤はどうだ?元気でやってるか?」
「例の件がなきゃ破門せずに済んだのによ。」
「あれがかれこれ1年前か。」
「あいつも俺には息子同然だった。」
「お前んとこで元気でやってんならそれもいい。」


八神が言う。
「俺も海藤さんのことは兄貴だと思ってる。」
「20年前、あの人や親っさんに会ってなきゃ俺も今とは別の人生だ。」
「今回は羽村のカシラの件で。」
「神室町に共礼会の拠点があるだろ?」
「場所が知りたい。そこの組員に聞きたいことがある。」
「ちょっと話を聞くだけだよ。」


「ゼネコンの梶平グループってあるな?」
「関西の大手だ。」
「で、その梶平系列で『KJアート』ってのが千両通りにある。」
「ビル1棟まるごとその会社のもんでな。共礼会の連中はそこに詰めてんだよ。」
「忙しいみてえだな。」
「今度そっちの事務所に遊びに行っていいか?お忍びでよ。」


八神が頷く。
「ああ。もちろん。」


八神は海藤と合流し、「KJアート」に向かった。


八神はビルの室外機をわざと壊し、ドン・キホーテで変装道具を買い、ビルに潜入した。
村瀬がいる部屋に侵入する八神。
「なんやお前は!」


八神は襲いかかってくる村瀬をボコボコにした。
「なにが目的や、お前!」


「あんたと少し話したいだけだ。これを見てくれ。」
八神はスマートフォンで防犯カメラの映像を見せた。
「この久米を見捨てて逃げ出しているのがあんただ。」
「俺は神室町の探偵だ。」
「久米が殺された事件を調べている。」
「羽村の弁護士に頼まれて。」
「あんたは本当に羽村が久米を殺したと思ってんのか?」
「あの夜、何があったか、はっきりさせたい。」
「少なくとも殺しの現場はあのゴミ捨て場じゃない。」
「それについては証拠がある。」
八神は久米が殺害された現場の写真を見せた。
「この写真では、死体のまわりにほとんど血の跡がないとわかる。」
「別の場所で殺されたあとここへ運ばれてきたってことだよ。」
「まず、あんたはアムール前から逃げ出した後、どこで何をしていた?」
「敵に組のモンさらわれて何も動かなかったのか?」


「動いたに決まっとる。」
「久米を奪い返すために俺は共礼会の仲間に応援頼みに行って、応援を集めたで。」
「アムールにもカチ込みかけたわ。」


八神が驚く。
「あの晩、アムールにはもう人の出入りはなかったはずだ。」


「そう思うんは防犯カメラに映っとらんかったからやろ。」
「俺らはそいつを避けて裏口に回ったんや。」
「そっちは防犯カメラも壊れとったしな。」
「そっからアムールに踏み込んだんや。」
「せやけど店ん中には誰もおらんかった。」
「隅から隅まで全部探したんやがな。」
「夜中の12時過ぎっちゅうとこや。」


八神が言う。
「検察によればアムールで羽村が久米をいたぶってた頃だ。」
「あんたの話が確かなら、そのストーリーがひっくり返る。」
「今のあんたの話は警察も検察もつかんでない。」
「だから法廷で証言してくれると・・一応聞いてみただけだよ。」


八神は源田事務所に戻り、新谷に報告した。
「共礼会の村瀬と話してきたよ。」
「KJアートって会社が連中のアジトだった。」
「12月3日夜12時頃、村瀬によればアムールは無人だった。」
「つまりその時間、羽村が久米をいたぶってたって検察の主張とは矛盾がある。」
「ただ、村瀬は証言をしてくれそうにない。」


新谷が言う。
「村瀬のその証言は信憑性が高い。」
「実は俺も面白いモン見つけてな。」
「久米が羽村に拉致されてから3時間後のアムール前だ。つまり夜12時頃。」
「画面の端っこだ。よーく見てろ。」
新谷が防犯カメラの映像を流す。
村瀬と共礼会のヤクザが5名がやってきた。
「アムールに人が出入りしてたわけじゃないんで見過ごしてた。」
「証言通り村瀬は本当に久米を助けようとアムールに来てたらしい。」
「そして無人の店内を見た。」
「で、防犯カメラを嫌って裏口へ向かった。」
「またそろそろ羽村のカシラと話すか。」
「もうそういうタイミングじゃない?」


接見に向かう途中でさおりに呼び止められた。
「八神さん、真冬と話したんですよね?」
「真冬、嬉しそうでした。」
「久しぶりに八神さんと会えたって。」
「でも寂しそうにも見えました。」
「なんででしょ。それじゃ。」


神室署で羽村に接見する。
「俺の無罪は目処がついたかよ、ター坊。」


「羽村さん、見て欲しいものがあります。」
新谷が防犯カメラの映像を見せる。
「12月3日、夜11時55分。」
「共礼会の村瀬が久米を救出しにアムールに来ていました。」
「防犯カメラに気づいた彼らは、このあと裏口からアムールへ踏み込んだんです。」
「村瀬はそのとき、店内には誰もいなかったと。」


「ああ。そん時俺はサウナに行ってた頃だ。」
「久米は裏口から叩き出したって言ったろ?」


八神が聞く。
「じゃあその前は?」
「10時過ぎ、カシラはわざわざみんなを店から出して久米と二人っきりになったそうですね。」
「証言とれてます。」
「なんでそんなことを?」


「いや、あの久米って野郎、なんか昔のダチに似ててよ。」
「それで懐かしくなったんじゃねえか?」
「俺も酔っててよく覚えてねえ。」


八神がなおも聞く。
「本当ですか?」
「それにしたって人払いまでしますかね。」
「覚えてないわりに店を出た時間だのはよく覚えてた。」
「カシラにもしアリバイがあって久米を殺ってなかったとしても、実際あんたは妙な立ち回りしてますよ。」
「何か俺らに隠し事があるんじゃないですか?」
「例えば、真犯人をかばっているとか。」


羽村が怒り出す。
「何もねえっつたぞ!」
「てめえはいいから俺のアリバイ証明してこい!」
「俺はあの晩、ずっとサウナにいた。」
「その証拠がありゃこんなとこおさらばなんだよ。」


八神が冷静に言う。
「アリバイが証明できない場合に備えて他の解決法も探っとく必要があります。」
「けどあんたに隠し事されたらそれもできなくなる。」
「抗争相手を監禁したあげく、目を抉って捨てた。」
「その疑いが晴れない限り死刑だってなくはない。」
「なのに随分余裕だな。」
「ヤクザってのはそんなに肝が据わってるもんなのか?」


「俺がもし命乞いするにしてもその相手はお前じゃねえってことだ。」


八神が席を立つ。
「あんたが隠してる何か。俺も興味がわいてきましたよ。」


その夜、八神は情報を集めるためバー・テンダーに出向いた。
マスターが言う。
「前にヤクザに殴られたんで仕返しがしたいって仕事の依頼があってな。」
「でも仕返しする必要がなくなったんだってさ。」
「で、なんとそのヤクザ、事件起こして逮捕されたんだよ。」
「ほら、例の目玉抉られた死体の。」
「そのヤクザ、羽村のカシラなんだよ。驚きだろ?」
「仕事の依頼をしてきたのはセイヤって呼ばれているホストだ。」
「天下一通りにスターダストって店があるだろ?そこのホストだよ。」


八神はセイヤに話を聞きに向かった。
「八神さんのことはテンダーのマスターから聞いてました。」
「それで仕事をお願いしようと思ってたんです。」
「八神さんならなんとかできるかもって。」
「元は敏腕弁護士で探偵なのにヤクザとも対等に口が聞ける。」
「神室町じゃ知られた人だってマスターに聞いたから。」
「あとこれは噂だけど、依頼人のためならどんな手も使ってくれるって。」
「それで殺人犯を無罪にしたこともあったんでしょ?」
「12月3日の夜、ヤクザに殴られました。」
「あのヤクザが事件を起こした日なんでしょ?」


八神が頭を下げる。
「俺は今、羽村の弁護人に雇われて事件を調べている。」
「君の話は裁判の重要な証言になるかもしれないんだ。」


「有名人に頭下げられちゃね、OK。八神さんに嘘は言いませんよ。」
「あのヤクザにあったのは12時頃かな。」
「ピンク通り裏の九州一番星ってラーメン屋の前で結構寂しいとこ。」
「サウナ御殿の近くだね。」
「向こうはかなり酔ってたみたい。」
「僕はそのとき一人で、羽村は向かいから歩いてきた。」
「ひとりでぶつぶつ言ってて、なんか危ない気はしたんだよね。」
「だから目を合わせないようにしてきたんだけど、やっぱり絡んできてさ。」
「1発殴られた。」
「でも僕、しばらく顔に痣ができたんだよ。」
「しかも歯の被せ物までとれちゃって。」
「次の日、すぐに歯医者に行ったんだ。」


八神が言う。
「じゃあ診療記録が残ってるな。」
「証言の裏が取れる。」
「で、君を殴った後羽村はどうしてた?」


「フラフラ歩いて、サウナに入ってったよ。」
「ほら、さっき言ってたサウナ御殿。」


八神が言う。
「12時頃、君を殴ったそのあと羽村はサウナ御殿に入っていった。」
「サウナ御殿の爺さんは朝まで店を出た客は誰もいないと言ってた。」
「つまり羽村の入店さえ確認できればそれがアリバイになる。」
「今の話、法廷で証言してくれって言ったら頼めるかな?」


「OKだよ。」
「八神さんには恩を売っときたいし、テンダーのマスターも恩に着てくれるよね?」


八神が聞く。
「羽村と会った時、まわりに防犯カメラは?」
「もしその映像が残ってたら鬼に金棒だ。」


「さあ。それはわかんないな。」
「いちいち気にしてないし。」


九州一番星の辺りで防犯カメラを探す。
発見した防犯カメラに一連の騒動が映っていた。
東京地方裁判所で第407号法廷が開かれた。
新谷が説明する。
「必要なことはすべて映っていました。」
「これは事件当夜、酩酊状態にあった被告人が通行人に暴行する様子です。」
「この直後、暴行された通行人は被告人がサウナへ入っていく姿を目撃しています。」
「以降、始発まで店を出たサウナ客はおらず、つまり被告人は朝まで同店内にとどまっていました。」
「このことから弁護側は被告人のアリバイが成立したと考え、無罪を主張いたします。」
「ところで検事にお伺いします。」
「検察は起訴前にこの映像をご存じなかったんでしょうか。」


泉田検事が答える。
「警察でサウナ周辺の防犯映像を調べたところ、被告人の姿を確認できるものはなかったとそのように聞いていました。」
「私自身も確認していません。」
「何にせよ、実際今弁護側が提示された映像はあまりに不鮮明です。」
「被告人の姿を確認できたのと弁護側の主張には同意できません。」


「わかりました。」
「では続いて弁護側証人を尋問いたします。」


セイヤが出廷した。
セイヤは両手で顔を覆っている。
「先程の映像の中で暴行を受けていた人物、あれはあなただということでしたね?」
「間違いありませんか?」


セイヤが答える。
「はい、そうです。」


「ではそのあなたを暴行した人物ですが、この法廷にいますね?」


セイヤが答える。
「僕の勘違いでした。」
「殴られているのは間違いなく僕です。」
「でも殴っているのが誰かはわかりません。」


新谷が言う。
「裁判長、すみません。」
「一時休廷をお願いします。」


一旦裁判を休廷し、裏でセイヤを問い詰める。
「僕、証言できません。ごめんなさい。」
「さっき電話がかかってきたんです。」
「僕には妹がいて、その携帯から知らない男の声で電話が。」
「そいつは共礼会の村瀬だって。」
「八神さんにそういえばわかると。」
「もし証言すれば妹の帰りがいつになるか保証できないって。」


八神が海藤に電話する。
「海藤さん、八神だ。」
「今から共礼会のKJアートに行く。」
「証人の妹が人質にとられた。」
「手を貸してくれ。」


「できるだけ時間を引き延ばしてくれ。」
「セイヤが証言できるように必ず俺がなんとかする。」
「巻き込んだのは俺だ。」
「妹さんは絶対無事に返す。約束する。」
八神と海藤は合流してKJアートに向かった。


「セイヤの妹だな?もう大丈夫だ。」
「助けに来た。」
八神はセイヤの妹を助け出した。
「村瀬さん、なあ、もういいだろ?」
「これ以上騒いでも泣き見んのはあんたらだけだ。」
「羽村にはアリバイがある。」
「久米を殺ったのは別の人間だ。」
「だからセイヤの証言と止めるのにあんたらが身体張る価値はない。」
「久米を誰が殺ったかはまだわからない。」
「ただ、羽村ならそれを知っている。」
「あいつは真犯人とグルだったはずだ。」
「事件の夜、久米はアムールを出てからあんたに連絡するまでもなく姿を消している。」
「その後は街中の防犯カメラにも映らず、目撃証言もない。」
「俺が思うに、久米はアムールから解放されなかった。」
「羽村から真犯人に引き渡されたんだよ。」
「そして羽村がサウナでアリバイを作っている間、真犯人は別のどこかで久米を殺し、その目を抉り出した。」
「羽村がムショに入ったらどうやって今の話を確かめる?」
「証言止めるために女の子脅すより、羽村を泳がせる方がスマートだ。」
「こんなもん、大の大人が何人も集まってやる仕事か?」


村瀬が言う。
「フン、わかったわ。行けや。」
「今日は探偵さんの度胸を褒めといたる。」


八神はセイヤの妹を救出した。


セイヤが法廷で証言する。
「防犯映像の中で僕を殴っているのは、今この法廷にいる松金組の羽村さんです。」
「思い出しました。間違いありません。」
「先程の発言は撤回します。すみませんでした。」


新谷が裁判長に言う。
「証人に動揺があったことは認めます。」
「ですが初めての法廷に対する緊張は誰にとっても十分理解できるはずです。」
「今、弁護側は証人の信憑性に疑いを持っておりません。」


泉田検事がセイヤを尋問する。
「スターダストという神室町のお店、つまりホストクラブですよね?」
「証人はこちらに何年お勤めでしょうか?」


「だいたい2年です。」


泉田が言う。
「そのわずか2年の間にあなたは女性客との間にいくつかトラブルを抱えていますね?」
「あなたは複数名の女性客に結婚をちらつかせてはいませんでしたか?」
「それも多額の金品を貢がせたときには、すぐにでも結婚できるようなそぶりを見せる。」
「調子のいいことを言って女性を喜ばせるが、具体的な話になるとさっきのように前言を翻す。」
「そんなあなたへの訴え、相談が把握しているだけで消費者センターに5件寄せられていました。」
「そうやって巧みに人の心を誘導する証人の言葉に信憑性があるでしょうか?」
「証人の裏付けだけで、あの映像の人物を被告人とするには不十分ではないでしょうか。」
「であるならばやはり被告人のアリバイは成立しません。」
「以上です。」


新谷が反論する。
「言葉の信憑性という点について、ひとつ検事にお聞きしたいことがあります。」
「その前に先程の防犯映像を犯行時刻より数日後まで早送りしましょう。」
「くしくもその日は検察が本件の起訴を決定した日でした。」
映像には泉田検事が映っている。
「今映っているのはあなたですね、検事?」
「そして行っていたのは防犯映像に映っていた被告人と証人の行動再現でしょう。違いますか?」
「だとするとおかしいですね。」
「検事はさきほどサウナ周辺の防犯カメラ映像は一切確認していないとおっしゃった。」
「でも映像を確認せずに証人の行動再現など不可能だったはずです。」
「また、ご自身でもその周辺の確認には行ってないとおっしゃった。」
「でも実際に行かれておられます。」
「なぜそんな嘘をついたんですか?」
「事件当夜のこの映像は、見ての通り必ずしも鮮明とは言えません。」
「だからもしも検事がここに映る人物を被告人ではないと明確に否定したのなら話はわかります。」
「でもあなたは否定するでもなく、わざわざ映像を確認していないと言った。」
「おそらくあなたは映像に映る人物が本当に被告人だったかもしれないと思ってしまったのでは?」
「少なくともその可能性を否定しきることができなかった。」
「だから嘘をついた。」
「あなたの言葉に信憑性はあるでしょうか。」
「あなたは先程堂々と嘘をついたんです。」
「そして残念なことに、今この法廷で被告人の有罪を主張しているのは、そんなあなたの言葉だけなんです。」


被害者の久米が殺害された時刻、羽村は朝までサウナ御殿に入っていた。
防犯カメラに映っていた映像と羽村本人の証言、セイヤの証言は矛盾なく並び立ち、アリバイが成立した以上、羽村は久米殺害犯ではありえない。


判決が下された。
「主文、被告人・羽村京平は、無罪。」
「これから判決の理由を述べますので被告人は座ってください。」


判決は正しい。
羽村は確かに久米殺害の実行犯じゃない。
ただし、その協力者ではあったはずだ。
俺は闇に消えた真犯人を「モグラ」と名付けた。
土の中で目の見えないモグラは被害者たちの目玉をその鋭い爪で奪う。
そして、今も神室町のどこかで息を潜めている。
弁護士であれば被告人の無罪が証明されたこの時点で仕事は完了する。
でも俺は弁護士に復帰したわけじゃない。
事件が白黒つくまで追いかけるかは全部こっちの勝手だ。
狭い街で商売するからには弱小探偵事務所にもメンツってもんがある。
つまり、羽村やモグラにコケにされたまま終わる気はないってこと。


法廷の傍聴席に座り続ける八神にフリーライター・服部耕が話しかける。
「八神さんですよね?」
「神室町の探偵業は順調ですか?」
「あたしはジャーナリストとしてあなたの声を聞こうとしただけです。」
「なにも個人的な恨みがあったわけじゃありません。」


八神が言う。
「殺人鬼を野に放ったインチキ弁護士。」
「俺がどう取材に答えようが、あんたの書く記事はいつも一緒だった。」


「忘れないでください。」
「あなたが野に放った殺人鬼にかわいい娘を焼き殺されたご遺族。」
「彼らは今も苦しみ続けています。」
「それなのに、まさかまた法廷に戻ってくるつもりじゃないでしょうね?八神さん。」
「戻らないなら、それで結構です。」
服部は去っていった。


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